十日物語…四日目
「早々にばれてしまいましたね」 「不自然なのよ。暴風雨がこんなに何日も続いたり、ガウリイが突然いなくなったり。でも、最初の何日か、あたしはぼーっとしてたなあ。あれもあんたが何かしてたの?」 「ええ。貴女の唇に、麻薬を流し込んで」 リナは、唇を押さえる。 「あのキス……そうだったんだ」 「もちろん、そのためだけでもありませんが」 「やかましい。乙女の唇をいきなり奪っておいて、言いたいことはそれだけ?」 ゼロスは、くすりと笑う。 「じゃあ、思い出していただきましょうか、僕に課された使命を」 リナは、はっとしてゼロスを見つめ直す。 「あたしを……殺す。ゼロスが」 「そうです。僕は貴女を殺さなくてはならない」 「そのことと、あたしをこんな異空間に閉じ込めたのと、どういう関係があるのよ」 「それは……」 リナは、鋭い視線でゼロスを睨む。 「秘密♪ とでも言ったら、竜破斬ぶちかますから」 ゼロスは、ぴたりと黙った。 「さあ、答えてもらいましょうか」 「リナさん」 「な……何よ。あ……」 声にならないつぶやきが、重なってくる唇に飲み込まれる。リナは、腕で必死にゼロスの肩を押した。その腕を取られ、より深く口づけられる。 「何……で、キスするの……よ」 「秘密です♪」 リナは、竜破斬の代わりに、思い切りゼロスの頬を叩いた。 「このすけべ魔族! だいたい、恋愛感情もないくせに、生意気なのよ」 「ごちそうさまでした」 「あ……また、麻薬でも流し込んだの?」 「今回は、そうはしてません」 リナは、頬を赤らめる。 「とにかく、そういうことは好きあったもの同士ですることなの。今度やったら、生の賛歌、歌ってやるから」 「じゃ、雨も止ませたことだし、僕は行きますから」 リナは慌てる。 「ちょっと待ちなさいよ。あんた、何にも答えて無いじゃない。ガウリイは? あたしはこの世界からどうやったら出られるの?」 「ガウリイさんは、熱は下がったようですね。元気に貴女を捜し回っていらっしゃいますよ。貴女は、当分この世界にとどまっていて下さい。また来ます」 「ちょっ……」 「お元気で」 ゼロスは、空間に姿を消した。 「あんの、キス魔」 リナは枕に、ぽふっと顔を埋める。 「なんで、あたしを殺そうとしないの?」 食堂に降りていく。 「やあ、リナちゃん。雨は上がったね。でも、川はまだ荒れているそうだから、舟は……」 「烈光槍(エルメキア・ランス)」 泊まり客の男は、糸の切れた人形のようにくずおれた。 ☆ ☆ ☆
泊まり客、そして女将を片づけてしまうと、リナは独りぼっちになった。 「みんな、人形だったわけなのね。ゼロスの。だから、同じ事しか言わないし、知らないこともいっぱいある。でも、ちょっとだまされたわ」 厨房の奥へ入る。積み上げられた、塩漬けの肉、魚の干物、蝋に封じ込められたチーズ。 「たまになら悪くないけど、毎日これじゃあね」 ナイフでチーズを切り取って、ぱくつきながらつぶやく。 「これからは、一人で料理して、食事か。女将さんくらい、残しておいてもよかったかも」 チーズにくっついていたらしい紅い蝋を、掌に吐き出す。 「ここから出る方法も考えなくちゃ、ね」 食堂の椅子に座り込む。 「ガウリイも、心配してるだろうし」 とりあえず、一晩料理して、食べて、眠った。この偽りの世界にも、しっかりと朝がやってきた。 「さてと……この世界に探りをいれるか」 ショート・ソードのみの軽装で、リナは宿屋の外に出た。晴れた空。ほんの少し湿った、冷たい空気。土の匂い。 「細かいところまで、よく出来てるなあ。でも、何か不自然……」 空を見上げ、耳を澄ます。 「そうだ、生き物がいないんだ、この世界には……」 鳥の声一つしない。草をかき分けてみても、蟻の子一匹いない。なんだか、作り物の布の植物に触れている気がして、リナは小さく頭をふり、草むらから起きあがった。 「まずは、川とやらが本当にあるのかどうか、行ってみましょう」 リナは、街道沿いに歩き出した。 川は、あった。川と言うより、大河と言ってもよかった。向こう岸が霧に霞んで見えない。水の流れは速く、申しわけ程度に岸辺にくくりつけられているボートでは、とても渡れそうになかった。 「ふうん……」 しばらく岸辺づたいに歩いてみる。浅瀬もなく、川幅が狭くなっているところもなかった。 「じゃ、いっちょう…翔風界(レイ・ウィング)!!」 リナは風の結界をまとって沖へと飛び出した。高度を上げ、向こう岸を見晴るかす。だが、向こう岸を包んだ霧はいっこうに晴れず、また、どこまで飛んでも川は広がるばかりだった。飛び立った岸を振り返る。そこも、霞の中に消えゆこうとしていた。 「くっ……ここまで、みたいね」 これ以上飛ぶと、魔力が尽きて戻れなくなる。リナは、もと来た岸辺を目指して折り返した。 「この川はインチキだわ。きっと、この川に、脱出のきっかけがあるはず……」 岸辺に着いたとき、リナの魔力も体力も尽きた。リナは、地面に倒れ込むように膝をつき、息を整えた。 「何が……鍵なの? どうやったら、この何もかも気にくわない世界から出られるの?」 宿屋へ戻った道は覚えていない。朝、抜け出したままになっている白いシーツにくるまって、リナはあっという間に眠りに落ちた。夢も見なかった。 「リナ……お前は、どこに行っちまったんだ? いや……どこへ消えたんだ?」 あの時、二人部屋の隣のベッドで眠りについたはずのリナは、目を覚ますといなくなっていた。出ていったはずのリナを、宿屋の誰も見ていない。 「ゼロスの……奴か?」 ガウリイは、どん、と壁を叩いた。 四日目です。リナちゃんを心配するガウリイ。何を考えているのか(まだ)分からないゼロス。翻弄されるリナちゃん。では、明日をお楽しみに。 |