十日物語…７

十日物語…七日目

「砥石をもらえないか」
「は、はあ、砥石ですか。あるにはありますが……お客様がご自分でその剣を研がれるのですか？　ずいぶん良さそうな剣ですし、できればこちらにおまかせいただいた方が……」
「俺は傭兵だ。自分の武器の手入れくらい自分で出来る」
「あの、無闇に研がれますと、かえって切れ味が落ちることも」
ガウリイは剣を抜いて、店主の目の前に突きつけた。
「うるさい。お前が斬られたいか」
「ひっ……」
店主は、あわてて砥石を、包みもせずに差し出した。
「いくらだ」
「お代はいただきません。すみませんでした」
「いや……悪いのは俺だ。ちょっと苛々して……俺はおかしいんだ」
「それでは、銀１５枚いただきます」
ガウリイは腰に下げた袋から、ありったけの金貨を掴みだして、店主の目の前に置いた。
「お、お客様。多すぎます。あの……」
ガウリイは、乱暴にドアを開けると、冬の街に出ていった。

「ふう……」
斬妖剣（ブラスト・ソード）に記された、ミルガズィアの封印を削り取る。刃には砥石を当てないように、気をつけながら。数時間の作業後、封印は取り去られ、剣は禍々しいほどの殺気に満ちた。
「この剣でなら、あいつを……」
ガウリイは剣を鞘におさめた。鞘は、僅かに震え、すっぱりと二つに割れて落ちた。
「あいつのことだ。必ず俺の前に現れる。その時こそ、決着をつけてやる」
ガウリイは、抜き身の剣を手に提げ、再び冬枯れの街へ歩みだした。

街中で剣を手に歩いているガウリイを、誰もが避けて歩いていた。ガウリイの背中から、声がした。
「どうやら、僕と少しでも対等に戦えるように準備なさったようですね」
ガウリイは振り向く。
「やっぱり、来たんだな」
「ええ。僕としても、あなたがいつまでもリナさんを諦めないのでは、鬱陶しいですからね」
「俺を殺すか」
「やむを得ないでしょう」
「その前に、俺がお前を殺してやるよ」
「どうでしょうか……ね！」
ガウリイは斬りかかった。ゼロスは、素早く宙に消えてそれをかわす。そして、背中側から激しく錫杖で突く。よろけかかったガウリイは、何とか踏みとどまって剣を手に振り返った。ゼロスは再びアストラル・サイドに消える。
「そこだぁっ!!」
ゼロスが現れた場所に、ガウリイはいち早く跳んでいた。剣の一閃が、ゼロスの胸の辺りを薙ぐ。
「くっ……」
地面にひざを突いたその肩に、もう一撃。
「うああっ」
ゼロスは倒れ込んだ。

☆　☆　☆

「ばかな……ただの人間が、こんな……」
「リナの居場所を言え」
ガウリイは、ゼロスの背中に剣を突きつけてそう言った。
「僕を滅ぼせば……リナさんは永遠にあなたと会えなくなる。あなたは僕を殺せないはずです」
「ああ。すぐに殺しはしない。でもちょっと苦しい目にはあってもらうかもな」
背中に突き刺される剣先。
「リナをお前の世界から出せ。お前がリナを殺す使命を持っているというのなら、俺とリナは協力してお前を倒す。無理なことでも、俺たち二人ならやりとげてきたんだ」
（たった一度キスしただけのお前にわかるか？）
言外の気持ちを胸に、ガウリイはもう一度剣をゼロスに突き立てた。
ゼロスは、苦しみの中でゆっくり手袋を外した。人差し指を口に含む。そして、空間の歪みに触れた。空気に波紋が広がる。
「ううっ……」
ゼロスは波紋の中へ飛び込んだ。
「待て！」
ガウリイは、ゼロスのマントの端を掴んだ。が、雷に弾かれたように、手に衝撃があった。ゼロスの身体を波紋が包み込み、そして波紋も薄らいで、消えた。
「なんだ、あの波紋は……今まであいつが空間を渡るのはさんざん見てきたが、あんなものは見たことがないぞ」
いつもの癖で剣を鞘にしまおうとして、ガウリイは腿を深く斬った。

ぼんやりと鏡台の前に腰掛けていたリナの背後に、ゼロスの身体がどさりと落ちた。
「な、なっ……何やってんのよあんたは！　怪我してるじゃない！」
「ちょっと……甘く見すぎていましたね」
「誰と戦ったの？　……人間みたいに血は出てないけど、ひどい傷。肩と……背中に。でも、リカバリーなんかかけたらよけいにダメージ与えそうだし……」
「僕を心配して下さるんですか？　リナさん」
「こんな怪我してたら、誰だって心配するわよ！」
リナは、ベッドの上にゼロスの身体を引っ張り上げた。
「何か、何かあたしに出来ることはないの？」
「そうですね……負の感情を、いただけませんか？」
「そ、そんなこと突然言われても」
「じゃあ、憎んで下さい」
「へ、誰を？」
「僕にこんな傷を負わせたものを、です。それでは憎めませんか？」
「ううん」
ゼロスはリナを見た。彼女は、目の縁に涙の珠を宿していた。
「憎むわ。あんたをこんな姿にした誰かを」
ゼロスはそっと目を閉じ、リナから溢れてくる極上の負の感情を味わった。
「なぜ、憎めるんですか？」
「……なぜって」
「僕は、貴女をここに閉じ込めて、『飼い殺し』にしようとしている。あるいは、外の世界に出れば、貴女の命を狙う敵となる。そんな僕を傷つけた誰かを、どうしてそんなに確かに憎めるんですか？」
「あんたのこと、嫌いになれないからよ」
「リナさん」
「あたしを殺したくない、死んで欲しくないって言ってくれる誰かを、嫌いになれるわけないじゃない」
「僕のために、泣いて下さるんですか？」
リナの頬には、次から次へ、涙の粒が滑り落ちていた。

七日目です。ゼロスvsガウリイ、書くの好きなのですが、また書いてしまいました。ゼロスはこんなに弱くないとは思うのですが、そこはそれ、お話の都合です……（小声）。では、また明日お会いしましょう。