あなたとふたりで…［５］
「一年十室、リナ＝インバースさん。今すぐ校長室まで来て下さい」 校内放送が流れた。 「こないだはゼロス先生が２日間の謹慎で、今度はリナの方か」 「まあ、停学なんかにはならないだろうけどな」 二年六室の男子生徒たちは、にわかにリナの話で盛り上がった。 「ゼロス先生にはフィアンセがいたんだろ？それを寝取ったってわけか」 「昼飯も、ゼロス先生と化学室で食べてたんだろ？鍵のかかる密室で、何してたんだか」 「虫も殺さねえ顔してよくやるよな、あの売女」 いきなり、その台詞を吐いた男は、床に殴り倒された。 「取り消せ！今の台詞を取り消せ！」 「いってー……何だよ、ガウリイ。そうか。お前もあの子にたぶらかされてる一人だったな」 「うるさい。さっきの言葉を取り消せって言ってるんだ」 もう一度、頬を殴る。生徒は、床に倒れる。ガウリイは、生徒に馬乗りになって、両手で生徒の頬を殴り続けた。 「おー、正義の王子様気取りか？かっこいいなあガウリイ」 周りの生徒ははやし立てていたが、次第に静かになっていった。殴られ続けた生徒は、既に意識を失っている。ガウリイはそれでも殴り続ける。折れた歯が、血にまみれて飛んだ。 「お、おいガウリイ。もう止めろ。洒落にならないぜ」 ガウリイは殴り続ける。骨の折れる、嫌な感触がした。 「ガウリイ！おい。誰か先生呼んでこい。それから保健の先生もだ」 数人がかりで倒れた生徒から引き離されたガウリイは、それでも吠えていた。 「取り消せ！リナに言った言葉を取り消せ！！」 「リナ＝インバースくん。君は、非常に優秀な生徒だ。本校開学以来の初めての女生徒が、開学以来の秀才だとは、本当に素晴らしいことだよ」 「ありがとうございます」 「それだけに、今回の事件は頂けないな。もちろん君が非常に男子生徒に人気があって、日常生活に差し支えが出ていたことは分かっていた。その君にきちんとした対応をしてこなかった私たちも悪いのだろう」 「いえ……」 「しかしだ。一人の男性教師の車に乗ったり、密室で二人きりで毎日の昼を過ごしたり……そう言うことは良くないと言うことは、君の優秀な頭脳なら分かることだろう？」 「はい……すみませんでした」 「今回のことは、教師であり、生徒を導く立場であるメタリオム先生の方が罪は重い。知っての通り、彼には２日間の自宅謹慎を命じてある。君には、何も特別な措置は取らないが、自覚してくれたまえ。ただでさえ、君はこの学校で目立つ存在なのだから」 「……」 その時、ドアがバンと開いた。 「大変です。二年六室で暴行事件が！」 「なんだと！」 校長は、すぐに部屋を出て二年生の校舎へ向かった。リナは、しばらく待っていたが、誰も帰ってこないので、校長室を後にした。 「理由がないわけじゃないだろう。こんな事件を引き起こしておいて」 「むしゃくしゃしたから殴った。それだけです」 「そんな理由で、歯を２本、頬の骨が折れるほどの傷を負わせたというのかね？」 「とにかく、理由なんてありません。退学にでも、停学にでも、好きにして下さい」 「先生……」 一人の生徒が前に進み出た。 「殴られた奴が、リナ＝インバースさんを侮辱する言葉を言ったんです。そしたら、ガブリエフくんが逆上して……」 「よけいなことは言うな！」 ガウリイはその生徒を睨み付けた。 「侮辱？どんな言葉を言ったんだね」 「何も言うな！」 ガウリイは怒鳴った。 「とにかく、怪我した生徒は救急車で運ばれた。ガブリエフくん、君には一週間の停学を申し渡すよ。残念だ、ガブリエフくん。体育委員長の君が……」 「やはり、リナ＝インバースは疫病神ですな」 一人の教師がぼそっとつぶやいた。 「何だと！」 ガウリイは、自分を押さえている腕をふりほどいて、教師に詰め寄った。 「ガブリエフくん！停学日数を増やして欲しいかね」 ガウリイは、内臓が灼けるような痛みに耐えた。 「そんな……ガウリイが停学に」 「ああ。何でも、お前を侮辱する言葉を吐いた生徒に暴行を加えたらしい。一週間だそうだ」 「ゼルガディス、あたしお見舞いに行ってもいいかしら」 「当事者のお前がか？ガウリイの旦那は会いたがるかもしれんが、ガウリイのご両親はどうだろうな」 「それでも、行きたい」 「俺は止めたぞ。これ以上行きたいというのなら、お前の判断だ。好きにしろ」 「ゼルって、優しいね」 「な……っ！」 ゼルガディスは赤くなった。 「だいいち俺はお前の一級上だ。先輩をつけて呼べ」 「はい、ゼルガディス先輩。では、リナ＝インバース、部活をさぼって行って参ります！」 「気をつけろよ」 リナはスカートをひるがえして去っていった。ゼルガディスは、自分が何に対して「気をつけろ」と言ったのか分からないことに気づいて、そっと苦笑した。 おみやげには、いつものドーナツ。ガウリイの好きな種類を選んである。 （親御さんが出てこられたら何て言おう……） 震える指でチャイムを押す。 「はーい。何だあ？」 出てきたのは、ガウリイだった。リナはほっとして、肩の力を抜いた。 「お見舞いに来たよ」 「リナ……！」 「上がってもいい？」 「今、俺の他に誰もいないから。安心して上がってこい」 「じゃあ、おじゃましまーす」 リナは、差し出されたスリッパを履いて、二階のガウリイの部屋に上がった。 「停学になったの、あたしのせい、みたいね。ごめんなさい」 「リナが謝ることじゃねーよ。それに俺は、殴ったことを悪かったとも思っていない」 「ガウリイ……駄目よ。こんな風に、ガウリイの方が傷ついちゃうじゃない」 「俺は、一週間のんびりうちで休めてラッキー、って思ってるぜ」 「学年が一緒だったら、ノートとか取ってあげられるんだけど、ごめんね」 「気にすんな。おー、ここのドーナツは相変わらずめちゃくちゃいけてるな」 「何か、あたしに出来ることはない？」 ガウリイはふと黙った。 「ガウリイ？」 「俺が、お前の身体を欲しいと言ったら？」 今度はリナが黙る。 「本気だぜ、俺」 「ガウリイが、それで気が済むっていうのなら……これで停学にしちゃった罪滅ぼしになるのなら……」 ガウリイは、リナの座っているベッドに近づき、そっとリナを押し倒した。紅茶色の髪がふぁさ……と拡がる。 「ガウリイ……」 リナは瞳を閉じた。ガウリイはリナにキスをした。そして、リナの手を引いて身体を起こした。 「ガウリイ……！」 「冗談だよ。お前、ゼロス先生が好きなんだろう？」 「う、うん」 「だったら、こんな風に簡単に他の男に身を任すな。もっとも、俺はゼロス先生とつきあうのも反対だがな。教師と生徒、十何歳のとしの差、婚約者……穏やかに行くわけがねえ」 「あの学校で、ゼロス先生だけが、あたしを守ってくれたから」 「俺をその役にすれば良かったんだよ。俺だって、お前を護れた。学校一の秀才と体育委員長、体面も完璧じゃねえか」 「恋って、そんな単純なものじゃないよ」 「ああ。それは俺が一番分かってる」 その時、階下で物音がした。 「ただいま、ガウリイ。あら、女物の靴。お客様？」 「ああ。俺の陣中見舞いにきてくれたんだ」 リナは、階段を下りて、ガウリイの母に黙って頭を下げた。 「お名前は？」 「リナ＝インバースです」 ガウリイの母の顔色が変わった。 「じゃあ、あなたが……」 「本当に申し訳ありませんでした」 「い、いえ、あなたのせいだなんて思っていないわ」 その声がひっくり返っている。リナは、唇をかみしめた。 「あたし、もう帰りますね。おじゃましました」 「あら、もっとゆっくりなさっていけばよろしいのに」 「失礼します」 リナが玄関を出ると、親子ゲンカの声が響いてきた。リナは、耳を押さえて、ガウリイの家を後にした。 車の影に、人が立っている。 「リナさん？」 近づいていくと、綺麗な金髪が見えた。 「フィリアさんでしたか」 「私をリナさんと間違えるほど、あの子を想ってらっしゃるのね」 「今日は何のご用ですか」 「私と結婚して下さい！」 フィリアがゼロスに抱きつく。ゼロスは、ぽんぽんとフィリアの背中を叩いて、身体を離した。 「子供にするようになさらないで！」 「一緒に育ってきたフィリアさんは妹のようなものですから。どんなお願いでも聞いてあげますよ」 「じゃあ……」 「結婚のことは除いて、です」 「ゼロス！あなたはあの子のせいで、もう教師としては出世もできないわ。お願い、私と結婚してメタリオム家とコプト家の財産を継いで！」 「フィリアさんは本当に綺麗ですね、怒っていても」 「ちゃかさないで！」 「そんなに綺麗なんだから、コプト家の財産を継ぐに足る男なんて、すぐに見つかりますよ」 「だめ。いまさら、他の男なんて考えられない……！」 「フィリアさんは、今、視野狭窄を起こしているんです」 「しや……？」 「この世に僕しか男がいないような気持ちになってるでしょう？貴女は本当に綺麗だ。その気になって世界を見渡せば、よりどりみどりですよ」 「あの……お妾さんにしてもよろしくてよ」 「は？」 「私と結婚してくれたら、あのリナっていう子を愛人にすればよろしいわ。月々のお手当もうちの財産から払って。私、あなたが月に何回かあの子の元に通っても、やきもちなんて妬きません。私公認の愛人と言うことにすれば……」 ぱあん。暗い駐車場に、高い音が響いた。 「ゼ…ゼロス。ひどいわ。ぶつなんて」 「僕はリナさんを愛しています。愛人になんかしたくありません。僕のお嫁さんになれる子はあの子だけです」 「あなたはおかしいわ。教師が生徒にそんな想いをいだいて。教師失格ですわね」 「ええ、そうですね」 ゼロスは車に乗り込んだ。 「隣に乗って下さい。送っていきますよ」 「結構よ！歩いて帰ります」 「冷えますよ」 「何よ！いまさら優しいふりなんてしないで！」 フィリアは叫んだ。ゼロスは黙って車を発進させた。枯れ草のぼうぼうと伸びた、暗い駐車場に、フィリアはひとり取り残された。 「このままでは……このままでは済ませませんわ、絶対に……」 ガウリイの停学が解けた。クラスの生徒たちは、遠巻きにしてガウリイを見つめた。少し痩せた頬。昏い、凄みを増した目つき。 「よ、よおガウリイ。一週間ぶりだな。結構元気そうで安心したよ」 それでもなんとかガウリイに話しかける、クラスメイト。しかし、ガウリイの昏い目は、その生徒の目を鋭く射た。 「な、なんだよ。睨むなよ」 「睨んでなんかいないぜ」 ガウリイは、ぺちゃんこの鞄を机の上にバンと置いてそう言った。 リナは、今日も一人で昼食を食べていた。孤独な昼食は、はっきり言って、あまり美味しくはなかった。 （ゼロス先生……） 学校で会っても、目を逸らすだけで話しかけてもくれない。化学部に行っても、いつも留守にしている。 （ゼロス先生がフラスコで湧かしたコーヒー、飲みたいよ） 売店で買った牛乳のパックを飲みながら、リナはそう思った。教室のドアが開いた。 「リナ。飯は食べ終わったか」 ゼルガディスだった。 「ううん、まだ残ってる」 「化学室に来い。一緒に食べよう」 リナはしばらくぽかんとしていたが、 「うん」 と言って、にっこり微笑んだ。 化学室には、化学部の仲間も集まっていた。 「今日からは、化学部全員で昼飯にしようと思ってな」 「あたしの……ため？」 「化学部の親睦を深めるためだ」 ゼルガディスは言って、椅子をリナに勧めた。 「フラスコで湧かしたコーヒーもあるぜ。ゼロス先生ほどの味は出せないかも知れないけど」 「飲ませて。……うわ、にがっ！」 リナに笑顔が戻ったのを、化学部部員たちは優しい目で見ていた。 「ガウリイの旦那」 「よお、ゼルガディス。俺のアイデアはどうだった」 「リナも、喜んでるみたいだった」 「良かった。とにかく、学校でリナをひとりぼっちにはしたくねえからな。頼りにしてるぜ、化学部部長」 「任せとけ」 「お前には安心してリナのことを頼めるよ。お前にはアメリアちゃんがいるからな」 「馬鹿なことを」 ゼルガディスは、わずかに頬を染めた。 リナは、昼食の時の幸せな気分をかみしめながら、午後を過ごした。授業が終わって、下駄箱を開ける。そこには何もない。ラブレターも、「出ていけ」と書き殴られた手紙も。 「これでいいのよね」 リナは靴を履き替え、正門に向かった。 ゼロスは、化学部部員がいないことを確認して、化学室に入った。窓から、正門が見える。下校していく生徒たちの中に、たたずんで動かない人影がある。 「……」 ゼロスは、何となく嫌な予感がして、準備室を出た。 相変わらず、ゼロス×リナ←ガウリイが好きな私です。リナちゃんをかばって停学になるガウリイなんて、うっとりしながら書いてました（悪趣味）。あと「〇年×室」というクラスの呼び方は、私の出身高校と同じです。どこの高校だか分かる人いますかね？いよいよ次が最終話です。恋する二人の運命を、あまり楽しみにせずにお待ち下さい。 ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。「〇年×室」というクラスの呼び方をする高校は全国に２校しかないそうで……。「わかった！」と思われた方はゲストブックにカモ〜ン、です。   |