Ｌｏｖｅ　Ｓｏｎｇ［後編］


「歳は１５歳くらい。栗色の長い髪。紅い瞳。胸は小さい。」
何度こんな質問を繰り返しただろうか。旅に疲れたガウリイに、ある中年の男が言った。
「こりゃ、隣町の酒場にたまにやって来るという歌うたいの女の子のことじゃねえか」
「ほ、ほんとか？栗色の髪、紅い瞳。ペチャパイ」
「ああ。髪は、栗色って言うか、紅茶みたいな色だな」
「ますますいいや。名前は？」
「リ……何とか言ったな。おい、兄ちゃん、酒場の場所分かってんのかよ？」
ガウリイは、街道を走りに走った。隣町の酒場まで、彼はその足をゆるめることは無かった。
「今日は、リリスは来てないよ」
ガウリイは、荒い息の下から、確かめるように聞いた。
「その、栗色の髪の、瞳の紅い、胸のない歌手の名前は、リナじゃないんだな」
「ああ。リリスだよ。頭はちょっといかれてるが、歌い手としては最高だな」
「そのリリスに、くっついている男はいないか」
「くっついてるねえ……マネージャー、とかいってる男はいるけど」
「どんな奴だ」
「おかっぱ頭で、いつもニコニコしてるねえ。リリスを酒場まで送ってきて、歌ってるあいだ中ここの隅っこで酒を飲んでる。リリスが歌い終わったら、またリリスをマントに包み込むようにして帰る」
「そいつら、どこの宿屋に泊まってるか知らないか」
「宿屋ねえ。そう言えば、リリスちゃんたちがどこに泊まってるか、聞いたことがないな」
「リリスは、いつ来るんだ」
「うーん、来たり来なかったり、あの人たちは気まぐれだからねえ。とりあえず、今夜の舞台を見ていくといいよ」
その日の舞台は、リナより遙かに大人の女性のバラードと、他愛のない手品だった。ガウリイは、ウイスキーをちびちび舐めながら待ったが、「リリス」は来なかった。
ガウリイは、一週間待ち続けた。様々な歌手や芸人が舞台を飾ったが、肝心の「リリス」は姿を見せなかった。
「なあ、兄ちゃん」
マスターは、ガウリイにウイスキーを一杯奢った。
「リリスは、もう他の街にいっちまったかもしれねえよ。宿屋の方も、しらみ潰しに当たってみたんだろ？兄ちゃんは、何でそんなにリリスにこだわるんだ？」
「昔の仲間かもしれないんだ」
「仲間ねえ。俺ぁてっきりリリスの彼氏かと思ったよ。あの、リリスのマネージャー、長年色んな客を見てきた俺だから分かるが、ただもんじゃねえ。なにか、危険な匂いがする。リリスちゃんを見つけたら、あの男とは引き離した方がいいな」
「そのつもりだ」
ガウリイは、ウイスキーの礼を言って、席を立った。
次の日、ガウリイは荷物を片づけた。そして、最後に荷物を持ったまま酒場に顔を出した。
───リナが、歌っていた。
黒い胸の開いたドレスに身を包み、深紅の薔薇の花を胸に飾り、背中にはデーモンの背中をかたどった羽根をつけていた。露わな脚に、ぐるぐると黒いリボンが巻き付けられ、かかとの高い靴に続いている。
「兄ちゃん、あんた、運がいいよ。あれが、リリスちゃんだ。いかれたカッコだろ？でも、歌は超一流だ」
ガウリイは、しばらく唖然としてリナの歌を聴いていた。全て、失われた恋の歌。曲が終わる度に酔客たちはぱちぱちとリナに拍手を浴びせた。
「リリスちゃん、サイコーだよ！」
「リリスちゃん、俺のテーブルに来てくれよ！」
リナは、テーブルに誘った客には、手真似だけで「ごめんね」といい、次の歌を歌い出した。

きしむベッドの上で手紙に
うもれて　ねむってる　醒めた身体で───


あの歌だった。あの日、草原の午後、リナが歌った歌だった。
ガウリイは、はっと我に返った。酒場の奥の隅を見る。そこに、闇色の神官がいた。ガウリイは、テーブルの列をなぎ倒すようにして、そこへ近づいた。闇色の神官は、顔をあげた。
「お久しぶりです、ガウリイさん───」
「おう、久しぶりだな、ゼロス！」
ガウリイはゼロスを殴り倒した。女の客の悲鳴が上がった。ゼロスは、頬をさすることもせずに、あっさりと立ち上がった。
「僕のこの姿にいくらダメージを与えても、意味がないってこと、もうお忘れですか？」
「うるさい！リナを、リナをどうしたんだ」
「どう、というと？」
「リナは魔導士だ。こんなところで歌を歌ってる女じゃない」
「おやおや、職業差別ですか？今のリナさんは、一流の歌い手ですよ」
そして、唇に指をあてる。
「僕だけのための、ね」
ガウリイは、ゼロスの襟首を掴んで持ち上げた。
「ふざけるな！リナを返せ！」
その時だった。舞台の上から、羽根をはためかせてリナが舞い降りた。まっすぐに、二人の方に歩いてくる。ガウリイは、思わずゼロスから手を離した。
「ガウリイ」
懐かしい声。甘い、切なくなるような声。
「リナ！お前、こんなとこで何やってんだ。帰ろうぜ。ゼルもアメリアも待ってる」
「ガウリイ……ゼロスにひどいことしないで」
「あ？ああ、お前がそう言うなら、こんな奴、手も触れねえよ。帰ろうぜ、リナ」
「帰らない」
「へ？何でだよ。この半年ばかし、俺たちが、どんな思いでお前を探してたと思ってんだよ」
「あたし、ゼロスの側にいたい」
ガウリイは、再びゼロスに詰め寄った。
「リナを洗脳でもしやがったのか！」
「リナさんの心を、少しだけいじらせてもらいましたけどね。でも、今言っているのは全部リナさんの本音ですよ」
「ガウリイ、怒らないで」
リナが、ガウリイとゼロスの間に割ってはいる。
「ガウリイ、大好きよ」
ガウリイは息を呑む。
「アメリアも、ゼルも大好き。でも、ゼロスはもっと好きなの」
「お前は騙されているんだ、リナ」
「あたし、騙されてなんかいないわ」
ゼロスは、リナの腕を取った。
「行きましょう、リナさん」
「ええ」
ガウリイは慌てた。
「おい、どこに行くって言うんだ。お前はリナに何をしたんだ」
「ほんの少し……心の抑圧をゆるめてあげただけですよ」
「よくあつ……？」
「本音を言いやすくしてあげた、ということです」
「嘘をつくな！リナがお前を好きだって事が本音なものか！」
ゼロスは、冷たい闇紫の瞳をガウリイに向けた。
「本音ですよ。あなたは認めたくないことでしょうけど」
「リナ……」
「あたしはゼロスが好き」
人形のようにリナは繰り返す。
「ゼロスと一緒に、どこまでも行く。もう、ガウリイたちのところへは帰らない」
「リナ…俺たちと、旅をするのは嫌だったのか？」
「嫌じゃなかったわ。楽しかった。みんなを信じてた」
「それなら……！」
「でも、旅の途中でゼロスに逢って、どんどん惹かれていったの。自分でも止められないくらい……」
そして、リナはそっと頭をゼロスの胸につけた。
「今、あたし、とても幸せよ」
「リナ！」
「というわけで、僕はリナさんを連れていきます。もう、ここには来ないでしょう。もっと話がしたければ、またこうやって僕たちを見つけて下さい」
ガウリイは、しばらく呆然としていたが、やがて店を出ていった二人を追った。暗い道に、ゼロスと、マントをすっぽりとかぶせられたリナがいる。
「待て……っ」
ゼロスとリナは、ゆらりと空間の中へ消えた。


「そうですか……リナさんがそんなことを」
「アメリア、あまり驚いた様子じゃないな」
「ええ。リナさんがゼロスさんを……ってこと、何となく気づいていましたから」
「しかし、気にいらんな。あのリナが、ゼロスにいいようにされているなんて」
ゼルガディスは親指の爪を噛んだ。
「それは、俺も同じだ。俺は、あいつがゼロスに頭をもたせかけるところを見たんだ。うーん……なんだ、リナの心の抑圧を取り除いたとか言ってたな、ゼロスの奴」
「そうなんでしょうね……」
「アメリア、どういうことだ」
アメリアは悲しい目をした。
「いつものリナさんは、ゼロスさんのことを好きでも、相手が魔族だってことで、気持ちを抑えつけてたんでしょうね。好きになるわけにはいかない、と。ガウリイさん、『その』リナさんに『大好き』って言われたんでしょう？」
「ああ」
「それもリナさんの本当の気持ちなんです。間違いなく」
「ゼルやアメリアのことも大好きって言ってたぞ」
「それは、嬉しいことですね。だって、それがリナさんの『本音』なんですから……」
「それでも、あいつはゼロスを選ぶのか」
「ゼロスさんが嘘をついていない限り、そうなりますね。そして、魔族には嘘がつけない───」
「リナは、ゼロスを選んだ。このことを俺たちは受け入れなくてはならない」
ゼルガディスが、冷たい声で言った。
「おい！二人とも納得すんのかよ。俺は絶対に認めねーぞ。ゼロスの奴からリナを取り返してやる」
アメリアもゼルガディスも、物憂げな瞳でガウリイを見た。


アメリアからの情報で、南の国にリーアという歌うたいが現れたと聞いたガウリイは、ひたすら南に馬車を走らせていた。神官風の男に連れられて、突然その街にやってきたという。黒の裾の拡がったドレス、胸の薔薇、背中のデーモンの羽根。間違いなかった。馬車は三日三晩休むことなく走り続けた。ガウリイも眠っていなかった。
街に着いたのは真昼だった。ガウリイは酒場の上の宿屋に宿を取り、ベッドに倒れ込むと、わずかな時間、深い眠りに落ちた。悪夢を見た。

気がつくと、窓から射し込む光は、夜の街のものだった。ガウリイは汗をかいた服を着替え、下の酒場に降りていった。そこに、リナがいた。


もう他に違う声でうたう場所もない
れんげの花がゆれている
遠く空へ祈るように


あの、草原の歌だった。ガウリイはゼロスを探した。ゼロスは、カウンターの端に陣取って、微笑んでリナを眺めていた。
「よお、ゼロス」
「よくここが分かりましたね。上出来です」
「上出来だぁ？」
「あんまりヒントがないんじゃガウリイさんたちが気の毒ですからね。少しずつ情報を流してるんです。例えば、『Ｌｉ』のつく名前とか、神官が一緒だとか」
ガウリイは、震える拳を押さえた。こいつを殴っても、意味はないのだ。
「頼む……」
「今、なんとおっしゃいましたか」
「頼む！リナを元のリナに戻してくれ。今の壊れたリナを見ていられないんだ」
「お断りします……というより、出来ないんです。一旦解き放った心の枷を、元通りにはめるのは。それに、今のリナさんは、壊れているわけではありませんよ。ただ、他人より余分に素直になっている……それだけです」
「戻せない！？」
「コップを床に落として壊すことは出来ても、それを元のコップに戻すことは出来ないでしょう？リナさんの心は、僕が手を加えたときから、もう元に戻すことは出来なくなっているんです」
ガウリイは、拳の力を抜いた。
「なぜ、そんなことをした」
ゼロスは答えない。ジンのグラスに手を伸ばす。ガウリイは、そのグラスを奪い取って、中身をゼロスの顔に浴びせた。ゼロスは平然としている。
「何故だ！何でそんな酷いことをしたんだ！」
「僕がリナさんに恋をしていたから───こんな理由ではご不満ですか？」
「恋……だと」
「元のままのリナさんだったら、僕が魔族ということで、恋愛の対象から外していたでしょうね。でも、僕はリナさんに恋をした。そして、リナさんも僕を愛してくれている、と気づいたんです」
「嘘だ！」
「僕には嘘はつけません。そして、今のリナさんにも、嘘はつけないはずです。リナさん、こっちへ」
呼ばれるとリナは、従順な小さな生き物のように、歌を止めて二人のもとへ近づいてきた。酔客からブーイングが上がる。リナは、客に小さくお辞儀をした。
「久しぶり、ガウリイ。会えて、嬉しいわ」
「俺もお前に会えて嬉しいよ。出来れば、このまま連れて帰れればもっと嬉しいんだがな」
「ごめんなさい、ガウリイ。それは、できないわ。あたしは、ゼロスと一緒に行くの」
そして、そっとゼロスに寄り添う。さっきまで宿屋で見ていた悪夢の、続きを見ているようだった。ガウリイは腰の剣を抜いた。
「リナ。俺と一緒に、アメリアやゼルの待っている場所に帰ると言え。さもなければ、ここで二人まとめて叩っ切る」
しかし、ゼロスもリナも表情を変えなかった。ガウリイは、ある考えに思い至り、蒼白になった。
「まさか、リナ、お前……」
「そうよ。あたしは、不死の契約を結んだわ。ゼロスと。あんたに、あたしは殺せない」
「そして、僕もあなたには滅ぼすことは出来ないでしょうね。チェックメイトです」
「ゼロス！いつその契約を結んだ！リナが今の状態になってからか！？」
「ええ。元のままのリナさんじゃあ、いくら何でも不死の契約を結んではくれなかったでしょうね」
「ゼロス、貴様……！」
その時、酒場のマスターらしき老人が、ガウリイの腕を引いた。
「お客様、ここは静かにお酒を楽しむ場所です。これ以上お争いになるのなら、店を出てお願いします」
「あ？ああ、すまなかったな」
ガウリイは、ゼロスを睨み付けたまま、剣をさやに収めた。
「ゼロス、表に出ろ！決着をつけてやる」
「やれやれ……言っておきますが、僕を滅ぼしたらリナさんも死にますよ。それで良ければお相手します」
「やめて」
ずっと黙っていたリナが、口を開いた。深紅の瞳から涙を流していた。
「ガウリイ、あたしが悪いの。ゼロスと一緒に生きていきたいと思った、あたしが悪いの。お願いだから、ゼロスを傷つけないで。そしてあんたも傷つかないで」
「リナ、これは俺の意地の問題だ。黙っていてくれ。ゼロスを滅ぼすとお前も死ぬんだったな？でも、お前はそんな偽りの生を生きて喜ぶような女じゃなかったはずだ。遠慮せずにいくぞ」
ガウリイは、店の外の路地で、剣を抜きはなった。
「光よ！」
剣が青白い光を放つ。ゼロスは黙って錫杖を構えた。
「うおおおおっ」
ガウリイは吠えて、ゼロスに斬りかかった。その時、すっとゼロスの前に影が走った。ガウリイは感じた。細い骨が砕け、柔らかな肉が裂ける感触を。
「あああああっ」
リナの声が夜空に響いた。肩から心臓にかけて、ざっくりと傷口が走っている。血が、ほとばしった。ゼロスの腕の中で、リナは苦痛に顔をゆがめ、唇からは血を流している。
「ガウリイさん……何てことを！不死の契約をかわしていても、斬られれば血も出るし痛みもあるんですよ！リナさん！リナさん、しっかりして下さい！今、魔力をそそぎ込んで治してあげますからね」
ガウリイは、呆然と立っていた。柄だけになった剣が、地面に落ちて乾いた音を響かせた。
しばらくすると、リナの傷はゆっくりと塞がっていった。ただ、血のじっとりと染み込んだ地面が、鉄の匂いを放っていた。
「リナさんを傷つけたことは許せませんが、リナさんはあなたにも傷ついてほしくないと言っていましたからね……」
錫杖で胸を突き、ガウリイを地面に倒す。
「これくらいで勘弁してあげます。あなたが、もしもう一度リナさんを傷つけたら……その時は命で償ってもらいますからね」
ゼロスは、リナを素早く血に濡れたマントで包み込んだ。そして、ふっと闇の中に消えた。


リサという歌い手と神官服の男の噂を聞きつけたとき、ガウリイは剣を持たずに酒場へ出かけた。高いヒールの靴。背中の羽根。薔薇の花。黒いドレスの開いた胸元には、あの時の傷は跡形もない。リナは、またあの草原の歌を歌っていた。

愛の歌しか歌わない女
彼女は気づく　飛べない鳥の声
いつか大空に戻れることだけを
夢見ても　その羽根は重くて石のようだと

愛の歌しか歌わない女
彼女はただよう　逆に回わる時を

愛の歌しか歌えない女
彼女はうたう　傷のない愛の歌

「傷のない、愛の歌、か……」

ガウリイは、指先でウイスキーの中の氷をからから回しながらつぶやいた。
「お前らの愛が、そうだというのか？」
頭は動かさず、店の奥の闇に向けて、ぽつりという。
闇は、確かにその言葉を聞いていたが、何の反応も返してこなかった。
「俺は、もうお前たちを追いかけるのを止める。偽名を名乗ることも、噂を流すことも、もうしなくていいんだ」
ガウリイは、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「でも、この歌を……最初に聴いたのは俺たちなんだ。リナは、俺たちの大事な仲間だった。そして俺の……」
言いかけて、口ごもる。
「リナを傷つけた俺には言う資格のない言葉だ。忘れてくれ」
「僕は一生リナさんを大事にしますよ」
闇は消え、舞台の上のリナも消えた。ざわめく酔客たちの間を抜けて、ガウリイは酒場を後にした。




リナちゃんにゴスロリ着せてみたくて書いてしまいました。不死の契約についてはでたらめな部分もあると思いますが、見逃して下さいm(_ _)m　また、リナちゃんに振られる（？）ガウリイの話を書いてしまいました。ガウリイファンの皆さん、まいどまいど申し訳ありません。それでは、ここまで読んで下さってありがとうございました。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。ゴスロリは好きなんだけど自分で着られるほど度胸は無いので……愛しのリナちゃんに着せてみました。それと、壊れたリナちゃんが書いてみたかった、というのもあります。


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