西の塔の姫君…２






「ここでハンストを続けるというのなら、もったいない話ですが、貴女を女に飢えた兵士たちへ下げ与えてもいいんですよ？それも嫌というのなら、街の売春宿に売り渡します。こんな美しい貴女なら、さぞかし高く買ってもらえるでしょうね」
「卑怯者！一国の王子とも思えないわ」
「リナさん、貴女たちの国は戦争で敗れたんです。それでも、僕は貴女たちの国を我が国の属国として残してあげると言っているんです。貴女はその代わりの手形のようなもの。どうあっても、僕の妻になってもらいますよ。さあ、わかったら朝食を食べて下さい」
「……嫌」
「わがままは許しませんよ」
ゼロスは、ミルクをひとくち口に含む。そして、リナの細い顎を捕まえ、口づけをした。ミルクが、口から口へと流れ込む。リナの喉がごくりと動いた。
「美味しいでしょう？我が国の豊かな農産物で作った、極上の朝ご飯ですよ」
次にゼロスはスクランブル・エッグを口に含むと、リナの口にそれを舌で送り込んだ。
「さあ、ちゃんと噛んで食べるんです。美味しいはずです」
「分かった。分かったから、もうそんな風に食事を与えるのは止めて」
「おや？僕とキスしながら食事するのはお嫌ですか？」
「嫌に決まってるじゃない！好きでもない人と……！」
「ほう、僕がお好きでない……」
「当たり前でしょ。急にこんな所に連れてこられて、魔法も使えない部屋に閉じこめられて……！こんな状況で、どうやってあんたを好きになれっていうのよ！」
「なるほど……それもそうですね。それでは、何か一つ、貴女のわがままを叶えてあげることにしましょう。それで少しでも僕のことを好きになってくれるのなら」
「国に……帰して」
「そういうのは、駄目です」
「お父様とお母様の安全を保証して！」
「それは、貴女次第です」
「他に望みなんて無いわ」
「じゃあこうすればどうでしょう。貴女の好きな果物を、何でも一つ、言って下さい。夕食の時までに、それを用意します」
「……苺」
「苺ですか。まかせて下さい」
「今は秋よ。苺なんて、どこにもないわよ」
「それはどうですかね」
ゼロスは、紐を引いた。シェーラが上がってくる。
「リナ姫がスプーンを落とされたので、代わりのスプーンを」
「かしこまりました」
代わりのスプーンが来ると、リナは３日ぶりにまともな食べ物を口にした。食事は、どれも質が高く、リナを満足させるものだった。
「美味しい……」
「そうです。温かい食べ物は美味しいんです。これからも、ちゃんと食べて下さいね。貴女はとてもほっそりしていらっしゃるので……」
ゼロスは、リナの腰に手を回す。
「これ以上痩せられると、抱き心地が悪くなってしまいますからね」
「なんですって！」
「冗談です、冗談……貴女に健康でいて欲しい。だから、出された食事は残さず食べて下さい」
「……分かった」
「それと、今晩のデザートは苺ですね。楽しみにして待っていて下さい」
ゼロスは、トレイを持つと、鉄格子を閉めた。降りていく足音に、リナは大きなため息を一つ、ついた。


「苺……！どうやって……」
「北の国から、船で運ばせました。朝一番の船に頼んで、夕方には速い船でこちらに着くように手配しました。さ、食べてみて下さい。粒はさすがに小さいですが、味は旬のものと変わらないと思いますよ」
リナは、その細い指を紅い苺に伸ばした。口に含む。
「美味しい……」
「そうでしょう？」
ゼロスは、ニコニコと嬉しそうだ。
「僕の力を持ってすれば、秋に苺を食べることさえ、造作もないことなんですよ。どうです？少しは僕の妃になる気になりましたか？」
「それとこれとは話は別よ。でも、苺、美味しかったわ。ありがとう」
「リナさんに『ありがとう』なんて言われると嬉しいですね」
「明日はライチが食べたいわ」
「は？」
「ライチよライチ。知ってるでしょ？」
「はあ、まあ、知ってはいますが……」
「明日の夕食までに用意して」
「分かりました。わがままなお姫様」

次の日の夕食が終わると、山盛りのライチが出された。
「ちょ、ちょっと、これって……」
「ライチは母様の好物なんです。年を通して、うちの国で栽培していますよ。僕を困らせようとして頼んだのでしたら、残念でした。さあ、食べてみて下さい。味は保証付きですよ」
リナはライチの固い皮を剥き、しろい果肉をかじった。
「美味しいわ」
「うちの国のライチは、東洋の一番美味しいライチから株分けされたものですからね。美味しいはずです。さて、僕もいただきましょうか」
二人は、しばらく向かい合ってライチを食べた。
「さて、今日はどれくらい僕のお嫁さんになってくれる気になりましたか？」
「きょ、今日のは無しよ。ずるいわ、この国でライチを栽培してることを黙ってるなんて」
「それもそうですね。では、『ありがとう』は言っていただけない、と……」
「いいえ。今日も、あたしのわがまま、聞いてくれてありがとう」
「嬉しいですね」
ゼロスは微笑んで、塔の牢を後にした。

「朝食です」
「ゼロス？」
「いえ、シェーラです」
シェーラが、メイド服をつけて、朝食のトレイを持ってはいってくる。
「おはよう、シェーラ」
「おはようございます、リナ様」
トレイを置くと、シェーラはにっこりと微笑んでいった。
「ゼロス様じゃなくて申し訳ありません」
「な……っ！別に、期待していたわけじゃないのよ。ただ、ここ二日、ゼロスが朝食を持ってきたから……！」
「可愛い方ですね、リナ様は。ゼロス様が夢中になるのも分かりますわ」
「からかわないでよ」
リナはそっぽを向いてしまった。
「出過ぎた口をきいてしまったようで、申し訳ありません。それでは、朝食が終わる頃参ります」
リナは、一人で朝食を食べた。どのメニューも文句のつけようもなく美味しかったが、何か物足りなかった。
（ああ……ゼロスがいないんだ）
そんなことに思い至って、リナの顔は真っ赤になる。
（なんであいつがいないくらいで、朝ご飯が物足りなく感じるのよ？おかしいんじゃない、私！）
リナは、顔を真っ赤にして、朝食を食べ終えた。
「あら？リナ様、顔が赤いですわよ？熱でもおありになるのかしら」
「あー、何でもない、何でもない！下がってくれて結構よ」
シェーラは、トレイを持って鉄格子を開けた。リナは、ふと聞いた。
「ねえ。ゼロスは、今どうしてるの」
「今日の午前中に、コプト国のフィリア王女がいらっしゃいますので、その準備を」
「フィリア王女？ねえ、その人、綺麗？」
「ええ。白い肌に、金髪。澄んだ蒼い瞳。どこをとっても綺麗な方でいらっしゃいますね。それがどうかなさいました？」
「ね、ねえ。あたしと、フィリアと、どっちが綺麗？」
シェーラはくすくす笑った。
「妬いていらっしゃるのね、リナ様ったら」
「そんなんじゃないってば！で、どっち」
「私には、いずれも劣らぬ美しさ、としか申し上げようがありませんわ」
シェーラは、鉄格子を閉めて、降りていった。

その日の昼食も、夕食も、シェーラが持ってきた。リナは、一人でその食事を食べた。味は申し分なかったが、リナの頭は別のことで占められていた。
（フィリア王女って、どんな人なんだろう）
仔牛肉を口に入れる。
（あー、考えたってしょうがないことを考えない！あたしってば）
鱸のムニエルを口に入れる。
「綺麗な人、か……あたしなんか、チビで胸も小さいもんなあ……フィリア王女って、胸、大きいかしら？」
「大きいですよ」
「どわわっ！？」
いつの間にかシェーラが側に立っていた。
「あたし……独り言、言ってた？」
「はい、はっきりと」
「頭の中で考えてるつもりだったのになあ」
「それで？リナ様はそのようなことを気にされていたのですか」
「え、うん、まあ。あたし、胸小さいこと、コンプレックスだから」
「そんなにお美しくていらっしゃるのに、それくらいのことで悩むんですのね」
「シェーラは胸がちゃんとあるから分からないわよ」
「とにかく、リナ様がフィリア王女に妬いていらっしゃると知ったら、ゼロス王子様は喜びますわね、まちがいなく」
「あーっ、シェーラ。さっきのこと、絶対に絶対にゼロスに言ったら駄目だかんね」
「はい、承知しました」
シェーラは、食後のコーヒーを置いて出ていった。リナは、熱く濃いコーヒーを口にしながら、改めて赤面した。

次の日の朝も、シェーラが朝食を持ってきた。
「なんだか、私が朝食を持ってくると、がっかりなさるみたいですね、リナ様」
「そ、そんなことはちっとも無いのよ。いつもありがとう、シェーラ」
「無理なさらなくてもよろしいのに」
「……フィリア王女は、まだいらっしゃるの？」
「今朝の船便で発たれますわ。もうやきもちを妬くこともありませんのよ」
「あ……あたしはやきもちなんて」
「素直でないところが、リナ様の魅力ですわね」
シェーラは口を押さえてくすくす笑った。
「それじゃ、食べ終わったらそこの紐を引いて下さいね」
「分かったわ。ありがとう」
朝食を食べながら、何となくほっとしている自分に気づく。
（あーもう！なんであんなやつのためにやきもちなんか妬かなくちゃいけないわけ？冗談じゃないわ）
コーヒーを飲み終わると、リナは紐を引いた。シェーラが上がってきて、食器を下げていった。


「リーナーさん！」
「どわっ！？」
鉄格子の向こうから、いきなり大声をかけられて、リナは焦った。鍵を開ける音がして、ゼロスが入ってきた。
「二日ぶりですね」
いきなり抱きしめられる。
「んー、甘くていい匂い。お湯は、ちゃんと使っているようですね」
「そ、そりゃ……たしなみだもの」
「僕のために綺麗でいてくれるなんて、嬉しいですね」
「ちょっと。誰が、あんたのため、なんて言ったのよ」
「髪もさらさらふわふわして気持ちいいですね」
「あたしの話、聞いてる？」
「しばらく逢えなかったから、寂しかった」
そういって、ゼロスはより深くリナを抱き込む。そして言う。
「小さい胸の方が、僕は好きですよ」
リナは、耳まで赤くなる。
「シェ、シェーラの馬鹿！そんなことまで言ったなんて！」
「シェーラさんには、リナさんのどんなこまかいことも報告するように言ってありましたから。決して、シェーラさんを責めないであげてくださいね」
「それにしたって……」
「フィリア王女は綺麗な人でしたよ」
「……！」
「コプト国と我がメタリオム国は、貿易が盛んなんです。ですから、王族同士のつきあいも、それなりにきちんとしておかないとね……妬けました？」
「だ、誰が！」
「おや、妬いてももらえないとは、少し寂しいですね。僕は、リナさんに逢えなくてこんなに寂しい想いをしていたというのに」
ゼロスは、リナの細い顎を掴んだ。そのまま上を向かせる。唇が、唇に重なろうとする。
「や、や、やめー！何すんのよ、いきなり！」
「何って、キスですが」
「あたしは、あんたとそんなことをするのは絶対に嫌！」
「冷たいですねえ。いつか、ミルクとスクランブル・エッグを口移しで食べさせてあげた仲じゃないですか」
「あれも合意の上じゃないわ！」
「あれから、ご飯はちゃんと食べてくれているようですね。いい傾向です」
「ご飯を食べないと、お父様とお母様とあたしにひどい事するって言ったのはあんたじゃない！」
「それでもいいんです」
ゼロスは、闇紫の瞳を見せた。
「あなたが元気でいてくれるのなら」

「さて、今日は何の果物を用意しましょうか？」
「林檎でいいわよ」
「林檎ですか。我が国の特産品です。そんな簡単なものでいいんですか？」
「難しいこといったって、あんたはその権力で易々と叶えちゃうんでしょ？だったら、余計な人の手を煩わせない方がいいわ」
「最高級の林檎を持ってこさせますよ」
「楽しみにしてるわ」

夕食は、リナの牢で、ゼロスと二人で取った。
「ねえ、ゼロス……」
「何ですか、リナさん？」
「一国の王子ともあろう人が、牢屋なんかで食事をしていていいわけ？」
「リナさんがいれば、そこがどこでも僕にとっては最高の宮殿ですよ」
「あたしはいつになったら、この塔から出られるわけ？」
「僕の妻になることを承諾してくれたら」
「…………それは、できないわ」
「ねえリナさん、僕は優しいと思いませんか？」
「はあ？あたしをこんな所に押し込めて、どこが優しいのよ」
「貴女が僕の妻にならないというのなら、僕は僕の権力でインバース国を滅ぼすこともできる。貴女のお父様とお母様をひどい目に遭わせることもできる。そして、いつか言ったように……貴女を売春宿に売り飛ばすことも出来るんですよ」
「それをやったら最低の人間よ。あんたは、そうしない自分を優しいと思ってるわけ？」
「リナさんは甘いですね」
「な……何よ」
「貴女の国は、僕の国に滅ぼされたんですよ。僕は、貴女をどうしようが勝手なはずだ。例えば……」
ゼロスは立ち上がり、リナの手を引いて立ち上がらせる。そして、ひょいと抱き上げる。ベッドに投げ降ろす。
「ちょ、ちょっと、何すんのよ、食事中に」
リナの上に覆い被さる。そして、リナのドレスの胸に手をかける。
「やめて！やめてったら」
リナのうなじに顔を埋める。優しいキスを降らせる。
「やめて！本気なの、やめて！」
「冗談です」
ゼロスは、けろっとした顔で起きあがると、リナが体を起こすのに手を貸した。
「僕には、こんな事だって簡単に出来るんですよ。そうしない僕を、優しいとは思ってくれませんか」
「あんたなんか……サイテーよ」
リナは、乱れた服を直し、そっぽを向いた。




苺とライチは私の好物でもあります。それでは、続きもよろしくお願いします。
苺は、このサイトのトップ画像にするくらい好きな羽久です。ライチは、小学校の給食で初めて食べて、カルチャーショックを受けた記憶があります。


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