逢いたさ見たさ病める…[前編]


夜毎 彼女の──────
涙ながらに問いかける


「おっちゃーん、ウイスキーもう一杯!ロックでね」
「俺にもおかわり。ストレートで、チェイサーはいらない」
宿屋の下の酒場で、リナとガウリイはすっかりできあがっていた。ゼルガディスが、呆れて口を挟む。
「おい、明日も早いんだぞ。いい加減飲み過ぎじゃないか、旦那たち」
「んーもう、ゼルって固いんだから。ほら、ゼルも呑んで呑んで」
「俺はいい。……って、アメリア、何呑んでる!そんな強い酒を」
「あ〜……何だかいい気持ち〜ふわふわしますー」
「アメリア!とりあえず、冷たい水でも飲め」
「もっと、お酒、ほしー……」
「駄目だ!アメリア、お前は巫女だろう?しっかりと自制心を持つんだ」
ゼルガディスがアメリアを説教している間に、リナとガウリイは新しいグラスを空にしていた。おつまみのピスタチオを剥こうとして、指が震える。
「ゼロス〜、これ、剥いて〜」
「いいですけど……飲み過ぎじゃないんですか、リナさん」
「あによお。ガウリイは良くて、あたしは駄目だってこと?」
「リナさんは未成年でしょう」
「あーはっはっは。そんなの関係ないわよお。ゼロスは千歳以上でしょ?たかだか4〜5歳の差なんて気にしない気にしない。おっちゃん、ウイスキーもう一杯、ダブルのロックでね」
「はい、お客様。そういえば、そちらのおかっぱのお客様、お酒を召し上がりませんね」
「僕は神官ですからね」
「あはははは」
リナはゼロスを指さしてけたけた笑う。
「神官は神官でも、こいつは獣神官。魔族なのよ。だから、お酒には酔わないの」
「リ…リナさん、こんなところでそんなことを大声で。困りますよ」
「おーおー、困れ困れ。いつもはさんざんあたしたちを困らせてるんだから」
「お客様は魔族……なんですか」
「あ、あはは、冗談ですよ。この女性(ひと)酔うといつもこうで」
「魔族も酔う酒、当店にはございますよ」
「魔族も、酔う酒?おっもしろそー。マスター、出してよ、そのお酒」
「こちらになります」
毒々しい赤いボトル。中の液体の色は分からない。そして、ラベルのついた側をくるっと裏返しにすると、小さなデーモンが漬け込まれている。
「デ…デーモンが」
「こいつが魔族も酔う成分を出してるんですよ。もっとも、75度のこの酒だから、エキスがしみ出してくるわけですが」
「75度……」
「ゼロス〜、呑みなさい」
リナはカウンターの上の赤いボトルをむんずと掴むと、自分の空になったグラスに血の色の酒を注いだ。
「ささ、ぐいっと」
「勘弁して下さいよ、リナさん」
「おお、面白そうだな。呑めよ、ゼロス」
「ガウリイさんまで」
「呑んでみて下さい〜」
「アメリアさんまで!」
「つきあってられんな」
ゼルガディスだけが、眉間を押さえて黙っている。
「さあ、ゼロス!」
「分かりました。でも、一杯だけですよ」
「よしよく言った、それでこそ男!一気に呑むのよ」
「分かりました」
液体に顔を寄せると、つん、と魔力の気配が漂ってくる。
(大丈夫ですかね……)
「何今更ためらってるの。さあ、呑め!」
「はいはい、今呑みますよ」
ゼロスは、赤く濁った液体に口を付けた。
(魔族が酔うことなんてあり得るんでしょうか……?)
しかし、効果はてきめんに現れた。目の前がくらりと廻る。
「どう?ゼロス。酔った?酔った?」
「……酔った、みたいです」
「さっすがマスター、いいお酒持ってるじゃない。さ、もう一杯注いで」
「も、もう飲めませんよ」
「たった一杯で呑んだ内に入ると思ってんの?瓶ごと行きなさい、ぐいっと」
「リナさん〜」
「嫌いになるわよ」
「はっ?」
「あたしのお酒が飲めないって言うのなら、嫌いになってやる〜」
そしてリナは深紅の瞳を潤ませる。
「わ、分かりました、リナさん、呑みます。だから」
ゼロスは瓶の中身を氷の上に注ぎながら言う。
「嫌いに、ならないで下さい」

「いやーもう、獣王様の人使いの荒いことと言ったら……ひっく」
「そうそう、もっと語りなさい、ゼロス」
「僕はもう中間管理職は嫌なんです〜。クレアバイブルの写本を焼いてまわったり、フィブリゾ様に貸し出されたり〜。僕はこれでも、ひっく、高位魔族なんですよ。もっと自由を〜。ああ、ゼラス様……」
「あっはははは。もっと言ってやれ、ゼロス〜」
「ゼラス様の馬鹿〜。給料上げろ〜。休暇増やせ〜。これじゃ、デートもできないじゃないですか〜」
「デート?魔族のあんたも、デートしたい相手がいるの?」
ゼロスはふらりと立ち上がる。そして、よろよろしているリナを立たせて、抱きしめる。
「僕がデートしたいのは、リナさん、貴女です〜。もう仕事は嫌だ〜。プライベートで、リナさんと旅がしたい〜」
「ゼ、ゼロス。悪い酒ね。何馬鹿なこと言ってんのよ」
「リナさん、離しませんよ〜。リナさんは僕のものです」
ガウリイも、ゼルガディスも、呆然としてゼロスを見つめている。アメリアは、机に突っ伏して眠っている。
「リナさん、僕のこと嫌いですか〜?」
「き、嫌いじゃないわよ」
すっかり酒の醒めたリナがもがく。ゼロスの腕はがっちりとリナを抱きしめたまま、動かない。
「じゃあ、僕のこと、好きですか〜?」
「い、い……」
リナはスリッパを握りしめる。
「いい加減にしろ〜!!」
すぱこーん。いい音が響いた。
「リナさん、ひどいじゃないですか。僕はこんなにリナさんを愛しているのに〜」
ゾンビのような復活力で、ゼロスは後ろからリナをもう一度抱きしめる。
「ちょ、ちょっと冗談が過ぎるんじゃない、ゼロス」
「僕は冗談は言っていません」
酔っているはずなのに、ふと見せた深い紫の瞳に、リナはどきっとする。
「とにかく、放せー!」
「嫌ですね。放しません」
「ガウリイ〜。こいつを、なんとかして」
「おう」
ガウリイが、立ち上がる。ゼロスの腕を掴む。
「リナが嫌がってんじゃねーか。放せよ」
「嫌です。なんであなたの言うことを聞かなきゃいけないんですか?」
その時、リナが言った。
「ガウリイ、助けて」
その言葉が、ゼロスの心を差し貫いた。
ガウリイは指を鳴らした。
「ゼロス。俺に殴られる前に、リナを放せ」
「……放しますよ」
固く抱かれた腕がほどかれる。リナは、たたっと二、三歩走って、ガウリイの後ろに隠れた。
「まったく、本気で悪酔いするなんて。あんな酒、呑ませるんじゃなかったわ」
ゼロスに抱きしめられてあちこち乱れた衣服をなおしながら、リナは言った。リナも、ガウリイも、ゼロスも、すっかり酒は抜けていた。
「お勘定になさいますか?」
「ええ。……って、何この値段?」
「デーモン・ブラッドのボトルのお値段です」
「やだ、そんなに高い酒なら最初から言ってよ。まあ、払えなくはないけど……」
リナはぶつぶつ言いながら、何枚かの金貨をカウンターに重ねた。
「まだ、デーモン・ブラッドは残っておりますが、お持ち帰りになられますか?」
「冗談じゃないわ。また、ここに魔族が来たら飲ませてやって」
「かしこまりました」
「あー、ゼロスの悪酔いのせいで、すっかり酔いが醒めちゃった。寝よ寝よ」
リナたちは、ぞろぞろと上の宿屋に上がっていった。

リナが、パジャマに着替えてベッドに潜り込もうとしていると、ふっと部屋の中にゼロスが現れた。
「何よ。悪酔いヘンタイ魔族。あんたに話すことなんか何もないわ」
「今日は、すみませんでした」
「別にいいわよ。あたしも、酔った勢いでとんでもないことをすることもあるわ。でも、あたしとデートしたいとか、あたしを愛してるとか、あれは酔った勢いでの冗談よね?」
「あれは……」
リナの真剣な紅い瞳に見つめられる。
「冗談よね?」
「冗談です」
「よかった。魔族のあんたに本気で想われるなんて、ぞっとしないもんね」
「……そうですね」
「……ゼロス?」
寂しげな声に振り返ると、ゼロスは既にいなかった。
「何しに来たんだろ、あいつ」
リナは軽く伸びをして、ベッドに滑り込んだ。安らかな寝息を立て始める。ゼロスは、気配を消して、そっとリナの枕元に立った。
「冗談……で済めば良かったんですけどね」
リナの柔らかな頬に冷たい唇を寄せた。
「お休みなさい、リナさん」


飲み過ぎて君をからかいがちに
いきなり抱きすくめたつもりでも
傷ついてしまったのは NO, NO, NO


リナたちの旅は続いた。ゼロスは、彼らを見守りながら、ゆっくりついていった。リナ=インバースの監視。それが今のゼロスの仕事だった。
宿の夜。一階の食堂は既に閉じ、バーカウンターだけに、ほの暗い灯りがともっている。今日、カウンターについているのは、リナと、ゼロスだけだった。
「あんたは、あたしにつきあってていいの」
「貴女の監視、が僕の仕事ですから。それより、今日は何でおひとりで飲んでいるんですか?」
「あたしだって、たまには静かに飲みたいこともあるのよ」
リナの目の前には、ギムレットの繊細なグラスが、透明な影を落としている。
「あんたも、どうせ酔わないんだろうけど、何か注文しなさい。こういうところの礼儀みたいなもんよ」
「じゃあ、僕にはマティーニを」
しばらく、二人はカクテルを味わう。やがて、空になったグラスを置いたリナが、話し始めた。
「ガラじゃないんだけどね……相談したいことがあるの。聞いてくれる?」
「リナさんの悩みですか。想像もつきませんね。何でもどうぞ」
リナは、アレキサンダーを頼んでから、ゆっくりと喋りだした。
「好きな人が、いるの」
ずきん。ゼロスの胸の辺りに、痛みが走った。
「それは、ガウリイさんですね?」
「ふふ、やっぱ分かっちゃうか……」
ずきん。もう一度、ゼロスの胸が痛む。そこに心臓はないのに。
「あいつ、もうずっと長いつきあいでさ……いつの間にか、一緒にいることが当たり前になってたのよね。最初は、あいつの光の剣欲しさについていってたけど……」
アレキサンダーの甘いナツメグの匂いが漂う。
「あいつが、光の剣を失っても、一緒にいたいって想ってた。いつの間にこんなことになったんだろう?」
ゼロスは、黙ってマティーニをすすっていた。
「いつか、あいつにね、『いつまで一緒にいるのかなあ』て聞いたら、『そうだな。一生、か?』って答えてくれたの。あいつのことだから、何も考えずに言ったんだろうけど、あたしはすごく嬉しかった」
ゼロスは、カウンターの下で手を握りしめていた。ここから、消えてしまいたい。これ以上、リナの話を聞いていられない。
「今夜はあんたがいてくれてよかったわ、ゼロス」
ゼロスは目を見開く。
「こんなこと、相談できるのって、ゼロスくらいよ。ゼルやアメリアじゃ、次の日からの旅が気まずくなっちゃいそうだからね。つかず離れず、あたしたちについてきてくれるあんただから、こんな相談が出来たのよ」
「お役に立てて良かったです」
「……」
リナは、アレキサンダーの甘い香りのする息で言った。
「いつかの、あれ。あんたがあたしを好きだっていうの。あれ、冗談よね?」
「本気だ、と言ったら?」
リナはゼロスの瞳を見る。
「困っちゃうわ。だって、その気持ちにあたしは応えられないんだから」
「冗談ですよ」
リナは、笑顔を見せる。
「良かった」
そして、カクテルを一息に飲み干す。
「あたしとガウリイのこと、応援してくれるわね?」
「僕に出来ることなんてないと思いますが。心の中で、応援しますよ」
「ありがと。それだけで、充分よ」
蝋燭の光が、リナの深紅の瞳にちらちらと光って美しい。ゼロスは、深いため息をついた。
「ゼロスに好きな人が出来たら、あたし精一杯応援するわ。……でも、魔族って恋をするのかしら?」
「しますよ」
怖いくらいに澄んだ、紫の瞳。リナは吸い込まれそうになって、目をそらした。
「そう。早く、好きな人が出来るといいわね」
「そうですね」
「ねえ、ゼロス。あんた、男よね」
「……魔族にはっきりした性別はありませんが、一応、僕は男として創られましたね」
「そう。で、その男の目で見て、あたしって魅力ある?チビで、ペチャパイだけど」
「ありますよ。その瞳、華奢な身体、綺麗な髪、可愛らしい顔立ち。きっと、ガウリイさんも、貴女の魅力に気づいているはずです」
「でも、あいつは朴念仁だからなあ〜」
「ガウリイさんも、誰かにリナさんを奪われたら、自分の気持ちに気づくかも知れませんね」
「でも、あたしは誰にも奪われない」
誇り高い瞳。
「あたしは、ガウリイを愛してるから」


祈る想いだけど No,Answer
他の誰かに持ってかれちゃう───







「逢いたさ見たさ病める My Mind」は、サザンオールスターズの曲です。「Nude Man」というアルバムに入っています。私は特にサザンのファンというわけではないのですが、この曲はもの凄く気に入っています。で、ゼロスの片想いのテーマにしてみました。「ガウリイ×リナ」なんて、どっかよそのサイトでやれよ!って感じですが、メインはゼロスの切ない想いですので、ここに載せさせていただきました。でも、さすがにゼロリナ小説館は図々しすぎるかな、と思って、こちらに。それでは、後編もよろしくお願いします。

ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。文中でリナちゃんの飲んでいるアレキサンダーというカクテルは、私の一番好きなカクテルです。


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