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Fam Fatal［３］
璃奈は、その時「ひらの昼三（遊女の位）」だった遊女・那河の元に預けられることになった。禿（かむろ）として那河の身の回りの世話をしながら、茶道・華道・香道・三味線・琴・囲碁・将棋・俳句・和歌などを修めた。どの分野でも、璃奈の才能は飛び抜けていた。そして、その瞳に一人が虜になった。他ならぬ那河だ。 「私は男嫌いなの。ここで何の楽しみもなく一生を終えるかと思っていたけど……教えれば、その分だけ伸びる。こんな嬉しい禿が付くなんてね」 璃奈は、嬉しそうに微笑み、那河の妹のまだ幼い少女を膝に乗せた。 「そういえばその子、私の妹。もうすぐ禿になるというのに、名が決まっていなかったわね。璃奈、あんたの名前から一文字もらってもいいかしら？」 「もちろん」 「じゃあね……璃亜（りあ）。そうしましょう」 「良かったわね、璃亜。あんたはあたしの妹でもあるわ」 璃奈の胸の中で、璃亜はきゃっきゃと笑った。 瑠奈は警邏隊長になった。男装し、髪を後ろできりりとまとめた。彼女が隊長になることに、異論を唱えるものは誰一人いなかった。 璃奈は、十四になり、振袖新造となった。彼女の才知は、遊女としての才覚を遙かに越え、漢文や、更に異国の文献にすら手を伸ばすようになっていた。その頃、那河は太夫になった。艶やかな黒髪に、知的な顔立ち。男嫌いでしょっちゅう客を振ることを除けば、吉原一の名太夫と言ってよかった。 「……その、璃奈さんというのは、今でも赤茶の髪、紅い瞳なんですか？」 「ええ。璃奈自身はせめて髪なりとも染めようとしたんですが、那河太夫がそれを許さんらしいですわ。璃奈は自然のままが美しいと言って」 「璃奈さんは異人なんですか？ 僕と同じに」 「さあ。姉の瑠奈さんのほうはまるっきり日本人なんですけどねえ……おっ、花魁道中ですね、運がいい。この小雨の中、良くやりますね。───ああ、あれは那河太夫だ」 ゼロスは、数人の禿、二人の振袖の娘を引き連れて、大通りを進んでゆく太夫を見た。黒髪は美しく結い上げられ、八本の簪がそれを飾っている。三枚歯の黒塗りの下駄は、太夫と振袖の娘たち、同じものを履いている。 「どうです、那河太夫の美しいこと。でも彼女を揚屋（遊女が客をもてなす場所）に呼び出すだけで、十両はかかるんでさあ」 「あれは……璃奈さん」 振袖を着て微笑み歩く娘の一人。朽葉色の髪を結い上げ、六本の簪を挿し、薄闇の中でほんのりと赤く輝く瞳を見せている。 「あ、旦那……どこへ？ まずいですよ、花魁道中の邪魔をしちゃ」 聞こえないかのように、ゼロスは一行へ近づいていく。 「璃奈さん」 深紅の瞳が振り向く。 「干菓子です。雨に濡れないように持って。皆で分けて下さい」 璃奈は戸惑っているようだったが、 「ありがとう」と微笑んだ。ゼロスも微笑み返す。 「旦那！」 近づいてくる宝石問屋に「大丈夫」と手真似をすると、ゼロスは通りの端の柱にもたれて、去ってゆく花魁の一行を眺めた。 「全く旦那は、初めての吉原で肝の太いことをするもんだ」 「さて、大黒屋さん？ 僕にも『いいこと』を教えていただけませんか？」 「ははは、旦那にゃ一本取られたな。行きましょう、吉原の奥へ。金の準備はいいですかい？」 ゼロスたちは喋りながら人混みの奥へ消えていった。 「璃奈、なにそれ？ いい匂い」 「干菓子だって」 揚屋で那河が客の相手をしている間、璃奈たちは手前の座敷で話し込む。 「わあ、本当。可愛らしい砂糖細工……」 布袋に包まれた菓子を、皆で分け合う。 「持ってきた……わけじゃないわよね？ 『干菓子だって』って言ったもの。誰かからもらったの？」 詩絵羅（しえら）が首を傾げる。 「花魁道中の途中にね……知らない異人さんからもらったの」 「異人！？ この吉原に？ ただでさえ鎖国の世、江戸に異人がいるってだけで張り付け獄門ものなのに。どんな人だった？ やっぱり金の髪で鼻が高かった？ 目は青？」 言って、詩絵羅はあわてて口を閉ざす。 「ご……ごめん、璃奈の紅い瞳をどうこう思ってるわけじゃないわ。ただ、異人ってだけで驚いて……」 「たぶんあの人は、異人だってばれないんじゃないかな」 「髪は黒かったの？」 「髷は結ってなかったけど、黒くてさらさらの髪。普通の異人みたいに赤らんだ鼻や頬じゃなくて、白く落ちついた顔の造作。着物もそりゃあ粋に着こなしてたし、日本語も達者だったし」 「……じゃあ、何で異人だって分かったの」 「あの人、───菫色の目をしてた」 禿たちとお手玉やおはじきをして遊んでいる間に時は過ぎる。 「璃奈さん、お腹空いちゃいました。干菓子、残ってないですか？」 「確か……あと二つくらい……ほら、残ってた。一つ、ふた……」 今度は璃亜が首を傾げる。 「どうかしたんですか、璃奈さん」 「一つ、干菓子じゃない。何か固いものが入ってる」 「む、虫か何かじゃないでしょうね」 詩絵羅が身を縮める。 「違うわ。もっと固くてすべすべした……」 畳の上に、ころんと転げだしたそれは、紅く透き通った珠だった。 詩絵羅（しえら）＝シェーラです。彼女は魔族の中でもお気に入りなので出してしまいました。 
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