花のように

うららかな春の日。アメリアは、国の使者としてある王国へ来ていた。用事はすぐに終わり、アメリアはこの国の名物の桜並木を見ていくことにした。
「うわあ……」
風が吹く度に、薄桃色の花びらがどっと舞い散る。並木は、見渡す限り続いている。
「綺麗だなあ……私一人が見るのがもったいないくらい」
再び風が舞った。アメリアは、散り行く花びらの一つを手で捕まえた。
「ふふっ……」
手の中の、限りなく白に近い、薄紅色の花びらに唇を寄せる。
「リナさんたちにも見せてあげたいなあ……それから、父さんにも」
桜並木の下を、恋人同士が腕を組んで歩いて行く。アメリアは、一人の青年のことを思いだして、頬を紅く染めた。その時、目の端を、ちらりと黒いマントがよぎった。アメリアはそちらに目を向ける。背の高い、長い黒髪の女魔導士が、桜の下を歩いていた。
「グレイシア姉さん！？」
思わず呼びかける。魔導士は一瞬凍り付き、それからゴキブリのようにかさかさ……と逃げ始めた。アメリアは追いかける。
「姉さん？姉さんなんでしょ？止まって、お願い！話があるの」
女魔導士は人並みをかき分けて去ろうとする。アメリアは、とっさに呪文を放った。
「影縛り（シャドウ・スナップ）！」
女魔導士は、急に動けなくなって焦る。アメリアは、彼女との距離を縮める。
「ラ……ライティング！」
女魔導士はそれで自分の影を消すと、再び逃げ始めた。アメリアは、風になびく彼女の綺麗な黒髪をむんずと掴む。
「い、痛っ！」
女魔導士はようやく観念して、振り返った。
「ちょっと、ひどいんじゃない。髪の毛引っ張るのって、反則じゃなくて？」
「姉さんが逃げるからです」
「姉さん？何のことかしら。私は天才魔導士、白蛇（サーペント）のナーガ！人違いじゃありませんこと？」
「グレイシア＝ウィル＝ナーガ＝セイルーン！私の目はごまかせませんからね」
「それでは私はこれで失礼……」
「待った！」
「痛い……髪の毛を引っ張るのは止めてっていったでしょう」
「姉さん、今更国に戻れとか、王位を継げとかいいません。ただ話がしたいだけです。幸いあそこにオープンカフェがあるし……奢りますよ」
「奢り？」
ナーガは目の色を変える。
「まあ、そういうことなら、ついていって上げなくもないけど。大きくなったわね、アメリア」
「姉さんと同じ血を引いてますからね……これから、もっともっと大きくなりますよ」


泣きたいときもあったね
一人口ずさんだ　さくら並木
ありがと　なんでもないの
ずっと　分かってる　花の蕾


オープンカフェで、サンドイッチをぱくつく二人。通り過ぎる人々が、ナーガの「いかにも悪の女魔導士でござい」と言った格好を、じろじろと見ていく。
「姉さん……まだそのかっこしてたんですね。いいかげん、恥ずかしくなりませんか？」
「いいのよ。これは私に似合うんだから」
「まあ、似合ってますけど……」
「よし、アメリアのお墨付きがでたわね。私、オバーサンになるまで、この格好で行くわ」
「そ……それはちょっと止めた方が」
「聞こえないわよ。おーっほっほっほ！」
高笑いに、カフェの客が振り返る。アメリアは、他人の振りをすることも出来ず、その視線に耐えた。
「それにしてもおどろいたわ。あんた、あの子と一緒に旅をしてたんですって？」
「あの子……リナさんのことですね」
「ええ。姉妹で、同じ人と偶然旅をするなんて、ちょっとした運命を感じるわね」
はらはらと桜の舞い散る中、アメリアは遠い目をする。
「リナは、何か私についてあんたに話さなかった？」
「いえ……あんまり。リナさんの中では、思い出したくない思い出になってるみたいでしたね、姉さんとの旅は」
「な、何よそれ。失敬しちゃうわね」


きそいあって降る花びら
　
うららかな嵐
姉妹（おんなどうし）


「どこまでもついてくるストーカー、金魚のうんち、とは言ってましたけど」
「私の向かう先々に、あの子がついてきただけよ。おーっほっほっほっほ！」
今度の高笑いには、カフェ中の人が目を背けた。アメリアは、一人赤面する。
「で？あんたとリナの旅はどんなだったの？」
「リナさんは、ガウリイさんっていう旅の傭兵と一緒でした。それと、キメラにされた身体を持つゼルガディスさんって方とも一緒でした」
ナーガは、アメリアの微妙な表情の変化を見逃さなかった。
「さては、あんたはそのゼルディガスさんって人に恋をしてるでしょう？」
「なっ……そ、そんなことありません。だいいち、ゼルディガスさんじゃありません。ゼルガディスさんです」
「あんたの瞳を見れば分かるわよ。あんたはそのゼガルディスさんって人に惚れてるわね？」
「だーかーら、ゼガルディスさんじゃありません。ゼルガディスさんです」


その瞳は　恋をしてるでしょう───


「で、そのゼ……さんとは、どこまで行ってるの。キスぐらいしたの？」
「キ、キス？そんなのするわけ無いじゃないですか。ただ、キメラの身体を元に戻す方法を見つけたら、セイルーンに来てくれるって約束はしました」
「ふーん。フィアンセってわけだ」
「そんなんじゃないですってば」
「でも、なりたくないの？フィアンセに」
「それは、なりた……何を言わせるんですか、姉さん」
「女は素直が一番よ。この舞い散る花のように、潔くなくちゃ」
「姉さんに言われたくありませんね」
「で、今日はどうしてこんなところにいるわけ？綺麗な服着て」
アメリアは、桃色のドレスに身を包んでいる。大きな胸を、強調するかのような仕立てだ。
「お父様の代わりに、この国に使者として来てたんです。それで、この国は桜並木が名物だからって聞いて、せっかくだから見ていこうかなって……」
「私も、たまたまこの国に寄ったら、桜が綺麗だったから、つい散歩してたのよね……油断したわ」
「別にいいじゃないですか。私は、姉さんを束縛なんかしません。さっきも行ったように、国に帰れともいいませんし、父さんの後は私が継ぐ覚悟も出来てます」
「ふーん……出来のいい妹を持つと、楽ではあるけど、ちょっと落ち込むわね」
「じゃあ、姉さんが国を継いでくれますか？」
「そ、それはまっぴらごめんよ。私には、旅の空があってるのよ」
アメリアはにっこりと微笑む。
「リナさんたちと旅をする前の私だったら、分からなかったでしょうね、姉さんの気持ち」
「今は……わかるの？」
「分かります。魔族と戦ったり、野宿したり、火竜王の神殿ぶちこわしたり、異界の魔王と戦ったり、色々ありましたけど、旅をするのって、ほんとに自分を高めてくれますね。セイルーン城内にこもっていたら、とても知り合えなかった人たちにも出会えましたし」
「ふうん。物わかりいいじゃない」
「だから、姉さんがずっと旅をしていたいっていうの、わかるんです。それに、姉さんには、来る日も来る日も書類にサインしてハンコ押す生活なんて似合いません」
「あんたはそれをやってるの？」
「ええ。まあ」
「あんたも旅に出ればいいじゃない」
「もう私にはそれなりに国政の責任ってものがあるんです。たぶん、リナさんたちとの旅、あれが私にとっては最後の旅でしょう」
「苦労してんのね」
「そんなに苦にはなりません。それに、いつの日かゼルガディスさんが来てくれるかも知れないし」
「ゼスディガルさんって、あんたにとってはすごく大事な人なのね」
「……『ゼルガディス』さんです」


桜の木陰のシェスタ
いつもこんな風に　淡い色に
両手に　余る気持ちに
どんな　想い返す　花占い


「で？あの子はどうなったの？風の噂に、デモン・スレイヤーズって呼ばれてるって聞いたけど。金髪の男と一緒に」
「リナさんですか。リナさんは……行きました」
「ええっ！？まさか、死んだの？」
「死んでは、いません。ただ、この世界にもう戻ってくることはないでしょう」
「どういうことよ」
「リナさんは、魔族と不死の契約を交わしました。そして、魔族の世界へ旅立ちました」
「どぅええ！？よりによってあの子が、魔族と不死の契約？そういうのには一番縁のなさそうな子だと思っていたのに。それに、デモン・スレイヤーズの片割れの男はどうなったのよ」
「ガウリイさんですか。振られちゃった、みたいですね。今は一人で、リナさんたちを探す旅を続けています」
「ちょっとちょっとちょっと。その魔族って、いわゆるレッサーデーモンとか、ブラスデーモン……ってわけじゃないわよね」
「ええ。魔族界でも屈指の高位魔族です。名前はゼロスさん。私たちと、一緒に旅をしていたこともありました」
「あんた、魔族と旅なんかしたの？」
「ええ。二度ほど、結構長い旅をしました」
「あんたたちに仇なす行為はしなかったの？」
「私たちを、正確にはリナさんを、護り、導くことが彼の役目だったみたいですから。それに、一口に魔族って言っても、色んなのがあるんだなって、分からせてくれたのも彼です」
「で、その高位魔族が、リナを連れていった、と」
アメリアは、桜の樹を見つめる。
「連れて行かれたのは、リナさんの意志みたいです。リナさんは、ゼロスさんに惹かれていたみたいでしたから。それに、ゼロスさんも」
「それって、つまり、二人は恋人同士になったってこと？」
「……分かりません。魔族と恋なんて出来るんでしょうか。でも、とにかくリナさんはゼロスさんと遠いところへ行きました。帰ってくる気はなさそうです。そうだ、今私、リナさんからの手紙を持ってるんです。読んでみますか？」
「読むわ」
ナーガはアメリアの手から封筒を受け取ると、そっと中身を取り出した。

　アメリア、元気にしていますか。
　突然ですが、私、ゼロスと不死の契約を結びました。
　ただし、永遠じゃないのよ。きっちり百年間。
　私たちは、どこでもない場所に行って、幸せに暮らします。
　探しても無駄だと思うので、探さないで下さい。
　あなたと旅したことは、一生忘れません。
　それから、お姉さんにもよろしくね。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　リナ

「お姉さんにもよろしくね、か……」
「図らずも、直接伝えることになりましたね。リナさんは、ゼロスさんといるとき、本当に幸せそうでした。きっと今も、どこかで幸せに暮らしています」
「魔族と？」
「ええ。魔族と」
二人は、しばらく無言で紅茶を飲んだ。明るい、力強い少女の笑顔が、二人の胸をよぎっていた。紅茶を飲み終えたナーガが立ち上がる。
「私、そろそろ行くわ」
「えっ、さっき会ったばかりじゃないですか。一泊くらい、一緒にいてくれてもいいでしょう？」
「リナの消息を聞けただけで、私は満足よ」
アメリアが勘定を済ませている間に、ナーガは人々に紛れ込もうとしていた。
「姉さん！いつかきっと、また会えますよね？」
「私に？リナに？」
「両方です」
「きっと会えるわ。だって、私たちはこんなに強い偶然の絆に結ばれているんだから」
「そうですね。次に会える時を、楽しみにしています、姉さん」
ナーガは、軽く手を振った。そして、花見客の人混みの中に消えていった。


胸の深く　いつか知るでしょう
悲しみにも　潔くなくちゃ


そうよ　顔を上げて───






「花のように」はＰＳＹ・Ｓ（サイズ）というユニットの曲です。
「姉妹（おんなどうし）」という歌詞があるので、最初はリナ＆ルナで書いていたのですが、それは「Love Song」という小説に変化してしまったので、スレイヤーズに出てくるもう一組の姉妹のために小説を書いてみました。正直、「スレイヤーズすぺしゃる」の方はあまり読んでいないので、ナーガの性格に「こりゃ違うだろ」ってとこがあるかも知れませんが、見逃して下さいm(_ _)mそれから、この小説はゼロリナ小説館（短編）の「百年の孤独」の姉妹編として書きました。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。この曲は、今ではオークションでもない限り、非常に手に入りにくい曲になってしまいましたが……。私も、シングル版を探すのを諦めて、アルバムアレンジバージョンで聴いています。例によって、いつも聴くMDウォークマンに入れっぱなしになっています。ナーガのことを書くのは初めてだったのですが、いかがでしたでしょうか。