目覚めよと呼ぶ声が聞こえ［５］






「ねえ……寒いわ」
ゼロスは、リナの裸身に自分のマントを掛けた。
「次は、いつ逢えるの？」
「正直、分かりません。今も、仕事をさぼってきていますから」
「良かったの？こんなとこに来て」
「貴女に会いたかった。ただ、それだけです」
「あたし、そんなに弱くないわ。ちゃんとゼロスを待てる。たとえ、次に逢えたとき、あたしがおばあさんになっていたとしてもね」
「貴女をそんなに長く、一人にはしませんよ。愛していますから」
うわべの微笑みではない、ゼロスの、本当の微笑み。リナだけが知っている。リナは、その表情を心に刻みつけるように、ゼロスを見つめ続けた。
「じゃあ、貴女を宿まで送ります」
パジャマを身につけたリナを抱き上げ、ゼロスは空間を跳んだ。リナをベッドに抱き下ろす。
「また、会いに来ます」
「ねえ、ゼロス。逢えない時間は多いけど……あたしたち、恋人よね？」
「もちろんです」
「あたしは、頭の天辺から爪先まで、髪の毛の一本までもゼロスのものよ」
「そして、吐息の一つまで」
「ゼロスは？ゼロスはあたしのもの？」
「ええ。この姿はかりそめのものではありますが……」
指で唇を押さえる。
「頭から爪先まで、髪の毛の一本まで、誓って、貴女のものですよ」
「ふふ、何度聞いても、嬉しいものね」
「このまま話していると、ガウリイさんが起きてしまいそうですね。僕はもう行きます」
「そうね。ガウリイも、ゼリイも目を覚ましてしまいそう」
「ゼリイ？」
「ああ、ゼロスは会ったことはなかったわね。最近、一緒に旅をしてる女の子よ。例によって、ちょっとエキセントリックな美少女」
「お会いしてみたかったですね」
「今、隣の部屋で寝てるはずだから、のぞいていけば？もちろん、手だしたりしたら、ぶっ飛ばすけど」
「はい。それでは、お休みなさい、リナさん。また逢いましょう」
「ええ、ゼロス。待っているわ」
ゼロスは、リナに言われた通り、隣の部屋の窓からベッドを伺った。ベッドは空だった。
（……？）
そして、漂う魔力の片鱗。
（この魔力……どこかで。そう、僕のアルバム。あの写真の切り口から感じた気配）
『ゼリイ』
確かにリナはそう言っていた。
（ゼリイ……ゼリス。獣王様が創り出された、僕の妹……彼女が、リナさんと行動を共にしていた！？何のために。なぜ、僕の力を弱めてまで、僕ではなくゼリスに仕事をやらせたのか。リナさんの身が、危険にさらされているのでは）
そこまで考えたところで、目の前の風景が変わった。
「お楽しみだったわね、ゼロス」
「ダルフィン……様」
「海王宮から出ちゃダメだって、言わなかったかしら？」
「ダルフィン様。畏れながら……」
「なにかしら」
「僕にやらせている書類整理……あれは、何の意味もない仕事ですね？」
「ふん、小賢しい。外で、何か見てきたようね」
「貴女と我が主──ゼラス様は、僕とリナさんを会わせたくなかった。違いますか？」
「それは秘密よ」
「裏で僕の妹が動いている。そうですね！」
「秘密だって言ってるでしょう。さっさと書類整理に戻りなさい。おしおきを受けたいの？」
「たとえ何をされても、僕はリナさんを守ります」
「出来るわけないでしょ、その程度の力で。ルビーアイ様の腹心である私に敵うとでも思っているの？……反抗的な目ね。魔族が上司に対してする瞳じゃないわ」
「ダルフィン様……！」
ゼロスの掌の中に、黒い塊が生まれた。それは、錐となってダルフィンに襲いかかる。
「本当に小賢しい……ゼラスには悪いけど、滅ぼしちゃっても構わないかしら？」
錐をあっさりとかわしたダルフィンは、けだるげにそう言った。その瞬間だった。ゼロスの身体を支えていた力が抜け、ゼロスは床に倒れ込んだ。
「ダルフィン様……何を」
「違うわ。私じゃない。ゼラスが何かしたみたいね」
「身体が……うごかな───」
ゼロスの身体は、床の上から消え失せた。
「ゼラス、何か策でも見つかったのかしら？」
ダルフィンは玉座という名の安楽椅子に座り、空っぽになった空間を見つめた。


「お母さま」
「ゼリス。その表情は……何か見つけたようだな」
「お母さまはご存じだったとおっしゃいましたね。なぜ私に教えて下さらなかったのですか。なぜ余分な手間をかけてまで、私を創り、リナ＝インバースを監視させたのですか」
「知ったのだな」
「なぜです！」
「あれが、不憫で───」
「ゼロスお兄さまのことですか」
「ああ。それに、あれにはこの仕事は出来なかっただろう。だからお前を創った」
「目的完遂の為に生まれた私です。その事については不満などありません。──策を、思いつきました。聞いていただけますね？」
「言え」
「お母さまなら出来るでしょう？お兄さま──獣神官ゼロスの力を、すべて私のものに。魔力も、それ以外のあらゆる力も。その精神さえ私のものに」
「抜け殻になったゼロスをどうするのだ」
「お母さまなら、見当はつくはずですわ」
「妬気か」
「妄執、憎悪。そして嫉妬。人間の持つ、様々な弱さ、醜さ。今度こそ、目覚めさせて見せますわ。さあ、お兄さまの力を私に」
ゼラスの、銀のマニキュアで彩られた指が、ゼリスの頬に触れる。力が、流れ込んでくる。
「これで、お前はかつてのゼロスと同じ──ルビーアイ様の腹心を除けば魔族最強の存在になった。ゼロスの身体も、ここに呼び寄せた方がいいか」
「ええ。お願いいたします」
空間が歪み、黒い円錐が現れる。ゼラスがその円錐にかすかに触れると、闇色の青年の身体が立体化した。
「お母さま。かつて、リナ＝インバースとガウリイ＝ガブリエフの二人を、異空間に案内して、ルビーアイ様の一部と戦わせたことがありましたわね」
「ああ」
「その時の、『受付係』をもう一度していただきたいのです」
「そして、異空間を形成しろ、と？」
「ええ。その後のことは、私のこの力で充分ですわ」
ゼリイ──ゼリスは、妖しく微笑んだ。


「いない、いない、いない！！」
宿屋のドアを片っ端から開けて、寝ぼけ眼の泊まり客を驚かせながら、リナは宿の中を探し回った。
「ゼリイ！どこ行っちゃったのよ、あの子は！夜のうちに、出ていったとでも言うの？」
「ま、そう焦るな、リナ」
ガウリイは、朝食の卵料理をつついている。
「何度も言うが、あいつは大丈夫だ」
「根拠もないくせに」
（あるにはあるんだがな。あいつ、魔族だし。でも、ゼリイに『言わない』って約束しちまったからなあ……）
「ガウリイ！朝ご飯早めに切り上げて。探しに行くわよ！」
「分かった分かった。この皿だけは食べさせてくれ」
「全く、心配ばっかかけるんだから。ゼリイは」
（お人好しのおせっかい……ま、俺はそういうところが好きなんだけどな）
「行こうか、リナ」
「ええ！まずは町の真ん中から」
二人は、朝の光の中へ歩みだしていった。

町での探索は徒労に終わった。
「一人で、町を出ていっちゃったのかしら……」
「ま、あいつだって、旅暮らしだ。一人になりたかったのかもしれないじゃないか。逢えるときは、また逢えるさ」
「あの子は……ほっとけなくて、危なっかしくて……」
「お前さんもそうだったぜ」
「へ？」
「いつも自信満々で、そのちっちゃな肩で風切って歩いてたが、俺から見たら危なっかしくて仕方なかった。今だってそうだ。ゼリイのことで夢中になって、昼飯を食うことすら忘れている」
「昼ご飯、食べてる場合じゃないでしょ！」
「また、俺のカンで悪いが……ゼリイは、もう遠くへ行ってしまった気がする」
「……」
「とりあえず、俺は腹が減った。飯を食う時間をくれ」
「分かったわ」

「ここから、いちばん近い大きな都市と言えば……復興途中のサイラーグか」
「向かって見ましょう。何か手がかりがつかめるかも、だわ」
「おい、リナ」
ガウリイは、優しい目で言った。
「もう、ゼリイと会えなくなっても、悲しむなよ。あいつは、大丈夫だから」
「……そうね。このままずっと、ゼリイを探し続けることは出来ないし。でも、サイラーグへ続く道。そこだけ、探させて」
「ああ。気の済むようにしてくれ」
二人は街道を歩き出した。陽光が西に傾く。誰ともすれ違わない。歩いた距離からすると、もうサイラーグへ着いていてもおかしくない。
「何か、変よ。この道」
「ああ。俺も、そう思ってたところだ」
「どうするの？」
「進もう。とにかく、前へ進めば何かが違ってくるだろう」
傾いた陽の中、草原を突っ切ってどこまでも続く道。二人が歩いていると、人影が見えた。その姿には覚えがあった。輝く金髪。大柄な、でも女らしい肢体。
「よく来られた、リナ＝インバース殿、ガウリイ＝ガブリエフ殿。お会いするのは二度目だな」
「貴女は……獣王（グレーター・ビースト）ゼラス＝メタリオム、か、海王（ディープ・シー）ダルフィン、……かのどっちか」
美女は眉間を押さえた。
「獣王の方だ」
「この道は……」
「私の創り出した異空間だ」
「へえ。道理でさっきから人がいないわけだ。で、あんたはなぜ、俺たちの前に？また、シャブラニグドゥの欠片と戦わせる気か」
「違う」
「じゃあ、何を思って、あたしたちをこの道に？」
「リナ＝インバース殿。来ていただく。ガウリイ＝ガブリエフ殿はここでお待ちいただきたい」
「あたし……一人？」
「そうだ」
「リナを何に利用する気だ！」
ガウリイが剣の束に手をかける。
「駄目、ガウリイ」
リナが鋭く制する。
「あたしとあんたがたばになって襲いかかっても……この女性（ひと）は倒せない」
「それくらい俺だって分かる。だが、リナ一人を行かせはしない」
リナは、ゼラスに目を向けた。
「あたしを、さらなる異空間にいざなうのですね。するのなら、早くして下さい。そして、ガウリイには一切手を出さないと誓って下さい」
「ああ、誓う。それでは、お前を、お前の運命のもとへ飛ばす。……さらばだ、リナ＝インバース」
ゼラスは軽く指を振った。リナの姿はかき消えた。
「貴様！」
ガウリイがゼラスに詰め寄る。
「なぜ、あいつ一人を行かせた！力の差は分かっているが、俺と戦え！そしてリナを連れ戻せ！」
ゼラスは力を込めた指をガウリイに向けた。ガウリイは、吹き飛ばされて地面に叩きつけられた。
「くそっ……」
土を払うガウリイを、ゼラスは哀しい目で見つめた。
「お前は、愛するものをその剣で斬りたいのか？」
「……どういう意味だ」
「リナ＝インバースに誓った約束をたがえてしまったな。お前を傷つけるつもりはなかった」
ガウリイは、ゼラスをにらみつけた。
「そこを、動くな。女」
「何？」
「ゼラス＝メタリオムさんか？あんたは。リナが無事に戻るまで、俺は見届ける。あんたもそこを動くな」
「リナ＝インバースが、無事に、か……」
「やっぱりリナを殺す気か！？」
「殺すわけではない。しかし、お前にとって辛い結果が待っているかもしれない」
「畜生……」
ガウリイは座り込んで地面を殴った。
「何で……何でリナばかり、こんな目に遭うんだ！」
「彼女は、特別な人間だから……」
「リナは、普通の幸せを掴んじゃいけないってのかよ！」
「…………」
ゼラスは、ゆっくりと瞳を閉じた。




さて、リナだけが呼び出された異空間に待つものは……ってばればれですが。次が最終章になります。よろしくお願いします。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。いきあたりばったりなこの小説もあと少し、最後の章、ぜひ読んでください（ぺこ）。


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