香港エトランゼ［３］



「僕の一番愛しい人……それって告白、ってやつ？」
「ええ。そして、貴女を縛る、呪縛でもあります」
「呪縛……」
「貴女は、もううちへは帰れません」
「なに頭にウジが湧いたようなこと言ってんのよ」
「僕の恋人になるというのはそういうことです」
「誰が、あんたの恋人にしてくれって頼んだのよ」
「僕の勝手な片思いです。貴女は美しくて、強い。開きかけの薔薇の蕾のようにりりしく、繊細だ。僕は貴女を僕のものにしたい。貴女は、僕がお嫌いですか？」
「嫌い、って言ったらどうすんのよ」
「それでも僕のものにします」
「正直言って、初めてあったときから嫌いじゃなかったわ。そうでなきゃ、あんたのためにこの手を血で染めたりしない。でも……うちにも帰らせてくれないなんて、やりすぎなんじゃない？」
「あなたは今朝のロビーの抗争で、かなりの人に顔を見られましたね」
「……そりゃ、見られたでしょうね」
「その中には、今日おそってきた冥皇会ではない、他のマフィアのメンバーもいたはずです」
「…………！」
「貴女は、完全に僕たち……獣皇会のメンバーと思われたでしょうね。事実かどうかはともかく」
「家へ帰れない、っていうのは……」
「貴女のご家族を守るためです」
「香港にあたしの家族はいないわ。いるのは師匠だけよ」
「それでは、その師匠さんに危害が及ぶことになりますね」
「…………」
「もともと、そちらから首をつっこんできたんですからね。今更後悔しても遅いんです」
「わかったわ」
リナは、深紅の瞳を上げた。
「後悔は、しない主義だから。あんたについて行く。あたしを導いて」
「任せてください」
「じゃ、改めてよろしくな、リナ」
ガウリイが、大きな手でリナの小さな手を取った。
「ガウリイさん、リナさんはもう僕の恋人なんですから。なれなれしくしてもらっては困ります」
「おっと、すまねえな」
「いいじゃない、手を握るくらい」
「貴女は、髪の毛からつま先まで僕のものになるんです。分かっていただかないと」
「ふうん……あんた、独占欲強いのね」
「そうでなくては、この街でマフィアのボスとして生きていくことはできません」
「あんたはボスじゃないんじゃなかった？」
「……そうですね。ボス代理、といったところでしょうか。母様に貴女を紹介したい。着替えが必要ですね」
「この服、似合ってない？」
「そのいかにも女子高生、といった服装も可愛いんですけど、僕の恋人、となるともう少し格調高い服でないと」
「じゃあどうする？服を買いに行く？デパートかどっかへ？」
「いえ……ちょっと貴女の体を触らせてください」
「なっ！何考え……ちょっと！やだ、くすぐったいってば！どこ触ってんのよ！」
「７８・５３・７９といったところですか。見た目通り、華奢ですね」
「一人では満足に戦えもしない男が、触っただけで女のスタイルを計れるわけ？」
「きついですね」
「女ったらし」
「今は、貴女一人です」
「こいつの言うこと、信じていいの」
リナはガウリイに視線を向ける。
「嘘だ、嘘。こいつには、香港中に女がいるよ」
「やっぱり」
「だから、今は、と言ったでしょう！それに、僕は本気になって女性を愛したことはありません。だから、今までの相手も他のマフィアにつけねらわれることなく無事だった」
「ま、確かに、本気になったことはないな。どの女も一夜限りだ。だが、向こうが本気になっていることは多々あるぞ」
「そうですね……その度に、ゼルガディスさんがお金で話をつけてくれた」
「ちょっと待ってよ。そのゼルガディスさんって誰よ」
「僕たちの経理係です」
「まあ、頭脳の面でゼロスをサポートしてくれるお目付役、ってとこか」
「ガウリイは？」
「俺は頭には自信がないが、銃と剣と体術は誰にも負けない。こいつのボディーガードだ」
「マフィアのボスって、もっとたくさんの部下に、いつもかしずかれているものだと思ってたわ。それに、ボディーガードにタメ口をきかせるなんて」
「俺とゼロスは小さい頃から一緒だったもんな。大きくなったら、こいつのボディーガードになるって思ってた。そのために、剣を学び、銃を扱い、体術を会得した。それから、マフィアのボスだからって、いつもは身の回りにそんなにたくさんの部下は置かないもんだぜ。もっとも、こいつが一声かければ、数百人の屈強な男が立ち上がるがな」
「ふん……で、あたしの立場はどうなるわけ？」
「ゼロスの恋人だろう」
「そうですね。僕はいままで決まった恋人を作らなかった。正直、貴女をどこまで守り抜けるか分かりません。でも、僕は貴女を守るためなら、どんな犠牲も払います」
「それがあんたの命だったりしたら？」
「……僕の命の上に、数百人の部下の命、そして数万人の民間人の命がかかっています。申し訳ありませんが、あなた一人のために、死ぬわけにはいかない―――」
「それを聞いて安心したわ」
「えっ？」
「あたしを守るために、自分に忠誠を誓っている人たちのことを見捨てるような男だったら、あたしは端からお断りよ。分かってると思うけど、あたしを人質に使われても、自分の命や他人の命を捨てるようなまねはしないでね」
「いえ、リナさんはガウリイさんが、守りますから……貴女が人質に取られるようなことにはなりません」
「任せろ……と言いたいところだが、俺はゼロスとリナ、二人を同時に守れるほど器用じゃないぜ」
「じゃあ、ぎりぎりの時にはゼロスを守って」
「分かった」
「リ……リナさん、何を言うんですか。あなたは……僕の大切な……」
「ひ弱で臆病などっかのマフィアのお偉いさんと違って、あたしは闘えるのよ。自分の身くらい、自分で守ってみせるわ」
「恋人を持つのって、大変なんですね」
「じゃあ、やめれば」
リナとガウリイの声が重なった。


昼食が終わり、食後のコーヒーを三人で飲んでいると、チャイムが鳴った。ガウリイが、剣を手にとってドアの脇に控える。
「どうぞ。鍵ははずしました、ゼルガディスさん」
「入るぞ」
銀髪の、目つきの鋭い男が入ってきた。後に、だれもいないことを確認して、ガウリイは剣をおろし、ドアを閉める。
「味方を入れるときにも、警戒するのね」
「ドアが開いた瞬間、人数で押し込まれたら困るからな」
「この女か」
ゼルガディスはその鋭い瞳でリナを見た。
「僕の恋人です」
「本気の……というわけか」
「そうです」
「こんな日が来るのを怖れていた。もうお前は昨日までのお前じゃない。大きな弱点を持った、ただの弱い男だ。はっきり言って……」
リナは、睨みつけられ、その深紅の瞳で睨み返した。
「今からでも、お引き取り願いたいところだな」
「ゼルガディスさん、僕の方から彼女を引き留めたんです。それより、頼んでいたものは持ってきてくださいましたか」
「ああ。サイズに少々難があって苦労したが」
ゼルガディスは手に提げたトランクを開いた。そこには、三着のチャイナドレスがあった。どれも、一目で分かる高級品だ。
「これは……あたしに？」
「ああ。胸のサイズが小さすぎて、品物がなかったんだ。この三着で我慢してくれ」
「我慢って……こんな高級品もらえないわよ」
「お前は、獣皇会の跡継ぎ、ゼロス＝メタリオムの恋人だな？」
「え……ええ、そうよ」
「それなら、今着ているような、幼稚な格好では困るんだ。さて……さしあたってはどれを着る？」
「その赤の。牡丹の刺繍がある」
「ああ。確かにお前に一番似合うな。センスのない女ではなさそうだ」
「ゼルガディスさん……彼女は僕の恋人なんですよ。そう厳しいことばかりぽんぽん言わないでくださいよ」
「お前は、甘い恋愛にうつつを抜かしている暇はないはずだ。彼女にも、それなりの覚悟はしてもらう。おい、お前……と、いつまでもお前、じゃ困るな。名前はなんて言うんだ」
「あんたから、名乗ってもらおうかしら？」
「ふん……子供でも、気の強さは一人前だな。俺は、ゼルガディス＝グレイワーズだ」
「リナ＝インバースよ」
「リナ。早速で悪いが着替えてくれ。お前は、これから獣皇会のボス、ゼラス＝メタリオムに引きあわされる」
「分かった。そっちの寝室、借りるわね」
「これも持って行け」
デパートの、ショッピングバッグ。
「化粧品だ。お前の好みが分からないので、口紅などの色は十色以上用意してある」
「ふふ、あたしのせいでずいぶんお金を使わせちゃったわね」
「これくらい、使ったうちに入らん。急いでくれ」
リナは、寝室に入ってドアを閉じ、セーターとミニスカートを脱ぎ捨てた。そして、与えられた赤いチャイナドレスを着る。サイズは、計ったようにぴったりだ。化粧品は、まだ化粧を知らないリナには、扱い方が分からなかった。リナは、客間へ顔を出す。
「あの、あたし、化粧の仕方なんて分からないんだけど……」
「全く、ゼロスもこんな子供に惚れるとは……」
ゼルガディスが額を押さえる。
「化粧なら、僕に任せてください。さあ、鏡の前に座って……」
ゼロスは、化粧下地を手に取り、リナの白い肌に伸ばしていく。
「慣れてるわね」
「女の方たちに、さんざんいたずらされましたから」
「確かに、あんたの顔って、化粧してみたくなる顔だわ」
「リナさんは、そんなことしないで下さいね……チークはローズがいいですね。服が、深い真紅だから……」
そして、紅筆をとる。
「唇は、マットな赤がいいでしょうね。布地に、光沢があるので……」
マスカラで、睫毛を伸ばされる。
「完成です」
「おお、リナ、見違えたぜ」
「まあ、ゼロスの恋人にふさわしく見えるな」
「僕が言うのも何ですが……美人に仕上がりましたね」
「あんたのおかげよ」
「素材がいいんです」
ゼルガディスは、携帯を取り出して、どこかに連絡を取った。
「行こう。ゼラス様がお待ちかねだ」


黒のベンツは、九龍の中央へ向かっていった。
「ねえ……ゼロス。あんたのお母さん……ゼラス＝メタリオムって怖い人？」
「ええ。あの方は敵には容赦のないところがありますね」
「九龍の覇権は、あの方が持っているも同然だ」
「そんな人に、あたしみたいな子供が会っていいの」
ゼルガディスがふっと笑った。ガウリイも、口元を押さえてくっくっと笑っている。
「何？何か変なこと、あたし、言った？」
「いや……何でもありません。貴女が心配しているようなことは何も起こらないと思いますよ」
やがて車は、黒と金で装飾されたビルの前に滑り込んで止まった。ガウリイとゼルガディスが素早く降り、ゼロスとリナをエスコートする。
「ゼラス様は」
「２０階のメインオフィスにいらっしゃいます。可愛らしいお客様をお待ちかねのようで」
４人は、広いエレベータに乗り込んだ。音もなく、扉が開く。
「こちらへ」
上品なスーツを身につけた男性が、４人を導く。
「ゼラス様、ゼロス様がいらっしゃいました」
「ゼロスだけ？」
「いえ、ガウリイ様とゼルガディス様もご一緒です。それと、女性の方が一人」
「ふっ……ふふふふ」
部屋の中から、柔らかな女性の忍び笑いが漏れてくる。
「さあ、入っていらして、リナちゃん」
「はあ？あたし？」
「僕たちも入りますよ」
「ああもう、むさ苦しい男はいらないのに」
部屋にはいると、焚きしめられた香がかぐわしい。一人の金髪の女性が、奥の豪奢な椅子に腰掛けている。その顔は、白檀の扇で隠されている。
「ああ、リナちゃんを見るのが楽しみ！それ以外の物を視界に入れたくないのよ」
「か、母様……」
「ゼロス。あんたの顔は見慣れてるから近づいてこないで。さ、リナちゃん」
リナはとまどったが、ゼルガディスが何かをあきらめた顔で言った。
「ゼラス様のおっしゃるとおりに」
リナは、ゼラスの前に進み出た。
「あなた、改めてお名前を教えてくれるかしら？」
「リナ。リナ＝インバースです」
「あたくしはゼラス＝メタリオム。獣皇会のボスよ」
そして、白檀の扇が除けられる。
「まあっ！なんて美少女！あなたがゼロスの選んだ恋人ね？」
「え、ええ。そうです」
「偉い！でかしたわ、ゼロス。こんな可愛らしい恋人を捕まえるなんて。あなたが一夜限りの女以外に興味を持たないから、あたくしあなたが同性愛者なのかと心配したわ」
「母様！」
「ガウリイさんだって、ゼルガディスさんだって美青年だし。でも、安心したわ。こんな綺麗な女の子は見たことないわ」
「あの……褒めすぎです、ゼラス…様」
「まあ、ゼロスの選んだ子があたくしに様づけだなんて。ゼラスさん、で結構よ」
「はい、ゼラスさん」
「なんて甘い声なのかしら。耳の贅沢だわ」
間に机がなければ、確実に抱きしめられていたであろう。机の存在に感謝するゼロスであったが、
「リナちゃん」
ゼラスは立ち上がって机を回り込むと、リナをしっかと抱きしめた。男三人はそれぞれの方向を見ながら、うなだれる。
「まあ、華奢なこと。折れてしまいそう。とても、この腕や脚が男たちを相手に闘うとは思えないわ。……ゼロス、リナちゃんのスリーサイズは？」
「７８・５３・７９ですが」
ゼラスは、机の上の電話をとり、どこかへかけ始めた。
「そう！白い肌に真っ赤な瞳！紅茶みたいな栗色の柔らかい髪！似合うドレスを、そうねえ……２０着仕立ててちょうだい。頼むわ」
「今まで抑圧されていた分、爆発がすごいな」
「京劇にも興味を示さず、日本のタカラヅカの娘役ばかり追いかけているからな」
「リナちゃん」
「はい、何でしょう」
「あなたは、どこの国の人なのかしら？香港人ではないわね？」
「え……なぜ」
「あなたの広東語、完璧すぎるのよ。どこの癖もない。さぞかしいい先生について習ったんでしょうね」
「ええ……母国で、香港に来るために外国語教室に通いました」
「母国はどちら？」
「イングランドです」
「なぜ、この香港に？」
「あたしの学んでいる拳法の修行の仕上げをするためです……いえ、でした」
「どうして？拳法くらい学べばいいじゃない」
「あたしは、もう自由に外は歩けない身だから……」
「なぜ？ゼロスの恋人だから？」
「そうです、母様」
ゼロスが、後ろからリナを軽く抱きしめた。




また、「リナちゃんを溺愛するゼラス様」を書いてしまいました。好きなんです、このシチュエーション。ちなみに、私も宝塚では娘役の方に惚れてしまいます。それでは、続きもよろしくお願いします。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。いろんなリナちゃんを書くのは楽しいことですが、この「香港…」のリナちゃんはわりと好みの方です。ゼラス様は相変わらずとばしてますね。


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