目覚めよと呼ぶ声が聞こえ…［１］



「もっと早く気づくべきだったのかもしれんな」
「そうね」
「赤の竜神の騎士（スィーフィード・ナイト）を姉に持つ血筋。常軌を逸した魔力。そして、あの深紅の瞳……」
「あなたの唯一の部下も、今回は役にたたなそうね」
「ああ。私は、将軍（ジェネラル）を創る」
「力は神官（プリースト）と二分されるわ。大丈夫なの？」
「何も彼女を倒す必要はないのだからな。それで充分だろう」
「ゼラス……何か、辛そうにみえるわ」
「気にするな、ダルフィン。今度こそ……魔族による、世界の滅びのきっかけを、目覚めさせることができるだろう」


満月の夜。町はずれの草原。柔らかな草のベッドで、リナとゼロスは抱き合っていた。リナの果実のような唇から漏れる、甘い吐息。上気した頬。白い月光の下、僅かに潤んだ深紅の瞳。ゼロスは、リナを抱きながらそれらを見た。
（こんな美しい人が僕のものだなんて……）
契りは、終わった。リナは、白い肌を、夜風に晒していた。ふと、目を見開く。
「ゼロス」
「何ですか？リナさん」
「月が見てる……」
「じゃあ、隠さないといけませんね」
ゼロスは、自分のマントをリナの素肌の上に掛けた。
「月にまで、妬くの？ ゼロス」
「リナさんは、頭の天辺から爪先まで、その綺麗な髪の一本一本までが僕のものですから」
「ふふ……独占欲、強いのね。魔族だから？それとも、あんたの性格？」
「リナさんだからですよ」
ゼロスは、リナに覆い被さってキスをする。
「月の神は女神だと聞きましたが……女神でさえも、リナさんの美しさに惹かれて、僕からリナさんを取り上げてしまうかもしれない。僕は、できるだけリナさんと共にいたいんです。それを邪魔するものは、神であれ許しません」
「ゼロスは？ゼロスはあたしのもの？」
「もちろんですよ。この髪の一本一本まで……貴女一人のものです」
二人は、しばらく情事の余韻に浸っていた。そしてゼロスが身体を起こす。
「秋ですからね……冷えるでしょう。服を着て下さい。僕が、宿屋の貴女のベッドまで送ります」
「ガウリイに気づかれなかったかな」
「ちょっと様子を見たときには、ぐっすり眠っているようでした。さあ、行きましょう」
二人は空間を超え、宿の部屋に戻った。
「次は、いつ会えるの」
「すみません、分かりません」
「そうよね。変なこと聞いちゃった」
その寂しげな瞳に、ゼロスは思わずリナを抱きしめた。
「また、会いに来ます。僕を待っていて下さい」
「ええ。待つわ。大好きよ、ゼロス」
「僕も……リナさんを愛しています」
魔族は闇に消えた。リナは、その夜の恋人を想って、切ない気持ちのままで眠りについた。

隣の部屋では、ガウリイが目を覚ましていた。
（久しぶりに来たな、あいつ）
寝乱れた金髪をかき上げる。
（リナは、あいつに惚れてる。でも、あいつは本気でリナを愛しているのか？）
「リナがいいって言うんだから、しょーがねえよなあ」
小さく声に出す。そして、ベッドに潜り込み、寝息を立て始めた。

ゼロスは、先ほどまでリナと想いを交わしていた草原の上空に出た。
（気のせいですかね……）
ゼロスの掌の中に、黒い円錐が生まれる。
「はああっ！」
ゼロスは、それを地面に叩きつけた。大きなクレーターが出来る。その大きさは、彼が予想していたものの、ちょうど半分の大きさだった。ゼロスは、あわてて空間を渡った。
「獣王様！僕の力が……」
「ちょうどいいところに来たな、ゼロスよ」
長い金髪のゼロスの主──ゼラス＝メタリオムが玉座に腰掛けている。その前に、人間でいうなら１４、５歳の綺麗な少女が立っていた。長い、ウェーブのかかった、ピンクの髪。
「初めまして、ゼロスお兄さま」
少女らしい、甘い、可愛らしい声。
「お兄さま？」
眉をひそめて戸惑うゼロスに、獣王は説明した。
「この娘は獣将軍（ジェネラル）ゼリス。お前と同等の力を持っている」
「……つまり、僕の力を半分になさったわけですね？」
「そうだ。これから、ゼリスには彼女自身の特別任務にあたってもらう。それと、ゼロス。お前は、しばらくダルフィンに貸し出すことになった。そちらで、言われたとおりにしてくれ」
「ええっ、また僕の『貸し出し』ですか？」
「文句があるなら聞くが？」
「いえ……僕は海王（ディープ・シー）──ダルフィン様の元におもむけばいいのですね？」
「そうだ。ダルフィンの役に立つようにしっかりと仕事をしてこい」
「仕事の内容は？」
「それはダルフィン自身から聞け」
「はっ」
ゼロスは、空間に消えた。
「では、私も行きますわ、彼女の元へ」
ゼリスはゼラスの金色の瞳を見つめた。
「絶対に、お役に立って見せます」
「ああ。お前の仕事は実に大きく、重いものだ。覚悟して行け」


海王宮で、ゼロスはダルフィンの前にひざまずいた。
「僕にどのような仕事をさせようとなさっておられるのですか？海王（ディープ・シー）様」
長い黒髪の美女は、蒼いドレスの裾をひらめかせ、脚を組み直す。
「そうねえ……仕事、仕事。何をさせようかしら？」
「は？」
ゼロスは、思わず顔を上げる。
「僕にさせたい仕事があるから、お呼びになったのではないのですか？」
「あっ……うん、そうよ。仕事はあるわ。そうねえ……いらっしゃい」
ダルフィンは玉座から立ち上がって歩き出す。その後ろをゼロスはついていった。
「ここよ。この部屋」
ドアを開くと、ほこりとカビの匂いが立ちこめる。書物庫らしい。おざなりな造りの机と椅子。積み上げられた書類。
「ここの、整理をしてもらおうかしら」
「僕一人で、ですか？」
「ええ、そうよ。私の神官（プリースト）も将軍（ジェネラル）も忙しいし……それ以下の部下は、ちょっと心許ないしね」
「時間がかかりますよ」
「ええ。ゆっっくり、たっっぷり、時間をかけてやってちょうだい。丁寧にね」
「あの……ぶっ通しでやるわけにも行かないので、それなりに休みをいただきたいのですが」
「ああ、休みね。こっち」
隣のドアを開ける。狭い窓の、湿った部屋に、これまたおざなりなベッドが置かれている。
「ここで、休憩してちょうだい」
「はあ。その、外の世界に出ても構いませんか？」
「ダメ」
きっぱりと言い切られて、ゼロスは唖然とする。
「言うまでもないことですが、僕は空間を渡れますから、どこへ行くのも一瞬ですよ？仕事をさぼったりはしません。ただ、少しは外の空気にもあたりたく……」
「ふむ」
ダルフィンは、華奢な指を伸ばして、ゼロスの額に触れた。
「な……何ですか」
「あなたの空間を渡る能力、奪わせてもらったわ。あなたはおとなしく、この宮殿で書類を整理していればいいのよ」
「……いつまで」
「さあね」
ダルフィンは、黒目がちな瞳をゼロスに向けた。
「作業を始めなさい。くれぐれも、丁寧にね」
ダルフィンが去ってしまうと、ゼロスは空間を渡ることを試みた。しかし、ダルフィンの言ったとおり、その能力は失われてしまっていた。
（当分……リナさんには会えなさそうですね）
ゼロスは、椅子に腰掛け、一枚目の書類を取った。知的レベルに問題のある魔族が書いたものらしい、下手な文字の羅列。
（数百枚……いや、千枚を越えているかも。僕一人で終わらせられるでしょうか？）


リナとガウリイは、昼下がりの街並みをぶらぶらと歩いていた。その時、一人の、長い、ゆるやかなウェーブのかかったピンクの髪の女の子が、二人に……正確に言うと、リナに向かって、猛然とダッシュしてきた。リナの胸に飛び込み、背中に手を回して抱きつく。
「リナお姉さまー！！」
甘ったるい、可愛らしい声。
「な、なに、なに、なんなの！あんたは！」
リナは頬を真っ赤に染めて叫ぶ。
「リナ、知り合いか？」
ガウリイは風になびくピンクの髪を珍しそうに見ている。
「知らないわよ、こんな子。ちょっと、あんた！恥ずかしいでしょ、放しなさい！」
「放しませんわ、リナお姉さま。やっと、やっと見つけた！んー……」
少女はリナの胸に顔をすりつける。
「いい匂い！小さな、可憐な胸！柔らかな長い髪！そして、掛け値なしの美少女。出逢えて良かった。私、もう絶対にリナお姉さまを放しませんから」
「ちょっと待って。落ちついてよ。あたしはあんたなんか知らな……」
「リナお姉さま、私を見捨てるの？」
「見捨てるも何も、会ったばっかりでしょ、あたしたちは」
「お姉さま、お願い、捨てないで」
ガウリイが呑気に言う。
「リナ、いろんな奴に気に入られるな。お前と旅してると退屈しないぜ」
「あ、ガウリイ」
ピンクの髪の少女は、そう呼び捨てにした。
「ガウリイ＝ガブリエフ。あなた、いらないから。今日からは、私がリナお姉さまと旅をいたしますわ」
「はあ？」
「何よ、ガウリイ。大の男が、一人旅もできませんの？リナお姉さまは私がちゃんと守るから、あなたはとっととどこか行ってくださいな」
リナは、身体に抱きついた少女を、無理矢理引きはがした。
「あのねえ、あたしはガウリイと旅してるの。勝手に『こんどから私と二人旅しろ』なんていわれて、はいそうですか、と言えると思う？」
「リナお姉さま……この、のーみそ増えるワカメの男が好きなんですか？あたしと二人じゃお嫌ですか？」
リナはくしゃくしゃと前髪をかき混ぜた。
「あのね、あんた。ガウリイは、好きとか、そう言うことはこの際置いておくとして……大事な、旅のパートナーなのよ。あんたが何のためにあたしと旅をしたいのかしらないけど、ガウリイと離れさせられるのは嫌よ。第一、そんなあんたの寝言を聞いてやる義務も、こっちにはないはずだわ」
「はい……リナお姉さまがそうおっしゃるなら。ガウリイ、良かったですわね、リナお姉さまにかばってもらえて」
「あのなあ、お前、いくつだ」
「はっ？」
少女は、なぜかあわてたような表情を見せる。
「あの……その」
「何も難しいことを聞いたわけじゃないぜ。お前、いくつなんだ」
「えーっと……いくつぐらいに見えます？」
「そうだな。１５くらいか」
「じゃ、それでいいですわ。１５歳」
「なんだ、そりゃ」
ガウリイは呆れた顔をする。
「ま、とにかくお前さんは俺よりずっと年下なわけで、しかも初対面だ。呼び捨ては止めてくれないか」
「いままでリナお姉さまを独り占めしてきたくせに。呼び方なんて私の自由ですわ、ガウリイ」
リナは、少女の赤みがかったピンクの瞳を見つめる。
「せめて、『ガウリイさん』くらいにしてあげて」
「分かりましたわ。お姉さまがおっしゃるのなら。ガウリイさん、失礼いたしました」
「あ、いえ、どういたしまして……」
リナは少女の肩に手を置く。
「あたしたちと旅がしたいの？でも、結構ハードな旅になるわよ。あんたのその、ひらひらしたワンピースじゃ耐えられないでしょう。あんた、お金は持ってるの？」
「それはもう、お母さまからたくさん路銀は持たせていただきました」
そう言って、少女は、蒼い絹の袋を取り出し、リナに渡す。ずしりと重い。
「その中全部、金貨ですわ」
「……あんた、どっかのお嬢様？」
「それは、秘密ですわ」
「そうだ、まだあんたの名前を聞いていなかったわね。あんたはあたしたちの名前を知ってたみたいだけど」
「私の名前は……その……ゼ……えーっと」
「お前、歳も名前も覚えてないのかよ。俺のクラゲ頭といい勝負だな」
「違います！私の名前は……その、ゼリイ」
「ゼリー？ずいぶんと美味しそうな名前ね」
「ゼリーか。何か、腹が減ってくるな」
「ゼ・リ・『イ』！『イ』にもちゃんとアクセント置いてください！」
「はいはい、ゼリイ。からかって悪かったわ。ところで、あんたがあたしに近づくのはなぜ？何か、魔導士としてのあたしに頼みたいことがあるのよね？」
「はい、その通りですわ、リナお姉さま」
「その呼び方、止めてくれない？くすぐったいわ。『リナさん』くらいで充分よ」
「だって……お姉さま、私はすごくお姉さまに憧れて……お姉さまって、呼ばせて下さい」
砂糖菓子のような甘い声で、ゼリイは懇願する。
「わかったわかった。お姉さまでも姉くんでもアネちゃまでも姉貴でも、好きに呼びなさい」
「はいっ。で、お姉さまにお願いしたいことと言うのは……この町をよく荒らしに来る盗賊団……そいつらに、私の大事なプラチナのロケットが盗まれてしまったのです」
「ロケット？ロケットって何だ」
リナは呆れ顔でガウリイに説明する。
「ペンダントの飾りの中に、人の写真を入れておけるものよ。好きな人の写真を入れて、肌身離さず持っていれば、恋しくなったらすぐその人の顔が見られるし、お守りにもなるわ」
「写真って何だ」
「だー、このクラゲ！写真っていうのはね、カメラっていう機械を使って、光をフィルムっていう紙のようなものに写し取ったものよ。凄く精密な絵みたいなものね。でも、カメラもフィルムも貴重なもので高いの。だから、あたしは使えない魔法だけど、魔法フィルムに魔力で光を焼きつける、っていう写真もあるわね。もっとも、この魔法を使える人も限られてるから、べらぼうな料金取る人が多いわ」
「お前は、その魔法、覚える気はないのか」
「別に。精密な絵を作ったって面白くないし、誰かの頼みでちまちま写真作ってやるのも面倒くさいし。お金なら、盗賊を襲った方が何倍も……」
「そうです。リナお姉さま、盗賊から私のロケットを取り返して下さい！大事な写真が入ってるんです」
「大丈夫よ」
リナは、優しくゼリイに微笑みかけた。
「絶対、取り返して上げる」




このお話では、あまりリナちゃんとゼロスいちゃいちゃ出来ません。作者としては欲求不満です。オリジナルキャラクターのゼリス（ゼリイ）ちゃんは、いろいろと話をかき回す存在ですが、どうでしょう？オリキャラ嫌いな人はすみません。それでは、今後ともよろしくお願いします。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。ここまで話のメインにかかわるオリキャラを出すのは私にとっては珍しかったのですが、結構楽しんで書きました。


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