遠い旅路の目的地[７]
「よお、お姉ちゃん。いい服着てんじゃねえか。……っと、こりゃ可愛いな。野郎ども、出てこいよ」 森の中を歩いていたリナを、７、８人の盗賊が取り囲んだ。リナは、ふっと微笑む。かつて自分は、何度こういう連中を吹っ飛ばしてきたことだろう？ 「お姉ちゃん。金とその高級なコートにするかい？ それとも、俺たちの相手をするか？」 下卑た笑みを浮かべて、男たちは輪を狭める。 「そうね。お金はこれからの路銀だし、取られると困るの。あたしは娼婦よ。お相手なら、存分にしてあげるわ」 リナは婉然と微笑んだ。 「よ……よし。いいんだな。こっちへ来い」 リナはアジトへ連れ込まれた。床に敷いた藁の上に突き倒される。男たちが、息を荒くして襲いかかってくる。リナは目を閉じる。あたしはプロの娼婦。こんなこと、何でもない。ミンシアから渡された薬も飲んでいる。何の心配もいらない。 最初の男が身体に入ってきた。望まない性交でも、身体はすぐに潤うようになっていた。その時、リナは愕然とした。快楽が、背中を上ってきたのだ。 「あ……」 作り声ではない声が出る。その声に応えるように、何度も乱暴に男は突き上げてくる。 「ああっ……ああ……う……」 男のものを、自分の蜜が濡らすのが分かる。なめらかな抽送。弱い部分を、何度も擦られる。 「……っ」 「い、いいぞ、お姉ちゃん。もう、いっちまいそうだ」 「まだ……まだ出さないで。もっと……ちょうだい」 周りで見守る男たちが笑う。 「娼婦なだけあるな。淫乱な女だ」 「う、あ、あ……」 リナは、見知らぬ野卑な男の下で身もだえていた。快感の頂点が近づく。 「いく……」 「ああ、いっちまえ。俺も、限界だ」 男のものが堅く膨れ上がり、リナの中をかき回した。リナは頂点に達する。声にならない喘ぎがほとばしった。 「うっ……最高だ、お姉ちゃん」 男も、リナの中に欲望を注ぎ込む。リナは、ただ天井を見上げて、快楽の余韻に浸っている。 （違う） 心の中で、必死の声が言い募る。 （ゼロスに抱かれたときとは、違う） けれども、身体は勝手に悦楽を求める。二人目の、三人目の男が入ってきたとき、リナは悦びの叫びを小さくあげる。数度目の頂点に達したとき、リナのそこから温かな水がほとばしった。 「こいつ、潮吹きやがった」 「よっぽど、感じてるんだな。俺たちの方が何か貰いたいくらいだぜ」 （違う。ゼロスとは、違う） 唾液が頬を伝った。男の背中に、綺麗にマニキュアされた爪が立てられる。 「もっと……もっと」 意思ではない意思が、リナに淫媚な言葉を口走らせていた。 「すげえな。この女の中、きゅうきゅう吸い付いて来やがる。よっぽど、男を搾り取ってきたんだな」 「こんな……可愛い……顔して……なっ」 手淫していた男が、リナの顔に精液をかけた。リナは、舌を伸ばして、その濃い味の液体を舐め取った。 「そらよ、約束通り、金も服も取らねえよ。行きな、お姉ちゃん」 リナは、まだうずく身体を引きずるように、服を身につけ、バッグを手に取った。 「お前さんの身体は最高だ。またお相手したいもんだな」 男たちは笑って、リナの背中を押した。よろけるように、歩いて、街道に戻る。誰も通っていない。自然に、涙が溢れた。 「ゼロスじゃない男にも、感じるんだ」 鼻水をすする。冷たい風が、自分を清めてくれるといいと思う。 「あたしは、自分からあいつらを求めた……」 しかも、自分の身体は、まだ熱く潤っている。もっと犯されることを求めている。 「こんなに……汚れて……浅ましくなって」 あたしに、まだゼロスを求める権利はあるの？ 次の街でも、リナは娼館に身を置いた。あどけない顔立ちと、堅いつぼみのような身体の奥に、熱い潤いの泉と淫猥な声を秘めたリナは、あっという間に売れっ子になっていった。リナは、ベッドに寝転がって、紙幣を数えた。昼間になると、ただ街角にしゃがみ込んで、ゆく人の顔を眺めた。 「リナ、宝石商が来てるよ。指輪をお買いよ」 「いいの、あたし興味ないから」 同僚の娼婦が、不思議な顔をする。 「あんた、毛皮もいらないって言ったわよね。そんなに稼いでるくせに。家でも建てるの？」 「そういう訳じゃないの。ただ、あたし、贅沢なことには興味ないだけ」 ガラス窓の外を、好色な眼をした男が通り過ぎていく。リナは、ただそんな人々を見つめる。あの深い色の、さらさらの髪。紫の瞳。笑うと細くなる、愛しいまぶた。それが、自分の目の前を行き過ぎる日を願って。 リナは、書店に入り、地図を探した。ふと、魔導書のコーナーが目に入った。「初歩の魔法」と書かれた本を手に取る。「灯り（ライティング）」「浮遊（レビテーション）」「浄結水（アクア・クリエイト）」など、特に人の害にならない呪文が記されている。序文にはこうある。 「私たち人間の身体には、多かれ少なかれ、必ず魔法の力が秘められています。この本は、今これを読んでいるあなたの、体内の魔法を呼び覚まします。必ず使える簡単な魔法を、ぜひ覚えて、生活に……」 リナは本を閉じる。誰にでもある、魔力。小さい頃、魔導士協会でそう教わった。皆にあって、今の自分に無いもの。 リナは、しばらく自分の身体を抱きしめてじっとしていた。呪文の響きが懐かしく耳にあった。それから、あらためて地図を探し始めた。 「こんなに、セイルーンに近かったんだ……」 リナは、今いる街からセイルーンへ、鉛筆で線を引く。歩いて二日で着くだろう。馬車を雇ってもいい。それなら、今日中にでも着く。 「アメリア」 フィリオネル王の元で、国民に慕われている正義姫。ふと、アメリアに頼ろうか、という考えが思い浮かぶ。城に住まわせてもらって、国中に探し人の広告を貼ってもらうのだ。簡単に、ゼロスを見つけることが出来るかも知れない。 「ふふ……」 ベッドに広げた地図の上に、リナは身を投げ出す。野盗に輪姦されてよがるような卑しい女が、いまさらあの綺麗なアメリアの前に顔を出せるはずもない。 「アメリア、ちゃんとゼルを捕まえたかしら？」 それでもリナはセイルーンへ向かった。長い髪を、スカーフで隠して。セイルーン城下町は大きな街だ。人を探すにはいい場所だと思った。しばらく滞在する費用も出来ていた。 リナはまた娼館に別れを告げ、街道を歩いた。 「いらっしゃいませ。お一人様ですね」 「あの……お城が見える部屋はあるかしら」 「ございますよ」 リナは、窓から篝火に浮かび上がるセイルーンの城を見た。そこで魔族たちと戦ったことを思い出す。 『お前の魔力は、魔族にとって脅威なのだ。』 ゼラスがそう言ったことは、遠い昔に感じられた。そして今の自分。魔族どころか、誰にとっても無価値な女。 あの城のどこかに、アメリアがいる。今も、気高く美しい心を持って。 「愛の……歌しか、歌わない……女」 リナは、遠い昔、姉が口ずさんでいたラブソングを唇に乗せた。 「彼女は聞くの……飛べない……鳥の声」 昔に聴いた歌なのに、メロディも言葉も容易く蘇った。 「いつか大空に戻れるその日を夢見ても……その翼は重く……石のようだと」 涙は流れない。代わりに、メロディが零れていく。 「愛の歌しか、歌えない女。彼女は漂う……逆にまわる時を」 身体も、心も、汚れきって、すさんで、無価値になってしまった。今、自分にあるのは愛だけ。まぶたの裏に、空に、思い浮かべる愛しい男の面影だけ。 鳩尾に手をやる。そこには、布袋に入れて提げてある、乳白色の珠がある。これを砕けば、自分は土に帰れる。でも、まだそうしない。ゼロスを見つけるまで、土には帰らない。どんなに倦み疲れて、汚れ果てようとも。 
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