Lonely Lolita Girl…３





ピン……ポーン。少し癖のある押し方で、ドアチャイムが響いた。
「あ、フィリア」
リナは鍋の火を止めて、チェーンもかけずに玄関の扉を開いた。やがて、長い金髪の美しい女性が、上質な紙袋を提げて入ってきた。
「明日の分の洋服を持ってきたわ。写真、撮らせてね。……あら、お客様？」
「そうよ。ゼロス先生。学校の、新しい担任の先生」
「初めまして。このマンションの一階で、子供服のセレクトショップをやっています、フィリア＝ウル＝コプトと申します。リナちゃんがお世話になっています」
「こちらこそ初めまして。ゼロス＝メタリオムです。……貴女は、リナさんの保護者ではないのですか？」
「私が？」
フィリアは苦笑する。
「なってあげたいのはやまやまですけど、リナちゃんが承知してくれませんわ」
「ここへは、結構いらっしゃるのですか？」
「毎日。私はリナちゃんの服をコーディネイトする。その代わり、リナちゃんがその服を着た写真を撮らせてもらう。店の、オリジナルカタログに載せるんです。リナちゃんがモデルだったら最高でしょう？」
「確かに」
「フィリアも、ご飯食べていくわよね」
「ごめんなさい、リナちゃん。今日は月末で、棚卸しがあるから。なあに？　今日は先生とお食事？」
「そうよ」
「ちょっとお料理休んで。こっちに来て着替えて」
リナは、エプロンを外した。
「それじゃ、先生。ちょっとあたしの私室の方に入ってて。服、脱ぐから」
「そうですね。それでは失礼して……」
ドアを開けると、小さなベッド。何かのハーブの、甘い香りがする。その香りに慣れてくると、別の匂いに気づいた。
───煤の匂い。
ベッドの脇に並んだぬいぐるみには、それぞれどこか焦げた後がある。ひどいものになると、半分近くが燃えてしまっている。そんなぬいぐるみたちに囲まれた、ピンクのベッド。
（リナさん……）
『あたしは、稼げるから』
『一生、他の家族はつくらない』
「神様……残酷です」
ゼロスは小声でつぶやき、ベッドに腰掛けてリナの着替えを待った。

「毎日、違う服を着てくるのは、フィリアさんのためだったんですね」
「そうよ」
「こんな美少女だと、コーディネイトのし甲斐があるわ。リナちゃん、じゃあいつもの場所に立って」
フィリアは、天井から白いスクリーンを下ろす。デジカメを構える。
「はい、少し斜めを向いてもう一枚」
撮影が終わると、ゼロスはフィリアに話しかけた。
「どうやってリナさんと知り合ったんですか？」
「話していいのかしら、リナちゃん？」
リナは黙って肯く。
「いきなり、お店に飛び込んできたんです。『あたしの叔母のふりをして下さい』って。このマンションに移り住むとき、どうしても大人の承認が必要になったみたいで。びっくりしたけど、あんまり可愛かったから。つい、『うちのモデルをやってくれるなら』って言っちゃったんです。リナさんは……まあ咄嗟にでしょうけど……ＯＫしてくれて。それで、ここのマンションは、私名義で借りてるんです。もちろん、家賃はリナちゃんが払ってますけど」
フィリアは時計を見る。
「長居しちゃった。お店のほう、閉めっぱなしだわ。じゃ、リナちゃん。また明日」
リナは新しい服にエプロンをつけて、料理の続きに取りかかった。


「美味しいです、リナさん」
「当然よ。母さんと同じ味を出してるんだから」
リナは、無遠慮にゼロスの顔を眺める。
「……なんですか」
「誰かと一緒にご飯を食べるなんて、久しぶりだから」
「きっと、フィリアさんなら、貴女とご飯くらい食べてくれると思いますよ？」
「ここに住むとき、あたしはフィリアを利用した。これ以上、迷惑かけたくないの」
「いつも、こんなに美味しいご飯を一人で食べていたんですか」
「慣れてるわ」
「リナさん───」
ゼロスは、もう一度リナを抱きしめる。閉ざされてしまった心。「大人」のふりをし続ける、疲れた魂。
「ねえ、先生。あたしは可愛い？」
ゼロスは少し戸惑ったが、答えた。
「ええ、可愛いです」
「あたしには、愛される価値がある？」
「もちろんです」
「あたしは、幸せになっていいの？」
「当たり前じゃないですか」
リナは、腕の中でより深くゼロスに寄り添った。
「じゃあ、しばらくこうしてて。あたしの、このざわついた心が落ちつくまで」
ゼロスは、小さなリナの身体を抱きしめながら言った。
「さっきは、ベルの鳴らしかただけで、フィリアさんと分かっていましたね」
「あ……うん。フィリアはいつもああいう鳴らし方するから」
「僕も、鳴らし方を決めます。最初に長く一回。そして、小刻みに２回。そしたら、扉を開けて下さい」
「わかった。それと、もう放していい」
ゼロスは、リナを抱きしめた腕をほどいた。
「リナさん、携帯電話は持っていますか？」
「持ってるけど。何？」
「僕の番号を登録しておきます。何かあったら、真夜中でもかけて下さい」
「せんせい」
甘い声。リナの仮面が一瞬、外れた気がした。
「あたしよりいい女、見たことある？」
強がる台詞、その奥の深い深い孤独。大人でも子供でもない、いとしい生き物。
「ありません。リナさんは、僕が出会った中で最高の女性ですよ」
「……ありがと」
リナは微笑んだ。いつしか、リナは心の扉を閉ざしたもとのリナに戻っていた。


「こら、リナ＝インバース！　また学校に、そんなちゃらちゃらした服を着てきおって！」
膝丈の、薄紫のワンピース。髪には、共布のリボンがつけられている。生活指導教師が叫ぶ。
「体操服に着替えろ！」
「今日は持ってきていません」
「……ふん。お前の叔父とやらは、どれだけお前を甘やかしているんだ」
「……」
「親兄弟が死んだことで、同情を引いているのかもしれんが、俺はだまされない。お前は俺たち教師を馬鹿にしている。だから、そういう派手な服を着てこられるんだ」
「……」
「何とか言ったらどうだ。次に、俺の目に障る服を着てきたら、俺が引き裂いてやるからな」
ゼロスが走ってきて二人の間に割ってはいる。
「ジェラード先生、“服を引き裂く”は無いでしょう」
「お前みたいなのがいるから、この女はつけあがるんだ！」
ジェラードは、ゼロスの襟首を掴み上げた。もう片方の拳を振り上げる。
「待って」
リナはりんとした声でいった。
「ゼロス先生を放して下さい」
リナは、自分のワンピースの前ボタンに手をかけると、一気に引っ張った。ちぎれたボタンが勢いよく飛ぶ。リナはそのまま、薄紫のワンピースを脱ぎ捨て、キャミソールとショーツだけの姿になった。
「これでいいんでしょう？」
呆気にとられたジェラードが、ゼロスを放す。
「じゃ、私、帰ります」
「リナさん、待って！」
ゼロスはネクタイをほどいた。ワイシャツを脱ぐ。
「これを羽織って下さい、リナさん」
「……平気です」
「児童を下着姿で帰らせるわけにはいかないでしょう？」
ゼロスは、ワイシャツに包まれたリナを抱き上げた。
「貴女のうちまで送ります。ジェラード先生、そこのリナ＝インバースの服を取って下さい」
「あ……ああ」
さすがに驚いた顔のジェラードがボタンの飛んだ服を拾うと、ゼロスはそれをリナに持たせ、人目を避けて駐車場に向かった。
「大切なフィリアさんの服でしょう。どうしてあんな扱いをしたんですか」
「ゼロス先生が、殴られそうだったから」
「僕は少々殴られたっていいんです。男なんですから。リナさんは小さくてもレディなんですから、肌を晒しては駄目ですよ」
助手席のリナは、黙ってワイシャツの前をかき合わせていた。ゼロスは、リナの家に向けてハンドルを切った。


帰ってみると、フィリアがいた。
「お帰りなさい、リナちゃん。合い鍵で開けちゃった。……どうしたの、その格好は！　ゼロス先生、これは一体……学校で、何がありましたの」
「なんでもないわ」
「服のボタンが全部飛んで……誰かにされたの？」
「自分でしたの。ごめんなさい、フィリア」
「あなたのほうから事情を聞きたいわ、ゼロス先生」

「ふう……そんなことが。じゃあ、私にも責任はありますわね。毎日可愛い服を着せて出してたのは私なんだから」
「いや、僕はジェラード先生がおかしいと思いますよ。基本的に、何を着てくるかは自由だし、リナさん並みに服装に気をつかってる児童は他にもいます。たぶん、あの先生はリナさんの頭の良さが気に入らないだけではないかと」
「それにしたって、そんな先生に絡まれる言い訳を作ってしまうのはよくないわ。私、下の店からカジュアルな服、取ってきます。いつまでもゼロス先生が裸にジャケット、というのも落ち着かないし」
「あ、すみません……」
程なく、フィリアはリナのサイズに合うジーンズやＴシャツを抱えて帰ってきた。
「リナちゃん、ちょっと着てみて」
カジュアルデザインの服も、リナは可愛らしく着こなした。
「ゼロス先生！　先生もちょっと見てください」
ジーンズに、上品な抑えめのピンクのＴシャツ。
「似合いますね、リナさん」
リナは仏頂面をしている。
「リナさん？」
「ゼロス先生を殴ろうとしたジェラード先生に気に入られるために、こんな服着たくない」
「リナさんは、女の子らしい服の方がお好みですか？」
「……ええ。でも、明日からはこの服で行きます。ゼロス先生とジェラード先生をこれ以上ケンカさせたくないし」
「すみません、リナさん。出来れば、貴女の望む服を着て、学校に来て欲しいのに」
「いいんです。あたしはあたしのやりたいようにしてるだけですから」
リナは微笑んだ。
「ま、リナちゃん。微笑むと天使のようね。私には見せてくれなかった表情だわ」
「え……っ、そうですか？」
リナはぱっと紅くなる。
「ゼロス先生、リナちゃんを守ってあげてくださいね。もちろん、他の生徒さんだってゼロス先生には大事でしょうけど、リナちゃんは今までにいっぱい傷ついたから。先生の側にいるときは、幸せな気持ちにさせてあげてください」
「命に代えても」
「先生」
リナは、うつむいて言った。
「ありがとう」


真夜中。ゼロスの携帯が鳴った。ゼロスは飛び起きる。リナの番号が、画面に表示されている。
「はい、リナさん、どうしましたか？」
「先生……ごめんなさい。こんな時間に。もう寝てたでしょ？」
涙声。
「大丈夫です。今からすぐそちらへいきますからね。５分もあれば着きます」
ゼロスは、パジャマをラフな服装に着替え、車を出した。リナのマンションの客用駐車場に車を置き、エレベーターが降りてくるのをもどかしい思いで待つ。最初に長く一回。そして、小刻みに２回。チャイムを押す。すぐに内側からドアが開いた。
「先生───」
小さな身体が抱きついてくる。震えるその身体を抱きしめて、ゼロスは部屋に入った。
「どうしたんですか」
「変なメールが……」
「見せて下さい」
「あ、その、ちょっと、ダメ」
「見ないと話が分からないでしょう？」
「あの……メールっていっても、本文は無くて、写真だけ」
「どんな写真ですか」
「あたしの、お風呂とか、着替えとかの写真」
「な……っ」
「メールアドレスを逆探知してみたけど、捨てアドレスだし、もう契約は解除されてた」
「警察に……」
「それはだめ。あたしが一人暮らししてることが分かったら、面倒なことになる。それより、隠しカメラを探して。あたしひとりじゃ、届かないところに設置されてるみたいだから」
「それじゃ、やっぱり写真を見せて下さい。角度が分からなきゃ、探しようがない」
「恥ずかしいの」
「僕は貴女の教師です。貴女を守るのが僕の務め。やましい気持ちで見たりしません」
「ん……そうよね。あたしみたいな子供の写真で、恥ずかしがることもないか」
パソコンの画面には、下着姿のリナ。そして、湯気だけをまとっている裸のリナ。
「許せませんね」
「でも、犯人を特定するのは難しいわ」
「まったく、どうやってリナさんのマンションに……」
ゼロスは立ち上がった。
「お風呂場から見せて下さい」
「ええ」
隠しカメラは程なく見つかった。シャワーヘッドを掛けるフックに、ぽつりと穴が開いていた。
「リナさん、ねじ回しを」
「はい」
ゼロスは、手際よく極小のカメラを外した。
「次は脱衣室ですね。この角度となると……」
洗面台の裏に、ファイバーを利用したカメラが張り付いていた。ゼロスは、スリッパのかかとでそれを踏み割った。
「でも、写真を撮るだけなら、わざわざリナさんに写真を送りつける必要は無いはずです。この写真を撮った人物は、リナさんにアピールしているんです。自分はこういうことさえできる、と」
「……卑劣な奴」
ゼロスの腕を握った手は、細かく震えていた。
「さて、泊まっていきますよ。僕の分の毛布か何かありますか？」
「え……だって、ベッドはあたしの小さいのしかないし」
「床で寝ます」
「そんな……あたし、子供じゃありません。一人で、寝られます」
「僕が勝手に心配しているだけです。もうそんなに寒い季節でもないし、服のまま寝ても構いませんよ」
「あ、いえ……毛布、あります」
ゼロスは、リナが眠るまでずっとその顔を見守っていた。リナの冷たい小さな手は、ゼロスの手を握って放さなかった。
「貴女を、守りたい」
ゼロスは、つぶやいた。
「貴女を傷つけるすべてのものから、貴女だけを守りたい」
教師としては、失格の感情。もしかしたら、大人としても、失格の感情。
「リナさん……僕は貴女だけのために何もかもしてあげたい」
あどけない寝顔。その前髪をかき上げ、そっとキスを落とした。




自分の服のボタンを平然とちぎり飛ばすリナちゃん。彼女の心についている傷は、そんなことでは揺るがないくらい深いのです。でも、起きる事件、ゼロスに頼るリナちゃん……次が最終話です。よろしくお願いします。
ゼロスは別にロリコンではないのだ（と思いたい）。ただ、リナちゃんが魅力的過ぎるだけです。もっとも、リナちゃんをつけねらう男はりっぱにロリコンですが。これくらいの歳のリナちゃんも、原作やアニメで見てみたかったですね。





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