あなたとふたりで…［４］
夏休みが終わり、文化祭の準備が始まった。化学部は、染め物と葉脈の栞づくりに精をだした。 「ほらそこっ！私語をしてる暇があったら作業を進める！」 ゼルガディスは鬼部長ぶりを発揮した。 「まあまあ、ゼルガディスさん。部員の皆さん、フラスコで湧かしたコーヒーなどいかがですか？」 顧問は、のほほんとしていた。 （結構バランス取れてるのかも……この部活） 赤く染まった葉脈をピンセットでつまみ上げながら、リナは思った。 文化祭当日。 「今日はリナちゃん以外の女が拝めるぜ〜」 「女学院からも、たくさん客が来るんだろ？」 「彼女を作るチャンス！この機を逃す手はないぜ」 化学部員たちも色めき立っていた。リナとゼルガディスは、黙々と葉脈を栞に張り付ける作業を続けていた。 「あの……ゼルガディス、さん」 「アメリア……！」 化学部の部室に、大きな黒い瞳の美少女が姿を現した。部員は総出で歓迎する。 「いらっしゃい、アメリアちゃん」 「ゼルの奴、人使い荒くて困ってんだ。アメリアちゃんから一言言ってやってよ」 「ゼルなんか止めてさあ、俺とつきあわない？」 「こら」 ゼルガディスは、珍しく赤面して、部員とアメリアの間に割り込んだ。 「アメリアは、俺の彼女だ。気安く話しかけたり触ったりするな」 「いいなあ、そういうの」 リナの思わぬ台詞に、全員がそちらを向いた。 「そういうのがいいなら、リナちゃん、俺の彼女になってよ。思いっきり大切にするからさあ」 「誰でもいい、ってわけじゃないの。ごめんね」 「あ、リナ＝インバースさん、ですね」 アメリアが近寄ってくる。 「わー、噂通り綺麗な人。それに、すっごく頭もいいんでしょ？憧れちゃうなあ」 「やだ、照れるじゃない」 「おー、美少女のツーショット。カメラ、用意しろ」 「アメリアを気安く写すな。それに、リナを守るのが俺たち化学部の役目だろう？」 「何だよゼル、勝手に役目を作るなよ」 「僕もゼルガディスさんに賛成ですね」 いつの間にか、白衣を着たゼロスが窓辺に座っていた。 「この学園で、唯一リナさんが安らげる場所。それを化学部にしたいじゃないですか」 「あーもー。先生までそう言うのなら」 「ありがと、ゼル」 「俺は当たり前のことを言っただけだ」 「先生も、ありがとう」 「化学部は、楽しいですか？」 「もっちろんよ！」 ゼロスは、リナの腕を軽く引き寄せて言った。 「文化祭の後は後夜祭のファイヤーストームがありますからね。去年までは男同士で踊っていたので、リナさんの存在はまさに狼の群に羊を放り込むようなものです。ファイヤーストームが始まる前に、僕の車に来て下さい。待ってます」 リナは、軽くうなずいて、ゼロスから離れた。 「今年リナちゃんと踊れるのは誰だ？」 男子生徒の間はその話題で持ちきりだった。しかし、やぐらに火が点されても、リナは会場に姿を見せなかった。 「リナちゃん、どこにいるんだ？」 「裏庭に行ったって言ってた奴がいるけど」 「まさか、誰かと密会？」 一部の男子が、裏庭に押し掛けた。リナは、駐車場の奥で、車の中の誰かと親しげに話していた。そして、その車の助手席に乗り込んだ。 「誰の車だ」 「あのダークブルーは、ゼロス先生じゃないか」 「リナちゃんを乗せて、どこへ行く気だ」 車は、彼らの存在など全く無視して、裏門から出ていった。 裏門の側に立っていた、綺麗な金髪の女性は、差し入れの弁当を握りしめ、かたかたと震えていた。 ヘンタイ教師 ロリコン 死ね 「あっちゃー、やられましたねえ」 リナは、ゼロスの車にスプレー缶でくっきりと書かれた文字を見て震えている。ゼロスは、そのリナの肩を優しく抱きしめた。 「これくらい、ベンジンで拭けばすぐ取れます」 「そう言う問題じゃないと……思うんですけど」 「貴女を家まで送っていくことですか？僕は止めませんよ」 「だって、またこんなことされたら……」 「また拭けばいいんです」 「そうじゃないわ。あたしが、ゼロス先生の車で毎日家に帰ってること、たくさんの人に知られちゃったってことなのよ」 「……少々、面倒なことになるかも知れませんね」 ゼロスは、運転席に乗り込んだ。 「さ、リナさんも乗って下さい」 「こんな車で街を走るの？」 「今日だけです」 ダークブルーに、黄色のスプレーで書かれた罵詈雑言を見せびらかすように、ゼロスの車は裏門を滑り出ていった。 校長室。校長が、眉をひそめて椅子に腰掛けている。 「君は、問題を起こすような青年ではないと思っていたんだがねえ」 「今回のことは、誠に申し訳ありません」 「今後、リナ＝インバースくんを個人的に車に乗せるのは止めたまえ」 「それは、お断りします」 「な、なんだと？」 「彼女は、僕が守ってやらなければ、男子に取り巻かれてまともに帰ることもできません。僕が彼女を家まで送り届けなくてはならないんです」 「確かに、リナくんの人気は私の耳にも届いているが……なぜ、それを君がやらんといかんのだ？教師は他にもいるし、彼女の家にもっと家が近い教師もいる。まあ、君は化学部の顧問だったから、彼女の面倒を見ていたのかも知れないが……毎日車に乗せて家まで送るのはやりすぎだ。君の車の落書きも、いわばやられるべくしてやられたものだろう。とにかく、君には自宅謹慎２日を命ずるよ。その間に、充分頭を冷やしてくれ」 「……」 ゼロスは無言だった。 「まさか君は、噂通りにリナくんに特別な感情を抱いているのではないだろうね？」 「……いえ。そんなことはありません」 「君は優秀な教師だ。こんなことで君を失いたくない。頼んだよ」 ゼロスは、黙って校長室を出ていった。 リナは、周りが自分を見る目が全く変わってしまったことに気づいていた。ひそひそと囁く声が聞こえる。 「化学のゼロス先生と出来てたんだってさ」 「可愛い顔して、よくやるなあ」 「確かさ、ゼロス先生の実家って大金持ちなんだろ？」 「だから……か。汚い奴」 リナが、長い髪をなびかせて通りかかる。ふわりと甘い匂いがする。 「女がこの学校にいることが間違いなんだ」 聞こえよがしの囁き。 「無理してここにこないで、おとなしく女学院に通ってれば良かったのにな」 「男にちやほやされたくて、ここに来たんじゃないか？」 リナは、真っ直ぐ前を向いて歩いた。 （負けない、負けない、負けない……） 「金持ちのゼロス先生には身体も差し出すってか。とんでもねえ女」 風景が、涙に揺れた。それでもリナは、背筋を伸ばして真っ直ぐ廊下を歩いた。 下駄箱を開けると、どさどさ、と手紙が落ちた。封筒に入っているものはない。ノートの切れ端に殴り書きだ。 「出ていけ」 「出ていけ」 「出ていけ」…… リナはそれらをまとめて通用口のゴミ箱に突っ込むと、逃げるように下駄箱を後にした。 前はあれほどリナと帰りたがっていた男子生徒が一人もついてこない。リナは、ちくちく刺さる視線を感じながら、正門から外へ出た。腕を急に引かれて立ち止まる。 「ガウリイ……！」 「リナ、大変なことになったな」 「ガウリイは、噂、信じてないよね」 「ああ。俺は、お前を信じてる」 そんなつもりはなかったのに、涙がぶわっとあふれ出した。リナは、ガウリイの胸にすがって、ポロポロと涙をこぼした。そして、ふとガウリイから離れた。 「ご……ごめん。ガウリイまで、変な噂に巻き込んじゃったら、大変よね」 「構うもんか」 ガウリイは、リナを強く抱きしめた。 「なあリナ。弱みにつけ込むようで悪いんだが、俺とつきあおうぜ。俺とラブラブなところみんなに見せつけたら、今の噂なんて消えちまうよ。ふりでもいいんだ。俺とつきあってくれ」 「それは……できない。だって、あたし、ガウリイのこと好きだけど、異性としては見られないから」 「リナ……！」 ガウリイは抱きしめる腕を強くした。下校する生徒が、二人を怪訝な目で見ていった。 「だから、最初はふりでもいいって言ってんだろ。俺は、そのうちにお前を惚れさせて見せるよ。な、な、俺の言うこと、聞いてくれ」 「できない」 「まさか……あの噂、本当なのか。お前が、ゼロス先生を好きだってやつ」 「嘘じゃ、ない」 「おい……！」 「でも、あたしの片想いよ。ゼロス先生には婚約者がいるんだから」 「俺に、もっと頼ってくれよ」 ガウリイは絞り出すように言った。 「ゼロス先生を失う痛みだって、俺が癒やしてやるよ。だから、俺と来てくれ。ドーナツだって、好きなだけ奢ってやるよ」 「できない」 リナはガウリイの腕をふりほどいた。 「リナ！」 「ごめんなさい」 リナはガウリイの腕の中に甘い香りだけを残して、走り去った。 「っくしょー……」 ガウリイは、その残り香をいとおしむように、胸の前で腕を組み合わせた。 「二日間の、自宅謹慎になったんですって？」 「フィリアさん」 「お見舞いに来ましたわ。いつも模範教師ぶってるあなたが、どんな顔をしているのかと思って」 「ちょうど良かった。僕も、フィリアさんに大事な話があったんです」 「まあ、なにかしら？どうせ、ろくでもない話なんでしょうけど」 「僕と、婚約を解消して下さい」 フィリアは、その澄んだ蒼い瞳を見開いた。 「何……を言ってるのか、ご自分でもおわかりに……」 「僕はまじめです」 「嘘……だって、メタリオム家とコプト家は、昔から……互いの長男と長女を……」 「いい加減、そう言う話は止めませんか。この開かれた時代に、家同士の慣習だなんてナンセンスです」 「ゼロス……怒ってらっしゃるのね。あたしが、憎まれ口をいつも言うから……」 「あなたの憎まれ口に怒ったことなんて、僕は一度もありませんよ」 「じゃあ、どうして……」 「好きな人が、出来ました」 「……あたしにも、好きな人はいますわ」 「誰ですか」 「あなたです！」 フィリアは涙をこぼしていた。 「さんざん婚約を嫌がって見せたのだって、憎まれ口ばかり叩いたのだって、全部、あなたに気にして欲しかったから……！あなたは小さい頃からのフィアンセで、絶対に離れることはないって信じてたから！二人の関係は永遠に続くと信じてたから！だから、思いっきりひどいことも言えたんです」 「気づいてましたよ」 「……！」 「でも、もう終わりにしましょう。僕は、僕の愛する女性だけを守りたい。貴女のことも好きですが、結婚して、一生を共にすることは出来ません」 「それは、あの子のせいですの！？」 ゼロスが目を見開く。 「あの子……と言うと？」 「しらばっくれないで！文化祭の日に、私、お夜食の弁当を持って、差し入れに行ったんです。そしたら、あなたの車に乗って、親しげに話をしている女の子が……私、近づこうとして近づけなかったんです。何か教師と生徒以上に親密なものを感じて。私と別れる原因は、あの子ですのね！」 「リナさんは、確かに僕を変えてくれました。どこへ行ってもアット・ホームな気持ちになれなかった僕を救ってくれた」 「もう憎まれ口も言いません。あなたに尽くします。私の前では、アット・ホームな気持ちにはなっていただけませんの？」 「僕を変えられるのは、リナさんだけです」 「何を考えていらっしゃるの！」 フィリアは机を叩いた。 「あの子は……今年の新入生。１５歳だって聞きましたわ。あなたとは１５も歳の開きがあるんですのよ。それに、教師と生徒……！こんな関係が許されると思っているんですの？」 「許されない関係でも」 ゼロスは、闇紫の瞳を上げた。フィリアは気圧された。 「僕は、あの子を愛しています」 いよいよ「昼メロ」部分が出てくる今回です。この先、ゼロスとリナちゃんの運命には暗雲が（また？）立ちこめて参りますが、どうぞ最後までおつきあい下さい。 ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。このへんからフィリアさんには可哀想な役をやってもらうことに……ああ、フィリアさんファンの皆様ごめんなさい。あと、リナちゃんとつきあおうと提案するガウリイもお気に入りです。彼は、本当に優しい人なんだと思うのです。   |