je t'aime ★ je t'aime



je t'aime ★ je t'aime

叶わない夢なんて見たくないわ
でもロマンス目覚めてゆく

“愛してるわ”




「リーナーッ、あんたの本、出てきたわよ。これは、業者さんまかせにしないで自分で運ぶんでしょ？」
「あ、そうそうそうそう！誰も触ってない？」
「触らないわよ、こんな重たい、『ふれないでください』のシールがベタベタ貼ってあるハコなんて」
「うん、今行くわね」

新築の家から現れた少女は、豊かな長い栗色の髪をポニーテールに結び、赤いペイズリー柄のバンダナを後ろの首筋のところで結んでいる。そして、髪の色に溶けこむような、明るい茶色の縁の小さな眼鏡をかけている。彼女は、姉に向かって話しかける。
「ほんと？誰も触ってない？」
「そんなに心配なら、ゼフィーリアから直接自分でもって来ればよかったじゃない」
少女の姉は、艶やかな黒髪をしている。顔立ちも似ていなくはないが、姉の方がぐっと大人っぽい。
リナと呼ばれた少女は、大切そうに段ボール箱を抱え上げる。そして、段ボール箱に向かって小さく呪文を唱える。
「レビテーション」
重さの無くなった段ボール箱を、リナは軽々と抱え上げ、新築の家の二階に持っていく。
「リナ！魔法を人目のあるところで使っちゃダメだっていってるのに」
「ごめん、ねーちゃん。だって、いくらあたしでも、このままの重さじゃ動かせないよ」
「だから言ったのよ。要らない本は古本屋に売りなさいって」
「とんでもないわ！一冊一冊が私の大事なコレクションなんだから」
「はいはい、わかったわ。じゃ、特別に魔法を使っていいから、さっさと片づけなさい。あと八個もあるのよ。このままじゃ、日が暮れちゃうわ。」
「はーい……」
全部で九箱の段ボールに詰まった本を、新築の匂いのする部屋で、リナは次々に作りつけの本棚に収めていく。
「これは、こっち。これは、こっち…っと。これは装丁が石榴石だから、本棚の端っこに置かないとね。これは、分類上こっちの方がいいか…」
その時、階下の姉から声がかかった。
「リナ、近所の方にご挨拶に行くわよ」
「今、あたし忙しいの。ねーちゃんだけで行ってきて」
「ふーん、そういうことを言う……」
階下で、異様な殺気が高まった。
「あ、行きます行きます。よろこんで。ご進物は何を持っていくの？」
「あたしが焼いた梨のタルト。さ、行くわよ。」

お向かいさんは、いかにも人の良さそうな老夫婦だった。ルナの差し出したタルトを、おじいさんが箱から直接出して味見して、「うまい！」と言ってくれた。

右隣は、小さな男の子と女の子のいる普通の家庭。タルトを巡って二人がきゃあきゃあ追いかけっこをするのを、ルナもリナも微笑ましく見ていた。二人の父親が、「すみませんね、こんな大騒ぎで」と恐縮してくれた。

左隣は、やたらと敷地の大きな家だった。リナたちが引っ越して来たのはある程度の高級住宅街なのだが、この家はスケールが違う。門から玄関までが長い小道になっていて、車止めは四台分。そのうちの一つはダークブルーの高級セダン、もう一つは性能の良さそうな小型のスポーツカーが泊まっている。よく手入れされた芝生の広い庭が緑を誇っている。リナはすっかり気後れしてしまったが、ルナはこれらの風景が目に入っていないように、門のチャイムを押す。
『どちらさま？』
「今度隣に越してきたインバースといいます。お近づきの印に、お菓子を持ってきました。開けていただけますか？」
『もちろんどうぞ』
長い道を通って玄関まで行く。すると、向こうからドアが開いた。銀髪の、美しい女性が姿を現した。
「きゃあ、あら、まあ、かわいいお客様だこと」
女性は、モデル並の美貌でにっこり微笑んだ。ごくシンプルな黒のドレス姿だが、それがいっそう美しさを引き立てている。片腕には、二本の細いブレスレットが填められ、それが動きにつれてシャラン…とさわやかな音を響かせる。
「私は、ルナ＝インバース、こっちが妹のリナです」
「ルナさんに、リナちゃんね。二人とも本当に綺麗で、可愛らしいこと」
リナは、女性の美貌に気圧されてしまっていたが、ルナに服の裾を引っ張られて、あわてて頭を下げる。
「いいのよ、そんなに固くならなくても。そうだ、これからうちでお茶を飲んでいかない？」
「ありがたいお誘いですが、家の方がまだ片づいておりませんので…」
「あら、残念だわ。あたくし、可愛い女の子って大好きなのに。うちは声変わりした息子が一人で、もうむさくるしいったらありゃしないんだから。それじゃ、引っ越しがおわったら、顔を出して下さるかしら？」
「はい、そのうちに伺わせていただきます。それから、これは、お近づきのしるしです」
梨のタルトを差し出す。
「まあ、わざわざありがとう。社交辞令じゃなくて、本当に遊びに来てね。うちが明るくなるもの。待ってるわ」
「はい。では失礼します」
ドアは閉じられた。長い門への道を歩きながら、ルナはリナに言う。
「あんた、あいかわらず美人には弱いわね」
「だって、あんな、女優さんなみの美人だよ。気後れしないねーちゃんの方がおかしいのよ」
「ふーん、私がおかしいって？」
「いや、違う違う違う。おかしくありません、はい」
リナは、眼鏡の下にかいた冷や汗を、そっと指で拭った。


リナは、その日の夜遅くまで、本棚と本のにらめっこをしていた。
「魔法学の歴史、という意味ではこの本はこっちになる。でも、この本の半分以上は、魔法生物の紹介に費やされてるから、魔法生物の棚でもいいかも知れない。しかし、これは羊皮紙で綴じられてるから、窓の近くにはおけない。うーみゅ……」
いままで物置に積み上げられていたリナの蔵書。それがいきなり立派な本棚を与えられたのだから、リナの喜びは相当の物だった。
「この部屋を、いっぱしの魔法図書館にしてやるんだから」
広い部屋の三分の二は書棚で占められている。ガラスの天窓から、月の光が射し込んでいる。リナは、段ボール九箱分の本を、一日で片づけようとしていた。明日からは、学校に通わなくちゃいけない。ゆっくり時間をとれるのは今日ぐらいしかないのだ。
「リナ、一休みしない」
ルナが、紅茶を持って入ってきた。
「ねーちゃん、全然片づかないよお」
「あたりまえでしょ。それだけ量があるんだから。今日はこのくらいにして、残りはまた今度にしたら？」
「あたしは明日から学校があるの。放課後と休日を使って片づけてたんじゃ追いつかないんだから。宿題も出るだろうし」
「……いいけど、時計見たら？」
リナは壁の時計を振り返る。
「え、もう二時半？」
「気付いてなかったのね、やっぱり……お父さんとお母さんにもごとごと音を立ててたら悪いでしょ。このお茶を飲んだら、もう寝なさい」
リナは、湯気の立つカップを一つ受け取って、一口飲む。
「あ…これって」
「眠気を誘うカモミールティーよ。どうせ、今のままじゃ、興奮して眠れないでしょ」
「ありがと、ねーちゃん」
「ベッドの方は、ちゃんと整ってるようね。制服は出した？」
「あ、しまった、まだ紙袋に入れたままだった」
「あんたが通う学校、校則厳しいそうじゃない。今のうちに、生徒手帳でも見て、制服の正しい着方でも頭に入れて置いた方が良くない？」
「うーん……」
カモミールティーの効果か、早くも眠気に襲われているリナは言う。
「それは明日の朝にするわ。おやすみなさい」
ルナは部屋を出ていった。リナは、カモミールティーを飲み干すと、部屋着のまま、ベッドに潜り込んだ。あっという間に静かな寝息を立て始めた。


「あー、この制服ってばなんて着にくいのー！」
リナは、自分の部屋で制服と悪戦格闘していた。クリーム色のパフスリーブの、襟の高いブラウス。半袖なのは、今が六月だからだ。その上に、ウエストのきゅっとしまった黒に近い深いグレイのジャンパースカートを着る。スカート丈は膝くらい。くるくる回ると拡がる丸いスカートだ。ブラウスの袖と、大きな広い襟にそって一本ずつ黒い線がある。黒い膝までのソックス。そして、端に白いラインの入った赤い短いネクタイ。それにかぶるように銀色の十字架のペンダントを下げる。そのとき、感じる。自分の魔法力が押さえつけられるのを。
「ふーん、なるほどね」
生徒手帳の一番最初に書いてあった規則。
“魔法科の生徒は、外出するときは十字架を身につけること”
「こういうことか」
リナは、ベランダに出る。家は高台にある。ベランダから、海までまっすぐに見渡せる。
「ファイアーボールッ！」
直径３０センチばかりの火の玉が生まれる。空に向けて放たれたそれは、次第に勢いを失って、消えていった。
「確かに。魔力が制限されるってことね」
「リナー、何やってんの、遅刻するわよ」
「はーい、ねーちゃん」
リナは一階のダイニングルームに降りていった。
「まったく、早くしなさいよね。せっかく魔法科のあるリセに転入できるんでしょ。初日から遅刻じゃかっこつかないわよ」
「うん……」
クロワッサンの一個目を食べ終わったところで、リナはがばっと立ち上がった。
「今度は何？」
「しまった…忘れてた…あたしとしたことがぁっ！」
“髪が肩より長い女生徒は三つ編みにすること”
校則第六条。
リナはあわてて洗面所の鏡に向かう。しかし、慣れない作業で手が上手く動かない。おまけにリナの栗色の髪はゆるい癖っ毛で、しっかり編まないと編んだ先から緩んできてしまう。
「しょうがないわねえ、リナは。右は自分で編みなさい。左は私が編んであげる」
ルナが呆れ声で作業に加わった。
やがて、びしっと編まれた左のおさげと、あちこちから後れ毛の飛び出している右のお下げを振り回しながら、リナは玄関に向かった。
「リナ、朝ごはんは？」
「いい、もう時間ないの。じゃあ、行って来まーす」
玄関から走り出す。風景がとたんにぼやける。
「眼鏡忘れたー！」
リナは靴を脱いで、自分の部屋にとって帰す。そして、茶色のフレームの小さな眼鏡をかけると、今度こそ駅へ向かって、下り坂を駆け下りていった。


リナの自宅から、これから通うリセまで、電車で二駅。昨日のうちに買って置いた定期券を、改札のスリットに通す。そのまま、目の前の電車に飛び乗ろうとすると、ぐいっと腕を引かれた。
「な、何すんのよ、あたし、急いでるんだけど」
「急いでるならなおさら」
その、落ち着いた高い声の持ち主は言う。
「エトワール学院に行きたいのなら、ホームはエスカレーターを渡って反対側ですよ」
「あっ…す、すみません」
お礼を言おうとしたが、声の主は人混みに紛れてしまって誰だか分からなかった。

学院の最寄り駅に着いてから、今度は坂道をかけ登る。息が切れる。周りを歩いている同じ制服の生徒はほとんどいない。
（やばい、遅刻かな）
学院に入る。くるくる周りを見回しながら、なんとか自分の教室にたどり着く。
[３−Ｂ]
「ここね」
リナが緊張しながらそろそろとドアを開けると、中には誰もいなかった。黒板に伝言があった。
「転校生へ。朝礼は講堂で行われる。講堂の地図はこちら」
「やだ、今まで走ってきた方の反対じゃないの」
とりあえず鞄を手近な机に置き、地図に書かれていたとおりに走る。講堂の後ろの引き戸を、静かに開けた。
「こっちこっち」
背の高い女生徒が手招きする。リナは、その列の一番後ろに付く。その時、高くなめらかな声で続いていた生徒会長の演説が、一瞬途切れたような気がした。
（あれ？この声どっかで）
壇上の生徒会長（らしき人物）は、何事もなかったように話を続ける。彼の半袖シャツの胸にも、銀の十字架の縫い取りがされている。魔法科の生徒なのだろう。
（それにしても……）
生徒会長は、まっすぐリナの方を見て話しているような気がする。
（自意識過剰かな）
でも、生徒会長はリナから視線を外さない。
その時、リナは頭から血が抜けていくような感覚に襲われた。そうだ。今朝は結局クロワッサン一個しか食べていないのだ。いつもの彼女の食べる量からすれば、何も食べていないに等しい。
（しっかりするのよ、リナ＝インバース。転校初日から貧血でぶっ倒れるわけには……いかな……）
リナの意に反して、身体はどさっと講堂の冷たい床に倒れた。その瞬間だった。
「リナさんっっ！？」
キィィィン、とマイクがハウリングする。生徒会長が、ひらりと身を躍らせると高い壇上から飛び降りた。
「ゼロス様？」
「な、なに？ゼロス様」
女学生から黄色い声が上がる。ゼロスと呼ばれる生徒会長は、呼び止める声に耳も貸さずに、人波をかきわけて、まっすぐ倒れたリナの方へ進んでくる。そして、床にくずおれたリナを抱き上げる。あっけにとられている生徒達を残して、ゼロスはリナを抱えていった。講堂の後ろのドアを開け、保健室のある教師棟に向かって。
ざわざわと落ち着かない空気が流れる。しばらくして、生徒会長の去った壇上に、副会長があらわれ、咳払いした。
「あー、副会長のゼルガディス＝グレイワーズだ。魔法科の生徒は学校の外で魔法を使うな。全ての生徒は、エトワール学院の誇りをもって常に行動するように。以上だ」
あまりに短い演説を終えると、副会長は壇上を後にした。放送部員も混乱していたが、とりあえず話を先に進める。
「つづいては、院長先生のお話です……」



数々の先輩が投稿なさっている「学園もの」に初挑戦です。無謀にも連載という形にしてしまいました。ところで、今回の小説の中でリナちゃんが着ている制服にはモデルがあります。とあるゲームの制服をコスプレさせてみたのですが、分かるでしょうか？それでは、今後ともよろしくおねがいしますm(__)m
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。初挑戦の学園ものだったのですが、結構なご好評をいただきました（^-^）「je t'aime ★ je t'aime」は今でも大好きな曲で、いつも聴くMDウォークマンに入れっぱなしになっています。