十日物語…９

十日物語…九日目

「なんでだ、リナ！！　俺は、ずっとお前を心配して」
「分かってる。分かってるわ」
「分かってない。俺は熱が下がってからこっち、一食もしていないんだ。こっちに来い」
「だめ。外の世界に戻ったら、あたしは死ななくちゃいけなくなる」
「ゼロスはお前を殺さなきゃいけないって、あれか。それじゃあ、ゼロスの創り出したこの世界にいる方が、よっぽどやばいだろう」
「ここにいる限り、あたしは安全だから……だから、安心して、帰って」
ガウリイは、瞳を暗く染めた。
「リナ！　外の世界に戻ろう。そしてゼロスと戦うんだ。俺とお前が組めば、きっとゼロスだって……」
「いやよ。あたしはそうしたくないの」
「何で……」
「ゼロスとは、戦えない」
「何でだ、リナ！」
「ゼロスは言ってくれた。あたしに死んで欲しくないって。そして、気づいたの。あたしもゼロスに死んで欲しくない」
「くっ……」
ガウリイは、リナの腕を引いた。そして、その首筋に、ブラスト・ソードをかざす。
「おい、そこのリナを死なせたくないすっとこ魔族」
「……」
「お前がリナから手を引かないと言うのなら、俺は今ここでリナを殺す。どうすればいいか分かるよな」
「僕には、あなたがリナさんを殺せるとは到底思えないんですが」
「出来るさ。リナを殺す。そして俺も後を追う。一生をこんな閉じた世界で過ごさせるよりは、その方が何倍もマシだ」
「……あなたから感じる負の感情は、嫉妬でしかない」
「何だと！」
「リナさんを独占したいという、自己満足でしかない。無理心中にリナさんをつきあわせるのなら、僕が相手になります」
「動くな！　本当にリナを殺すぞ！」
「一度は不覚をとりましたが……」
ゼロスは、僅かに空間を渡って、瞬時に間合いを詰めた。
「その剣があっても、あなたは僕には敵わないんですよ」
一瞬ひるんだガウリイの腕からリナを抱きしめると、再び空間を越える。
「くそっ！」
ガウリイの手からブラスト・ソードが滑り落ち、白木の床に束まで突き刺さった。
「この間……不覚？　じゃあ、昨日ゼロスを傷つけたのは…ガウリイ！？」
自分が深く憎み、呪った相手がガウリイだったことに気づいたリナは呆然とする。
「なぜ……ゼロスにあんな傷を」
「ゼロスが、お前を傷つけようとするからだ」
「違う！　ゼロスはあたしを守ってくれようと……」
その時、天空から一条の光の帯が射した。帯は、まっすぐにリナの心臓の上を刺しつらぬいた。
「え……？」
リナは、痛みすら感じるまもなく、ふわりと倒れる。その身体を、ゼロスが受けとめた。
「リナ！　ゼロス、リナに何をした？」
「僕じゃありません！　この力は……獣王様」
光の帯は、何度もリナの身体に射した。そのたびに、白い皮膚から血を流し、リナは意識を失っていった。
*************
「獣王様！　なぜ、彼女を……」
『それは本来ならお前がやるべき仕事だったのではないか？　ゼロス』
威厳のある不思議な声は、ガウリイの頭の中にも響いた。
「お前は……誰だ」
『ガウリイ＝ガブリエフか。一度会ったことがあるな』
「獣王か！　なぜリナにこんな酷いことを……」
『彼女が魔族にとって脅威だから。それ以外の理由があるか？』
ガウリイは、床に倒れたリナを抱き上げた。リナは唇から薄く血を流し、ぐったりとしている。
「獣王様ご自身で手を下されるのでしたら、なぜ僕にこのような役目を負わせるのです！」
「最近、お前は人間に甘くなった。その理由を探っていたら、彼女の存在が浮かび上がってきた。だから、あえてお前に彼女を殺すように命令を出したのだ。お前がどうするかと思ってな。呆れたぞ、ゼロス。こんなちゃちな異空間を造って、そこに彼女を隠し、私の目をごまかせると思うなど……こちらは、お前のやっていることは全て見通していた。お前のやったことは、私への反逆、と取っていいのだな？」
「……おっしゃるとおりです。僕は、彼女を殺したくないあまりに、獣王様をごまかそうとした」
「ゼロス……」
ガウリイが、蒼い目を見開いて、ゼロスを見ている。そして、その瞳を空中へ向けた。
「リナが……リナが何をしたというんだ。リナを返せ。今すぐここに返せ！」
『できんな。せいぜい悲しむがいい。お前も、ルビーアイ様の欠片を滅ぼした一人には違いないのだから、これくらいの悲しみは耐えてもらう』
「リナを失って、これ以上の悲しみがあるものか！　卑怯者、姿を現せ。俺の剣で叩ききってやる！」
『ゼロスにも勝てないお前が、私に？　無駄なことを』
「出てこい！　獣王ゼラス＝メタリオム！」
頭の中に直接響く声は途切れた。ただ、血にまみれたリナだけが残った。
「ゼロス！　回復魔法は使えないのか」
「使えたら、とっくに使ってます！」
「使えない……のか……」
リナが薄く目を開いた。
「リナ！」
「リナさん！」
「大丈夫よ、心配しないで……だい……じょう……ぶ……」
再びリナは意識を失った。
「おいゼロス！　何とかならないのか」
「今まで使ったことのない魔法なのですが……」
「何でもいい、リナを助けられるなら」
「あなたの生命力をリナさんに移す。そういう魔法なら、一応覚えています」
「俺は、生命力有り余ってる！　さっそくやってくれ」
「ただ……」
「何だ」
ゼロスは、頭を抱えた。
「何度蘇らせても、獣王様がリナさんを殺してしまうのなら」
「考えるな！」
ゼロスは目を見開いて、ガウリイを見た。
「ただ、リナを今、助けることを思うんだ」
「そうですね」
ゼロスは、ガウリイにうらやましさを感じながら、呪文の詠唱を始めた。

九日目。残りあと一日となりました。揺れ動くガウリイの、ゼロスの気持ち。そして倒れたリナちゃんの運命は。明日まで、どうぞよろしく！