十日物語…２

十日物語…二日目

「で、あんたは何の用なの？　あたしの前に現れたってことは何かあるんでしょ？」
「それは秘密です♪」
「いつもの、秘密、秘密かあ。今度はあたし、どんな目に遭わされるんだか」
「僕、いつもそんなひどいことリナさんにさせてましたっけ」
「自覚がないの？　救いようがないわね」
「まあ、今度の秘密は絶対なんです。リナさんにばらしたら僕の命がない」
「よけいに怖いわね、それ。まあ、あんたの命に関わるなら言わなくてもいいわよ」
「リナさん、優しいですね。嬉しいです」
「勘違いしないでね。あたしのせいで、あんたにもしものことがあったら寝覚めが悪い、それだけよ」
胸に抱いた包みから、温もりが伝わってくる。
「冷めないうちに、ガウリイに食べさせなきゃ」
リナは、脚を早める。
「宿屋、宿屋はどこだったっけ」
「こちらですよ」
「自信ありげね。あたしたちの泊まってる宿屋までチェックしてたってこと？」
「その通りです」
ゼロスはリナの先に立って歩いた。気がついたら、こうやって導かれていることばかりの気がする。その先に待っているのは───生か、死か。ぎりぎりの攻防戦。
（こいつにとっては「コマ」に過ぎないのかな。あたしも、ガウリイも。他の皆も）
「着きましたよ、リナさん。何か考え事をされてたみたいですね」
「え……あ、ありがと。たしかにこの宿だわ」
「何を、」
顔が近づく。
「考えていらっしゃったんですか？」
「……あんたのことよ」
「それは嬉しいですね」
「いい意味で考えてたんじゃないかもよ」
「それでも、僕は嬉しいです。リナさんの心を少しでも独り占め出来たんですから。そうだ、お礼を差し上げましょう」
「はあ？　お礼なんていいわよ。あたしは、この焼き肉を早くガウリイに……」
そう言っている間に、胸に抱いた焼き肉の包みが温かさを増した。５秒もしないうちに、焼きたてのあつあつの温度になった。
「これで、ガウリイさんも美味しく食べられますね」
「あんたの力、か……とりあえず、ありがとう、って言って置くわ。これでガウリイに……」
ゼロスは少し眉をひそめた。
「ガウリイさん、か……貴女にとって一番大事な人」
「そ、そんなんじゃ……じゃ、あたしはこれで」
強い力で、腕を引かれた。頭の後ろに掌をまわされる。それは、奪うようなキスだった。柔らかな舌が、舌に絡みつく。リナは、思わずゼロスの舌を噛んだ。ゼロスは、くすりと笑って唇を離した。
「あ、あ、あんた、何を……魔族に恋愛感情は」
「言ったでしょう。ありません」
「じゃあ、なんでこんな……」
「特別に教えて上げます。僕が受けている任務は……生きている中で最も魔族に脅威のある人間───リナ＝インバースの抹殺です」

☆　☆　☆

「リナ＝インバース…あたしの抹殺。あんた、本当にやる気なの？」
「上司からの命令ですから」
「今すぐ？」
「すぐにでも」
「ちょっと待って。ほんの何日か」
「何故？」
「ガウリイ。あいつの熱が下がるまで。あたしが面倒見てやらなきゃいけないから」
「やれやれ。ガウリイさんも幸せ者ですね。じゃ、彼が良くなったら、近いうちに」
ゼロスは、空間に消え去ろうとした。
「待って」
リナの手がゼロスのマントを掴む。
「答えを聞いていないわ。なぜ、あたしにキスしたの」
「……僕にも分かりません」
ゼロスは、目を伏せた。
「次に会ったときは容赦しません。では、また」
今度こそ、ゼロスの身体は宙に溶けた。

「お、やぎにく」
「山羊の肉じゃないわよ」
「や゛きに゛ぐって言ったんだ。……うわ、あづあづだな」
「さ、食べて。お皿に移すから。あ、タレかける？」
「う゛」
リナは焼き肉にタレをかけ、フォークと一緒にガウリイに差し出した。
「ざんぐず」
「ザングルスがどうしたって？」
「なんでもなひ……おひ、旨いなごれ。全然冷めてなひ」
「あーそれは……急いで帰ってきたから」
「あの遊園地からここまで、どんなに急いでも……」
「いいから、食べなさい。食べ終わったら薬飲んで寝る！」
「スッゲー旨いぜ、これ。リナも喰うか？」
「あたしはいい。宿の夕食にするわ」
「ぞれどなあ……」
「何？」
「ん゛、何でもなひ」
（あいつと何話してたんだ？）
窓からでは、エルフ並みの聴力を誇る彼でも聞こえなかった、遠い密やかな会話。そして奪われた唇。
（まあ、今のリナに話せって言っても難しいだろうな）
「はい、これが熱冷まし、こっちが喉の薬。苦くてもちゃんと飲むのよ」
「リナァ……」
「何よ」
「くちう゛づぢで飲ませてくれないか」
「なっ……」
ガウリイの言葉を何とか理解したリナは真っ赤になる。
「い、いやよ。ちゃんと一人で飲めるでしょ」
（あいつなら良くて、俺はだめなのかよ）
ガウリイは、言えない文句を、薬と一緒に飲み込んだ。

十日物語も二日目です。五分の一終了！　って、そんなせこい数え方をしてどうする。今回は、リナに恋するガウリイくんと、リナを殺すように命じられて、さてどうする！　なゼロスとの対比が焦点でしょうか。