je t'aime ★ je t'aime

リナは、一瞬耳を疑った。
「は？なんて言ったの？」
「何度でも言います。僕とつきあって下さい」
リナは、眉をしかめて、前髪をくしゃくしゃとかき混ぜる。
「あのね、あんたね、あたしの何を知ってるっていうのよ」
「ご飯をたくさん食べる。編入試験の魔法学が満点。それも独学で。ここの図書館にある魔法学の本は全部自分で持っている。眼鏡がよく似合う。髪を編むのは苦手」
「あんた、ふざけてるの？」
「そして、ここからの眺めを気に入ってくれた」
「そんなの、誰でも気に入るに決まってるじゃない」
「僕は、たまに一人になりたいときにここに来るんです。ここに他人を入れたのは、貴女が初めてです」
「そう。それは、ありがたいけど……あんたとつきあうわけにはいかないわ」
「僕のこと、気に入りませんか？」
「出会った最初の日に女の子を口説くような奴、あたし、信用できない。それに、あたしはあんたのことをこれっぽっちも知らないのよ。生徒会長であること以外。それでつきあえるわけ無いじゃない」
「僕のことを、『綺麗』って言ってくれましたよね、最初」
「……そりゃ、あんたは綺麗よ。でも！顔がちょっとばかし、いや、かなり良いとしても、あたしはそんな理由で男の子とはつきあわないの。残念だったわね」
「はあ……残念です」
ゼロスは深いため息をつく。
「でも、僕はまだ諦めたわけじゃありませんからね。そのうちに、リナさんの方から『好き』って言わせて見せますよ」
「言うわけないでしょ」
そのとき、屋上の入り口のドアが、カチャ…と鳴った。風の音に紛れて、その音は二人の耳には届かなかった。
「じゃあ、日も暮れてきたし、帰りましょうか。送りますよ」
「結構よ。あんたがそんな下心を持っていると分かった以上、一緒にはいられないわ」
「あはは、嫌われたもんですねえ。じゃあ、おなじ方向に行く限り、一緒ってことでどうでしょう」
「勝手にすれば」


リナは、教室に戻って、自分の重たい鞄を持った。校門の所まで行くと、ゼロスが待っていた。リナは、その横を無言で通り過ぎる。ゼロスは、リナの五メートルくらい後をのんびりと歩いていた。
下り坂を降りきり、やがて駅に着いた。滑り込んできた電車に、リナは乗る。ふっと横を見ると、ゼロスは同じ電車の別の車両に乗り込もうとしていた。リナと目が合うと、にっこりと微笑んだ。
二つ目の駅で降りる。ゼロスも同じ駅で降りた。
（こいつ、どこまでついてくる気なのよ〜）
リナは早足で家への坂を上っていく。次第に、通る人も少なくなっていく。ゼロスは、相変わらずリナの五メートル後ろを、平然とした顔で歩いていた。
（無視、無視）
リナは一層足を早める。やがて、新築の自分の家が見えてきた。ゼロスの気配は消えない。自分の家をゼロスに知られるわけにはいかない。リナは足を止めた。
「ちょっと、あんたねえ。どこまでついてくる気なのよ。ストーカーなの？あんたは……」
そこでリナは言葉を止める。ゼロスは、リナの家の隣の、巨大な敷地を持つ家の門をくぐって、中に入っていった。呆気にとられるリナを見て、彼は軽く片目をつぶった。そして、屋敷といってもいい家のドアを開けて、「ただいま」と言う。家の玄関に、温かい灯が点る。リナは、あわてて隣の家の表札を確かめた。

　　ゼラス＝メタリオム
　　ゼロス

「……」
（どっかで、どっかで聞いたと思ったのよね、メタリオムって名字）
「あいつが、あいつがお隣さんだなんてー！！」
「何叫んでるの、リナ」
庭の芝生に水を撒いていたルナが、門の所まで出てきた。


転校の次の日から、エトワール学院は定期テストが行われることになっている。リナは、前の学校で取ったノートをざっと見返す。レベルは今の学校の方が遙かに上だが、何もしないよりはましだと思った。それに、前の学校のレベルでは満足いかなかったリナは、魔法学以外の勉強も独学で進めていた。
（明日は、魔法学の実習テストがあるんだよね）
リナは、胸をときめかせる。やっと、公認で、思いっきり魔法が使えるんだ。が、別のことに思いが至り、暗い気持ちになる。
（あいつ、明日も一緒に学校行きたがるんだろうな）
しかも、相手も魔法科だから、テストも一緒だ。リナは、ベッドに寝転がってノートをぱらぱらとめくりながら、いつの間にかゼロスのことばかり考えていた。
（あれだけはっきり振ったのに、くぢけない奴）
いつの間にか、リナは眠り込んでいた。夢に、あいつが出てきた気が、した。


今朝はしっかりご飯を食べた。眠気覚ましの温かいカフェオレも飲んだ。背中の黒いリボンも結んだ。髪も、自分で丁寧に編んだ。最後に、お気に入りの眼鏡をかける。
「よし！完璧」
ノートと参考書でいっぱいの重い鞄を提げ、リナは家を出た。かなり時間に余裕を見て出たのに、もうゼロスは隣の家の前で待っていた。
「何で待ってんのよ。先に行ってればいいじゃない」
「僕の大事なリナさんが、転んだり電柱にぶつかったり、ナンパされたりしたら大変ですからね」
「ファイアー・ボール！」
ライターの炎ほどの火の玉が、ひゅっと風を切ってゼロスに向かう。ゼロスは、その動きを読んでいたように、ひょいとかわした。後ろの街路樹に小さな焦げ目ができる。
「あのね、あたしはその気になれば、この銀の十字架のペンダントを付けたままでも、今の五十倍の炎は出せるんだから。ナンパの心配なんてご無用よ。ましてや、子供じゃあるまいし、転んだり電柱にぶつかったりするわけないでしょ」
「そうですね。僕が勝手に心配しているだけです。リナさんは気にしないで下さい」
相変わらず、リナの五メートルほど後を、ゼロスは黙ってついてくる。
「ねえ、ちょっと」
「何ですか？リナさん」
「そうやってついてこられると、かえって不気味。一緒にいくなら、隣を歩いていいわよ」
「嬉しいですね」
「いい気にならないでよ。隣を歩く、ただそれだけなんだから」
電車を降りて学校に向かう。周りの生徒達は、生徒会長と転校生の二人組を、遠巻きにして、ひそひそと言葉を交わしている。
「……おい、ゼロスの奴、振られたんじゃなかったのか」
「……何よ。一緒に並んで歩いてるじゃない」
「どういうこと？あの生意気な転校生」
リナはゼロスの顔をそっと見上げる。ゼロスはいつもの笑顔を崩さず、ひょうひょうと歩いている。
（あたしも気にすることないわね）
リナは、周りの声を聞き取るのを止めて、眼鏡をかけ直した。
「あ、そのバスケット重そうですね、持ちましょうか」
「結構よ。大事なお弁当なんだから」


テストの一限目は、魔法学のペーパーテスト。これはリナにとっては余裕だ。制限時間の半分ほどで解き終える。見返す必要もない。リナは、二限目の魔法学実習テストに思いを馳せていた。
チャイムが鳴って、解答用紙が集められる。生徒達は、ぞろぞろと地下の魔法学実習教室に向かった。リナもそれについていく。実習教室の前に、更衣室があった。銀の十字架のペンダントを外して、黒魔術を専攻にするものは黒いローブを、白魔術のものは白いローブを身に纏う。リナはどっちにも自信があったが、とりあえず黒いローブを着た。
実習室は薄暗かった。結界を張った囲いの中に、がっしりとした木の棒が三本立ててあり、体育用のマットが巻き付けられている。ご丁寧に、わずかな瘴気をまといつかせている。
「それじゃあ、まず転校生、リナ＝インバース。三本の棒を、どんな魔法を使ってもいいから、的にして倒してくれ。」
「はい」
リナは、静かに部屋の中央に歩み出る。そして、一番簡単な魔法を唱えた。
「フレア・アロー！」
瞬間、結界の中は業火に包まれた。部屋の温度が一気に上がる。激しく揺らめく炎が治まったとき、三本の棒は黒い消し炭になっていた。
「よし、上出来だ」
教師から感嘆のため息が漏れる。教師の助手が、三本の棒を取り替える。
「じゃあ、出席番号一番の者から、順にやってくれ。魔法は何でも構わない」
一人の女生徒が進み出た。手には、初級の魔法学の教科書を持っている。それを見ながら、たどたどしくカオス・ワーズを唱え、最後に呪文を放つ。
「ファイアー・ボール」
直径十センチ位の小さな火の玉が、一番手前にある木の棒だけを焦がす。
「よし、次」
（何よ、こんなもんでいいの？）
リナの内心の疑問に応えるように、生徒達は次々に教科書を片手に、頼りない呪文を唱えていった。三本の木の棒全てに呪文を送ることの出来る者は、誰もいなかった。
（せっかく魔法学が学べるリセだと思って来たんだけどなあ）
リナはあくびを噛みころした。その時だった。
「エルメキア・ランス！」
澄んだ可愛い声。輝く三本の光の槍が、木の棒にまといついた瘴気をなぎ払う。
「よし、いいぞ」
教師からも、誉める言葉が出る。白いローブを目深にかぶった少女は、恥ずかしげに微笑んだ。
（へえ、やる子もいるんだ）
しかし、その後はまた退屈な時間が続いた。リナは、退屈しのぎに、壁沿いに伝って、男子の実習を見に行った。やっていることは女子と変わらない。当たり前だが、魔法の威力にも大した差は無かった。
（あ、ゼロス）
フードからこぼれ出る艶やかな黒い髪。ゼロスは、リナには聞き取れない素早い呪文を唱えた。三本の木の棒が、地面から張り裂けるように崩れ落ちる。
（高速呪文？かつては魔族が使ったと言われる？まさか）
そして、ゼロスは実習室の隅っこの暗がりに身を隠したリナをまっすぐ見つめると、にっこりと微笑んだのだった。


実習は終わった。更衣室に入って、ローブから制服へと着替える。
（この制服って、胸の大きさがはっきり分かるからやだな）
そんなことを考えながら、ジャンパースカートを身につけ、ネクタイを締める。
（あとは、あのペンダントね）
ロッカーの奥を探る。何も手に触れない。あわてて周りを見回す。どこにも銀の十字架のペンダントはない。誰かに聞こうとしたが、もう皆着替え終わって、更衣室を後にしていた。
（おかしい……確かに、外した後ロッカーに入れたのに…校則第一条だもんな…『なくしちゃいました（はぁと）』じゃすまないよね……）
もう一度ロッカーを奥まで覗き込み、床をはいつくばって調べる。やっぱり、どこにもない。リナが焦っていると、一人の女生徒が更衣室に入ってきた。
「あの…リナ＝インバースさん、もしかして、ペンダント無くして困ってないですか？」
この声には聞き覚えがある。さっき、「エルメキア・ランス」を放った白いローブの少女だ。
「うん…そうなの。確かにここに置いたのに、おかしいなあ」
「私の予備で良かったら、差し上げます」
そういって、少女は、リナの手にぽんとペンダントを渡した。
「ちょ、ちょっと、ただでこんなもの貰えないわよ」
「いいんです、お近づきのしるしですから」
少女は、スカートをくるりとひるがえして、去っていった。
（お近づきって…名前も聞いてないんだけど）
とりあえず、少女から受け取ったペンダントをネクタイの上からかけ、リナは更衣室を出た。


二限のテストが終わると、昼食の時間だった。リナは、ずっしりと重いバスケットを取り出した。ふと、周りを見回すと、女子は六、七人のグループに分かれて、机を寄せ合っていた。男子は、購買かカフェテリアに行ってしまった者が多く、ほとんどいない。誰も、リナに声をかけてこない。
（えーっと……転校したばっかってこんなもんかな？）
リナは窓際の席に座り、バスケットを広げた。その時、小さな、しかしはっきりした声が聞こえた。
「何、あの弁当箱。おっきい。馬鹿みたい」
「そうねー」
リナは、気にしないようにして、チキンを囓り始めた。
「あんなのに奢らせられたんじゃ、ゼロスも気の毒よねー」
ひときわ高いひそひそ声に、くすくす、と笑う声が続く。ちらちらとこちらを伺う目線がある。リナは、チキンの味に集中する。その時だった。
「アメリア、よしなって」
引き留める声を背に、さっきペンダントをくれた少女が、まっすぐこちらに歩いてきた。
「リナさん、前、いいですか？」
「へ？あ、どうぞどうぞ」
少女は微笑んでリナと同じ机の上に、小さな弁当箱を乗せる。
「さっきは、助かったわ。ありがとう。ところで、あたし、まだあなたの名前聞いてないんだけど」
「あ、そうか。私、アメリア＝ウィル＝テスラ＝セイルーンです。アメリアって呼んで下さい」
「あたしもリナでいいわよ」
「そういうわけには、いきません。私、飛び級してるんです。リナさんは年上ですから」
「飛び級？すごいじゃない。さっきのエルメキア・ランスも凄かったわよ」
「リナさんこそ。あんな派手なフレア・アロー初めて見ました。それに、編入試験の魔法学、満点だったんでしょう？私、飛び級試験でも８８点しか取れなかったのに」
「あはは、ありがと」
「それにしても……」
アメリアはリナのバスケットをしげしげと見る。
「それ全部、リナさんが食べるんですか？」
リナは少し赤くなる。中指で眼鏡を触る。
「そうよ、悪い？」
「いえ、それだけ食べるにしては、リナさんって華奢だな、って思って」
「アメリア、あんたあたしよりいくつ年下なの？」
「二つです」
（それにしてはムネが立派よね……）
二人は、ほぼ同時に食事を終えた。
「ジュースでも飲みに行きませんか、リナさん」
「いいわね」
二人は、ちくちく刺さる視線を抜けて、教室を後にした。



ゼロスはリナちゃんに振られてしまいましたが、物語はまだまだ続きます。魔法学の試験はどうしようかと思ったのですが、なんかベタなものになってしまいました。もっと精進します。それと、制服クイズの答えですが、Ｋｅｙというソフト会社の『Ａｉｒ』というソフトです。もともとアダルトゲームだったのが今は亡き（涙）ドリームキャストに移植されたゲームです。どういう服か見てみたい！というかたは、「Ａｉｒ コスプレ」でグーグルしてみて下さい。イヤと言うほど引っかかります。リナやアメリアはこんな服着てるんだなーと思って読んで下されば幸いです。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。制服クイズは難しすぎましたね。でも、「Ａｉｒ」は本当にいいゲームでした。機会のある方はプレイしてみて下さい。



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