眠り姫／シンデレラ／マーメイド［前編］



「リナさんを殺せ、という指令が出ました」
旅の宿で食事をとっていたリナは、静かにフォークを置いた。
「そんな日が来るんじゃないかといつも思っていたわ。で、今殺すの？はっきり言って、あたし、抵抗するわよ。街の一つや二つ、焼きはらうぐらいにはね」
「リナさんは、悪人じゃない人には手が出せないでしょう」
「まあね」
リナはうなずく。
「明日の朝、この街の海岸に来て下さい。何人で来ても結構ですよ」
そう言い残すと、ゼロスはゆらりと空間に消えた。


夜明けの海岸。暁の光が、夜の空を彩った星の光を弱めていく。リナは、意識を失って眠っている。ガウリイと、ゼルガディスと、アメリアが、ゼロスと対峙していた。
「期限は、夜明けまでです。僕をここで滅ぼさなければ、リナさんは死ぬことになります。そのつもりでかかってきて下さい」
「エルメキア・フレイム！」
まず、アメリアが仕掛ける。ゼロスは錫杖を軽く振って、その呪文をかわした。
「その程度の呪文が僕に通用するとでも？もっと本気でかかってきて下さいよ」
「くそっ、アメリア！リナを起こせ！俺たちだけではどうにもならん！」
言いながら、ゼルガディスは詠唱を始めていた。
「リナさん、起きて下さい！リナさん！！」
「無駄ですよ」
ゼロスは冷たく言う。
「魔力を使って深く眠らせてあります。目覚めさせるには、僕を倒すしかないですね」
「ラ・ティルトッ！」
ゼルガディスの呪文が炸裂する。蒼い炎が上がる。しかし、ゼロスは平然としていた。
「効きませんね。肌がちりっとするくらいですよ」
「うおおおおっ！」
ガウリイが剣を抜きはなった。
「はあああっ」
一気に間合いをつめて、斬りかかる。ゼロスは、それを錫杖で受け止める。ぎいいいん、と剣が軋む音がする。ゼロスの錫杖が折れた。
「今だ、いけ、ゼル！」
「アストラル・ヴァイン！」
魔法のかかった剣を、ゼロスの肩にたたき込む。しかし、手応えはなかった。ゼロスは、空間を渡って、ゼルガディスの後ろに現れ、錫杖の残りで背中を突いた。
「ぐふっ」
ゼルガディスは、咳き込んで倒れる。ガウリイがゼロスに斬りかかる。その時、折れた錫杖が、植物が生える様に再生し、斬妖剣を受け止めた。
「なに…っ」
「この杖は、僕の分身みたいな物ですよ。いったん折れても、いくらでも再生します」
「ならば、何度でもへし折ってやる！」
ガウリイが再び剣を振りかぶったが、ゼロスは再び空間を渡り、アメリアの側に現れた。
「ダム・ブラス！」
アメリアは詠唱の終わっていた呪文を唱える。ゼロスの身体が揺らいだように見えたが、それは空気の見せた錯覚だった。ゼロスは、錫杖でアメリアを小突く。アメリアはよろっと倒れる。
「アメリア！」
起きあがったゼルガディスは、ゼロスの背中に向かって魔法剣を投げた。走っていたのでは間に合わない。魔法剣は、ゼロスの神官服をわずかに斬りさいただけだった。
「卑怯だぞ、ゼロス！空間を渡るのは無しだ！」
ガウリイが叫ぶ。
「三対一で卑怯もなにもないものですが。お望みならば、空間を渡るのは無しにしてもいいですよ」
そして、斬りかかってくるガウリイの腹を錫杖でどん、と突いた。
「がはあっ……」
ガウリイはうずくまり、胃液を吐き出す。
「旦那！」
「大丈夫だ、それよりアメリアを」
アメリアは、腰に差していた小剣でゼロスの錫杖を受け止めている。しかし、力の差は歴然としている。小剣がはじき飛ばされる。
「こっのおおおお」
ゼルガディスは渾身の力を込めて、剣をゼロスの背中に突き立てる。が、なにか固い結界のような物が、それをはじき返す。
「いくら魔法剣でも、僕の結界を破ることはできません」
ゼロスは、振り返って紫の瞳をみせ、にやりと微笑んだ。
「ならば、斬妖剣ではどうだ！？」
「斬妖剣は少し困りますね」
ゼロスは、ガウリイの一撃をわずかな身体の動きでかわす。
「ガウリイの旦那、俺たちが詠唱している間、時間を稼いでくれ」
ゼルガディスが小声でガウリイに言ったが、それはゼロスにも聞こえていたらしい。
「いまさら、どんな呪文が僕に通用すると言うんです」
ガウリイの剣を軽くいなしながら、ゼロスはうそぶいた。
「一人の呪文なら効かなかった。だが、二人ならどうだ！」
『ラ・ティルト！！』
アメリアとゼルガディスの魔力をありったけ注ぎ込んだ呪文が炎をあげた。
「二人でならば、どうにかなるとでも？」
ゼロスは蒼い炎の柱の中でにっこりと微笑んだ。
やがて、太陽がはっきりと水平線の上に姿を現した。三人は、ぐったりと疲れ切っていた。もう、斬りかかる力も、魔力も、残っていなかった。
「時間です」
ゼロスは、深く眠り込んでいるリナの元に近づいた。
「やめろ！リナに、リナに触るな！」
「あなたたちの負けです。リナさんは、僕が連れていきます」
「リナさああん！」
ゼロスは、マントで眠っているリナをくるみ、ふっと空間に消えた。
「リナ……」
残された三人は呆然としていた。涙を流す気力も残っていなかった。
「私たち、あんな魔族と旅をしてたんですね」
「ああ……とんでもねえ強さだな」
「リナは、殺される。あいつに。そして、あいつは俺たちの身体にはほとんどダメージを残していかなかった」
「最初から、相手にされていなかったと言うことか！」
ガウリイは、砂を掴むと、空間に向かって投げつけた。


唇に、冷たい、体温のない唇を感じる。リナは、深い深い眠りからゆっくりと意識が浮かび上がってくるのを感じた。やがて、瞼がうっすらと開く。
「ゼ……ロ…ス」
「お目覚めですね、スリーピング・ビューティ」
「ゼロス！！」
リナは、ふらつく身体を無理に起こす。
「こ…ここはどこなの、ガウリイたちは？あんた、あたしを殺すんじゃなかったっけ？」
「そう一遍に聞かれても……ここは、けさリナさんたちが来た海岸とは、大陸一つ隔てています。あの場所では朝日が見られましたが、ここは夕日の美しいことで知られる街です」
「ガウリイたちは！？」
「ご心配なく。ほとんど傷つけていませんよ。まあ、打ち身くらいはあるかも知れないですけどね」
「あいつらは殺さなかったのね……」
「僕が今回殺せ、と言われているのはリナさん一人です。他の方々には関係のないことです」
「じゃあ、何であたしが眠ってる間に殺さなかったの？簡単だったじゃない。それとも、あたしの恐怖や哀しみを『食べる』つもりなの？」
「貴女が眠っている間に、何故殺さなかったかというと……」
真摯な紫の瞳が、ニコ目に変わる。
「それは、秘密です」
「あんたのことだから、また何か変なたくらみでもしてるんでしょう。それに逆らえないのが悔しいけど」
ゼロスは、ふと遠い目をした。
「今夜の１２時まで。それまでにリナさんを殺せなければ、僕が滅ぼされることになっています。人間に必要以上の感情を持った、魔族失格の魔族として」
「あんたは、魔族界でも屈指の高位魔族じゃなかったの？」
「確かにそうです。でも、僕の主はいつでも僕を消して、作り替えることが出来ます。人間に特別な感情を持たない、完璧な魔族を」
リナは、しばらく顎に指を当てて考えていたが、ふと質問した。
「あんたがさっきから言ってる、『人間に対する特別な感情』って何？」
「分かりませんか？」
紫の瞳が揺らめく。
その時、リナのお腹がぐーっと鳴った。
「あ…何もこんな時に……あーもう、恥ずかしいなあ」
「ちょうど朝御飯の時間ですからね。美味しい店を知ってますよ。僕が奢ります」
「あんた、毒盛る気じゃないでしょうね」
「やだなあ、リナさん」
ゼロスはクスクス笑う。
「今夜の１２時までにリナさんを殺せば、その間何をしててもおとがめなしってことじゃないですか。今日一日、僕とデートしてくれませんか？」
「ででで、でーと！？」
「僕は、この街には詳しいんです。一日中、美味しい物を食べて、遊んで、楽しみましょう」
「１２時に殺される相手と分かってて？」
「それまでは、何もしません。むしろ、貴女を守ります」
「守る……はあ」
「さ、行きましょう」


朝食を食べた店は、確かに素晴らしかった。ぱりっとした香ばしいパン、絞り立ての牛乳、新鮮なサラダ。例によって、リナは６人前おかわりした。勘定は、ゼロスが払った。リナは財布を出そうとして、アイテムバッグをあの砂浜に置きっぱなしにしてきたことに気づいた。
（こんなところで、呑気に朝ゴハン食べてる場合じゃないんだろうな）
食後の紅茶を飲みながら、リナは思う。
（今頃、ガウリイたちはあたしを捜して……でも見つからなくて、悲しんでるだろうな）
「リナさん」
思考を中断されたリナは、ゼロスを見る。
「何よ、ゼロス」
「今日一日だけ、僕のことを考えてくれませんか？」
「は？あたしを殺すって分かってる男のことなんて考えられないわ」
「憎しみでも、恨みでもいいんです。僕のことを考えて下さい」
ゼロスの瞳がわずかに揺れた。


「それじゃ、洋服を買いに行きましょう」
「ようふく〜？今夜には着られなくなる服を買うの？」
「おや、リナさん、僕に負けるつもりなんですか？」
「あたしは、自信家だけど自惚れ屋じゃないの。いまのあたしでは、あんたには勝てないわ」
「ギガ・スレイブを使ってもですか？」
「あたし一人のために、世界を巻き込むつもりは無いわよ」
「冥王フィブリゾと戦ったときは、世界よりガウリイさん一人を選んだくせに」
「なっ……何であんたそのことを知ってるのよ」
「見てましたから」
「く〜〜〜」
リナはみるみる赤くなる。ゼロスは、そんなリナを、複雑な表情で見ていた。

洋服屋にはいると、ゼロスは店員に「例の物を」と指示した。まもなく、ひと揃いの服を持って、店員が現れた。
「さ、リナさん、着替えて下さい」
「こ、これゼロスの趣味？」
「思い切り趣味です」
白いパフスリーブのブラウス。胸元に細い赤いリボン。黒の太いサッシュでウエストを締め付け、ふわっと拡がる赤いスカートの裾には白いレースの飾りが縫いつけられている。黒いストッキングがついていた。
「やっぱり、リナさん、最高です。よく似合います」
試着室から出てきたリナを、ゼロスはため息をついて見た。
「あんた、こんな少女趣味だったのね」
「誰にでも、というわけではありませんよ。でも、リナさんには最高に似合います」
「元から着ていた服はどうなさいますか？」
リナは、「処分して」と言いかけたが、「やっぱり包んで」と言いなおした。
「まだ僕に勝つ気でいるんですね」
「ま、一応、ね。最後の瞬間まで、あきらめないわ」
「それでこそリナさんです」


海の側に、小さな遊園地があった。リナは、すっかり憂いを払ったかのように、遊具に飛び乗っていった。小さな回転木馬で、髪に風を受けて、にっこりと微笑む。小規模だが、観覧車もあった。リナとゼロスは、身をかがめて、それに乗り込む。
「あーあ、やっぱり一人で乗れば良かったかなあ。狭いわ」
「こういうのは、カップルで乗る物ですよ」
リナは赤くなる。
「これから命の取り合いをするってのに、カップルもないもんだわ」
観覧車の小さなゴンドラが、一番上まで来る。ゼロスは、リナの細い顎に手をかけると、素早くキスをした。
「な、何すんのよ！」
「観覧車の一番上は、前のゴンドラからも、後ろのゴンドラからも覗かれない。恋人たちの空間です」
「誰と誰が恋人だって？」
「僕と、貴女」
「あーあ、なんかあんたと話してると、自分の置かれた状況を忘れそうになるわ」
「そろそろお昼と行きませんか？クラムチャウダーの美味しい店がありますよ」
「あ、それいいわねえ」
食べ物の話になると、リナは生き生きした。ゼロスは、リナをその店までエスコートしていった。
「クラムチャウダーを５杯。羊の香草焼きを３人前。それから白ワインを一本。よろしく」
「あ、僕はクラムチャウダー一杯で結構です」
ウェイトレスが呆れながら去っていった。
「お酒を、飲むんですか？」
「だってあたし、こう見えても今すごく怖いのよ。お酒でも飲まないとやってられないわ」
白ワインが届くと、リナは自分のグラスとゼロスのグラスに、すこしずつワインを注いだ。
「今日の素敵なデートに乾杯」
「乾杯」
リナは、ワインを一口で飲み込むと、自分で続きのワインを注いだ。



ゼロスがリナちゃんに着せた服は、ファミレス「ブロンズパロット」の今は無き制服です。どんなのか知りたい方は、検索かけてみて下さい。コスプレやイラストがどっさりひっかかると思います。一日限りの二人のデート、どうなるかは後編のお楽しみと言うことで……。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。これも恥ずかしくて収録をためらっていた作品。私は絵が描けないので、小説の中で好きなだけリナちゃんにコスプレさせています。


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