西の塔の姫君…５



クリスマスの深夜。ゼロスの私室をノックする音があった。
「どなたですか？」
「リナよ」
「貴女の部屋には、外から鍵が……」
「今晩は、シェーラさんに頼んで外してもらってたの」
「何のために？」
「こうして、あんたの部屋に来るためよ」
リナは、ゼロスの部屋に滑り込んできた。そして、後ろ手に、ドアの鍵を閉めた。
「ゼロス。今日のプレゼント、すっごくすっごく嬉しかったわ。あたし、お父様とお母様に会いたくて……眠れない夜もあったほどなの」
そして、ゼロスのベッドに近づく。
「スノードームと、マフラーも、厳選したんだけど、あんたはそれよりずっと素晴らしいプレゼントをあたしにくれた」
そして、ガウンを脱ぎ落とす。
「だから、もう一つ、プレゼントをあげる」
パジャマのボタンを一つ一つ外していく。
「これが、今日あたしが受け取ったプレゼントにつり合うか分からないけど……」
下着姿になったリナは、ゼロスのベッドに滑り込んだ。
「あたしを、あげる。嫌でなかったら、受け取って」
「嫌なものですか」
ゼロスは腕の中の、花の香りのする小さな身体を抱きしめた。
「この世で、最高のプレゼントです」
そして、そっと柔らかな髪を撫で、リナの身体を自分の身体の下に敷き込んだ。

「おはよう、ゼロス」
「おはようございます、リナさん」
互いの腕の中で目を覚ます。
「お父様とお母様が起きる前に、部屋に戻らなくちゃ」
リナは、昨日脱ぎ捨てたパジャマとガウンを身にまとった。
「あとでね、ゼロス」
頬にキスして、リナは出ていった。ゼロスは、裸のまま、枕に顔を埋めてリナの残り香をかいだ。

「それじゃ、身体に気をつけるんだよ」
「ゼロス王子様と仲良くね」
「心配しないで。あたしたち、とっても仲がいいから」
「最初にお前が連れて行かれたときは、お前が自害するのではないかと心配したけれど、ゼロス王子様はとても出来たお方のようだな。安心した。私たちも健康に暮らしているので、何にも心配はいらないよ。暇があったら、インバース国城にも帰ってきなさい」
「はい、お母様、お父様……」
豪奢な馬車に乗って、リナの両親は帰途についた。リナは深紅の瞳から涙を流した。その涙を、ゼロスの長い指がそっと拭った。
「いつか、あなたをインバース国城に帰らせてあげます」
「その時には、きっとあたし、リナ＝メタリオムになってるわ」
「……リナさん！」
「ずっと、意地を張っていてごめんなさい。あたし、あんたのものになってもいいわ」
「リナさん……何より嬉しい言葉です」
二人は、雪原で抱き合った。互いのぬくもりを確かめるように、いつまでもいつまでも互いの身体に腕を回していた。


「し……失礼ですが、貴女のお名前は？」
「ルナ＝クラリアム。元ルナ＝インバースといった方が分かりやすいかしら？」
「ご用事は」
「この国の王子、ゼロス＝メタリオムの剣の腕を確かめに。これではご不満？」
「リナ姫様のお姉さまなのですね」
「そうよ」
「お待ち下さい。すぐに取り次ぎます」

「さすがメタリオム国。豪華な城だこと。それに、この香茶。相当いい茶葉を使っているわね」
「おわかりになりますか。クラリアム国のお妃だけのことはあられますね」
「さてと、リナ。貴女は、まだリナ＝インバースなのかしら？それとも、もうリナ＝メタリオム？」
「あたしは、まだリナ＝インバースよ」
「良かったわ、間に合って」
「間に合う？」
ゼロスが問う。
「私は、私より弱い男に大事な妹をあげる気はないの」
「姉様……！」
リナは蒼白になる。
「ゼロスは……剣で戦う人ではないから」
「なあに？リナ。もう、この人を愛しているの？」
「……ええ。ゼロスは優しいわ」
「それでも、この男はインバース国を滅ぼし、属国にしたのよ。軍の指揮はあなたが取ったそうだけど、あなたは自らの軍を滅ぼした男に身を任せるというの？」
「姉様、それは……」
「私がクラリアム国に嫁ぐ前だったら、決してこんな男に城を攻め落とさせたりしなかったわ。リナ、あなたは男の力に屈して、インバース国に流れる女傑の血を無くしてしまったというの？」
「それで？ご用件は何ですか？」
「あなたと、一対一の決闘を」
「ほう。決闘ですか。初めての体験です」
「私が勝ったら、リナはクラリアム国に連れて行きます。私より弱い男の元に、妹は置いてはおけないわ」
「それでは、何としても勝たなくてはいけませんね」
「王子様！」
シェーラが立ち上がった。
「王子様は、確かに剣の修行もなさったけど、それよりも軍の指揮を司ってきたお方！一対一の剣の勝負など……」
「口が過ぎますよ、シェーラさん」
「申し訳ありません。でも……」
「相手は美しいレディ一人です。勝って見せますよ」
「私を見た目で判断した男は、百人が百人、私に敗れているわ。覚悟しておくのね、ゼロス＝メタリオム」
春の気配が漂う城の中庭に、二人の剣士が向かい合った。二人の間を、まだ冷たい風が吹き抜ける。
「それでは……」
「勝負！」
二人は、同時に相手に斬りかかった。剣の根本が合わさる。ギリ……ギリと音がして、ゼロスが後退する。
「まさか……その細腕でこの力は……」
「言ったはずよ、私を見た目で判断すると敗れると！」
ルナは、その並外れた力で、ゼロスを押し、よろけさせた。すかさず脇腹に剣を向ける。ゼロスは何とかその剣を受け止める。
「ふふっ……ひ弱な王子様、というわけではなさそうね」
「貴女も、見た目通りのレディ、というわけではなさそうですね」
「そうよ。私は負けを知らないまま、何十人という男に勝ってきた！あなたとの対決も、そのリストにくわえてあげるわ」
「僕は、初めて貴女を負かした男として名を残してあげますよ！」
「今まで戦ってきた男がよく言った台詞ね」
きいん。ぎん。ぎん。剣のふれあう澄んだ音が、中庭に鳴り響く。二人は互角に戦っていた……が、次第にゼロスの方が力を失っていった。
「……何という体力をしているんですか、貴女は」
「剣戟が弱くなってきてるわよ、王子様！」
ルナは、片手で剣を握り、もう片手でゼロスの身体を押した。息の上がったゼロスは、ふらりと足下を崩す。
「もらったわ！」
ルナの剣が、早春の光に輝く。その瞬間、眩しい光がルナの目を灼いた。
「な、なに……？」
ルナがひるんだ隙にゼロスは体制を立て直し、ルナの剣を思い切り叩いた。ルナの剣は弾け飛んだ。ゼロスは、剣先をルナの喉にぴたりと当てる。
「これで……いかがです？」
「ふふっ……とりあえず、私の負けのようね。剣の試合も、リナの心も」
「リナさんの心？」
「リナ、姉に恥をかかせる気？出てきて説明なさい」
「姉様……」
「リナ。明り（ライティング）を唱えたわね？私の目を灼くために」
「ごめんなさい、姉様……」
「試合で勝ったのはゼロス王子、あなただけど、リナの助けがなければ、勝負はどうなっていたか分からないわ。だから、私はこの試合を今までの私の試合には加えない。それでかまわないわね」
「リナさん、なぜ、明り（ライティング）など……」
「あんたに負けて欲しくなかったからよ」
「貴女の助けが無くても、僕は……！」
「無理だったわね。私の勝ちだったわ、試合は。素直に認めなさい。リナ、あなたはこの国にいたいのね？」
「……ええ」
「ゼロス王子の元にいたいのね？」
「そうなの」
「だから、明り（ライティング）なんて唱えた」
「その通りよ」
「リナさん！」
「ゼロス、怒ってる？」
「怒っていますよ。真剣勝負にこのような形で勝ったところで、僕の名誉にはならない！」
「行きたく、なかったの」
「リナさん……」
「あんたの側に、いたかった。だから、ずるをしたのよ！」
ゼロスはその絹糸の髪をかき上げた。
「まあ、そういうことなら……すみませんでした、ルナさん」
「妹はあなたに預けるわ。幸せにしてやってちょうだい。もしも、妹を泣かすような事があれば、改めて試合を申し込むわ。もちろん、今度は明り（ライティング）の助けは無しでね」
「……分かりました。リナさんは、僕が責任を持って幸せにします」
「ふふっ……インバース城を攻め落とし、妹を塔の牢屋に閉じこめ、インバース国を属国として……どんなひどい男かと思ったら、こんな人だなんてね」
「こんな人……？」
「思ったより勇敢。思っていたより公正。そして、思っていたよりずっとリナに想われている」
「ね……姉様」
リナが真っ赤になっている。
「リナ、この男が浮気でも、暴力でも、何かひどいことをしたらすぐにクラリアム国に使者をやって。今度こそ、やっつけてやるから」
「そんなことは、ないと思うわ」
「私も、それを望んでるわ」
「ルナさん。時間ももう遅い。クラリアム国に戻るのは明日にされて、今日はこの城に泊まっていかれませんか？」
「じゃあ遠慮なく。今夜は、リナの部屋に泊まってもいいかしら？」
「どうぞ。二人寝ても、充分な広さのベッドですから」
「わあ、久しぶりに姉様と同じベッドで眠れるんだ。嬉しい」
「それじゃ、行きましょう。そろそろ夕食の時間です」

その夜。ベッドの中で、姉妹は色々なことを語り合った。
「あなたは、母国を属国にし、あなたの城を攻め落とした男を、なぜ好きになったのかしら？」
「そ……それは、あたしがこの城から逃げ出そうとしたとき……」
「あなた、そんなことしたの」
「山道で、崖から落ちて動けなくなっていたあたしを、見つけてくれた。足をくじいて、熱を出したあたしをずっと看病してくれた。それから……」
「何？」
「ずっと前の話になるけど……あたしを殺そうと部屋の中に入り込んできたよその国の王女様から守ってくれた」
「ふうん……」
「そして、クリスマスプレゼントに、お父様とお母様に会わせてくれた。不意のことだったから、本当に嬉しくて……」
「優しい人みたいね、ゼロス王子様は」
「うん……」
「それで、あなたは王子様とはもう、そういう関係なのかしら？」
「姉様！」
「あら、赤くなった。答えを聞く必要はなかったわね」
「姉様……クラリアム国にいて幸せ？」
「ええ。何不自由ない生活を送っているわ。クラリアム国王も優しいし」
「ごめんなさい。インバース城を守れなくて。姉様がいてくれたらきっと……」
「過去を振り返るのはおやめなさいな」
「えっ？」
「過ぎたことは、過ぎたことよ。インバース国はメタリオム国の属国とは言え、一個の独立国家として残っているし、お父様もお母様も元気で暮らしているし……あなたも、こうして幸せに暮らしていることが分かった。もちろん、あの戦争でインバース国を守れなかった事は悔やまれるけど……家族は皆幸せに暮らしているわ。これ以上の幸運はないわ」
「あたしが国を発つとき、お母様が言ってくれたわ。この先、どんな幸運が貴女を待ち受けていないとも限らない、って……」
「私たちには、それぞれの幸運があったみたいね」
「うん。姉様、手をつないで。昔、一緒に眠ったときのように……」
「ふふ、リナは相変わらず甘えん坊ね」
ルナは、その滑らかな、剣士とは思えない手で、リナの手を握った。リナは、幸せな気持ちで眠りに落ちていった。

「姉様、さよなら」
「さよならなんて言わないで。私たちはすぐに逢えるわ。あなたがこの国の王子の妃になったら、クラリアム国に遊びにいらっしゃい」
「ルナさん、お別れです」
「ゼロス王子様。数々のご無礼、お許し下さい。今度は、もっと穏やかな形で再会したいですわ」
ルナを乗せた馬車は、朝の光の中を去っていった。
「姉様……姉様」
「お姉さまが恋しいですか？」
「ええ」
「僕が側にいても？」
リナは、ゼロスの手をぎゅっと掴んだ。
「ゼロスがいれば、寂しくないわ」


「インバース国が、メタリオム国の属国になったぁ！？」
「ガウリイ王子、相変わらず情報が遅いですのう。もう半年も前の話ですよ、それは」
「で、リナはどうなったんだ」
「メタリオム国のゼロス王子の婚約者になっていますよ」
「婚約者だあ？リナの婚約者は俺だろう」
ガウリイは、長い金髪をかき上げた。
「幼い頃の口約束ではありませんか。それに、今、メタリオム国はコプト国を陥落し、この世界でも最強の軍事力を誇っています。それと、リナ様の竜破斬（ドラグ・スレイブ）」
「ああ。あいつは小さな頃から魔導の研究に明け暮れていたな。いま、メタリオム国はリナの呪文に頼って戦争してるのか」
「どうやら、メタリオム国には魔力を増幅するアイテムがあるようでして。コプト国との闘争のさい、海軍と陸軍が、それぞれ一発のドラグ・スレイブに沈められたそうです」
「一発の……そりゃ、すげえや。メタリオム国も、それじゃあリナを手放せないだろう」
「まもなく、お二人の結婚式が行われますよ」
「なんだと！いつだ」
「四月吉日、と聞いております」
「もうすぐじゃねーか。インバース国はメタリオム国に乗っ取られたんだろう？だから、リナはそんな結婚話に逆らえずにいるんだ」
「情報に寄れば、二人はたいそう仲がよいとか」
「そんなの、リナの親父さんかお袋さんが人質に取られてるに決まってる。正式に結婚をする前にリナを取り返すぞ。軍の準備をしてくれ」
「リナ様が、本当にゼロス＝メタリオム様のことを愛しておられたらどうします」
「そんなことは、あり得ねーよ」
「なぜ、そのようなことが言い切れるのですか？」
「リナは小さい頃から俺のものだからだ。リナだって、今でも俺を愛してるはずさ」




かっこいいルナ姉ちゃんを書けたら、という思いがあったのですが、いかがだったでしょうか？そして、最後のおじゃま虫ガウリイが動き出します。それでは、次で最終話となりますが、よろしくお願いします。
ルナとゼロス。原作でもたぶん互角といわれている二人。戦わせてみたかったのです。


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