Love Destiny［１］

最初にお断りしておきますが、この小説にはゼロスは出てきません。ひたすらな「リナ→ゼロス」な話なので、こちらに置くことにしました。

アイタイ……のに
アエナイ……今夜は
窓を打つ雨より激しい嵐に揺れてる
アエナイ……から
もっと愛……つのるよ

燃え尽きてもいい　これが最後の真実


冥王フィブリゾを倒して三日――。
「で、今日はゼロスはどこにいったわけ？また雲隠れ？」
宿屋の朝食を五人前おかわりしながら、リナは言った。
「へ？誰だって？」
ガウリイが問い返す。
「ゼロスよゼロス。聞こえなかったの？」
「ぜろす…さん、ですか。リナさんのお知り合いですか？」
アメリアがおずおずという。
「知り合いも何も、いままでずっと一緒に旅してきたじゃない。アメリア、変よ。忘れちゃったの？それともとぼけてるの？」
「おい、リナ。俺にも分からんぞ。ゼロスってのはどこのどいつだ」
「やだ、ゼルまで。みんないっぺんに健忘症にでもかかったの？ゼロスはゼロスよ。おかっぱ頭で、いっつもニコニコ得体の知れない笑い顔で、黒いローブ着て、魔族で、獣神官」
「おい」
ゼルガディスがガウリイの服を軽く引っ張る。
「旦那が一番リナとのつきあいが長いだろう。そんな奴と一緒に旅をしたことあるのか？」
「いや、俺は記憶力には自信はないが、そんな奴、絶対に知らん。賭けてもいい」
「リナさん、私たち、ゼロス…さんって方のこと、知らないです。リナさんが一人旅をしていたときに会った方じゃないんですか？」
「何言ってんのよアメリア。ゼロスに初めてあったのは、あんた達と旅をしてる最中じゃないの。あ、さてはゼロス、あんた達の記憶を操作して、忘れさせちゃったのかな。それくらいのこと、やりかねない奴だし」
「リナ！」
ゼルガディスが声を荒げる。
「俺たちは記憶を操作されたなんてことはない。ゼロスとやらが本当にいたって証拠はあるのか？」
「あるわよ」
「じゃあ出してみろ！」
「そうつんけんしなくてもいいでしょ。これよ。このタリスマン」
リナは、自分の襟元の、魔血石のはまったタリスマンを外して、テーブルの上に置く。
「この魔力増幅のタリスマンを、あたしはあいつから買ったのよ。ほんとに皆覚えてないの？」
「あのなあ、リナ。それは、旅の途中に、古い神殿があって、そこのご本尊だったアイテムじゃないか。お前、ちょうど魔力を封じ込められてるときで、タダですごいタイムリーなものが手に入ったって喜んで……」
「そのかわり、あたしもゼロスにかなりの代金を支払ったけどね。なんたって５５０万だもの。あの時、ほとんどもってたアイテムを放出しちゃった。」
リナは、傍らにあった自分のアイテムを入れたバッグを覗き込む。
「あれ？あの時支払ったはずのアイテム、全部戻ってきてるなあ。ゼロスが返していったのかな？だとしたら太っ腹な奴」
「リナ、だから、それはお前、誰にも支払ってなんかいないんだよ」
「ガウリイ……」
リナはきょとんとした目をする。
「それじゃあ何？あのゼロスとの旅は全部あたしの夢か妄想だっていうの？おあいにくさま。あり得ないわ。だって、ゼロスは、あたしに約束したんだから」
「やくそく……？」
アメリアが聞き返す。
「今はあたし、１５でしょ。結婚できないじゃない。で、１６になったら、ゼロスはあたしに結婚を申し込むって、約束したのよ」
「その、ゼロスって奴は、魔族なんだろ。本当に結婚なんてするって言ったのか」
「あたしも初めは信じられなかったけど、あいつはまじめに言ってるみたいだった。だから、あいつを信じることにしたのよ」
「……」
今は、皆、黙ってリナのいうことを聞いているのが精一杯だった。リナは、幸せそうに微笑んでいた。それは、今までのどんな表情よりも、リナを美しく見せた。だが、それは不自然な美しさだった。
「リナ、顔色が悪いぞ。ちょっと部屋に帰って休んだ方が良くないか」
ゼルガディスが言う。
「へ？あたし、朝食セットもう一人前追加注文したかったんだけど。全然体調悪くなんか無いわよ？」
「いーえ、私もリナさんは顔色が悪いと思います。だいたい、朝から食べ過ぎなんですよ。胃に血が集まりすぎて、貧血を起こしてるんじゃないですか？休むべきです。それが正義です！」
ガウリイもぼそっと言う。
「お、俺もアメリアに賛成」
「わかったわよ。まったくもう、どっこも悪くなんか無いと思うんだけどなあ。休めばいいんでしょ、休めば」
リナは立ち上がり、階段のところで振り返る。
「あ、ゼロスが姿を見せたら教えてね。じゃあね」
とんとんと階段を踏む音が遠くなり、リナの気配が消えると、三人は一斉に顔をつきあわせた。
「旦那、よく思い出してくれよ。本当にゼロスとかいう奴と一緒に旅したことは無いんだな」
「ありえん。俺はリナがよく言うようにクラゲ頭でのーみそヨーグルトだが、それくらいのことは分かる。それに、リナの口からゼロスなんて言葉が出たのも今日が初めてだ」
「獣神官、って言ってましたよね。それって、ほんとならすごい高位魔族じゃないですか。そんな魔族が、いくら人間離れしてるリナさんにとはいえ、人間に結婚を申し込むなんてあり得るんでしょうか？」
「そもそも、俺達には情報が少なすぎる。獣神官ってのは本当にいるのか？」
ゼルガディスが根本的な問いを投げかけ、残る二人ははっとする。
「そうだな、なんとなく、今まで、ゼロスって奴は本当にいるもんだって思ってたけど……」
「でも、獣神官が本当にいるかどうかなんて、どうやって確かめればいいんでしょう？」
三人はしばし黙り込む。
「それにしてもリナだ。俺達が会ったこともない奴と旅をしたと言って、あまつさえ結婚の約束をしたとまで言っている。これは……やばいんじゃないのか」
「そうですね、普通じゃないです。ゼロスという魔族がいるにしろいないにしろ、今朝突然あんなことを言い出すなんて、正気とは思えません。」
そして、アメリアは自分の口に手を当てて繰り返す。
「正気とは……思えません……まさか」
「あり得るかもしれんぞ」
ゼルガディスは冷たく言う。
「リナがフィブリゾを倒した時、尋常じゃないほどの魔力を使ったのは確かだ。そのことが、リナの精神に影響を及ぼしたとしても、不思議じゃない、と俺は思う」
「それはつまり、リナが妄想にとりつかれてるってことか？」
ガウリイの問いに、ゼルガディスは苦々しく返す。
「その可能性は高いと思う」
「じゃ、これから、どうすればいいんだ？」
「ガウリイの旦那はリナの故郷の姉さんに会って、獣神官というのが本当にいるのかどうか、聞いてきてくれ。俺達の知ってるなかじゃ、その人が一番魔族に詳しそうだからな。俺とアメリアはリナをセイルーンに連れていく。アメリア、セイルーンくらいの国なら、心を診る医者もいるだろう？」
「ええ、腕のいい人に心当たりあります」
「じゃ、早速、出発しよう。アメリア、リナを起こしてきてくれ」
アメリアは宿屋のリナの部屋をノックした。
「開いてるわよ」
アメリアが部屋にはいると、リナはベッドの上に腰掛けて、窓の方を見ていた。
「リナさん、寝てなきゃ駄目じゃないですか」
「だって、こうしていると、すぐにでも窓の外にゼロスが現れそうで……。あいつ、いっつも思いがけないときにひょい、と現れるのよね」
「そうなんですか」
アメリアは、迷う。リナの話を、そのまま聞いていていいのだろうか？それとも、ゼロスなんていない、と否定するべきなのだろうか？
「とりあえず、リナさん、出発です。セイルーンに行きましょう」
「え、あたし、セイルーンなんて行く予定無いけど」
「リナさん、フィブリゾを滅ぼしたじゃないですか。ささやかだけど、お礼がしたいんです。美味しい食べ物とか、いっぱい用意させます」
「ま、そういうことなら行ってもいいかな。特にこれから目的地があるわけじゃなかったし」
アメリアは、思い切って聞いてみる。
「『ゼロス』さんは、ちゃんとリナさんの居場所が分かるでしょうか？」
「なあに今更いってんのよ」
リナはくすくす笑う。
「この、魔血石のタリスマンを身につけている限り、あいつはこの波動を追って、ついてこられるはずよ。大丈夫。前にもあいつが説明しなかったっけ？」
「あ、そうでしたね、忘れてました」
「もう、ほんとに、しっかりしてよね。ゼルも、ガウリイも、ちょっとおかしいわ、今朝は」
リナは鏡に向かって、髪を梳きはじめた。アメリアは、鏡の中の幸せそうな彼女を見る。その紅い瞳は、何か遠いものを見つめていた。


セイルーンについて、一週間が過ぎた。アメリアは、約束通り、リナに朝昼晩と豪華な食事を出し続けた。リナは、豪快な食いっぷりでそれに応えた。そういうところは、以前と変わりない。アメリアとゼルガディスは、何か食べているときのリナを見ると、安心できた。
「それにしても、ガウリイはどこ行ってんのよ。こんなご馳走食べられないなんてかわいそう。ゼロスは魔族だから食べ物に興味は無いだろうけど」
「ガウリイさんは、ちょっと、故郷の方で用があるみたいでした。『ゼロス』さんは、どうなんでしょうね。ちょっとくらい、私たちの前に顔を見せてくれてもいいでしょうにね」
アメリアは、『ゼロス』に関しては、リナの調子に合わせるようにしていた。ただし、あくまでも儀礼的に。深いところまで踏み込まないように。王宮内に設えられたリナの部屋では、リナはいつも窓から外を見ていた。その瞳は、見えないものを見ようとするかのように彷徨っていた。
それから三日後、ガウリイが着いた。アメリアとゼルガディスはリナに気付かれないように、こっそりと城の裏で頭を突き合わせた。
「リナの姉さんには会えたか？」
「もちろんだ」
「で、何といってた？その、獣神官のことについては」
「うーん、詳しいことは忘れてしまったが……」
ゼルガディスとアメリアはずっこける。
「旦那！何のためにあんたをゼフィーリアへ行かせたと思ってるんだ」
「いや、確かに、リナの姉さんは言ってた。獣王ゼラス＝メタリオムに部下はいないはずだって」
「やはりそうか」
「『ゼロス』さんっていうのは、リナさんが作り出した幻なんですね……」
「おい、それじゃ、リナって」
「とりあえず、医者に診せよう。話はそれからだ」

「は？医者？何であたしがお医者なんかに行かなきゃいけないのよ。ここのご馳走のおかげで、健康そのものよ」
「あの、サービスなんです。健康診断。どこか悪かったら、後になって困るじゃないですか。セイルーンは、医学も進んでるんですよ。とくに、リナさんはこれからお嫁さんになるんだから、健康は重大な問題ですよ」
アメリアがそう言うと、リナは素直に従った。その素直さは、アメリアをちくちくと傷つけた。
（『ゼロス』さんのことになると、すっごく素直になるんですね……）
アメリアはそんな言葉を飲み込んで、リナを病院へ導いていった。
病院では、一応服を脱ぎ、聴診器を当てられ、指でとんとんと打診され、注射器で採血された。そして、最後にリナを診たのが、セイルーンでも評判の高い精神科医だった。
「なんでも、もうすぐ結婚するそうだね」
「ええ。あたし、すごく幸せです」
「彼は、いい人かね」
「人っていうか、魔族なんですけど、とても優しいです。あたしの我が儘も何でも聞いてくれます」
「どこで出会ったんだい？」
「旅の途中に、不意に現れて、一緒についてきたんです。初めての出会いは平凡だったけど、会う度に過去の誰よりも惹かれてく。こんな気持ちのわけは、うまく言えないけど、まあ、『運命の恋』と人は呼ぶんでしょうね」
リナは幸せそうにくすくす笑う。
「これまでに、何もないところから声が聞こえてきたことはないかね？君に何か命令するような……」
「へ？いや、全然ありませんけど」
「君の周りの人が、君の悪口をいっているように感じたことは？」
「悪口……そりゃ、盗賊キラー、どらまた、とか言われたことはありますけど、周りの奴らは別に……」
ふむふむ、とうなずきながら、精神科医はカルテに短い言葉を書き込む。
「じゃあ、君はもう行ってくれて結構だ。保護者の人から話を聞きたい。呼んでくれないかね？」
「保護者……自称保護者、ならついてきてますけど」
「その人で結構だ。お願いするよ」
「はあ……」
リナは釈然としないまま、診察室を出た。
「ガウリイ、先生が呼んでる」
「そうか。じゃ、ちょっと行って来るよ。ゼル、アメリア、リナのことよろしくな」
「まかせて下さい！」
アメリアの元気のいい声に送られて、ガウリイが診察室に入っていった。
「今のは、いったい何科の診察だったわけ？」
「それは……うーん、私にも分かりません！でも、セイルーンの医学は世界一ですから、きっと何か意味があるんでしょう！」
アメリアは背筋に冷や汗を流しながら答えた。
やがて、ガウリイが現れ、四人は昼食を取るために街へ出た。

その夜。食事中。
「リナ、お前、入院することが決まったぞ」
ガウリイが切り出した。

「はあ？何であたしが入院なんかしなくちゃなんないの？まさか、今回の検査でどこか悪いところが見つかったの？」
「そ、そうなんだ」
「どこよ」
「そ、それは」
ガウリイが詰まる。ゼルガディスとアメリアは慌てる。
「心臓が……」
「肝臓が……」
「膵臓が……」
三人同時に口に出す。リナはぽかんとして三人を見ている。ガウリイが、苦しくもまとめる。
「そう、心臓と肝臓と、膵臓に、異常が見つかったんだ。それで、とりあえず安静にして、薬を飲む必要があるんだ。だから、入院だ」
「心臓と肝臓と膵臓って……本気なの？あたし、自覚症状、全然無かったわよ」
「だからこそ、今回検査を受けてみて良かったじゃないか。じっくり入院して、しっかり治すんだぞ。この食事がすんだら、お前を病院に連れていく約束になっている。病院ではおとなしく先生の指示に従うんだぞ。暴れたりしたら駄目だからな」
「ふうん…どれくらい入院しなきゃいけないの？」
「そこまでは聞いてない」
「三ヶ月後までには退院していたいなあ」
リナは夢見る瞳で言った。
「だって、そのころ、あたしは１６になるんだから」

病院へは、三人もついていった。リナの入院する部屋は、頑丈な鉄格子の扉の奥にあった。リナは不安そうに鉄格子を見た。部屋は綺麗で、洗面所もバスルームもついていた。ただ、窓は分厚いガラスの嵌殺しで、ドアは外から鍵がかかるようになっていた。
「わー、リナさん、いいお部屋じゃないですか」
アメリアが、明るい声を出す。
「ほんと、いつも泊まってる宿屋に比べたら、こりゃ大都会のホテル並だな」
ガウリイもつとめて明るく振る舞った。
リナは、洗面所で、病院指定のパジャマに着替えた。看護婦が、脱いだ服を持っていこうとすると、リナは呼び止めた。
「待って」
そして、四つの魔血石のタリスマンを取り出した。
「これだけは、手元に置かせて」
タリスマンを大事そうに枕元に置く。
「じゃ、俺達はこれで。リナ、ちゃんと薬飲めよ」
「はいはい。お見舞いには来てくれるよね」
「毎日だって来るさ」
「何か持ってきて欲しいものはあるか」
「ゼル、優しいのね。えーと、退屈だからなにか本。それと、食べ物は絶対持ってきて」
「果物とかでいいか？」
「うん。待ってる」
リナの病室は閉められた。ドアには鍵がかけられた。三人が鉄格子をくぐると、鉄格子のドアにも鍵はかけられた。
「厳重だな」
「まあ、病気が病気だからな」
「リナさんは病気なんかじゃありません」
ふと見ると、アメリアはぽろぽろ涙を流していた。
「魔力の使いすぎで、ちょっと疲れてるだけなんです。すぐ、私たちの知ってる、リナさんに戻ってくれます。……すぐ……絶対……」
ゼルガディスは軽くアメリアを抱き寄せた。



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次は、「リナちゃん入院編」です。いろいろとリナちゃんには過酷な目にあってもらいますが、御気分を害される方がいたらすみません。それから、タイトルの「Love Destiny」は、堀江由衣さんの「シスタープリンセス」の主題歌だった歌です。検索してみると、浜崎あゆみさんにも似たタイトルの曲があるのですが。それと、ゼロスの導き無しでリナたちはフィブリゾのもとにたどり着けるのか？という疑問が残りますが、まあ、パラレルワールドということで許して下さい（汗）
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。初挑戦の長編！だったのですが、やたらと暗い話になりました。「Love Destiny」は今でも大好きな曲で、いつも聴くMDウォークマンに入れっぱなしになっています。