Lina〜いもうと［６］




いもうとをやめて　あなたのこいびとに　なるわって　頬はさんでくれる


「ねえ、ゼロスくんあたしのことも覚えてないの？」
「俺のことも忘れたのかよ」
「そもそも、クラスを忘れてたしな」
僕の周りを、心配そうなクラスメイトが囲む。誰一人として、名前を思い出せない。
「おい、あんまり興味本位で声をかけるな。ゼロスが混乱するだろう」
ゼルガディスさんが声をかけてくれる。皆は潮が引くように自分の席に着いていく。
「あー、メタリオムは少し記憶に障害が残っているらしいが、体調は回復したので今日から学校に復帰する。皆もメタリオムのことをよろしく頼む」
見覚えのない先生が言う。
足のボルトを抜く手術は本当に痛かった。でも、リナさんがついていてくれた。今日からは、リナさんはいない。僕は、本当にひとりぼっちになってしまった感じがした。
「ゼロス、まだ俺のこと思い出さないか」
ガウリイさんが声をかけてくる。
「すみません、まだ……」
「まあ焦ることはないって。じっくり時間をかけて思いだしていきゃいいんだ。リナのことはあんなにはっきり覚えてるんだからな」
正直言って、僕はリナさんのことを正確に思い出したわけではない。妹だとはどうしても思えない。あの子は僕の恋人だ。でも、それをいうとリナさんに迷惑がかかるので、黙っているだけだ。
「こんどは、お前も一緒に高原に行こうぜ」
ガウリイさんはいい人だ。ただ……この人といると、心がざわざわして落ち着かなくなる。
「リナと二人でアスレチックやったんだ。楽しかったぜ」
ざわざわがいっそう強くなる。
「あいつ、運動神経もいいな」
「僕には、当分出来そうもないですけどね」
「あ……悪かったな」
ほら、悪い人じゃない。なのに、なぜこんなにこの人は僕を落ち着かなくさせるのだろう。
答えは決まっている。この人が、母さん公認の、リナさんの恋人だからだ。僕の恋人を奪う人だからだ。僕は……この人に嫉妬しているんだ。
「あ、これ、お前が休んでいた間のノート。女子にとってもらった。俺の汚い字じゃないから安心しろ」
「ありがとうございます」
いい人なんですけどねえ……

「おい、門のところで中学生の美少女３人が誰かを待ってるぞ！」
「ほんとか？あの制服はゼフィーリア女学院中等部じゃないか！名門名門」
「見に行こうぜ！」
生徒たちがざわめく。僕は、無関心に、授業の後かたづけをする。すると、ゼルガディスさんに声をかけられる。
「何やってる。早く行くぞ」
「早くって……」
「アメリアたちを見世物にする気か」
僕は、はっと気づいて、鞄の蓋を閉めた。

門のところで、リナさんとアメリアさんとフィリアさんが僕たちを待っていた。可愛らしい制服に身を包んだ彼女たちは、たしかに皆が騒ぐほどに綺麗だった。
「あ、ゼルガディスさん〜」
アメリアさんが、幼い声でゼルガディスさんを呼ぶ。この二人は、つきあってると見なしていいのだろうか？
「よお、リナ、待たせたな」
ガウリイさんがリナさんの肩に手を回す。僕の中の、嫌な部分が目を覚ます。
「行きましょうか、ゼロスさん」
フィリアさんが声をかけてくれる。悪いけれど、僕はこの人についてはほとんど思い出せない。何となく、二人で並んで歩く。
「フィリア……さん」
「何でしょう？」
「ガウリイさんとリナさんはつきあっているんですか？」
彼女は、きょとんとした顔をした。そして、くすっと笑った。
「それは、あなた自身が思いだした方がよろしくてよ」
「それが出来れば苦労はしませんよ」
「そうですわね。それで？あなたはもしそうだとしたらどう思いますの？」
「…………」
「顔に出てますわね」
僕は苦笑した。
「この前に泊まったペンション、また行きませんか？」
アメリアさんが明るく切り出す。
「そうだな、ゼロスの気晴らしにもなるかもしれん」
ゼルガディスさんがうなずく。
「あそこは、ミシシッピ・マッド・ケーキが美味しかったですわね」
「それは、甘いんですか？」
「大丈夫。いつものリナさんのケーキと同じように、甘くないですわ」
「決まりね！今度の土曜日に行こう。旅費は、きっと母さんが出してくれるわ。お兄ちゃんのためだって言えば」
「いいんですか？」
「いいのよ。お兄ちゃんもきっと楽しめるわ」
「僕は、アスレチックは出来ませんよ」
「今度はやらないから大丈夫」
リナさんは、ガウリイさんから離れて、僕の腕に手を絡めた。リナさんの柔らかな胸を感じて、僕はすこしどきどきした。


ペンションは、二階建てのログハウス風の造りだった。女の子はそれぞれ個室に、男性は三人部屋にまとめられた。
「ちっ、不公平だな」
「この前来たときもそうだっただろう」
「ゼロスが増えた分、男っ気が増してるんだよ」
ベッドの上に荷物を投げ込みながら、ガウリイさんが言った。
「メシの前に、散歩でもするか。おいゼル、女の子誘ってこい」
「何で俺が」
「アメリアと二人きりで話せるだろ。リナは俺が誘いに行く。ゼロスはフィリアを……」
「フィリアさんは、ガウリイさんが誘って下さい。僕がリナさんを誘いに行きます」
「おい、リナと俺は……」
「僕はリナさんの兄です。誘いにいっても別におかしくないでしょう？」
ゼルガディスさんはなぜかふっと笑った。ガウリイさんは、ぶつぶつ言いながらフィリアさんの部屋へ向かった。
「リナさん、夕食前に散歩に行きましょう」
「お兄ちゃん」
リナさんは腕を引いて、僕を部屋の中に引っ張り込んだ。
「お兄ちゃん」
そのまま抱きしめられる。
「よかった、こんなに元気になって。こんな旅行にも来られるようになって。記憶のことだって、次第に戻るわ。それに、あたしのことは覚えててくれたんだし」
「そのことなんですが……リナさん」
「何？」
「僕は、あなたを妹として思い出したわけではありません。恋人として、です」
「……いいよ、それで」
「いいんですか？」
「あたしにとっては、同じ事、だから」
リナさんは、僕の頬を両手で挟んだ。
「妹を止めて、あなたの恋人になるわ」
そして、そっと僕に口づけた。

散歩を終えると、夕食だった。脱サラして料理人を目指した旦那さんが作っただけあって、とても美味しかった。階段下の客間でカードゲームをしていると、あっという間に寝る時間になった。
「それじゃ、お休みなさい」
「お休みなさい」
「おう、お休み」
「リナさん、フィリアさん、女の子同士、部屋に集まって喋りませんか？」
「あ、あたしはそれパス。眠いんだ」
「フィリアさんは来てくれますよね」
「ええ。おじゃまさせていただくわ」
「男は男同士、寂しく寝るか」
僕たちはあくびをかみ殺して階段を上った。

夜中に、ふと目を覚ますと、ガウリイさんがいなかった。トイレにでも行ったのだろうと思って、僕はまた床についた。

次の朝、僕はガウリイさんにたたき起こされた。窓の外は、まだほの暗い。
「外に行こうぜ」
「なんで……またこんな朝早く」
「リナのことだ」
僕は、一発で目を覚まして、ガウリイさんの後を追った。
ガウリイさんは、表のドアを開けると、少し開けた場所に僕を導いた。
「昨日、俺はリナを抱いた」
「何のことを……言ってるんですか」
「文字通りだ。俺はリナを、むりやり俺のものにした。処女じゃなかったけどな。あいつの処女を奪ったのはお前か？」
頭の中で、怒りがぐるぐると渦巻いた。僕は、ガウリイさんを殴り倒していた。
「いてえな。このヘンタイシスコン野郎」
「黙れ！」
もう一発。リハビリを終えたばかりの左腕で殴ったのであまり力が入らなかったが、ガウリイさんは地面に倒れた。
「あなたは……僕とリナさんが二人きりになる夜も邪魔に来て……初めからリナさんが狙いだったんですね。リナさんは、僕のものだ。妹だけど、僕の恋人だ！」
「いっつー……」
ガウリイさんは不敵に笑っていた。僕が、なおも殴ろうとしたその時に、ガウリイさんは笑って言った。
「記憶、戻ってんじゃねーか」
「あ……」
「『僕とリナさんが二人きりになる夜、邪魔しに来て……』……か。完璧に記憶戻ってるな」
僕は赤くなる。
「ガウリイさん、最初から僕の記憶を戻すつもりで……」
「昨日リナを襲いにいったのは事実だけどな」
そう言って、ガウリイさんは左頬のひっかき傷を見せた。
「『お兄ちゃんが、あたしの恋人』って、はっきり言われたよ。いくら俺がお前らの母さん公認のリナの彼氏でも、あれほど言われたらあきらめるしかないよな」
「ガウリイさん……リナさんのことが」
「好きだ。お前さんのことが、邪魔でたまらなかったよ。でも、俺の方がおじゃま虫だったとはな」
ガウリイさんは、立ち上がって、服のほこりを払った。
「腹、減ったな。朝飯の時間だ」
「そうですね、戻りましょう」
「その前に……」
ガッ。頬を殴られる。
「病み上がりだから、これくらいで勘弁しといてやる。さっき殴られたお返しと、リナを取られる痛みだ。受け取れよな」
「手加減、ありがとうございます」
「お前のパンチ、結構効いたぜ」
ペンションに戻ると、既に皆朝食を取っていた。
「どこ行ってたの、お兄ちゃん、ガウリイ……二人とも頬にあざが出来てる」
「男同士の秘密だ。なあゼロス」
「なーにー？あっやしいなあ」
「リナには特に秘密だ。さ、メシ食うか」
「もう二人の分は残ってないわよ」
「きついなあ、フィリア。おーい、おやっさん、朝食２人前追加な」


階下から、香ばしい匂いが漂ってくる。
「お兄ちゃーん、ケーキ焼けたよ」
「今行きますよ」
僕は階段を下りる。右足が、僅かにいたんだ。
「今日は母さんもいるんですね」
「せっかくの日曜だもの。あたくしだって、リナのケーキを味わいたいわ。それにしてもゼロス、記憶が戻って本当に良かったわ。あなたに『ゼラスさん』って呼ばれた衝撃は忘れられないわよ」
「すみませんでした、ほんとうに」
「まあ、元はと言えば、腐った手すりを修理してなかったあたくしが悪いんだけど。ほんとうに痛い目に遭わせてしまってごめんなさいね、ゼロス。でも、リナを無傷で守るなんて、さすがお兄ちゃんね」
「リナさんは僕の一番大切な女の子ですからね」
「え？ええ、そうね。たった一人の妹ですものね」
リナさんと僕は、くすくすと微笑みあった。
「ところでリナ、ガウリイさんとは別れてしまったの？」
「ええ。もっと大事な人が見つかったから……というより、見つけていたのよね、最初から」
「どういう意味かしら？それは」
「生まれてから、今までずっと、その人が大好きだったってこと！」
「そんな男の子、いたかしら」
「お兄ちゃん、いこ！勉強で分からないところがあるんだ」
「あら、リナが分からないなんて、よっぽど難問なのね」
「僕ならば、解いて見せますよ」
僕たちは、手を取り合って二階へ上がっていった。


「お兄ちゃん……」
「リナさん……痛くありませんか？」
「痛い。……でもいいの。これは、お兄ちゃんとの痛みなんだから」
「もう止めましょうか？」
「ううん、続けて……」
「ねえリナさん、僕たちはこんな……神に背いた事を続けていたら、絶対に不幸になってしまいますよ。僕はそれが怖い」
「お兄ちゃんがそんな意気地なしだとは思ってなかったなあ」
「リナさん？」
「あたしたちは、あたしたちだけで幸せになればいいじゃない。母さんも、神様も、関係ないわ。あたしは世界一のお嫁さんになる自信があるの。そのために、家事を勉強してきたんだから。お兄ちゃんは、世界一のお嫁さん、欲しくない？」
「欲しいです」
「じゃあ、欲しがってて。あたしが、それを与えてあげるから……」


〜エピローグ〜


「リナ、本当に行ってしまうのね。あたくし、寂しいわ」
「お兄ちゃんの元へ行ったら、必ず電話するから」
「リナさん、寂しいです〜」
「アメリア。あたしの心は、いつまでもあんたと一緒よ。ゼルと幸せ、掴みなさい」
「リナさん。ゼロスさんのところへ行ってしまうんですね」
「フィリア。あんた、最初から何もかも分かってなかった？」
「分かります？」
ふふっ、とフィリアは美しい笑みを見せた。
「おいリナ！」
ガウリイにがっちりと抱きしめられて、リナはもがいた。
「ゼロスの奴が、何かお前の気に入らない事して見ろ。俺がすぐに迎えに行ってやるからな」
「残念だけど、そんなことはないと思うわ」
電車の時間が迫っていた。
「母さん、みんな、しばらくのさよならね」
リナは、重い荷物を抱えて、電車に乗り込んだ。
「母さん、みんな、あたし幸せになるわ」
「お嫁に行くような台詞ね、リナ」
ゼラスは、窓からリナの紅茶色の髪を撫でた。電車はゆっくり動き出した。
「ほんとにお嫁に行くのよ」
「何？リナ、聞こえないわ───」


いもうとをやめて　あなたのこいびとに　なるわって　頬はさんでくれる






というわけで、いつものごとくガウリイが振られて、ハッピーエンドです。「リナちゃんに振られるガウリイの会」（会員二名）の呪いはしつこいのです。ガウリイにもたまにはいい目を見せてやりたいんですがねえ……ここがゼロリナの聖地である以上仕方ないのです。それではまた、別の物語でお会いしましょう。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。ラストシーンも、今読み返してみると、姉弟小説「恋スル気持チ」に似ているのですが。ワンパターンな話しか作れなくて申しわけありません。


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