Sailor blouse story［１］



僕が初めてリナさんを見たのは、彼女とガウリイ兄さんの結婚式の時だった。チャペルのバージンロードを叔父さんに手を取られて歩いてくるリナさんは、幾重もの白いヴェールに包まれ、真っ白な肌に果実のような唇をしていた。目は伏せられていた。
（ふうん、兄さんが自慢していただけあって、ずいぶん綺麗な子ですね）
僕は、兄さんの手がヴェールをあげ、長いキスが交わされるのを見た。
（この子が、僕と同い年なんて……）
二人は、チャペルの外に出て、花束を投げた。青空から降り注ぐ五月の光が、二人を祝福するかのように輝いた。この瞬間、二人に訪れる未来を予想したものは誰もいなかったに違いない。

僕と、ガウリイ兄さんは母親が違う。父は、金髪の女性と結婚してガウリイ兄さんを産ませ、すぐに離婚した。男親にしては珍しく、父は兄さんを引き取った。跡継ぎが欲しかったのかもしれない。というより、それ以外考えられない。兄さんの母は、やがて病気で亡くなった。そして、黒髪だったという僕の母と再婚した。母は、僕を産んでそのまま死んだ。
父は、全く子供にかまわなかった。ガウリイ兄さんは優しい人で、年の離れた僕のことをとても可愛がってくれた。親がかまってくれなくても、僕たちは幸せだった。そして、僕たちの父さんは脳腫瘍にかかって、３度の手術を繰り返し、亡くなった。正直、僕は父さんが死んでもあまり悲しみを感じなかった。父さんは仕事に明け暮れ、僕たちのことを見てくれたことはほとんど無かったから。
父さんの遺産もあり、保険金も結構な額おりたので、僕たちは生活に困ることもなかった。兄さんは、大学を何とか出て就職した。

だから、ガウリイ兄さんが結婚すると言い出したときも、僕は大して驚かなかった。
「良かったじゃないですか。結婚したいと言うほどの女性が見つかって」
ガウリイ兄さんは照れくさそうに言った。
「それが、その娘はお前と同い年なんだ。正確に言うと３ヶ月年下だ」
さすがに僕は驚いた。
「じゃあ……まだ高校生じゃないですか。学校は、辞めるんですか？」
「いや……転校させるが、続けさせるよ。高校ぐらい、出してやらないと可哀想だからな」
「転校って……」
「お前の学校にだ」
「相手の親御さんは納得したんですか？」
「リナは、両親を亡くして叔父さん夫婦に預けられている。俺が面倒を見るって言ったら、よろしくと言われたよ。俺がリナを世界一幸せな花嫁にしてやるんだ」
「リナさんという人は、兄さんを愛してるんですか？」
「おいおい、ひどいこと聞くな。愛してるに決まってるじゃないか」
「結婚したら、リナさんはこの家に住むんですか？」
「ああ。そのつもりだ」
「僕はおじゃま虫になってしまいますね」
「馬鹿。そんなこと気にすんな。お前の目なんか気にしないでいちゃいちゃしてやるよ」
「ひどいですね」
「新婚カップルなんだ。目をつぶってくれ」
「とにかく、僕たちの周りには死んだ人が多すぎた。兄さんとリナさんが幸せになってくれるなら、僕は嬉しいですよ」
「だろ？死んじまった親父と、俺のお袋と、お前のお袋さんの代わりに、俺たちが幸せになるんだ。それが親孝行ってもんだろう」
「僕はまだ当分幸せになる予定はありませんが？」
「お前も、お前だけの女の子を見つけられる日が来るよ。俺も、リナと出会うまでは、自分に運命の相手がいるだなんて信じられなかった」
「リナさんは、綺麗な人ですか？」
「ああ。俺が今までみてきた女の中で一番綺麗だな。写真でも持ってりゃ良かったな」
「婚約者の写真くらい、持っているべきですよ」
「まあ、綺麗な娘を想像しとけ。俺のリナはそれを確実に上回っている」
「凄い自信ですね」
「ああ。あいつは少女ファッション雑誌でグラビアの仕事もしてるんだ」
「少女雑誌で？青年誌のグラビアなんかはやらないんですか？」
「あいつも潔癖でな。男の目にさらされる仕事なんかは断ってるよ。まあ、俺と結婚したら、少女雑誌のグラビアもやらせないけどな」
「独り占めにするんですね」
「そうだよ。悪いか？」
「いえ。リナさんを幸せにしてあげて下さいね」
「言われなくても」
「ほんとに僕はここにいてもいいんですか？アパートでも借りて、そこに住めば……」
「遠慮すんなって。リナも、お前に会えることを楽しみにしている」
「僕はいつ、リナさんに会えるんですか？」
「結婚式の時だな」
僕は唖然とする。
「いつ、結婚式するんですか……」
「来週の日曜日だ。お前は制服でいいな。その日の夜から、新婚旅行に出かけるから、しばらくはお前一人になるぞ」
「新婚旅行はどこに」
「カナダだ。ナイアガラの滝を見てくるよ」
「どれくらいの間？」
「５日間だ。土、日休みで月曜日から出勤だ。リナは料理が上手いんだ。今まで、お前のレトルトで間に合わせてきたからな。楽しみだ」
「レトルトばかりで悪かったですね。僕も勉強があるんです」
「お前はよくやってくれたよ。俺こそ、仕事、仕事で家事をしないで悪かったな。これからは、リナがやってくれるからお前も勉強に集中出来るぞ」
「べつに、家事は苦にならなかったんですけどね……リナさんも学校があるんでしょう？……それにしても、ずいぶん突然の結婚話じゃないですか。いきなり来週の日曜日って言われても、あと４日しか無いんですよ」
「俺がリナに一目惚れしたんだ。リナも俺のことを気に入ってくれたみたいだし。ゼルガディス……お前も知ってるだろう？」
「ええ、兄さんの友達ですね。芸能プロダクションのマネージャーをしている」
「あいつを通して知り合ったんだ。正直、リナをほかの奴に渡したくなくてな。一刻も早く結婚したくなったんだ。突然の話で、悪かったな」
「悪いとは言ってません。ただ、お互いのこと、まだよく分かってないんじゃないですか？」
「リナは特別な女だ。強くて明るくて、でも誰よりも脆い。リナを守れるのは俺だけなんだ」
「そんなに綺麗な人なら、今までにもつきあってきた男の人がいるんじゃないですか？」
「リナは、好きになった男は俺が初めてだって言ってたよ。これも、運命の出会いって言うのかもな」
「そうですね……」
「きっとお前も、リナを気に入るよ。そして、リナもお前を気に入ると思う」
「そう上手くいきますかね？」
「間違いない。お前は頭も顔もいいし、何より性格がいい。リナに好かれる資格充分だ」
「僕は、性格が悪いですよ」
「お前はいつもそう言うな。だけど、俺には分かってる。お前は、本当に悪いことは出来ない奴だ」
「性格がいいことにかけては、兄さんの右に出る人はいませんよ」
「お前はお世辞が上手いからな。本当か」
「本当ですよ。そのリナさんという人も、人を見る目があるようですね」
「俺は……リナを幸せにするためなら、何でもするよ」
「ええ。頑張って下さい」


カナダで、スリをつかまえようとした兄さんが、ナイフで刺されて死んだと聞いたのは、リナさんがこの国に帰ってきた後だった。


兄さんの葬式には、だいぶ手間取った。遺体を故郷に搬送してもらわなければいけなかったし、兄さんの血縁者は僕しかいない。リナさんの叔父さんと叔母さんの助けがなかったら、僕は満足に葬式も出せなかっただろう。喪主は、妻であるリナさんだった。喪服も用意出来ず、セーラー服にに身を包み、小さな肩を震わせて、葬儀場でお悔やみに来た人たちに挨拶するリナさんは、今にも崩れてしまいそうだった。
「代わりましょうか？顔色が悪い。すこし、休まれてはどうですか？」
「……あなた、ゼロスくんね？」
「分かりますか」
「綺麗な黒髪。綺麗な顔。丁寧な言葉遣い。全部、ガウリイが自慢してたから……俺には過ぎた弟だって」
「さあ、しばらく奥の椅子に座って休んで下さい。後は僕がやります」
葬儀に来た人への挨拶。香典の整理。やることは結構あった。こんな作業を、夫を……わずか４日で失った人にさせるわけにはいかない。僕は、訪れる人々の多さに驚いていた。やっぱり、ガウリイ兄さんは特別な人だったんだ。ほんのわずかのつきあいの人にも、好印象を残すほどの……。
「ゼロスくん。やっぱり、あたしが受付する」
雪のように白い顔のリナさんが、僕の袖を引っ張る。
「あたしの、夫の葬儀なんだから」
「そんな顔色の人に、こんなきつい作業はさせられませんよ」
「お願い。あたしが、ガウリイにしてあげられる最後のことなんだから……」
「じゃあ、一緒にやりましょう。貴女は挨拶して、僕が香典を受け取る。貴女は今にも倒れてしまいそうだ。無理はさせられません」
深紅の、宝石のような瞳が僕を見た。
「優しいのね、ゼロスくん」
「兄さんの、たった一人の大切な人ですからね。僕も、貴女を大切にします」
「……ありがとう」
白いセーラー服で弔問客に頭を下げるリナさんを、気の毒そうに見ていく人が多かった。皆、結婚式のたった４日後に夫を失った少女のことを知っているのだ。
「今回は、さぞかしお力落としのことでございましょうが……」
「気を使って頂いて、ありがとうございます。故人もあなたがお見えになって喜んでいることと思います……」
「近所のものです。何かお手伝い出来ることがありましたら……」
「いまのところ結構です。お心遣い感謝します」
リナさんは、ずっと下を向いて、そつなく挨拶を返していた。
「可哀想にねえ。まだ１７だって言うじゃないか」
「やっぱり、籍を抜いて実家に帰るのかねえ……」
弔問客のささやきが聞こえてくる。
「リナさん、辛ければ、無理をしなくていいんですよ」
「あたしは喪主だもの。最後までここにいなくちゃ」
やがて、訪れる人の列が途絶えた。僕は、香典をまとめて鞄に入れると、なくさないようにそれを大事に持った。
「ほら、リナちゃん、ゼロスくん、ガウリイさんに最後のお別れをしておいで。もうすぐ出棺だから」
リナさんは、震える足で棺に近づいた。白い薔薇の花に囲まれた兄さんは、まるで生きているかのように綺麗な顔をしていた。ただ、その顔色は、唇まで白い。
「ガウリイ……」
リナさんは、棺の縁に手をかけてひざまずいた。
「ガウリイ……ガウリイ！」
悲痛な声。参列者の中からも、すすり泣きの声が漏れた。
「出棺です。棺は、墓地へ運ばれます。皆さん、リムジンに分乗していらしてください」
僕は、リナさんと、リナさんの叔父さんとリムジンに乗った。リナさんの肩は、ずっと、涙をこらえるかのように震えていた。
「埋葬です。皆さん、花を入れて下さい」
白い百合の花、薔薇の花が棺の上に撒かれる。葬儀社の人たちが、棺の上に土をかけていく。リナさんは、こらえていた涙を流した。その涙の粒は、棺の上にぽろぽろと零れ落ちた。


埋葬が済んだのは夕方だった。
「リナちゃん、これからどうするんだい。また私たちのところへ帰っておいで」
リナさんの叔父さんと叔母さんが声をかける。リナさんは、決然と首を振った。
「あたしは、ガウリイ＝ガブリエフの妻です。ガウリイの家で暮らします」
「リナ、おまえはまだ１７だろう。これから、どんな出会いがあるかも分からないんだよ。籍を抜いて、また元のように私たちに面倒を見させておくれ」
「いいえ、あたしはリナ＝ガブリエフ。もう、叔父さんたちの世話にはなりません」
「そんなこと言ったって、ガウリイさんのうちにはゼロスくんがいるじゃないか。ご迷惑だろう」
「ゼロスくん、あたしのこと、迷惑ですか？」
リナさんは、真剣な瞳で聞いた。僕は答えた。
「うちには、もうリナさんのための部屋もあったんです。リナさんがうちで暮らすのには、何の異存もありません」
「いいのかい、ゼロスくん。子供二人で暮らすことになるんだよ」
「来年になれば、僕もリナさんも１８です。自分のことは、もう自分で決められる年です」
「……分かったよ。ただ、何か困ったことがあったら、必ず私たちに相談しておくれ。約束だよ」
「リナさんを、お預かりします」
僕は、毅然として答えた。


「ガウリイ兄さん、今朝から、家具とかカーテンとか、色々届いてるけど、いったい何の騒ぎですか」
「決まってるだろう。リナの部屋を作るんだ。ほら、二階の端の部屋、空いてただろう」
「急な話ですね」
「結婚話自体が急な話だからな。なあ、このカーテン、リナの気に入ると思うか？」
「僕はリナさんじゃないから何とも言えませんよ。でも、可愛いカーテンですね」
「今日は、壁紙も張り替える。お前も、力仕事、手伝えよ」
「やれやれ。まだ見たこともない、三ヶ月年下の義姉さんのために力仕事ですか」
「あ、それ踏むなよ」
「この小さな箱は……ペーパーウェイトですね。バカラの刻印が入っている」
「赤いハート形のガラスのペーパーウェイト。リナが前に店で見たときに欲しがってたんだ。それ、一万するんだぞ」
「へえ、この小さなペーパーウェイトが」
「リナのためだ。安いもんさ。あ、そうだ。親父の残した遺産、あれは全部お前にやるよ」
「何を言ってるんですか、兄さん。法律で、ちゃんと遺留分を分けて……」
「俺は、俺の稼ぎでリナを養っていきたいんだ。もしも俺が事故か何かに遭ったときのために保険にも入った。親父の金は、お前にやる。大学に進学したいんだろう？金はいくらあってもいいはずだ。俺は、もう働いてるからな」
「後で返せって言っても知りませんからね」
「リナのためだ。死ぬ気で働くよ」
「兄さんは……ほんとにリナさんのことを愛してるんですね」
「あ、そうだ。一番大切なことを言っておく」
「何ですか」
「リナは、やらんぞ。俺のものだ」
「分かってますって、それくらい」
僕は苦笑した。
「安心出来ないんだ。リナはガキだけど可愛いから」
「ガキって……僕と同い年なんでしょう」
「おう、お前もガキだ。俺とは１０も歳が離れてる」
「兄さん、ロリコンなんじゃないですか？」
「何と呼ばれても結構だ。リナが手に入るんならな」


ガウリイ兄さんの埋葬が終わってしまうと、皆はまたリムジンに分乗してそれぞれの家に帰っていった。僕とリナさんは、挨拶のため最後まで残った。二人きりになってしまうと、リナさんは、墓石の前に突っ伏した。白いセーラー服が汚れるのも気にせずに。
「ガウリイ……あたし、あんたの腕の中だけで安心出来たわ。今はお別れね。でも、あたしはずっとあんたの妻よ」
それだけ言うと、リナさんは立ち上がって、服に付いた土を払った。そして、僕に言った。
「あたしの新居に、連れて行って」
リムジンを降り、僕が鍵を開ける。灯りをつける。
「さあ、入って下さい、リナさん」
「ただいま、ガウリイ」
リナさんは、「ガブリエフ・メタリオム」と彫られた表札を見て、怪訝な顔をした。
「めたりおむ？」
「それは、僕の名字です。天涯孤独だった母が、僕を残して逝ってしまったので、僕は母の姓を名乗っているんです」
「ふうん……あたしのうちも、色々複雑だったけど、あんたのうちも大変だったのね」
「ええ。死んだ人が……多すぎました。ガウリイ兄さんも、その中に入ってしまった」
「そうね……」
「ガウリイ兄さんは、亡くなる前に保険に入っていた。受取人を貴女にして。全くの事件だから、満額支給されるでしょう。それで、貴女は当分は暮らしていけるはずです」
「ガウリイが……保険に。あたし、そんなこと聞かされてなかった」
「結婚前に不吉な話をするのが嫌だったんでしょう。兄さんは、自分にもしものことがあっても貴女が困らないように、保険に入ったんです。さあ、二階へ上がりましょう。貴女の部屋へ案内します」
僕が先に立って二階へ上がった。端の部屋のドアを開ける。
「うわあ……可愛い部屋」
「ついこの前までは、物置でしたよ。兄さんが、貴女のために用意した部屋です」
リナさんは、机の上のペーパーウェイトを見つけた。
「あ、それは兄さんが……」
「ガウリイ……あたしのために、こんなものまで……」
リナさんは、そのガラスと同じ色の瞳から、再び涙を零した。




「Sailor blouse」とは、「セーラーブラウス」、いわゆるセーラー服のことです。私の好きな漫画家で作家の白倉由美さんの傑作「セーラー服で一晩中」と、「卒業、最後のセーラー服。」を混ぜて、私にとってはリナちゃんと並ぶ永遠のヒロイン「川原砂緒」をリナちゃんに演じてもらいたかったのですが、途中で私がどこかから電波を受信したらしく、話はどんどんあさっての方向へ。白倉先生、並びにファンの皆様、そしてリナちゃんファンの皆様、申し訳ありませんm(_ _)m　それでは、とりあえず読んで頂けて幸いです。続きも読んでくれると嬉しいです。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。ガウリイも私の小説の中では色々ひどい目に遭いますが、最初から死んじゃってる、てのはどうなんでしょうねえ。最愛の人を失ったら、リナちゃんならどうするか？　そんなことを考えながら書きました。


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