十日物語…３

十日物語…三日目

闇。空間に球状に切り取られて、ぽっかりと闇だけがある。
「とりあえず言う言葉は……『光あれ』ですか」
空間はほの白い灯りに満ちた。
「そして、天と地が必要ですね」
荒れた土の地面が現れる。
「水……そして空気」
魔族が手を振るたびに、空間は『自然』に近づいていく。
「草木……」
荒れた大地が、緑の野原へと変わる。
「風……」
生まれたての草原を、さわやかな風が吹き抜ける。
「さて、僕が造物主であれば、ここで一日休みを取るところですが、僕にはそんな時間はない」
手袋をはずして、口の中へ指を入れる。
「この空間に鍵をかける……彼女の唾液で」
空間は一瞬虹色に光り、そしてかき消えた。
「ここに入れるのは、彼女と僕だけですね」
満足げに微笑む。
「さてと……まずは、食堂兼、宿屋からですかね」

「７度３分、か。だいぶん楽になったでしょう」
「ああ。お前のおかげだ」
「旅のパートナーとしては当然よ」
リナは微笑み、ガウリイのおでこの上のタオルを換えた。
（こいつが治ったら……そのときは）
「ん？　何考えてるんだ」
リナは慌てる。
「何も。何も別に」
「そっか」
ガウリイは、おでこのタオルのずれを治した。
「なあリナ……俺たち、パートナーだよな」
「そうね。そう言えるかも」
「だから、どんなことでも相談に乗るから。一人では、絶対に悩むな。お前が何か辛い状況にあったとしたら、それを言ってもらえない俺なんて情けないからな」
「うん……ありがと」
ガウリイは、そのまま目を閉じた。やがて、安らかな寝息が聞こえてきた。
（あたしも休もう……）
看病のために二人部屋を取ってある。もう一つのベッドに、リナは潜り込んだ。

目を覚ますと、リナは一人部屋でベッドに横になっていた。
（ひとり……部屋？）
意識は霞み、ぼんやりとしている。部屋を覆う、冷たい湿気。起きあがって、窓から外を見る。
（ひどい雨……）
とりあえず服を身につけて、一階に下りる。食堂には、数人の客。ガウリイの姿はない。リナは、女将に声をかける。
「あの、長い金髪の男、来てませんでしたか」
「長い金髪？　さあ、知らないねえ……」
リナは、まだ霞みがかった頭を振って、朝食を食べた。

☆　☆　☆

雨は止まない。あおい木の葉を、緑の草を、街道の土を、叩きつけるような雨が打っている。
「ガウリイっていう人なんです。見ませんでしたか」
「いや、見ないねえ、お嬢ちゃん」
リナは、食堂に集まった泊まり客たちに、ガウリイのことを聞き回った。だれも、ガウリイを見ていなかった。
（こんな、激しい雨の中を出ていったの？　病み上がりなのに？）
リナは、宿屋の部屋を見て回った。ガウリイは、どこにもいなかった。

旅装束をつけたリナを見て、女将は慌てて止めた。
「お嬢ちゃん、こんな雨の中、どこに行く気だい」
「連れとはぐれたんです。探しに行きます」
「無理だよ、こんな雨の中じゃ。あーあー、マントなんて、びしょぬれになったら重くなるだけだから。それに、川を渡れなきゃ、隣町には行けないよ」
「……川？　ここらへんに、そんなものがあるって話は……」
「何言ってんだい、あるよ。今は、橋も流されちまって、舟ももちろん出られやしないし……」
「あ、あたし、魔法使えますから。問題ないです」
「その彼氏の方は魔法使えるのかい」
「……あ、使えない……です」
「じゃあ、あの川を越えたはずはないよ。悪いことは言わないから、出かけるのは止めにしておきなさい。彼氏も、すぐ見つかるから」
「あの、彼氏ってわけじゃないんです……そうだ、一つ前の町に戻ったのかも」
雨混じりの強い風が、宿屋のドアを薙いだ。
「とにかく、出発するのはあきらめなさい」
「……わかりました。今夜の食事はあるんですか？」
「塩漬け肉のステーキだよ」
「どうして、そんなに、日持ちする食料をたくさん用意してるんですか？」
「人の胃袋を預かる仕事をしてれば、当然のことさね」
部屋で、魔導士の衣装を解く。ベッドに横になる。
「ガウリイ……どこに行ったの？」
寝返りを打つ。
「ああ、退屈。読む本もないし、話し相手もいないし。いつから降り出したんだろ、この雨」
もう一度、寝返りを打って、リナは考え込む。
「あれ？　そもそもあたしはガウリイの看病をしてて……そうだ、肉の串焼きを買いに、遊園地へ……あれは何日前のこと？　……！　あたし、何をぼーっと……」
リナは跳ね起きて、食堂へ駆け下りる。
「おかみさん！　この近くの遊園地のことなんだけど……」
「はあ？　遊園地？　知らないねえ」
「知らないはずない！　歩いていける距離だったんだから」
「知らないものは知らないよ」
「そ！　ごめんなさいね、ありがと！」
リナは自分の部屋に駆け戻った。窓を開け、吹き付ける暴風に髪を乱す。
「誰なの！？　あたしをここへ『閉じ込めた』のは！……出てきなさい、ゼロス！」
「やれやれ、たったの一週間ですか。やっぱり、舞台設定に無理がありましたかね」
彼が腕を上げると、嵐はぴたりと止んだ。闇色の神官は、リナの部屋の中に現れた。
「お芝居もここまでですね。僕なりに凝ったつもりでしたが……」
「やっぱりあんたなの。これはどういうつもり？」

さて三日目。「リナちゃん、閉じ込められる」ってパターンは何度も書いています。「ゼロス、リナちゃんを殺すように命じられる」のパターンも。今回のお話にはどういうオチをつけるか……それは７日後のお楽しみです。