遠い旅路の目的地[４]
さんざん歩き回って、リナは魚屋の手伝いの仕事にありついた。女将は優しい人で、給料を前借りさせて靴を買い、着たきりで垢じみたリナの服を洗濯して、風呂に入れてくれた。 「ずいぶん痩せてるね。お腹空いてるんじゃないのかい」 温かいブイヤーベースを食べながら、リナは色々と訊かれた。 「名前は？ 何てんだい」 「リナ……です」 「リナちゃんね。どこの街の生まれ？」 「ゼフィール・シティ」 「どうしてこの街に？ それも、裸足で。着た切り雀で」 「人を探してるんです」 「どんな人？」 「……恋人、です」 リナは熱心に働いた。体力はあった。かつて旅した剣士に、稽古をつけてもらった頃のことを、リナは懐かしく思いだした。休憩は昼飯時の一時間。リナはライ麦パンの塊を抱えて、店先の椅子に座り、街ゆく人を眺めた。 （ゼロス。赤ん坊？ 子供？ 青年？ それとも、老人なの？） 「リナちゃんはよく食べるねえ」 女将が鰺の混ぜご飯をおかわりしながら言う。 「すみません」 リナは赤くなって椀を受け取る。魚屋の主人は黙って煙草をふかしている。 「あたしには子供が出来なかったからね。娘が出来たようでうれしいよ」 女将は微笑んで、リナをみつめた。 売れ残った魚を猫に投げて、店を片づける。黒いゴムの長靴を脱ぐ。かび臭い屋根裏部屋に上り、疲れた身体をベッドに投げ出す。 （優しい人の側にいるのはいいな……） 心地よい疲れが、柔らかな眠りを呼ぶ。 （でも、この街から、いつかは出て行かなきゃならない） リナは枕を抱いて、眠りに落ちた。 虫が、身体を這い回っている。そんな悪夢を見て、リナは目覚めた。身体を這い回っているのは虫ではなかった。節くれ立った、太い指。 「……旦那さ……」 口を押さえつけられる。パジャマの前ははだけられ、乳房を執拗に指が責めている。リナが身体をよじると、手はズボンの中に侵入し、リナのそこを下着の上から撫でた。 「……嫌……」 「黙って」 低い声が言う。ズボンを脱がされ、下着をはぎ取られる。乾いたそこに、太い指が押し入ってくる。 「や。嫌……やめてください」 「リナ」 熱っぽい声。リナのからだが防衛本能で、感じないままに潤う。指が引き抜かれ、熱いものが入ってきた。 「……っ」 「あいつが目を覚ます。黙っていろ」 小さなベッドが、二人分の体重にきしむ。リナは自分の指をかみしめ、声を抑えた。主人の大きな体はやがて細かく震え、リナの中に欲望を吐き出した。 「あいつには言うな」 主人は、さっさと服を身につけると、屋根裏部屋から降りていった。リナは、目を見開いてがたがた震えていた。船の上で水夫たちに蹂躙された日の事が、まざまざと思い出された。明け方まで、震えは止まらなかった。斜めの天井に薄日が射す頃、リナは短い悪夢に落ちた。 「出ていく？ 何でだい。給料が足りないんなら、もっと出すよ。リナちゃんはよく働いてくれるし……」 「いえ、行かなきゃいけないんです。女将さんには、本当にお世話になりました」 「まだ、たった一ヶ月半じゃないか。行く当てはあるのかい」 「……」 「いいから、もう少し落ちついていきな。今日は特に顔色も悪いし、体調も悪そうだし……」 店の奥から主人がじろりとリナを見た。リナはへたりこみそうな身体を支え、言い募った。 「今まで、お世話になりました。ご恩は忘れません」 「リナちゃん……わかった、ちょっと待ってな」 女将は家の方へ上がっていくと、包みを二つもって降りてきた。 「こっちは、あたしにはちょっと派手になっちゃった服。リナちゃんは小柄だから、サイズが合うか分からないけど一応持っていって。こっちは混ぜご飯。この季節なら、明日までは悪くならないよ。お弁当に持っていきな」 「女将さん……」 リナはうつむいたまま涙を流した。顔が見られない。昨夜、この女性（ひと）を赦されないほど裏切ってしまったのだ。 「さよなら」 「さよなら。元気で。きっと見つかるよ、その恋人」 リナは、包みを抱えて、街道に出た。次の街まで、三日ほどだ。 季節は秋深く、光は弱い。野宿を二度くり返して、リナは大きな街へ向かっていた。──突然目眩がした。リナは地面に手をつき、倒れた。吐き気がこみ上げてきた。その日食べたものを全て地面に吐き出して、リナは肩で息をした。 （何か、悪いものでも食べたかな。でも、目眩まで……） 稲妻のように、あることが頭に浮かんだ。 （月のものが、来てない──） リナは、這いずるように道の脇の樹に寄りかかり、下腹を押さえた。 （まさか……まさか） ゼロスに抱かれてからは、半年が過ぎている。そもそも、人間と魔族の間には子供は出来ない。水夫たちに輪姦されてからは、だいたい二ヶ月。 「そんな……そんなの……」 リナは頭を抱えてかがみ込んだ。 「どうしろっていうの──」 
|