遠い旅路の目的地[１２]
リナは、貯金をはたいて優秀な弁護士を雇った。手錠を填められたまま、今は法廷にいる。弁護士が指示を出し、スライドが用意された。一枚の写真が、そこに映し出される。 「……！」 リナはよろけ、柵に手をつく。裸で縛られ、大きく足を開かされ、床を舐めている自分の姿がそこにあった。 「これは貴女ですね？」 弁護士の声に、消え入りそうに「はい」と答える。 「誰に縛られたのですか」 「ヨハン……被害者です」 「望んで縛られたのですか？」 「あたしは、被害者に頼み事をしていて……それと引き替えでした。無理矢理ではありません」 「何を舐めているのですか？」 リナは大きく震えた。 「水です」 「しかし、被害者の部屋の床を調べたところ、容疑者の尿……」 「水です！！」 リナは叫んだ。弁護士は、資料を一枚めくり、「水ですね」と軽く流した。 判決は下った。懲役四年。殺人にしては、異例の軽い刑罰だった。リナは弁護士に頭を下げた。ピンク色が色あせ、地の紅茶色がのぞいた髪が揺れた。 「刑期、頑張って下さいね。でも、あの時、貴女があれをご自分の尿だったと認めていたらもっと──」 リナは弁護士に背を向けた。振り返ることはなかった。 刑務所の中で、リナは嫌われた。声が媚びていると言われ、童顔をあざ笑われた。主な作業は手芸だった。リナが一日かけて仕上げた刺繍は、破かれ、ゴミ箱に突っ込まれた。リナはそんないじめに、何も感じなかった。失った大きなもの──大きな愛に比べれば、何もかも些細なことだった。針と糸とミシンの日々。リナは感情を亡くして手を動かし続けた。 誰かが面会に来たと聞いたとき、リナはあの小さな面影を思って駆けだした。面会室に息をついて駆け込む。ゼロスの姿はない。そこにいるのは金髪の女性──フィリアだった。 「フィリア──なぜ。まだ、生きていたの？」 「リナさん。生まれ変わりなどではなく、あのリナさんなんですね？ 貴女こそ、生きていたんですね！」 フィリアは少し振り向く。蒼碧の髪、金色の目の男が、フィリアの側に立つ。 「そちらは……」 「夫の、ヴァルガーヴです」 フィリアは頬を染めた。 「へえ……あの小さな卵が、あんたの夫に……大きくなったのね」 「初めまして」 ヴァルガーヴはぶっきらぼうに言って、目をそらした。 「ヴァル！ もう、失礼でしょ！」 「あはは、いいのよ。変わらないのね、あんたも、ヴァルガーヴも」 そして、気づく。 「久しぶりに、笑ったわ。来てくれてありがとう」 「リナさん……なぜ、年をとっていないの？」 「魔族と、不死の契約を交わしたからよ」 「ゼロス……？」 「ゼロスは滅んだわ。あたしが契約を交わしたのは、獣王」 「どうして、契約を？」 「ゼロスを、探すため。もう一度愛するためよ」 「……あんな、ゴキブリ変態魔族でも、貴女にとっては愛しい存在なのね」 「こら！ 人の恋人にその言い方はないでしょーが！」 面会時間は、あっという間に過ぎた。 「これ、お菓子です。一応、私の手作り。また来ます」 「ありがとう、フィリア。さよなら、ヴァルガーヴ」 「……あんたとは、初めて会った気がしねえんだ」 ヴァルガーヴはつぶやいた。 「だって、遠い昔に出会っているもの。と言うより、命を賭けてあたしはあんたと戦ったのよ？」 「……」 ヴァルガーヴはリナを見つめて、背中を向けた。 いじめられているリナに、一人だけ優しい中年の看守がいた。リナは、彼に微笑みかけながら、全てを分かっていた。あまりにも慣れてしまったこと。心の傷にさえならない。看守が、真夜中に鍵を開けてリナの独房に入ってきたとき、リナは声一つあげなかった。下手な愛撫を受け、小さく喘ぎ、身体を開く。男を迎え入れ、快楽を与え、精液を受けとめる。それは、何度も繰り返された。リナは、誰にも訴えなかったし、泣くこともなかった。もう、汚れることはない。あたしの身体は、汚辱だけで出来ている。これ以上、汚れたりしない。 私物としてなんとか持ち込んだピルを口に放り込み、飲み込む。この薬があれば、あたしは傷つかない。ミンシアに遠い昔ビンごと渡された薬は、もう飲み尽くしてしまったけれど……。 四年が過ぎる前に恩赦があった。リナは、罪を許されて世界に出た。そして、またあてど無い旅に出た。 
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