Ｌｏｖｅ Ｓｏｎｇ［前編］

一行は、旅の途中の草原で休んでいた。弁当の包みは、既に空になっている。鳥の声一つ聞こえない、静かな平原。風だけが、優しく草の表面を撫でている。
「おい、アメリア。何か歌えよ」
「ええっ、私歌えません。ゼルガディスさんはどうですか」
「俺が歌なんて歌えると思うか。ガウリイはどうなんだ」
「いや、俺って、酒が入ってないと歌えないんだ。それに、俺、歌うの好きなんだけど、音痴らしいんだ。俺としては、才能あるつもりなんだがなあ」
「ということは、リナさん！歌うのはリナさんに決まりですね」
「なぁんでそういうことになるかなあ……まあ、歌うのは構わないけど」
「じゃあ、リナさん、ぱちぱちぱち〜」


すてられたハートは銃のひびきのよう
あの人は夜のあいだに消えた

愛の歌しか歌わない女
彼女は気づく　飛べない鳥の声
いつか大空に戻れることだけを
夢見ても　その羽根は重くて石のようだと


「おいリナ、お前めちゃくちゃ歌上手いな。歌手としてもやっていけるんじゃないか？」
「お世辞は止してよ」
「いや、まじめな話だ。今の曲、なんてタイトルなんだ？」
「『ラブ・ソング』よ」
「なんだ。そのまんまなタイトルだな」
リナは風に髪をなびかせながら、遠い目をする。
「姉ちゃんが、よく歌ってた歌なんだ。でも、あたし、この歌、じつはあんまり好きじゃないの」
「え？いい歌じゃないですか。それは、少し悲しい歌ですけど……」
「そこよ。こんな、過ぎ去った恋にうじうじしてるような女って、あたし、好みじゃないの。それで、愛の歌ばっかり歌ってるなんて、ヒサン過ぎるじゃない。あたしは、恋をするなら、もっとズバッと、潔く行きたいわね」
「まあ、お前はそうだろうな。だが、歌は良かった」
「やだ、ゼル。あんたがそんなこと言うと照れるじゃない」
「どんな曲だったっけ。リナ、もう一度初めから歌ってくれないか？」
「このクラゲー！！ちゃんと聴いてなさいよね。皆は、もう一度歌ってもいい？」
「ええ、聴きたいです」
「俺もかまわんぞ」
「じゃ……」
リナは、こほん、と咳をすると、歌い始める。


なんて悲しい朝を迎えてるの
陽のあたる部屋にもう歌は聞こえない

どうぞ風よ吹かないで
彼女は叫ぶ───


「リナさん、素敵でした」
アメリアが、拍手をする。男たちも、それに続いた。リナは、顔を赤くして
「やめてよ」
とだけ言った。
草原の太陽が次第に西に傾き、風はより強く吹き始めた。

リナが行方不明になったのは、それからしばらくしてのことだった。

「あれ？リナさん宿に帰ってないんですか？」
「おう。アメリアは見なかったか？」
「いいえ。魔導士協会の入り口で別れたきりです。ゼルガディスさんは？」
「いや、俺も全く会ってない」
「魔導士協会の中で珍しい魔導書でも見つけたんでしょうか……それにしたって、晩ご飯には必ず帰ってくる人なのに……」
夕食がすみ、酒場の客たちがぞろぞろと上の宿屋に上がっていく時間になっても、リナは宿に帰ってこなかった。
「盗賊いぢめにでもいったんですかね？」
「それにしたって、晩飯も食べずに出かけるとは思えん。とりあえず、魔導士協会に行ってみるか」
夜の中、三人はぞろぞろと連れ立って魔導士協会への道をたどった。魔導士協会はもう閉まっていたが、しつこく戸を叩くと、中年の魔導士が顔を出した。
「なんだね。今日はもう終いだよ」
「リナ＝インバースという人を探しているんです。来客者名簿を見せていただけませんか」
「ちょっと待っておれ」
魔導士協会の名簿。その一番下にリナの名前が、リナの筆跡で残されている。夕方の五時に協会を出ているのが分かった。
「夜分すみませんでした」
三人は、夜道で顔をつきあわせた。
「道に迷ってる……なんてことはないですよね」
「どこかで、馬車にでも跳ねられて診療所にかつぎ込まれているとか」
「また、魔族絡みじゃねーのか？」
ガウリイの一言に、アメリアとゼルガディスは顔を上げる。
「確かに、リナは以前魔族につけ回されていた。今、またリナを魔族の側に引き込むか、あるいは存在を消すか……そんなたくらみがされていたとしてもおかしくはない」
「だとしたら…リナさんの身が危ない！」
「魔族と言えばあいつだな」
ガウリイは、夜空に向かって叫んだ。
「おーい、ゼロス！居るんなら出てこい！」
その声は、空しく夜空に吸い込まれていった。
「どうしたら…どうしたら」
すっかり色を失ったアメリアに、ゼルガディスが言った。
「今までだって、何とかしてきたあいつだろう。とにかく、俺たちがじたばたしていても始まらん。宿に帰ろう」
「そうだな、いつあいつを助けて戦わなきゃいけなくなるかも知れないし」
「そうですね……」
三人は宿に帰った。当然ながら、リナは戻ってきていなかった。
朝が来て、三人は本格的にリナ探しに入った。街で似顔を見せ、店の先々で聞いて回った。しかし、何の手がかりも得られないまま、一週間が過ぎた。
三人は、オープンテラスのカフェで昼食を取りながら、今後のことを話し合った。
「いっぺん、リナさんの故郷に帰ってみるのもいいかも知れませんね」
「それにしても、ゼロスの奴、何とか呼び出す方法はないもんかなあ。あいつなら、絶対に何か知ってそうな気がするんだが」
「ガウリイさんはゼロスさんを信用しすぎです！あの人……じゃなくて魔族は、確かに一時期私たちと共に旅をしましたが、しょせんは悪の存在！信頼できるとは思えません」
「俺もアメリアに賛成だな。ゼロスの野郎は虫が好かん」
「でも、あいつ、リナに呪符売っただろ？あれの波動をたどって、リナの居場所が分かるって言ってたじゃないか。ゼロスが呼び出せれば、リナの居場所も分かる、ってことにならないか？」
「なるほど……旦那にしては、重要なことを覚えていたな」
「はは、誉めるなよ」
「それにしてもガウリイさん、食が進みませんね……」
「まあな。リナと奪い合って食事をしないと、なんつーか『喰ってる』って感じがしねえんだ」
「分かります……」
アメリアは、そっと目を伏せた。


リナの姉は、リナとはずいぶんイメージが違ったが、美しい女性だった。流れる黒髪に、ウェイトレスの衣装がよく似合っていた。
「リナはゼフィーリアには来てないわ。はぐれたの？」
「はぐれたというか、見失ったというか……」
「ルナさん、リナさんは魔族につけ狙われていたんです。なにか、魔族に関する情報を手にする手段は無いでしょうか」
「そう言われても、私も今は一介のウェイトレスだし……そうだ、あの本なんかどうかしら」
ルナと三人は、地下の書庫に降りた。
「昔、ここでリナは魔法の研究をしていたのよ。ほんの小さな頃からね。それで、この本」
ルナは、黒い革の表紙の古い本を取り出す。渡されたアメリアは、ぱらぱらと繰ってみる。魔法陣らしき図形と、魔法陣を発動させるのに必要なアイテムが、古い文字で記されている。
「これは……！」
「読める？アメリアさん」
「はい、何とか……これは、魔族を呼び出す魔法陣の書き方ですね」
「それで、リナの行方を知っているという魔族……えーと、獣神官だっけ？を呼び出せるんじゃないかしら」
「お、それはいいんじゃないのか」
「えーと、獣神官、獣神官……あ、ありました。でも、アイテムをそろえるのが大変ですよ。黒い雌鶏の血、ルビーの欠片、ムーンストーン、聖水、マンドラゴラの根が一束、それと……」
「リナの行方には代えられんだろう。そろえるぞ」
彼らは、マジックショップや宝石商を巡って、なんとか必要なアイテムをそろえた。
聖水には、ルナが指先を切って、血を混ぜた。
「こう見えても、私はスィーフィード・ナイトよ。私の血は、力になると思うわ」
地下室の一部を掃き清め、白墨に聖水を混ぜて、複雑な形の魔法陣を描く。鶏の首を掻き切り、血を魔法陣の中に注ぐ。必要なアイテムを円の周りに配置し、アメリアが呪文を唱える。やがて、円の中がぼやけた霧のようなものにつつまれ、その中から一人の魔族が姿を現した。
「これはこれは。皆さんお久しぶりです。それにしても、こんな本格的な魔法陣で呼び出さるのは何百年ぶりでしょうか」
「お前が普通に呼んでも出てこねーからだろ」
「僕だって忙しいんですよ。いつもあなたたちにつきあっているわけにはいきません」
「今から質問をする。さっさと答えろ」
ゼルガディスが鋭く言った。
「リナ＝インバースはどこにいる」
「それは、僕には答えられません」
「リナは生きているのか」
「それも、お答えできません」
「リナは、お前の知っている場所にいるのか？」
「それは、秘密、です」
「ふざけるな！」
ゼルガディスは円の中のゼロスに掴みかかろうとして、アメリアに止められる。
「円が切れたら、ゼロスさんを呼び出せなくなってしまいます！」
「くっ……ゼロス、貴様昔、魔族には嘘はつけないと言ったな。今の質問全てに答えられないと言うことは、貴様がリナの居場所を知っている何よりの証拠になるんじゃないか？」
「それも、秘密、です」
「俺は、俺はお前を疑うぞ、ゼロス！」
ガウリイが叫ぶ。
「ご勝手に」
ゼロスは笑みを崩さずに言った。
その時、後ろで黙って様子を見ていたルナが動いた。手には、十字剣（クロス・サーベル）を持っている。
「おとなしくリナの居場所を言いなさい。さもないと、あなたを滅ぼすわよ」
「出来ますか？あなたに」
「このクロス・サーベルには『魔』を滅する力があるの。さあ、死にたくなければリナの居場所を答えなさい」
「僕が、この魔法陣から消えてしまえばすむことですよ？」
「じゃあ、消えてみれば？」
ゼロスは、空間を渡ろうとした……が、渡れなかった。
「なっ……」
「聖水に混ぜた、私の血が効いたみたいね。あなたは、その魔法陣からは抜け出せないわよ。さあ、言いなさい、リナはどこ？」
「秘密です……」
喉元にサーベルを突きつけられても、ゼロスは笑みを消さなかった。
「香油を」
『ええ』
ゼロスの手に、小さな陶器の瓶が現れた。『向こう』の空間の外から渡されたもののようだ。
「いまの声……！リナさん！？」
アメリアが息を呑む。ゼロスは、魔法陣の中に香油を垂らした。線の一部が、ゆらりと揺らぎ始める。
「ゼロス！逃げるのか」
「ええ。逃げさせていただきます。こんなところで滅ぼされるわけには行きませんからね」
魔法陣が途切れ、魔族は姿を消した。
「ゼロス……何があっても、見つけだしてやるぞ！」
ガウリイは拳を握りしめた。


アメリアは、いったんセイルーンに帰って、情報を集めることにした。ゼルガディスとガウリイも、それぞれ別の旅路に立ち、リナを探しはじめた。彼らの努力は、無為のまま過ぎた。半年が経とうとしていた。三人は、久しぶりに集まって、今後の対策を話し合うことにした。
「あれから、魔法陣は試してみたのか」
「ええ。でも、向こう側で警戒されてるらしくて、姿を現しません。でも、あの時、確かにあの場所にはゼロスさん以外の人が居ましたよね。香油を渡した誰かが」
「そして、その声はリナに似ていた。俺たちが知ってるのはここまでだ」
アメリアはため息をつく。
「女魔導士と神官の組み合わせが来たら、必ず王宮まで来させるように国中に言い渡しているのですが、なかなかそんな組み合わせはいなくって。この半年に二組だけ来ましたが、二組とも夫婦で、リナさんたちとは似てもにつかない人たちでした」
「俺も神官と女魔導士の組み合わせを探しているが、俺の方は一組も見つからなかった」
ガウリイが、ふと言う。
「なあ、今、リナは、魔導士の格好をしてないんじゃないのか？」
「……！」
「なるほど……ゼロスに連れ回されているのなら、女魔導士として有名なリナに、わざわざ魔導士の格好をさせることもないな」
「連れ回して……いるでしょうか」
アメリアは、暗く目線を落とした。
「ゼロスさんほどの魔力があれば、リナさんを一つの部屋に閉じこめておくことも出来ると思うんです。それから、あの魔法陣の時、ゼロスさんに香油を渡したのがリナさんだとすれば、リナさんはゼロスさんといることを良しとしている───とは思えませんか」
「ははは、馬鹿言うなよ。あのリナが、せっまい部屋に閉じこめられて、おとなしくゼロスなんかの言うことを聞いてるタマかよ」
「だが、魔力の違いは無視できんな。確かに、ゼロスの力は平均していえばリナにまさっている。リナも、本気を出せば一時的にゼロスを越えられるかもしれんが、その本気も出せない状況に置かれているとしたら、リナがゼロスに従っているというのもあり得ないことではない」
「なんかそれ、すっげームカつく仮説だな」
テーブルの上のチキンをぱくつきながら、ガウリイは言った。




さて、リナちゃんはどこへ行ってしまったのでしょう？ってばればれですが。リナちゃんの歌った曲は、ＮＯＫＫＯさんの「Love Song」です。「カラード」というアルバムにはいっています。あと、文中でガウリイを音痴ということにしていますが、決して松本保典さんが音痴と言っているわけではありません。それでは、後編もよろしくお願いします。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。ＮＯＫＫＯさんとＣＨＡＲＡさんの好きな私。以前友人から「見事にＥＰＩＣソニーに偏ってるね」と言われたこともあり。松本保典さんの歌は味があって好きです。あと、実力的にリナちゃんはゼロスには敵わない…というのも好きな設定の一つです。文中の歌声は、ぜひ林原めぐみさんのイメージでお楽しみ下さい（勝手な…）。


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