Ｌｉｎａ〜いもうと［３］




いもうとをやめて　あなたのこいびとに　なるわって　頬はさんでくれる


それから時が流れ、僕は高校一年生になった。リナさんは中学二年生。その日曜日、僕は友達二人を家に呼んでいた。ガウリイさんと、ゼルガディスさん。ガウリイさんとは、あんな事があって以来数年疎遠になっていたが、中学も終わりに近づく頃、またなんとなく仲良くなった。まあ、うまが合うというのだろう。
「リナさんに手は出さないでしょうね」
「さあな。お前に隙があれば、いつでも手は出させてもらうぜ」
だから、僕はガウリイさんの前では気を抜けない。
「お、いい匂いがしてきたな」
「リナさんのケーキですね」
「お前の妹、ケーキなんて焼くのか。女の子らしいな」
「誰かのお嫁さんになることが、リナさんの夢らしいですから」
「あーあ、リナ、俺の嫁さんにならないかなあ」
「ガウリイさんは、駄目です」
「おまえ、小学生の頃のこと、未だに根に持ってんのか？」
「おい、なんだ、小学生の頃の事って」
ゼルガディスさんが口を挟む。
「俺が、リナをデートに連れだしたんだよ。そして、つきあってくれって頼んだら、その日のデートにずーっと付いてきてやがったゼロスが、割りこんだんだ」
「リナさんが嫌がっていたから当然でしょう」
「もう何年前のことだよ。今でも、リナが俺を嫌がるとは限らないだろう？」
「お兄ちゃんたち、ケーキをどうぞ。今日はビターチョコレートケーキの生クリーム添えだよ」
「今日も甘くないんですか？」
「もちろんよ。お兄ちゃんは甘いものが苦手だもんね。生クリームにも、ほとんどお砂糖は入れてないよ」
「ありがとうございます」
「コーヒーを淹れてくるからちょっと待ってて……」
今度は、台所から、挽かれたコーヒー豆の匂いが漂ってくる。
「俺は初めて見たが……ものすごく可愛いな、お前の妹」
「ゼルガディスさんまで、手を出すとは言わないでしょうね？」
「俺も、お前の妹にはふさわしくないか」
「そういうわけじゃ、ありませんが……」
「こいつは、誰だって妹にふさわしくないと思ってるよ。自分以外はな」
「ガ、ガウリイさん……」
「兄妹じゃなきゃ、とっくに自分のものにしてるはずだ」
「ガウリイさん！」
「何、怒鳴ってるの、お兄ちゃん。またガウリイと喧嘩でもしてるの」
三人分のコーヒーをトレイに乗せたリナが、きょとんとした顔で僕たちを見ていた。
「何でもありませんよ、リナさん」
僕はリナさんの手からトレイを受け取って、そう言った。
「旨いな、このケーキ」
ゼルガディスさんが言う。
「ほんとですか」
リナは頬を染める。
「ああ。金を取って売ってもおかしくない」
「やだ、誉めすぎですよ、えーっと……」
「ゼルガディス＝グレイワーズだ」
「ゼルガディスさん」
「お前、ガウリイのことは呼び捨てだろう。俺も呼び捨てでいい」
「じゃあ、ゼルって呼んでいい？」
「別にかまわんぞ」
「ゼル。ケーキを誉めてくれてありがとう」
「旨いから旨いと言っただけだ。お世辞じゃないからな」
「もっと嬉しい」
「リナ、お前もケーキとコーヒー持ってきて座れよ。昔話でもしようぜ」
「……ガウリイとの昔話は、あんまりいい思い出が無いんだけど」
リナさんは、僕の隣にちょこんと座った。そんなことが、僕には嬉しい。
「……それで、俺が砂山の中でリナの手を放さずにいたら、ゼロスの野郎が出てきたんだよ。そして、俺から奪い取るようにリナを連れて帰った。あの時は唖然としたぜ。もっとも、ゼロスがずっと俺たちについてきてることは、俺は気づいてたんだがな」
「あたしは気づかなかった。すごーく、びっくりした」
「でもゼロス……」
ゼルガディスさんが言う。
「リナも、もう中２だろう。そろそろ、好きな奴が出てきてもおかしくない頃だ。リナの方から誰かを好きになっても、お前は許さないつもりなのか」
「リナさんが誰かを好きになる……」
僕は、今までそのことに気づいていなかった自分に呆れた。リナさんがお嫁に行くと行っても、それは遠い遠い未来のことだと思っていたのだ。
「リ、リナさん。貴女は今、誰かが好きなんですか」
「好きな人は、いるよ」
「えっ……」
僕は目の前が暗くなる。
「お兄ちゃん」
「は？」
「あたしが、今一番好きな男の人は、お兄ちゃん」
ゼルガディスさんが、顔を背けてくっくっと笑った。
「リナが『好きな人がいる』って言ったときのゼロスの顔といったら……」
「ひどいですよ、ゼルガディスさん」
「お前にあこがれてる女子に見せてやりたいな」
「あ、お兄ちゃんって、やっぱりもてる？」
「ああ。ゼロスに憧れてる女は、いっぱいいる。よその学校や、上の学年の生徒にもな」
「へーえ。よかったじゃない、お兄ちゃん。その中から、とびっきりの美人でも選んでつきあったら」
「美人だなんて……！リナさんよりも可愛い人なんていませんよ」
「ほんと？お兄ちゃん」
「あーもー、兄妹でアツアツぶりを見せつけるのは止めてくれよ」
ガウリイさんが、手を上に上げて背筋を伸ばしながら言った。
「俺はいまでも、リナが好きなんだからな」
「それは本当ですか、ガウリイさん」
「ああ。ほんとだ。リナは小学生の頃よりずっと綺麗になったし、こんな旨いケーキも焼けるようになったしな」
「でも、リナさんは渡しませんよ」
「お前が決める事じゃないだろう」
「あたし、ガウリイとはつきあわないよ。ガウリイって、あんまり異性って感じがしないもの」
「傷つくなあ」
僕たちは、朗らかに笑った。

次の日曜日も、僕たちは家に集まった。ダイニングテーブルで宿題を教え合っていると（もっとも教わるのはガウリイさんばかりだったけど……）リナさんが帰ってきた。
「あれ、お兄ちゃんたち、今日も集まってたの。あたしも、友達二人連れて来ちゃったんだけどなあ」
「ちょうどいいや。宿題はお開きにしようぜ。リナ、今日は何かおやつはないのか」
「昨日のうちに作って置いたチーズタルトがあるけど……三人分だと思ってたから、一人分の量、少なくなるよ」
「いいよ。リナのケーキが食べられるなら、少しでも我慢するぜ」
「ありがと、ガウリイ。入ってきてよ、アメリア、フィリア」
リナさんに呼ばれて、黒髪の幼い顔立ちの少女と、金髪の大人っぽい少女が入ってきた。
「客間に移りましょう。あそこなら、六人腰掛けられる」
男性と、女性が、向かい合って座った。リナは、台所に立っていった。
「それじゃ、リナさんがケーキを用意している間に自己紹介でも……」
「私はフィリア＝ウル＝コプト。リナさんとは同じクラスです」
「私はアメリア＝ウィル＝テスラ＝セイルーン。やっぱり、リナさんとは同じクラスです」
「僕はゼロス。リナさんの兄です」
「俺はガウリイ＝ガブリエフ。ゼロスのダチだ」
「俺はゼルガディス＝グレイワーズ。ゼロスと同じクラスだ」
「なんだかインスタント合コンみたいになったな」
「アメリア！フィリア！手伝って」
台所から、リナさんの声が響いてきた。女の子たちは、立ち上がると台所に入っていった。
「美少女揃いだな。おい、誰が好みだ？」
ガウリイさんがさっそく尋ねる。
「好みもなにも、さっき出会ったばかりだろう」
「第一印象ってのは大切だぜ。もっとも、俺はリナが一番好みだけどな。ゼルは？」
「……黒髪の」
「なんだ、やっぱり好みの子がいるんじゃねえか。となると、ゼロスは金髪の子と組むことになるな、組み合わせから言って」
「僕は、リナさんをあなたと組ませはしませんよ」
「何言ってんだよ、いい加減シスコンからは卒業する時期だぜ。あのフィリアって子、見たろう。あんな美人はそういないぜ」
「だったらガウリイさんがアタックすればいいでしょう」
「俺はリナに一途なんだ」
「にぎやかに、何を話し込んでいるんですの？」
フィリアさんが、紅茶を僕たちの前に配った。
「何でもありませんよ、フィリアさん」
僕はにっこり微笑んで、紅茶を受け取った。
「はいはい、小さいけどチーズタルトですよ」
リナさんとアメリアさんがケーキをテーブルに並べた。ガウリイさんが、さっそくケーキにかぶりついた。
「旨い！リナ、おまえケーキ屋開けるぜ」
「せっかくだけど、あたしはこのケーキを、たった一人の人のために作りたいの」
「お、それはどういうことだ？」
「あたしは、大きくなったら、誰かのお嫁さんになりたいの。その人のためだけに、日曜日にはケーキを焼いてあげるの」
「俺の嫁さんになれよ。日曜日とは言わず、毎日お前のケーキをまるごと食べてやるぜ」
「いまのところガウリイは対象外。ごめんなさいね〜」
「でも、本当に美味しいわ。紅茶とも良く合うこと」
フィリアさんの物腰は上品だ。
「ゼ、ゼルガディスさんたちは、学校でも仲良しなんですか？」
「ええ。ガウリイさんとは小学校以来で。腐れ縁ですね」
「はは、ゼルガディスさん『たち』ときたもんだ。俺たちは『たち』なんだな」
アメリアは、耳まで赤くなる。
「そ、そういう意味で言ったわけじゃ……」
「おい、ガウリイ。あまりからかうな。アメリアが可哀想だろう」
「お、かばった。これは早くもカップル成立か？」
「ガウリイ！」
「わかったから、そう睨むなよ。お前はもとから目つきが悪いんだから」
小さく切られたチーズタルトは、あっという間になくなった。
「あーあ、旨かっただけに食べたりないなあ」
「それはあたしも一緒よ。お兄ちゃんも、あしたお客様が来るなら来るって言っておいてくれればいいのに」
「そしたら、リナさんはケーキを焼くでしょう？リナさんに、余計な気を使わせたくなかったんです」
「ケーキを焼くの、あたしには何の苦にもならないんだけど」
「それでも、リナさんに迷惑をかけたくなかったんです」
フィリアさんがくすっと笑った。魅力的な笑みだった。
「ゼロスさんは、ずいぶんと妹さんを大切になさるのね」
「ええ。僕の可愛いリナさんですから」
「何を言うのよ」
リナさんは頬を紅くした。


僕たちの学校の文化祭が来た。正直、あまりリナさんたちを呼びたくなかった。僕たちのクラスの出し物は、「女装喫茶」。女の子たちが料理の準備をして、僕たちがウェイトレスだ。
「ゼロスくん、チャイナドレス、似合う！」
「どれどれ……ほんと！さらさらの黒髪にぴったりね。二の腕も細いし」
「からかわないで下さいよ」
「からかってるもんですか。本気で綺麗よ、ゼロスくん」
教室の大きな鏡の前で、ガウリイさんが叫んでいる。
「いやだー！俺はいやだー！！脱がせてくれぇ！」
「何言ってるの、ガウリイくん、最高よ」
ガウリイさんは、髪を高いところで二つに括られ、ピンクのドレスに身を包んでいる。はっきり言って、僕も思わず見とれるほどに美人だ。
「嫌だー、俺は脱ぐ！」
「これからお化粧もあるんだから。じっとしてて」
「化粧？冗談じゃないぜ。誰か、何とかしてくれ！」
「おとなしく化粧されてろ、ガウリイの旦那」
白のミニのワンピースを着て、既に唇にピンクのルージュをさしたゼルガディスさんが、あきらめ顔で言う。
「ゼ……ゼル、似合ってるぜ」
「旦那が化粧すればもっと似合う。女子に任せろ」
「じゃあそろそろ準備は終わりましたね！店を開けますよ」
入ってくるのは、ほとんどが女子だった。
「何になさいますか？」
僕が出来るだけしとやかに言うと、女の子たちは顔を押さえて笑った。
「クッキーと、コーヒーのセットを」
「かしこまりました」
僕は、教室を仕切って作った厨房に入る。
「クッキーとコーヒーのセットだそうです」
「はいはーい。そこに置いたわ。もっていってゼロスくん」
僕が頼まれたものをテーブルの上に静かに置くと、女の子たちは再び、くすくす笑い合った。
「あー、ここよ、ここ。お兄ちゃーん、遊びに来たよー！」
「リ……リナさん」
僕は、厨房に隠れようとして引っぱり出される。
「お兄ちゃん、ちゃんと顔を見せて。やっぱり！お兄ちゃんお化粧似合う！素敵よ」
「嘘でしょう」
「ほんとよ、ほんと。見に来た甲斐があったわ。ちょっとじっとしてて」
そういって、リナさんはデジカメを取り出す。僕は固まる。
「動かぬ証拠を、残すわけですか……」
「今日のお兄ちゃんは最高よ。さ、笑って」
僕は無理やり作り笑いをした。リナさんは、シャッターを切った。
「じゃ、今度はあたしと一緒に写ろ。アメリア、シャッターお願いね」
「はい、分かりました」
「僕としては、こんな格好でリナさんとツーショットしたくないんですが……」
「いいのいいの。さ、アメリア」
「撮りますよー」
僕の恥ずかしい想い出は、カメラに収められた。
「よく似合ってますわ」
フィリアさんもいつの間にか近くに立っていた。僕は、逃げ出してしまいたい思いをこらえた。
「ガウリイさん！」
「おう、なんだゼロス」
「こちらのレディたちにお茶とケーキを」
「レディって……おまえら！」
「ガ、ガウリイ……似合いすぎ！」
リナはけたけたと笑い転げた。
「悪かったな」
「ううん、綺麗よ。ガウリイ、とっても綺麗」
リナさんがしきりにガウリイさんを誉めるのを、僕は面白くない思いで見ていた。
「ねえ、一緒に写真撮って！」
「リナ、お前なあ……」
「フィリアとアメリアも一緒に入ろう！お兄ちゃん、シャッター押して！」
「まあ、お客様のお願いとあれば」
僕は、憮然とした表情を浮かべて、その写真を撮った。
「ゼルガディスさんは……？」
あどけない黒髪の少女───アメリアさんが聞く。
「さあ、姿が見えませんねえ……呼んできます」
厨房の片隅に、白いワンピースがうずくまっていた。
「ゼルガディスさん、ご指名ですよ。アメリアさんから」
「俺は行かん、絶対に顔を出さんぞ！」
そんなゼルガディスさんを引きずるように、アメリアさんの元に連れ出す。
「うわあ……綺麗です、ゼルガディスさん。可愛い……」
「あんまりじろじろ見るな。全く……みっともない」
「そんなことありませんよ。似合ってます」
「後夜祭に来てくれないか」
「えっ？」
「こんな格好をした俺だけを見られたくないんだ。一緒に踊ろう」
「おー、そりゃいいアイデアだな。リナ、お前も後夜祭に来いよ。俺と踊ろうぜ」
「あんたと踊るかどうかは別として……後夜祭にはありがたく招待させていただくわ。じゃ、それまで他の模擬店まわろうか」
「もう行っちゃうんですか」
「クッキーやケーキとコーヒーじゃ、お腹は膨れないもの。表で、クレープとか、タコスとか、いっぱい売ってたわ。じゃあね」
リナさんたちは去っていった。
「ゼロスくん、ガウリイくん、ゼルガディスくん。さぼってないでキリキリ働いて」




この「女装喫茶」は、アニメ「ＮＥＸＴ」であった、男子禁制の国からヒントを得ました。ていうか、あのチャイナゼロスはマジで似合っていたと思うのですが。それでは、今後ともよろしくお願いします。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。昔は母が、日曜日ごとにケーキを焼いてくれました。私は、いい年しても一人ではケーキは焼けません。リナちゃんはきっと……焼けるでしょう。


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