目覚めよと呼ぶ声が聞こえ［３］
「よく来たな。リナ＝インバース」 「あらあ、あたしって、そんなに有名？」 「そりゃ、な。盗賊殺し（ロバーズ・キラー）のリナ。でも、今日は天はお前に味方してはくれないぜ……かかれ！」 十数人の男が、いっせいにリナに飛びかかる。 「リナ＝インバースにおしおきできるなんざ、ワルの勲章ってとこだな」 「押さえつけろ。服を脱がせろ！」 リナは、動じずに口の中で呪文を詠唱していた。男たちの手が迫る。 「爆煙舞（バースト・ロンド）」 派手な光と僅かな熱。それだけの呪文だが、悪党をうろたえさせるには充分だった。 「あの女の話は……こんなはずじゃ」 「火炎球（ファイアー・ボール）！」 巨大な火の塊が、 「ブレイク！」 四散し、男たちに襲いかかる。リナは、リーダー格の男に詰め寄った。 「いま、“あの女”とか言ったわね。今日ここにあたしが来ることを知っていた女がいるのね。どんな女だった？答えなさい」 「それは……」 その瞬間、気配を察してリナはすばやく男を放し、飛び退いた。 「ぐわあああっ」 男の身体が体内から溢れる黒い炎に溶け、消滅してゆく。 （魔族の攻撃！？） 気がつくと、他に生き残っていた男たちも皆、黒い炎に包まれ、消えゆこうとしていた。 （力……魔力の源はどこ！そして、この力はあたしの味方なの？敵なの？） リナはドアから外へ飛び出した。その瞬間、周辺にみなぎっていた魔力がかき消えた。 （悪党どもは片づいたけど……何か、もっと厄介な者を敵に回したのかもね、あたしは） 夜道を歩き、宿へ戻る。宿の入り口に、星明かりに照らされたパジャマ姿のゼリイが立っていた。 「お待ちしてましたわ、お姉さま」 「だめでしょ！寝てなさいって言ったのに」 「お姉さまが心配だったんですの。悪党は、滅びまして？」 「あたしの力で、じゃないけどね。とりあえず、あいつらはもういないわ」 「よくわかりませんわ？」 「あたしだって、誰かに事情を聞きたいくらいよ。さ、入りましょう。風邪引くわよ」 リナが、旅装束を解き、パジャマに着替えた頃、部屋がノックされた。 「ゼリイ？」 「そうですわ。入ってもよろしいですか？」 「どうぞ」 枕を抱えたゼリイが入ってくる。 「今夜だけ、一緒に寝てもいいですか？」 「ベッド、狭いわよ。まあ、あたしは構わないけど」 二人は、固いベッドの上で向かい合って横になった。紅茶色の髪と、ピンクの髪がもつれ合う。 「……一つ、聞きたいことがありますの、お姉さま」 「なあに？」 「お姉さまは、とても強い魔力をもっていらっしゃいますよね」 「まあ、人並み以上、ではあるわね」 「それを、封じられたらどうなりますの？」 「ああ、その事についてなら、心配はいらないわ。ずっと昔にね、魔族に魔法を封じられて、困ったことになったのよ。だから、服の裏地に、その魔封じの術を跳ね返すアミュレットをつけてるの。あたしは、剣でだって、そこいらの男には負けないけど……やっぱ、魔力を封じられると、単なるガウリイのお荷物一直線だもんね」 「そうですか、アミュレットを……」 「どうして、そんなこと聞きたかったの」 「いいえ、別に。ちょっと気になったから、ですわ」 「じゃ、眠りましょうか。お休み、ゼリイ」 「お休みなさい、お姉さま」 （今は……安らかに） 「ゼリイ、俺たちの歩くペース、早くないか？俺たちは旅慣れてるから、ついいつものペースで行っちまうけど」 「ぜんぜん。平気ですわ」 「ゼリイ、見かけに寄らず根性あるわね」 「お姉さまについていけるんですもの。嬉しくて、疲れなんて感じませんわ」 ガウリイは、ゼリイを見下ろして尋ねた。 「お前さんの旅には、目的地はあるのか？」 「そうですわね……リナお姉さまとどこまでも行くこと。それが全てです」 「ふうん、俺と同じだな」 リナは、少し顔を赤らめた。ゼリイは、そんなリナの側にすばやく寄った。 「リナお姉さまの旅も、ガウリイさんと共に行くことですの？」 「い……今のところは、そう言えるかも」 「お姉さま、顔が赤いですわ。照れていらっしゃるの」 「ま……まっさか。ちょっと、今日は秋にしては日差しが強いから。それだけ」 ゼリイは、リナの腕をとった。 「ねえ、リナお姉さま。男に乱暴されたら、相手を憎む、っておっしゃいましたよね」 「え？ああ、そう言ったわ。当たり前の事よ」 「他に、お姉さまが『怒り』を感じることと言えば、何ですの？」 「リナが怒るときねえ……ふうむ」 「ガウリイさんには聞いていませんわ！」 「胸、だな。リナにそのちっちゃな胸についてつっこむと……」 すぱぁぁぁぁぁん！！ 「こうなるわけだ」 顔に紅くスリッパの後をつけて、ガウリイは締めくくった。 「うーん、胸、ですか。リナお姉さまの小さな胸、清純で可愛らしいのに」 「ゼリイ。その年でその立派な胸をもったあんたには分からないわよ。辛いわ、女として……」 「他には？他に怒ってしまわれることってあります？……お姉さま、重破斬（ギガ・スレイブ）を発動させたこと、おありですよね」 「……」 「……」 リナとガウリイは黙る。 「どうかなさいまして？」 「ゼリイ。とことん呆けて世間知らずのお嬢様のあんたが……どうしてその事を知っているの」 「えっ……と、それはぁ……お姉さまが、有名だから、ですわ。隠しているつもりでも、噂というものは漏れ伝わってくるものです」 「ほんとにどういう経路でその噂が……あの場にいた人間に、そんなに口の軽い奴はいなかったと思うけど」 「で、なぜ重破斬（ギガ・スレイブ）を？世界を巻き込んででも、成し遂げたいことが？」 リナは、頬を染めて、ガウリイの腕を引いた。 「こいつ」 「ガウリイさんが？」 「こいつが、人質に取られてたから。あたしはこいつを助けたくて、ただ夢中で」 「つまり、ガウリイさんはお姉さまにとって大事な方ですのね？」 「そ、そーりゃ……大事な、旅のパートナーだわ」 「分かりました」 ゼリイはにっこりと微笑んだ。 その夜。宿の一階のレストランで夕食をぱくつきながら、リナはガウリイに尋ねた。 「ゼリイは？またヤボ用？」 「いや、俺も知らない」 「まさか、迷子にでもなってるんじゃ……」 「大丈夫だと、俺は思うぞ」 リナは、ガウリイの目を見上げる。 「あんたねえ、ゼリイは、すっとぼけてるし、世間知らずだし、その上物騒なところにひょいひょい行っちゃうし。なんであんたはゼリイが絶対大丈夫だ、っていつも言い切るのよ」 「カンだけど」 「まあ、あんた、カンは凄くいいけど……とりあえず、このお皿片づけたら、街の方へ探しに……」 二人の目の前に、紫色の長い髪の影が落ちた。 「あら、こちら素敵な殿方ね」 低い、甘い声。背の高い、ガウリイとそう変わらない歳に見える美女が、テーブルに手をついた。長い指。とがった爪には、紫のマニキュア。 「どう？これから私と飲みに行かない？」 白い指が、ガウリイのあごの先を撫でた。 「お、俺は食事の途中で……」 「あら、こんなジャリンコぺったんガールと食事してても味気ないでしょう」 女は、胸の前でぐっと腕を組んだ。肉感的な、巨大な乳房が、薄紫の生地の薄いドレスを張りつめさせている。 「なんですって！ジャリンコぺったんガール！？あんたねえ、失礼にもほどが……」 「さ、行きましょ。あなたみたいな素敵な男性は、こんなやせっぽちのおチビちゃんにかかずらってちゃいけないわ」 「……ああ、行こう」 ガウリイは立ち上がった。 「ガ、ガウリイ！？あんた、こんな色呆け女についていく気？ま、あんたの勝手だけど」 美女は、ガウリイの腕に腕を絡めた。ガウリイはされるままになっている。二人は入り口のドアを押して、夜の街へと出ていった。 「なんだったの？あの女。あ、ガウリイ結構残していったなあ。もらっちゃお」 肉をぱくつきながら、ため息をつく。 「あのボケガウリイでも、ああいうデカチチ女がいいのかなあ」 「さ、こっちへ」 ガウリイの腕を取り、女は裏通りの狭い路地にガウリイを引っ張り込んだ。 「ちょっと待ってね」 ブルーリーの実をバッグから取り出し、紅いルージュを引いた唇に放り込む。そして、ガウリイを壁に押しつける。 （このまま、彼を眠らせて、そして彼女の元へ戻れば……） 「出会いの印にとっておきのキスを……」 「おい、ゼリイ」 女はぐっと息を呑んだ。ブルーリーの実が、喉に滑り落ちる。 「ゼ……ゼリイって、誰の事よ」 「お前のことだ、ゼリイ」 「言いがかりは……」 「何のつもりなんだ？お前さん」 女は、目を泳がせた。そして、ふっと崩れ落ちた。くしゃりと地面に座り込んだその姿が、紫の美女からゼリイのものへと変わる。 「おい、ゼリイ！しっかりしろって！」 ガウリイは、目の前で起きたことには動せず、ゼリイの頬を軽く叩く。安らかな寝息が聞こえてきた。 「まったく、こいつは何者なんだ……」 ガウリイは、ゼリイを抱き上げると、宿の方へ戻った。 「あれ、ガウリイ。ゼリイ、どうしたの？気を失ってるの？」 「俺にもわからんが、寝てるだけみたいだぞ」 リナはくんくん、と匂いをかいだ。 「甘酸っぱい匂いがすると思ったら……この子、ブルーリーの実を食べたみたいね」 「ああ、あの催眠効果のある果物か」 「上の部屋へ連れていきましょう。で、ガウリイ。あのしっつれいな巨乳女、どこへ行ったの？」 「……あの人なら、俺を置いてどっか行っちまった」 「何だったんだろ。それで、眠ってるゼリイを見つけたの？」 「ああ、裏通りでな」 「こんな歳の女の子が、裏通りで眠ってるなんて、危険きわまりないわ。よく見つけたわね、ガウリイ」 「ま、俺のカンは当たるってこった」 ガウリイがベッドにゼリイを降ろす。リナはその身体に、優しく毛布を掛けた。 「朝まで眠れば、ブルーリーの実の症状も消えるでしょう。おやすみなさい、ゼリイ」 リナもガウリイも、それぞれの部屋に引き上げた。 暁の光の中で、ゼリイは目を覚ました。 （あれ？ベッド？私はどうして……あ、ガウリイさんにブルーリーの実を飲ませようとして、いきなり『ゼリイ』って呼ばれて、実を飲み込んじゃって……） そして、気づく。小さな部屋にみなぎった殺気に。 「目が覚めたか」 「ガウリイ……さん」 ガウリイは、抜き身の斬妖剣（ブラスト・ソード）を手にしていた。ゼリイは動けない。 「お前さん、人間じゃないんだな？」 「…………」 「魔族か」 「……それは」 「秘密、とでも言ったら、この剣でお前を斬る。お前さんからは相当の力を感じるが、俺一人で倒せないほどじゃない。お前の力は、以前に俺とリナが倒してきた魔族の中では強い方だが……ラル……ラーシャ……何だっけ、まああいつらくらいか。とにかく、答えろ。お前は、魔族なんだな」 「……ええ」 「なぜリナにつきまとう。目的は何だ」 「言えません」 ゼリイの白い喉に、剣が突きつけられる。 「言え」 「言えません」 「滅びても、秘密は守る気か？」 「滅ぼすなら、さっさとしてください。この状況では私の負けですわ」 「……」 ガウリイは、剣を突きつけたまま、ため息をついた。 「お前がリナに何か目論んでつきまとってる以上、滅ぼしてやりたいが……リナはお前さんを気に入っている。お前を滅ぼした、と言えばきっとリナは俺を恨むだろう。俺は、それには耐えられない」 「ガウリイさん……」 「質問を変える。お前は、リナを殺すために現れたのか？」 「そ、それは違いますわ」 「リナを傷つける気か？」 「それも違います」 「リナの魔法力を利用して、何かしようと？」 「それは言えません」 ガウリイは、剣を引いた。さやに収める。 「分かったよ。お前は、今すぐにリナをどうこうしようと言う気は無いようだな」 「ええ」 「リナのこと、好きか？」 突然の質問に、ゼリイはガウリイを見つめる。 「好きか……って」 「しばらく一緒に旅をしてみて、魔族のお前から見て、リナは好意に値する人間だと思うか？」 「それはもちろん思いますわ。リナお姉さまは、魅力的だし、頭もいいし」 「ならいいんだ」 ガウリイは、ゼリイのベッドに腰を下ろした。 「しばらくは、お前を見守ることにする。お前が魔族であることも、リナには黙っておく。ただし……今度少しでもリナを傷つけたら、俺は本気で相手になる」 「今度？」 「お前、夕べ言ってただろ。『ジャリンコぺったんガール』だっけか？」 「はい、たしかに言いましたわ」 「夕べ、俺を連れていって、それで何をするつもりだったんだ」 「…………」 「だんまりか。まあ、俺ぁ頭が良くないから、はっきりいって今どうするのがベストかなんて分からない。でも、お前もリナが好きなのなら、いきなり邪険にするのも変だしな」 「すみません、ガウリイさん」 「お前を見てると、別の魔族を思い出すよ。ふざけた奴だったけど、結構楽しくつきあったもんだった」 「……ガウリイさん。ガウリイさんはリナお姉さまのことが好きなんですの？」 「ああ。当然、な。今のところ、俺の片想いだけど」 「お姉さまには他に好きな誰かが？」 「ああ……いる。俺はそいつが誰だか気づいてる。だけどリナは、俺が気づいてる、ということに気づいてない」 「辛くありませんの？」 「まあ、辛いっちゃ辛いが……今、あいつは俺を信頼してくれて、こうして二人旅を続けさせてくれる。俺は、それだけで充分だ。あいつの『保護者』として」 「ガウリイさん……リナお姉さまの好きな方のことを話す時にも、少しも負の感情を出さなかった。すごい、ことですわ」 「ああ、お前ら魔族は、人間の負の感情を喰らうんだったな。うん。確かに俺は、あいつが幸せならそれでいいんだ。もっとも、リナの相手のあいつ、そんなに信頼できる奴なのか、ちょっと心許ないんだがな」 「教えていただけませんか？その人のことを」 「それは、秘密だ」 「……」 「聞きたいなら、リナに直接聞け。俺から、ばらすわけにはいかない」 「ガウリイさん、リナお姉さまのことが本当に好きなんですね」 「ああ。大好きだ。さて、日も昇ってきたことだし、下に降りて飯にしよう。リナも起きる頃だ」 ゼリイの見た目のモデルは、「ガンダムＳＥＥＤ」のラクス・クライン嬢です。ああっ、ファンの方すみませんっ！性格は全然違いますから、どうかお許しを。夜明けの部屋でのガウリイとゼリイの会話シーンがお気に入りです。では、続きもよろしくお願いします！ ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。ガンダムSEEDは放映当時よく見てなくて、今になってレンタルで追いかけています。石田彰さんの声、かっこいいなあ。  |