西の塔の姫君…６



ゼロスの元に、密偵が帰ってきた。
「ガブリエフ国が、我が国に攻め入るために動いている？何かの冗談では無いんですか？国力も、軍事力も、うちの方がはるかにまさっている。今、向こうから戦争を仕掛けたら、まさに自殺行為です」
ゼロスは、もう一度密偵をガブリエフ国に潜り込ませた。結果は同じだった。
「ふうん……どうしても、うちと一戦交えたいわけですか。結果は見えていると思いますけどねえ。ま、勝手に滅びたい分にはいいんですけど」
冷たい目をして、ゼロスは言った。

ガブリエフ国では、刻々と戦争のための物資が整いつつあった。平民までもが兵士にされ、穀物や精油が取り立てられた。
「ガウリイ王子！聞いておられますか。今、我が国とメタリオム国が戦争をしたら着実に負ける。国ごと無くなってもおかしくないですぞ！」
「ああもう、じいはうるさい。黙っていてくれ」
「我が国が滅びそうなときに、黙っていられますか！」
「俺の狙いはメタリオム国全てではない」
春の風に吹き散らされる金髪を押さえる。
「リナだ。あいつさえ取り返せれば、他はどうだっていい」
「リナ様を取られては、メタリオム国軍も黙ってはおりますまい」
「その前に、リナを俺の嫁さんにしちまうよ。リナだって、嫌がらないはずだ」


「ゼロス、この封筒何？」
「開けてみて下さい」
「春の良き日に、ゼロス＝メタリオムとリナ＝インバースの結婚式を執り行います……」
「いかがです？」
「嬉しいわ。やっと、あんたのお嫁さんになれるのね」
「今まで色んな事がありすぎました。結婚生活は、穏やかに行きたいものですね」
「そう上手く行くかしら」
でも、二人は笑った。春の陽のもと、それは本当にしあわせそうに響いた。
「リナ様には、この世界でも例を見ないほど美しい花嫁になっていただきます」
シェーラが言う。外国から、一流のデザイナーが呼ばれ、ウェディングドレスのための採寸をされた。豪奢なダイヤモンドの首飾りが用意された。
「この首飾りは、代々メタリオム国に嫁ぐもののためのものです。現在はゼラス女王がこの国を統治していますので、持ち主がありませんでしたが……」
鏡の前で、リナの首筋に首飾りを当ててみせる。
「よくお似合いになること。結婚式は、すばらしいものになりますわ」
しかし、ウエディングドレスの仮縫いがすんだ頃に、にわかに国の雲行きが怪しくなった。
「ゼロス、あたしたち、もう夫婦も同然よね？」
「ええ。そうですね」
「じゃあ、隠さないで言って。何か、この国に重大なことが起ころうとしているでしょう？」
「誰から聞いたんですか」
「女の勘、ってやつよ」
「女の勘も馬鹿には出来ませんねえ」
ゼロスはため息を一つついた。
「我が国に攻め込もうとしている国があるんです。小国ですから、倒すのは問題ないと想いますが、結婚式の日までに戦いを終わらせられるかどうか……」
「戦争……どこと？」
「ガブリエフ国です」
「なんですってえ！」
「何か、心当たりでも？」
「あたしの勘違いでなければ」
リナは頭を抱えていった。
「この戦争の目的はあたしだわ」
「どういう意味ですか、リナさん」
「もともと、インバース国とガブリエフ国は仲が良くて。あたしとガブリエフ国の王子……ガウリイもよく一緒に遊んだものだったわ。そのころ、親同士が、こんなに仲がいいなら、大きくなったら結婚させましょうか、って口約束したの。あいつも、『リナは俺が嫁さんにする』って、本気に取っちゃって。でも、もう十年くらいも前のことだし、あいつ、クラゲ頭だから、すっかり忘れてると思ってたのになあ」
コン、コン。ノックの音がして、ゼロスの執務室に密偵が入ってくる。
「あたしは、ここにいてもいいの？」
「ええ。それで、ガブリエフ国の様子はどうでした」
「もう、あと３日もすれば進軍の準備は整うでしょう。地理から言って、陸路で攻めてくる可能性が高いと思います」
「ご苦労。下がって下さい」
ゼロスは、机の上に世界地図を拡げる。
「ガブリエフ国がここ。我が国がこことすれば、セイルーン国を通ってくる可能性が高いですね」
「あの、永世中立を誓ったセイルーン国か……あそこの王女のアメリアと、あたしは仲がいいわ」
「それじゃ、うちに進軍してくる前に、セイルーン国内で話し合いを持ちましょう。ガブリエフ国などうちの敵ではありませんが、無駄な血は流したくない」


「リナさん！リナさんお久しぶりです。すっかり綺麗になられて！」
「アメリアこそ、ずいぶん綺麗に、大人っぽくなったわ。旦那様のゼルガディスさんのおかげかしら」
「インバース国がメタリオム国の属国にされて、リナさんが人質に連れて行かれたと聞いたときには、心配でご飯が喉を通りませんでしたよ」
「安心して。確かにあたしはメタリオム国にいるけど、幸せに暮らしてるから」
「良かった、リナさん、本当に良かった……」
アメリアは、黒く大きな瞳を潤ませて、リナに抱きついた。
「フィリオネル王子。どうか、この国で、ガブリエフ国の王子、ガウリイさんと会談を持たせていただきたい」
「この国の中で争ったりしないのならば、大いに結構。会談の席は、王宮内に設けさせましょう」
「ありがとうございます」
ゼロスは、フィリオネル王子に一礼した。

「会談だあ？俺はそんなものにつきあう気はないぜ」
「王子様、話し合いでリナ様を手に入れられるのなら、それに越した事はないでしょう。今の我が軍でメタリオム国に攻め入っても、全滅するだけです」
「ん……まあ、話し合いくらいには応じてやってもいいか」
「くれぐれも、喧嘩腰にならぬよう……」
「これは戦争だ。喧嘩腰にならなくて、どうするんだ」

「はじめまして、ガウリイ王子。僕が、メタリオム国のゼロス王子です」
「ふーん……リナを無理やりかっさらったっていうからどんな醜男が出てくるかと思ったら、けっこう見られる顔じゃねえか」
「あなたこそ、勝手に僕のリナさんを婚約者よばわりしているので、どんな醜男が出てくるかと思ったら、結構な美青年ですね」
「なにが『僕のリナさん』だ。戦争をインバース国に仕掛けて、リナを無理やり奪ったくせに」
「最初はそうでした。でも今は違う。リナさんは僕を愛してくれている。そうでしょう、リナさん？」
「えっ、えっ、あたし？」
会談の席に着きながら、ぼんやりと話を聞いていたリナは慌てる。
「う、うん。そうよ。今はゼロスを愛してる。ガウリイ、戦争なんて馬鹿なことは止めて。あたしは、いまさら愛する人を変えられない」
「リナ！お前、小さい頃、約束したじゃないか。俺の嫁さんになるって」
「それは幼なじみの口約束よ。今は、あたしはゼロスの婚約者なの。悪いけど、あんたの軍をひきつれて帰ってちょうだい」
「嫌だね。俺は口約束だなんて思ってなかった。第一、お前の国を攻め滅ぼした男に惚れるなんて、お前はおかしい。えっと、すっとこらんどじゃなくて……」
「王子様、ストックホルムです」
「そう。リナ。お前はストックホルム症候群にかかってるんだ。最初は暴力でさらわれても、一緒にいるうちに次第に誘拐犯のことが好きになってしまうあれだ。その男はお前の国の仇なんだぞ。俺の所へ来い。インバース国の復活に手を貸してやるよ」
「インバース国はメタリオム国の属国になっただけで、無くなったわけではないんですが……」
「引っ込んでろよ、気障なおかっぱ野郎」
「あなたこそ黙っていて欲しいですね。猪突猛進のーみそヨーグルト男」
二人の間に火花が散った。リナは、何と言っていいものかと考えながら黙っていた。
「それでは、戦争はすると言うことでよろしいんですね？」
「ああ。そのためにセイルーンくんだりまで軍を進めてきたんだ」
「勝ち目はありませんよ」
「どうだかな」
「まあまあ、お二方とも」
フィリオネルが割って入った。
「今晩は、こちらの城に泊まっていかれてはどうでしょう。おいしい料理もたくさん準備させます。旨いものを食べて、お酒が入ったら、お二人の意見も少しは変わるかも知れませんし」
「そうですね、お邪魔になります。僕の考えが変わることはないと思いますが」
「俺も厄介になるぜ。俺の決意が揺らぐことはないと思うがな」

夕食の席。山ほどの料理がテーブルに積まれている。最高級のワインが開けられた。
「それでは皆さん、平和に乾杯！」
フィリオネルが音頭をとる。
「我が国の勝利に乾杯！」
「ガブリエフ国の快進撃に乾杯！」
「まあまあ、落ち着いて。ご飯でも召し上がって下さい。お腹がいっぱいになると、人は平和な気持ちになるものです」
「そうよ。二人ともおかしいわ。もっとおちついて、物事を喋ってよね……っと、このローストビーフ、最高ね！」
「こちらのフォアグラもどうぞ」
「さあ、ゼロスもガウリイも食べて食べて！考えるのはそれからでもいいでしょ」
しかし、二人の王子は、腕を組んだまま料理に手を付けなかった。
「ばっかねー、あんたたち。こんな美味しい料理、残すと罰があたるから、あたしが全部食べちゃうわよ」
「お好きに」
「ああ、好きなだけ食え、リナ」
「まったく、妙なところで気があってるんだから」
リナはイセエビの蒸し焼きを頬張りながら、ひとりごちた。

夕食が終わると、皆はセイルーン城内のそれぞれの部屋に引き上げた。リナは、アメリアと同じ部屋で寝ることにした。ゼロスもガウリイも、与えられた部屋に引き上げていった。

「リナ様、アメリア様。朝食の時間でございます」
ノックをしていたメイドは妙なことに気づいた。鍵が、無理やり壊されている。
「リナ様、アメリア様。開けますよ」
「ん……あれ、リナさんは」
「先に起きられたのではないのですか？」
「窓が開けられてる。リナさん……！」
朝食の席で、ゼロスはガウリイに詰め寄った。
「リナさんをさらったのはあなたたちですね……！」
「とんだ言いがかりだな。そっちがリナを隠したんじゃねーのか？」
ゼロスは、ガウリイの頬を殴りつけた。ガウリイも、ゼロスの頬にパンチを入れる。
「ここまでですな」
フィリオネルは言った。
「これ以上お争いになるというのなら、セイルーンを出ていただきます」
「お前の国に攻め込むぜ」
「望むところです！」
「リナさん……無事だといいんだけど」
アメリアは、春の空に向けてリナのために祈った。

「んー、んー！！」
「ちょっとはおとなしくしてろ、リナ」
「んー！！」
「安心しろ。戦争はしねえよ。俺たちはこのまま退却する。そして、お前は俺の嫁さんになるんだ」
「んー……」
「メタリオム国が攻め込んで来るって？返り討ちにしてやるさ。それに、こっちの手にお前がいる限り、向こうはこっちを本気で攻めては来られないはずだ」
口に布を詰め込まれ、猿ぐつわを噛まされたリナは馬車のソファに寝かされている。ガブリエフ国軍は、自国へ向けて後退していった。

「何ですって？後退してる？」
「ええ。こちらと一戦交える気は、どうも無いようですね。何のために……」
「目的を遂げたからに決まってるでしょう！リナさんはガブリエフ軍の手に落ちたんです。いまから、取り返しに行きます！」
ゼロスは、メタリオム軍の中から精鋭を選び出した。そして、自分は乗り慣れた黒い馬に跨った。
「目標は、ガウリイ＝ガブリエフの馬車です！一刻の猶予もなりません！早駆けで行って下さい！」
早馬の群は、走り出した。
（リナさん……どうか無事で……リナさん！）

「さってと。俺の国に着くまでにはまだ余裕があるな」
「んー、んー！！」
「それ、とって欲しいか？」
「ん！！」
「悪いが、そう言うわけには行かないな。お前に呪文を唱えられたら、うちの軍は一巻の終わりだ」
「ん……」
「ゼロスの元に帰りたいのか？」
「ん！」
「俺が、あいつのことを忘れさせてやるよ」
ガウリイは、猿ぐつわの上から、リナにキスをした。
「んんー！」
「お前は、あいつに抱かれたことがあるのか？まあどっちでもいい。今、俺のものにしてやるからな」
「んんんー！！」
リナのドレスにガウリイの手がかかったとき、馬車は急停車した。二人は馬車の中のソファから投げ出されて、床を転がる。
「リナさん！リナさん、無事ですか！？」
「ん」
「可哀想に。こんな猿ぐつわまではめられて」
ゼロスは、懐からナイフを取り出すと、リナの猿ぐつわを切った。
「ゼロス！」
「リナさん！さあ、外へ」
「おい、このままですむと思うなよ」
ガウリイが剣を抜いていた。
「ゼロス！お前を殺してでも、リナは俺の国に連れていく。俺はこいつのフィアンセだ」
「ガウリイ！勝手なこと言わないで。あたしは、あんたのことを婚約者だと思ったことは一度もないわ」
「ぐっ……それでも、俺はお前が好きだったんだ……！」
「ファ……」
「ふぁ？」
「火炎球（ファイアー・ボール）！」
まともに火炎を食らったガウリイは、その場に倒れた。金の髪がぷすぷすと焦げている。
「お前……そんなに俺のことが嫌いか？」
「嫌いなもんですか。あんたは大切な幼なじみ。あたしはただ、ゼロスが好きになっただけよ」
「わ……分かった」
それだけ言うと、ガウリイは気を失った。
「リカバリィ」
リナは、倒れたガウリイに回復呪文をかけた。
「優しいですね、リナさんは。それとも、彼に少しは気が？」
「ばかね、ゼロス。あたしの夫になれるのはあんただけよ」
ゼロスとリナは、黒い馬に跨って、彼らの故郷を目指した。


結婚式は豪勢にいとなまれた。リナのためにあつらえられたドレスは、リナの美しさをいっそう引き立たせた。式場で、ゼラスの手からリナの手に、ダイヤモンドの首飾りが手渡された。
「リナさん、幸せですか？」
「幸せよ。でも……」
リナは、春霞の四月の空に手を伸ばした。
「もっともっと……あたしを世界一幸せな花嫁にしてね！」





というわけで、ハッピーエンドです。ガウリイにはもう少し粘って欲しかったものですが。「リナちゃんに振られるガウリイの会」（会員一名）の会員としては。それでは、ここまで読んで下さってありがとうございました。
実を言うと、ガウリイはもう少しカッコよかったのです。私のハードディスクがぶっ飛ぶまでは。記憶に頼って書き直していたら、こんな情けない王子様になってしまいました……。