目覚めよと呼ぶ声が聞こえ［２］



宿の夜。リナは、ガウリイにもゼリイにも気づかれないように、そっと宿を抜け出した。盗賊のアジトのあるという、街の裏山に向かう。アジトにつくと、二人のみすぼらしい格好をした盗賊が洞窟の入り口を見張っている。
「炎の矢（フレア・アロー）！！」
派手な音を立てて、見張りもろとも入り口が吹き飛ぶ。
「何だ、何の騒ぎだ！」
十数名の盗賊が、入り口から飛び出してくる。
「火炎球（ファイアー・ボール）！」
盗賊たちは、皆やけどを負って、倒れ伏す。比較的軽症らしい盗賊の襟を掴み上げ、リナは詰問する。
「お宝の部屋はどこ？」
「お……お前は、盗賊殺し（ロバーズ・キラー）の……リナ」
「そうよ。地獄に今すぐ落として欲しくなければ、宝の在処を言いなさい」
「アジトの左奥の……突き当たりだ。そこに隠し扉がある」
「開け方は！」
「右の壁の色の違う煉瓦を押す。さあ、ここまで話したんだ。命は助けてくれ」
「あんたが盗賊稼業から足を洗うならね」
男は、ふらふらと逃げていった。
「左奥の突き当たり……ここか」
リナは、右手の壁を調べる。他の煉瓦より僅かに色の薄い、なめらかな煉瓦がある。ぐっと両手で押し込むと、突き当たりの石壁にくぐれるくらいの穴が開いた。中は暗い。
「明かり（ライティング）！」
青白い光で照らし出された、宝石や金塊の山。
「ふうん、こんな田舎町の盗賊だから期待してなかったけど、なかなか……」
リナは、袋を取り出すと、めぼしい財宝をその中に入れていった。
「そうそう、ゼリイのロケットのことがあったわね。どこにあるやら」
部屋を見回すと、銀の女神像の手から、可愛らしいプラチナのペンダントが下がっていた。
「こりゃまた分っかりやすいところに……」
ゼリイの言っていたとおり、それはロケットタイプのペンダントだった。
「誰の写真が入ってるんだろう」
開けてみようとして、手を止める。
「きっと、あの子にとって大事な人ね。さて、用事も済んだし引き上げますか」
リナは、アジトの外に出た。月明かりの下、ピンクの髪の少女が、リナを待っていた。
「ゼリイ……！こんなところにいたら危険じゃない。あたしの後を、ついてきたの？」
「ええ、リナお姉さま」
「あんた、変わった子ね……まあ、あたしの女友達は、みんな変わった娘ばっかりだったけど。あ、ロケット、返すわよ」
月の光に、プラチナがきらめく。ロケットは、ゼリイの掌の上に落ちた。
「誰の写真を入れてるんだ？」
「ひょええっ！？」
ゼリイが珍妙な叫びを上げる。いつの間にか、腰に剣を下げたガウリイが二人を見下ろしていた。
「ガウリイ。あんたまでついてきてたの」
「ああ。ゼリイが出ていくのに気づいてな。お前さんはいなかったし、こりゃ、盗賊のところへ行ったんだな、と思って」
ゼリイは、月明かりのもと、無邪気な笑顔を見せた。
「リナお姉さま、これを取り返してくれてありがとうございました。ガウリイさん、中、見たいですか？」
「あ、いや、お前さんが嫌なら見せなくてもいい。ちょっと気になっただけだから」
「いいですわよ。リナお姉さまもこちらに」
思わずリナも、ゼリイの手元をのぞき込む。ぱちんと音を立てて、ロケットが開いた。そこにあったのは……魔法歌「乙女の祈り」を歌ったときの衣装に身を包んだリナだった。
「なっ……ななな、な」
「素敵でしょう？私、これを肌身離さず身につけているんです」
「す……捨てなさい、そんな写真！第一、どこでこんなもの手に入れたの！」
「それは、秘密ですわ」
「なっつかしいなあ、この衣装」
ガウリイは呑気に写真を見ている。
「お姉さま……捨てなきゃ、ダメですか？」
「あったりまえでしょ！あの事実でさえ記憶から消したいのに、写真にして後生大事に持ち歩かれてたまるかっての！……この写真、あんたが撮ったの？」
「それは、秘密ですわ」
「あんたのそのセリフ……誰かを思い出させるわね。偶然かしら」
「偶然ですわ、きっと。それより、お・ね・え・さ・ま」
ゼリイはリナより高い身長から、リナの紅い瞳をのぞき込む。
「どーしても、ですか？ぜったい、絶対に捨てなきゃダメですか？」
ピンクの瞳が潤む。
「あー、もお。つけてていいから。その代わり、それ、あたしたち以外の人に見せたらダメだからね」
「はいっ！」
さっき泣いたカラスがもう、と言う感じで、満面の笑みを浮かべるゼリイ。
「じゃ、帰るわよ。ここは冷えるわ」
「そうですね、帰って温かいお布団に入りましょう」
「ふあーあ、眠い」
三人は山道を降りていった。


ゼロスは、何とか文書を清書するスペースを確保して、作業に当たっていた。汚い字で書かれた、でたらめな書類を整理し、机の角に積み上げる。
（丸一日働きづめで、やっと５０枚ですか……）
精神的な疲れは、魔族に何より堪える。
（そうだ、あれを見て、心を癒しましょう）
部屋の隅に置かれた自分の肩掛けカバンから、一冊のアルバムを取り出す。表紙には、「リナ＝インバース秘密写真集」の文字。
（僕の宝物。さて、やっぱり一番可愛いのは、この寝顔でしょうか……それと、あれ。「乙女の祈り」……）
ページを繰る。そして、ゼロスは愕然とした。「乙女の祈り」の衣装を着たリナとアメリアの写真。そのリナ側だけが、すっぱりと切り取られている。
（だ、誰が一体。許せません、僕の大事なコレクションを！！）
ゼロスは、切り口に指を触れて、犯人の残していった気配を感じ取ろうとした。そして戸惑う。
（この気配は、僕自身？いえ、獣王様？それにしては、小さな魔力ですし……）
「あら、サボり中？」
アルバムから目を上げると、ダルフィンがのぞき込んでいた。
「海王様……いえ、単なる息抜きです。仕事の方は、もう５０枚……」
「早すぎるわ」
「は？」
「もっと一枚一枚に時間をかけなさい。今までの書類も、全部やり直し」
「そんな……」
「口答えすると、痛い目に遭うわよ。私の力はゼラスと同等。私のおしおきとゼラスのおしおき、どっちがきついかしら？」
「分かりました、やり直します」
「んー、部下は素直が一番ね」
そして、ダルフィンはゼロスの手の中から、革張りのアルバムを取り上げる。
「あっ……」
「ふふん。『リナ＝インバース秘密写真集』。これを、彼女本人に見せたら、どんな反応をするかしら？」
ゼロスは顔色を変える。
「これは、私が預かっておくわ。あなたが何か失敗でもやらかしたら、これをリナ＝インバースに見せることにするわね」
ダルフィンは、軽い足取りで去っていった。
「僕の……僕の、一枚ずつ、魔法フィルムで撮った芸術的リナさんの写真が……」
ゼロスはしばらくがっくりと肩を落としていたが、ずるずると椅子に座り込み、一枚目の書類から書き直しを始めた。


「あんたら、よそ者だね」
「ええ。旅の者です」
老婆は、眉をひそめた。
「悪いことはいわない。この町からは早々に出てお行き。あんたと、」
老婆はリナからゼリイに目を移す。
「あんたみたいな、可愛らしいお嬢さんは、ここの悪党連中の格好の獲物になっちまいそうだからね」
「悪党……連中？」
「ああ。町の中のめぼしい若い娘、そしてあんたらのような旅の娘、教会の修道女までが餌食になった」
「それは、つまり……」
「乱暴されたって事だ」
「まあひどい！女の子に、寄ってたかって殴る蹴るをするんですの？信じられない！」
「あ、あのね、ゼリイ」
リナはゼリイの腕を引く。
「乱暴って言うのは、この場合ちょっと違う意味なのよ。子供のあんたには分からないみたいだけど……」
「じゃ、どういう意味ですの」
「それはちょっとここでは……」
「何だ、暴漢ぐらい。俺がこの剣で叩き斬ってやるよ」
老婆は目を上げる。
「お兄さん、腕に自信がおありのようだが……相手は多勢だ。このお嬢さんたちが大事なら、やつらに目をつけられんうちによそへ行きなされ」
老婆は、杖をついてゆっくり去っていった。
「ねえねえ、お姉さま。乱暴って、殴られたりするんじゃなければ、どんなことを？」
旅装束に身を包んだゼリイは、リナの瞳をまっすぐにのぞき込む。
「うーん……女としての尊厳を傷つけられる。そういうことよ」
「よくわかりませんわ」
「あんたも、大人になれば分かるわ。ただ、覚えておきなさい。それは、決して許されないことなのよ。……ガウリイ、今日、この町に泊まるわよ」
「おう、久しぶりに正義の味方だな」
「……？お姉さま、ガウリイさんと何かなさるの？」
「そのゴロツキどもをやっつけるのよ」
「何のためにですの？」
「まあ、そーゆー連中を退治すれば、少しは報奨金くらい出るだろうし……それに、そいつらのしてる事って、人間として、許されないことだから」
「ふうん……もし、リナお姉さまが『乱暴』されたら、傷つきます？」
「もちろんよ。傷つくし、汚されたと思うし、相手を憎むでしょう」
「リナお姉さまが、憎む……」
リナは、風になびく髪を指で梳いた。
「さ、宿に行きましょ。今夜の計画を練らなきゃ」
ゼリイは指を頬に当てて、考え込んだ。
（リナ＝インバースの憎しみ。これは……）

宿の一階のテーブル。真ん中に置かれたこの町の地図を、リナとガウリイがのぞき込む。
「悪党どものアジトはここか。一気になぐり込んで、俺は剣でその辺の奴らを片づける。その間に呪文を詠唱して、リナが建物ごと吹っ飛ばしてくれ」
「任せて。……あれ、ゼリイは？」
「なんかヤボ用があるって言って、行っちまったぞ」
「ちゃんと止めなさいよね、このクラゲー！！こんな危険な町にあの子一人で出ていったら、『襲って下さい』って言ってるようなもんじゃない！」
「……リナ」
「何よ、ガウリイ。まじめな顔して」
「たぶん、だけど、ゼリイは一人でも大丈夫だと、俺は思う」
「まだ１５の、細っこい女の子じゃない。……ま、胸はあたしよりあるけど。魔法だって、使えるかどうか分からないし、剣は持ってないし……」
「でも、大丈夫だと思う。俺のカンだが」


「こんにちは、『悪党』の皆様」
アジトのドアを開けて、にこやかに入ってきたピンクの髪の美少女を見て、ゴロツキたちは少しうろたえた。リーダー格が口を開く。
「なんだ、お前は。俺たちに、やられてえのか」
少女は微笑むだけで答えない。
「こりゃ、可愛いな。俺のお手つきに……」
　　　　　　　　　　　　　　　つかみかかってきた男は、少女の掌から湧き出た黒い炎で、一瞬のうちに焼き尽くされた。
「な……っ！」
男たちは顔色を失う。
「お願いがあって来ましたの」
少女は微笑みを崩さない。
「ある女性を、『乱暴』してほしいんです」
「恨み、か？まあ、どうやらお前さんに逆らうとひどい目にあう、と言うことはよく分かった。俺たちは、誰を襲えばいいんだ？」
「賢い方たちで助かりますわ。襲って欲しい人は……」
ペンダントを外し、蓋を開く。
「この女性（ひと）です」
「おや、お嬢ちゃんも可愛いが、この女もなかなか……」
リーダー格の男が、写真を見て目を見開く。
「こいつあ……リナ＝インバースじゃねえのか」
「あら、ご存じでしたの」
「あっちこっちの町で、手配の似顔絵が張られたこともあったからな。こいつをどうにかしろってんなら、話はお断りだ。こっちが全滅させられかねん」
ゼリイは、妖しく微笑んだ。
「じゃあ、今、ここで全滅したいんですの？」
「う……」
「あなたたちに選択の余地などあるものですか。……でも、安心して下さってよろしいわ。リナ＝インバースには、魔法を使えなくなる呪いをかけますから。彼女は剣も使えますが、数多くの男に対しては、通用しないでしょう」
「それだけの力を持ちながら……リナ＝インバースに恨みがあるなら、あんたなら直接手を下せるだろう。なんで俺たちみたいなゴロツキに、こんな事を頼むんだ」
「あなたたちは知らなくていいことですわ」
ゼリイは、出口のノブに手をかけ、振り返った。
「今夜、彼女は一人でここに来ます。精一杯彼女を『汚して』、『女としての尊厳を奪って』あげてくださいね」

「さーってっと！悪党退治の前に、まずは腹ごしらえだな。おーい、Ｂセット４人前！」
「あたしはっと……リブロースのステーキ５人前！ゼリイ、あんたも早く頼みなさい」
「あ……っと、そうですわね。何が、美味しいかしら……」
「ここは子羊が美味しいそうよ」
「じゃあ、それを。一人前」
「あんたは、大食いってわけじゃないのね」
「ええ。本当なら食べる必要……じゃなかった、必要最低限の……えーっと」
「へい、お待たせ！」
ガウリイの注文がテーブルの上に並べられた。続いてリナの皿。ガウリイとリナは、ナイフとフォークで激しく相手を牽制しながら食事を始めた。ゼリイは、そんな彼らをしばらく唖然と見守っていたが、ふと、小さなバッグから香水瓶のようなものを取り出す。ガウリイのセットメニューに付いてきた肉のスープに、ポタリと滴をたらす。
（ブルーリーの果汁を精製したもの……これで、今夜はリナお姉さまにはついて行けませんわ）
ガウリイは、あらかた料理を食べ尽くすと、残ったスープをぐっと飲み干した。
「ふう、満腹……だ……」
ガウリイの瞼が降りる。
「ガウリイ？ちょっと、どうしたの？」
ガウリイはそのまま汚れたテーブルに突っ伏した。
「誰かに眠り（スリーピング）でもかけられた？」
「さあ、それらしい人はいませんわ。それに、ガウリイさんをここで眠らせて、何の得がありますの？」
「起きなさい、ガウリイ！人迷惑もいいところだわ」
ガウリイは目覚めない。あきらめ顔のリナはガウリイを背中から抱きかかえた。
「ゼリイ！足の方持って。いったん外に出るわよ」
「どうなさるんですか？」
「今晩こいつが取った部屋まで、浮遊（レビテーション）で持ち上げるわ。まったく。料理に間違ってブルーリーの実でも入ってたのかしら」
「まさか。疲れてらしたんでしょう」
ガウリイの部屋の窓から入り、二人はガウリイの重たい身体をベッドに横たえた。
「この様子じゃ、悪党退治は明日になりそうですわね」
「今日行くわよ」
「だって、ガウリイさんが……」
「あたし一人で充分。ゼリイも、しっかり戸締まりして、じっとしとくのよ」
ゼリイのピンクの瞳がきらめいた。
「あの……お姉さま。暴漢をやっつけに行く前に、私の部屋へいらして」
「……構わないけど」
二人は、ゼリイの部屋に入った。
「その椅子に腰掛けて下さい」
「ええ」
リナは粗末な木の椅子に座る。その時、椅子のまわりに黒いチョークで引かれた線が、薄く光った。ゼリイは一瞬笑みを浮かべ、そして表情を暗くする。
「お姉さま、私怖いんですの」
「無理もないわ。でも大丈夫。悪党の卑劣なお楽しみも今日までよ。もっとも……あたしがその連中をやっつけたって、今までそいつらに傷つけられた女の人たちの心は元には返らないんだけど……」
「お姉さまならきっと大丈夫。それじゃ、私はガウリイさんと一緒に留守番してますわ」
「行って来るわね」
リナはドアを開けて出ていった。ゼリイはリナの気配が消えるのを確認して、夕方に訪ねた悪党連中のアジトへ向かった。




ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。『目覚めよと呼ぶ声が聞こえ』は、『目覚めよと呼ぶ声あり』とか色んなバージョンの邦題があります。


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