逢いたさ見たさ病める…［後編］
旅は終わった。リナはゼフィーリアに帰っていた。ゼロスも、リナの監視の任を解かれ、他の仕事に精を出していた。そんなある日。 「ゼロスー、ゼロスー！」 一本の樹が木下闇をつくる、夏の日の丘の上。素朴な麻のワンピースを着たリナは、空に向かって叫んでいた。 「やっぱ、呼んだだけで、出てくるわけないか」 あきらめて丘を降りようとすると、目の前にふっとゼロスが姿を現した。 「何かご用ですか、リナさん」 「さすが、便利マジックアイテム。呼んだだけで出てくるなんて」 「仕事の切れ目で、暇だったんです。それにしても、何ですか？わざわざ僕を呼びだしたからには、何かあるんでしょう？」 「えへへ……これ」 白い綺麗な封筒。金の封蝋で閉じられている。 「何ですか？これは」 「見れば分かるでしょ、招待状よ」 「何の……？」 「開けてみれば？」 ゼロスは、封筒を破かないように、そっと開いた。 ガウリイ＝ガブリエフ リナ＝インバース 両名の結婚式を行うことをお知らせします 「……」 「あいつもね、なっかなか鈍くてここまでこぎ着けるのに苦労したけど、やっとあたしあいつのお嫁さんになれるわ。ゼルにも、アメリアにも、シルフィールにも、招待状を出したの。みんな、来てくれるって。で、あんたも言ってみればあたしの旅の仲間だし、呼ばないわけには行かないかなって。ね、ね、来てくれるよね」 「ご結婚なさるんですか……」 「ゼロス？なんか顔色悪いよ？」 「いえ、なんでもありません。おめでとうございます」 胸の中に、嵐が吹き荒れた。ゼロスは、それが表情に出ないように、にっこりと微笑んだ。 「ありがとう。それでね、ゼロス。いつか、旅の途中に、夜中のバーで、あたしの相談に乗ってくれたことあったでしょ？」 「ええ。そんなこともありましたね」 「あの時、ゼロスはあたしを魅力的だって言ってくれた。あれで、あたし自信がついたの。どんなことがあっても、ぜったいガウリイを放さないって。ほんとに感謝してるわ、ゼロス」 ゼロスは、招待状を取り落とした。 「あ、ゼロス、招待状が……」 ゼロスはリナを抱きしめていた。細い背中に回した手が重なった。魔族に涙はない。でも、今なら、泣ける気がした。 「なによ、ゼロス」 「いつか、僕が強いお酒に酔っぱらって、『リナさんは僕のものだ』って言ったこと、ありましたよね？」 「う、うん。でも、そのすぐ後、あんたがあれは冗談だって……」 「リナさん」 熱い空気の中、ゼロスに抱きしめられると冷たくて涼しい。リナは、しばらくもがいていたが、おとなしくなった。ゼロスはリナの顎を持ち上げる。 （キス……される） リナが思わず瞳を閉じると、ゼロスの指がおでこをつついた。 「ゼ、ゼロス〜。あんたねえ」 「冗談ですよ」 地面に落ちた招待状を拾い上げる。 「せっかくの晴れの日に、魔族なんかが来ていいんですか？」 「あんたは特別、よ。それに、あたしがガウリイと結婚できるのは、あんたが相談に乗ってくれたからなんだから。来るわよね？」 「ええ、行きますよ」 そしてゼロスはゆらりと空間に消えた。 ゼフィーリアの教会。リナは、綺麗に化粧され、真っ白なロングドレスを身にまとっている。付き添い係が、リナの顔にヴェールを重ねていく。 「リナさん、すっごく綺麗です！」 ピンクのドレスを着たアメリアが、リナを見て言う。 「リナさんとガウリイさんの結婚式に出席できるなんて！こんな嬉しいことはありません！」 「ブーケ、あんたの方に投げるから、しっかり受けとんなさいよ」 「まかせてください！」 リナの細い首。そこに、真珠のネックレスが幾重にもかかっている。 「素敵な……ネックレスですね。買ったんですか？」 「これは、ゼロスからなの」 「へえ、ゼロスさんが。そういえば、今日はまだゼロスさんに会ってませんねえ」 「しっかり招待状は渡したんだけどなあ。また、獣王様のお仕事で、欠席かしら？」 「花嫁様、お時間です」 係が、時計を見る。リナは、ゆっくりと立ち上がった。 ガウリイは、すでに祭壇の前にいる。リナは、父親と腕を組み、バージンロードを歩く。父の目に光るものを見て、リナは自分の選択が間違っていなかったことを知った。 「富めるときも、貧しいときも、このものを愛すると誓いますか？」 「誓います」 力強いガウリイの声。 「病めるときも健やかなるときも、このものを愛すると誓いますか？」 「誓います」 りんとしたリナの声。 教会の外には、リナとガウリイが旅先で出会った人たちや、村人たちが集まっている。その周りの一本の木の上に、ゼロスは静かに腰掛けていた。教会の中の声は、ここまで響いてくる。 「それでは誓いのキスを……」 ゼロスは、拳を握りしめた。 （今、僕が入っていって、リナさんをさらっていったらどうなるんでしょう？） そんな物語を、昔、読んだ気がする。 （でも、僕にそんな勇気はない……） ガウリイが、リナのヴェールをそっと持ち上げ、長い口づけをする。静寂が、教会の周りを覆った。ゼロスは、瞳を閉じて、両目を右手で押さえた。そして、空間に消えた。 教会の外に、ガウリイとリナが腕を組んで現れた。鈴蘭のブーケを、リナはアメリアのいる方角を見定めて投げる。アメリアは、精一杯腕を伸ばしたが、届かない。と、男の腕がそのブーケを取った。 「ゼルガディスさん……」 「欲しかったんだろう？これ」 「え、ええ……」 （あなたのために） アメリアは真っ赤に染めた顔を、鈴蘭のブーケに埋めた。 ヴェールを外したリナと、ガウリイが馬車に乗り込む。空き缶をいっぱいにつけたその馬車は、けたたましい音を響かせながら、走り出す。 「あれだけ一緒に旅しといて、いまさらハネムーンも無いものだけどね」 「まあいいさ。俺の故郷を、お前に見せておきたいんだ……なんだ、なんか元気ないな」 「ゼロス、とうとう来なかったね」 「あ？ああ、来なかったな。また例の仕事じゃないのか」 「来て欲しかったな。ちょっと寂しい」 ガウリイは、リナの肩に手を回す。 「俺がいても、寂しいか？」 「ううん、ガウリイがいれば、どんなときもへっちゃらよ」 （『来て欲しかったな。ちょっと寂しい』ですか……） 馬車の上空に浮かんだまま、ゼロスはリナの言葉を聞いていた。 （貴女は残酷ですね、リナさん……） 逢いたさ見たさ病める My Mind
君恋し I Love You
胸に雲がつかえたような
ためらいがちの Ev'ry Day
I Don't Know What To Do
（人間（ひと）の心はうつろいやすい……） ゼロスは、いつしか二人の別れを願っている自分に気づいた。そして、そんな自分を情けないと思う。それぐらいなら、あの時言ってしまえば良かったのだ。自分は本気だ、と。卑怯者だと、自分でも思う。それでも、ゼロスはふとした時に二人の別れを想っていた。 泣いてばかりじゃ駄目 Heart Breaker
彼女もすぐに戻るだろう
ゼロスは、醒めた心のまま、あのころの夢を見ていた。ガウリイの隣を歩くリナ。そのはつらつとした笑み。自分には見せてくれない、とっておきの微笑み。 「あれ、リナさん、いい匂いですね。なにか香水でもつけてるんですか？」 「ふふ、香水の代わりにバニラエッセンスつけてるの」 「どおりで、旨そうな匂いがするわけだ」 「きゃー、ガウリイに食べられるぅ」 はしゃぎまわるリナたち。それを見守るゼロスとゼルガディス。 「あいつらは元気でいいな」 「そうですね」 「お前も、俺たちについて歩くと苦労が絶えんだろう」 「いえ、僕はいいんですよ」 ───あの人の側にいられれば。 リナがガウリイの腕に腕を絡める。男の子のように笑う。目を細めるゼロスを見て、ゼルガディスは言った。 「なあ、ゼロス。おまえ、本当は───」 「何ですか？」 「……いや、なんでもない。俺の気のせいだろう」 ふっと、バニラの匂いが漂った。ゼロスは、つられるようにそちらへ歩く。菓子屋だった。山盛りのシュークリームを売っていた。 「そこのお兄さん、シュークリームいらんかね」 「ひとつ、下さい」 手袋を外してかぶりつくと、ひんやりと冷たいカスタードクリームが溢れる。濃いバニラの匂い。 「リナさん……」 ゼロスは、指に伝ったカスタードクリームを舐めた。 時折君がそばにいた頃の
香りが風に舞うような気がする
振り向いてもせつなくて You May Well Cry
（会いに行ってみようか……） そう思うこともある。今頃、子供は出来ているだろうか。幸せに暮らしているだろうか。たぶんガウリイのことだ。リナを不幸せにすることはないだろう。いま、リナは３０歳位のはずだ。歳を重ねて、より美しくなっただろうか。空間を渡って、見に行けば全て分かることだ。 （怖い） 幸せそうなリナを見るのが怖い。自分なんて必要とせずに生きているリナを見るのが怖い。いや、いままでリナが自分を必要としてくれたことがあっただろうか？ （ダークスターとの闘いで……） あの時必要だったのは「魔族」だ。自分ではない。 （『なんでしたら、リナさんをこの手で殺して差し上げてもいいんですよ……』） 自分の台詞がよみがえる。 （そんなこと、出来るはずもなかったのに！） でも、他の存在にリナを殺されるくらいなら。自分の手で殺してしまえば。一生、リナはゼロスのものになる。 （他の存在……） たとえば、寿命。寿命にリナを殺されるくらいなら、自分の手であの細い首を掴んで……。 （逢いたい） 強く、強くそう思う。どんな仕事をしていても手につかない。目の奥に、あの深紅の瞳がちらつく。逢いに行こうと想えば、一瞬で会いに行けるはずなのに。 （これは、病気だ。たちの悪い、病だ） 逢いに行ったら、一瞬で滅んでしまいそうな気がする。その幸せそうな瞳を見たら。 逢いたさ見たさ病める My Mind
逢いたさ見たさ病める My Mind
（『ゼロス』） リナの甘い声が耳に囁く。 （『逢いたかったよ。すごく逢いたかった。逢いに来てくれて嬉しい』） 違う！そんなことを言うわけがない。リナは今幸せなはずだ。社交辞令で自分のことを迎えてくれても、本当に愛する人が変わるわけではないのだ。 「リナさん……」 ゼロスはつぶやく。 「なぜ、貴女はガウリイさんと結婚してしまったんですか」 髪に手を差し込み、くしゃくしゃとかき回す。今の自分の瞳を誰かが見たら、こういうだろう。 「狂っている」と。 （ああ） 自分は、生まれてこの方、人間たちを馬鹿にしてきた。些細な感情に捕らわれ、泣いたり、わめいたり、時には殺し合ったり。けれども。今気づく。自分もまた、同じ感情に捕らわれている、と。 （僕は……僕は恋をしているんだ） 他人の妻に。恋してはいけない人に。彼女は、かつて自分の手の届くところにいたようで、するりと通り過ぎていってしまった。 君だけが好きな
胸をツメでとがれたような
落ちこみがちの Ev'ry Day
Tell Me The Reason Why
（それとも……今からさらいに行く？） Whenever You Come To Me
I'm Gonna Treat You Right!
なんか、書いてるうちにめちゃめちゃゼロスに感情移入してしまいました。私はノーマルな女ですが、キーボードを叩きながら「リナちゃん、好きじゃー！」となってしまって。ラスト辺りを書いてるときはマジで落ち込んでしまいました。自分でかいた文で鬱になるなんて、しょーもないですね。それから、この話はゼロリナ小説館の「Sister Tomorrow」に繋げるつもりで書きました。では、また明るい話で（できるのか？）お会いしましょう。 ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。思えばこのころから私の「リナちゃん萌え」遍歴は始まったのかも。  |