je t'aime ★ je t'aime

誰かに、抱き上げられて、運ばれていく。その腕は温かくて、とても気持ちいい。
（あー、あたし倒れちゃったんだ）
リナは思う。誰が自分を抱き上げてくれてるんだろう？しかし、瞼は重く、意識はまだ薄らいでいる。
やがて、消毒液の匂いの満ちた保健室に運ばれ、ひんやりしたシーツに寝かされる。そして、優しい肌触りのタオルケットをかけられる。リナは、自分がひどく眠たいことに気付く。昨日は、重労働のあげくに夜更かししたのだから、当たり前だろう。タオルケットの上から優しい手が軽くリナの身体をたたく。リナはあっという間に睡魔に襲われていった。

リンゴーン、リンゴーン……。
鐘が鳴ると同時に、窓から生徒達のざわめきが伝わってきた。リナはゆっくり目を開ける。自分の顔のすぐ側に、自分を覗き込んでいる顔があった。目の悪いリナにも、こんなに近くだとはっきり見える。うつむいた顔に落ちかかる、黒い絹糸のような髪。白い肌に、怖いほど整った顔立ち。そして、リナを真剣に見つめる、深い紫の瞳。
「きれい……誰？」
思わず口に出してしまう。そして、自分が言ったことに気づいて、リナは赤くなる。
「僕って綺麗ですか？それは嬉しいですね」
真剣な瞳は、あっという間に笑顔に変わる。
「よくおやすみでしたね」
「まだ、返事を聞いてないわ。あなた、誰？」
「ゼロス＝メタリオム。この学院の生徒会長です」
（メタリオム……どこかで聞いたような気がする……）
「今…何限目？」
「午前中の三限目が終わったところですよ。昼休みです」
「もしかして、ずっとあたしについていてくれたんですか？」
「もちろん。大事な転校生ですから」
リナは、鼻の上までタオルケットを引っ張り上げる。
「恥ずかしい……初対面の人に至近距離で寝顔見られるなんて」
「僕としては初対面じゃないんですけど、ね」
「今、なにか？」
「いえ、こちらの話です。そういえば、お弁当は持ってきていますか？」
「あ、いいえ、持ってきてません」
その時、タイミング良くリナのお腹がぐーっと鳴った。また赤面してしまったリナを、ゼロスはベッドから助け起こした。
「転校生には、学院内を案内してさしあげないといけないのですが…その様子では、まずカフェテリアにご案内した方が良さそうですね」
「うん…お腹がすいて、倒れそう……」
「あ、三つ編みがほどけちゃってますね」
リナは、あわてて髪を触る。寝返りの下敷きにしてしまったらしく、三つ編みは両方とも解けていた。
「ヘアゴムは……」
「ここにあります」
すっ、と魔法のようにゼロスの手の平の上に二本のヘアゴムが現れる。
「鏡、ありますか？ああっ、ヘアブラシ、教室に置いてきた鞄の中だ」
「櫛なら持ってますよ。それに、三つ編みなら、僕が編んであげます。こう見えても、結構上手いんですよ、僕」
ゼロスはリナの柔らかな栗色の髪を櫛で梳く。もつれたところも上手くほどいて、リナに痛みを与えない。そして、慣れた手つきでリナの髪を編んでいく。
（他の人に髪を触られるのって、なんだか気持ちいい……）
三つ編みを編み、眼鏡をかけ終わったところで、もう一度、リナのお腹が鳴った。
「さ、それでは、カフェテリアに行きましょうか」

カフェテリアは、校舎から少し離れたところにある二階建ての建物だ。一階が厨房、二階が食堂になっている。ガラス張りの天井から、六月の強い日射しがさんさんと降り注いでいる。料理は部屋の周りに沿ってぐるりと配置され、生徒はトレイを持って好みの料理を選び、最後に精算、というシステムになっている。
「今日はリナさんがこの学院に来た記念すべき日ですからね、僕が奢りますよ」
「ほほーう？あたしに奢るって言いましたね、ゼロスさん」
「ああ、さん付けはいいですよ。敬語も結構です。僕と貴女は同学年なんですから」
「へ？ということは、五年次まであるのに、三年で生徒会長？」
「四、五年はバカロレア対策で忙しいからですね。副会長も、生徒会のメンバーも、みんな三年です」
「じゃあ、あなたもあたしのこと、さん付けで呼ばないで。リナでいいわよ」
「僕は、誰にでも『さん』を付けないと落ち着かないんです。さ、奢りですから、好きな料理を取って下さい」
リナは、トレイを滑らせるパイプの上に、三枚のトレイを広げた。ゼロスの顔がちょっとひきつったのは気のせいだっただろうか。リナは、ガラスケースの中に並んでいるメニューを片っ端から取っては、トレイの上に並べていった。オードブルから、魚のメイン、肉のメインを全種類。ボウルに入った温かなカフェオレを二杯。三種類のデザートを全部。二枚のトレイはリナが自分で持ち、もう一枚は自分の物と一緒にゼロスが何とか抱えていた。精算のカウンターの前に来る。ゼロスは財布の中に入っていた一番大きな紙幣をカウンターに差し出した。が、こともなげにリナが言う。
「ゼロス、お金たんない」
ゼロスは、小銭をかき集めて、なんとか二人の昼食代を掻き出した。

光が照り返す、白いテーブル。こぼれ落ちんばかりに並べられた料理を、リナは片っ端から平らげていった。
「リナさん、すごい食欲ですね」
「あったりまえよ。今朝は、クロワッサン一個だけしか食べられなくて、それで倒れちゃったんだから」
しゃべりながらも、食べる口は止めない。見る見るうちに皿が空になっていく。でもその仕草はけっして品を失わず、思わずその爽快さに見とれてしまいそうになる。

「ふー、食べた食べた。満足」
食後のカフェオレを両手をつかって可愛らしく飲みながら、リナは微笑んだ。その時、自分の周りに人垣が出来ていることなんて、リナは気づかなかった。
「見たか？すごい食いっぷり」
「見た見た。でも可愛いよな」
「眼鏡がいいな」
「うん。顔も声も文句無しに可愛い」
「おまけに、編入試験で、すごい成績取ったらしいじゃないか。あのウチの魔法学、満点だったらしいぜ」
「魔法学で？そりゃすげーや」
ひそひそと囁き交わす男子生徒の群。女子生徒は、それを遠巻きにしてみている。
「ゼロス様にお昼奢らせたんだって」
「しかも、すっごい大食いらしいじゃない？ずうずうしいったら」
「ゼロス様に抱かれて保健室まで行ったんだって」
「やっぱずうずうしい、あのチビ」
リーダー格の、背の高い、赤い髪の長い少女が言う。
「ま、今の内だけよ。転校生としてちやほやされる。会長も優しい。でもそれだけ。二週間も立てば潮が引くように治まるわよ。それまでは、あの子がどういう子か、黙ってみていましょう」
「まあ、そうね、マゼンダ」
女子は、四五人のグループに分かれて、カフェテリアから去っていった。

リンゴーン、リンゴーン…
「おや、午後の授業の予鈴ですね。結局、お食事だけになってしまいましたね、お昼休み」
「あたし、教室に行かなくちゃ」
「では、放課後にお迎えに上がります。学校の他の所も案内したいですからね」
「ゼロス」
「何ですか？」
「あ…あの…ありがとう」
「何が、ですか？」
「保健室まで運んでくれて、ありがとう。ずっとついててくれて、ありがとう。三つ編み、編んでくれてありがとう。お昼、奢ってくれてありがとう」
ゼロスは、嬉しそうにクスクス、と笑う。
「これからも、そうやってリナさんからいっぱい『ありがとう』を言ってもらえるように努力しますよ。それじゃ、もうすぐ午後の授業が始まります。行って下さい」
「うん……」
リナは、黒い革靴をきゅっとならして、授業棟のほうへ駆け出していった。

午後の最初の授業は、数学だった。授業は、リナにとって退屈だった。
（この都市で一番レベルの高いリセだって聞いてたけど……こんなもんか）
教師が言う。
「リナ＝インバース、まだ教科書持ってないだろう。となりの奴に見せてもらえ」
「あ、はい」
リナは右隣の女の子を見る。しかし、彼女はまっすぐ前を向いていて、リナの方を見ようとしない。
「あの……」
リナは焦って、中指で眼鏡を押し上げる。その時、左隣の男子が、机を寄せてくれた。
「教科書、見える？」
「う、うん。ありがとう」
その時、まわりの男子から小さな声が上がった。
「ちえっ、ずるいなジェラードのやつ」
「抜け駆けだぜ」
女子からいっそう厳しい目がリナに寄せられたが、リナはまたそれに気づかなかった。

論理学の授業を終えると、放課後。リナが教師から新しく受け取った各科目の教科書を鞄につめていると、教室の前の扉からゼロスが姿を現した。
「リナさん、迎えに来ましたよ」
教室がてんでばらばらにざわめく。
「生徒会長じゃないか」
「『リナさん』だって。なれなれしい奴」
「ゼロス様が、あんな女を迎えに来るなんて〜〜」
「不公平だわ」
ゼロスは、そんな声が耳に入らないかのように、まっすぐリナの元へ歩いてきた。
「学校の案内の続きです。荷物はここにおいていて構いませんよ。さ、行きましょう」

まずは四階建ての立派な建物。ここは今朝、来たところだ。
「一階が講堂、二、三階が体育館、四階が室内温水プールになっています」
「ふーん……立派な物ね」
「このリセのＯＢが寄付してくれた物です。お昼に行ったカフェテリアもそうですよ」

次に案内されたのはメモリアルホール。
「この学校が取った、様々な賞の賞状やトロフィーが収められています。僕が自慢してもしょうがありませんが、たいした数でしょう？」
「あれ、このトロフィー、ゼロスの名前が刻んである」
「ああ、これは去年の魔法学の全国大会で、優勝したときの物です」
「へえ、ゼロスって、すごいんだ。ああ、あたしも出たいなあ、そのコンクール」
「前の学校では出られなかったんですか？」
「田舎だったからね……魔法科のある学校なんて無かったのよ」
「じゃあ、今年からはリナさんがそのトロフィーを持ってくることになりますね。聞きましたよ。編入試験の魔法学、満点だったそうじゃないですか。魔法科のない学校で学んでいて、よくそんな点数が取れましたね」
「独学よ。お小遣いためて、魔法書を買って、自分であれこれ試して。魔法の歴史や魔法生物についても、図書館に通ったりして頑張ったんだから」
「すごいですね、リナさん」
次は、教師棟。大きな職員室と、それぞれの教師の自室がある。
「うーん、ここには出来るだけお世話になりたくないわ」
「分からない問題を聞きに行くときには、お世話になりますよ」
「その必要は無いと思うわ」
そして、図書館棟。学生にはもったいないほどの蔵書数を誇る。リナは、きらきらと目を輝かせて魔法学の本棚を見たが、次第にその瞳は失望の色を濃くしていった。
「確かに数は揃ってるけど、普通に書店で買えるものばっかりじゃない。あたし、ここにある魔法書のほとんどは自分で持ってるわ」
「おやおや」
ゼロスは軽く肩をすくめて見せた。
最後に案内されたのは、クラブ棟。一階は体育会系のクラブ、二、三階は文化系のクラブに割り振られている。
「うちは自由な校風で、クラブもいろいろな物があるんですよ。部室も、他の学校に比べれば、広くて綺麗ですよ。体育会系の部室には、一つ一つシャワールームがついてますし。出来たら、どこかのクラブに入るといいですね。学校生活の楽しさが違いますから」
「あたしは、自分の魔法研究が忙しいから、入らないかも」
「そう言わずに」

そして、ゼロスは授業棟に向かった。
「あの、そこはもう知ってるんだけど」
「いいからついてきて下さい」
ゼロスは、迷い無く階段を上がっていく。リナは、軽く息を弾ませてついていく。
「歩くの、速すぎますか？」
「いいのいいの、構わないで」
それでもゼロスは昇るペースを落としてくれた。リナの息が弾むのを聞いていたのだろう。
（とことん、優しい奴なんだなあ。それとも、女ったらしなだけかしら）
「着きました」
そこは、上り階段の行き止まり。鉄のドアが閉ざされている。
「ここがどうかしたの？」
すると、ゼロスは自分のポケットから、小さなカギを取り出した。ドアノブに差し込むと、かちゃんと鍵の外れた音がする。
「さあ、どうぞ」
そこは屋上だった。晴れた空が頭の上に拡がる。ここから見下ろすこの国随一の都会は、まるでマッチ箱を並べたようだ。その向こうに、きらきらと輝く海が見える。涼しい風が吹き抜ける。リナのスカートがはたはたと風をはらんで揺れる。
「素敵……」
「いい眺めでしょう？」
二人は、フェンスに並んで肘をかける。
「本来なら、ここは生徒は立ち入り禁止なんですよ。五年ほど前に、自殺未遂騒動がありましてね」
「えっ……でも、あのカギ……」
「僕が、職員室からちょっと拝借して、合い鍵を作っちゃったんです」
「それって犯罪じゃないの？」
「犯罪、の『は』の字くらいですかね」
リナはゼロスを見る。風に揺れる、肩までの黒い髪。そして、笑顔の合間に時々見せる、深い深い紫の瞳。
「リナさん」
急に呼びかけられて、心臓が高鳴る。ゼロスは、真剣な瞳をして言った。
「僕と、つきあってくれませんか」



言うまでもないことですが、「je t'aime ★ je t'aime」はトミー・フェブラリー６さんの新曲です。今回のリナちゃんが眼鏡っ子なのも、トミーさんから取りました。（ちなみに、三つ編みは私の趣味です。）眼鏡っ子＆三つ編みのリナちゃんの魅力については、漫画「超爆魔道伝スレイヤーズ」の７巻の裏表紙を参照して下さい。私は、その絵を見て萌え尽きました。それでは、今後とも宜しくお願いします。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。漫画「超爆魔道伝スレイヤーズ」の７巻の裏表紙は、今でも眠れない夜に眺めて、「リナちゃん可愛い……」と妄想に浸っています。


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