Lonely Lolita Girl…４




「なーに、リナ！　似合うじゃない」
「ほんと。可愛いから何着ても似合うわね。ジーンズなのに、すっごく女の子らしい」
「ポニーテールも似合うね。ねえリナ、ドッジボール、混ざってくれない？　あんた、運動神経もいいじゃない。リナが入れば無敵だわ」
急に態度を変えた女生徒たちがはしゃぐ。リナは困ったようにうつむく。
「あたし、読んでしまいたい本があるから……」
「そんなのいつでもいいじゃん！　あそぼ、リナ！」
「だから……」
「おい、お前ら。リナ困ってるじゃねーか」
「ガウリイくん！」
「ドッジなら、俺とゼルが混ざってやるから、リナには本を読ませといてやれよ」
「きゃあ、ゼルガディスくんまで？」
「行こう、みんな」
ガウリイは、通り過ぎざまにささやいた。
「似合って、ないぜ」
リナは瞳をガウリイに向けた。ガウリイは息を呑んだ。その瞳に、優しい友愛の情がこもっていたから。
「ありがと、ガウリイ」
「……おう」
ガウリイは、グラウンドに飛び出していった。


洗面所から戻ってくると、リナの机の引き出しから、メモ用紙のようなものがはみ出していた。リナは、紙を開く。
「放課後に、体育用具室で待っています。ゼロス」
（なんだろう？）
耳まで紅くなることを押さえることが出来ない。リナは、メモを机にしまうと、分厚い本を出した。そんなリナを、ガウリイはじっと見ていた。
『ありがと、ガウリイ』
（あいつらしくないよな）
ガウリイは教卓の脇で、教師用の机に向かっているゼロスを見た。
（ゼロス先生が来てからだ───あいつが変わったのは）
リナは本を閉じた。そっと目を上げて、ゼロスを見る。瞳に宿るのは、憧れと親しみの感情。
（俺には変えられなかったあいつが……）
本の続きを読み始めたリナを、ガウリイはぼんやり見つめていた。

放課後。リナは機嫌良さげに鞄に荷物を詰め込み、ドアの方へ歩いてきた。
「ばいばい、リナ」
ガウリイが声をかけると、
「うん、ばいばいね、ガウリイ」
と満面の笑顔で返された。
（子供な俺が悔しい）
ガウリイはそう思う。
（俺が先生みたいな大人だったら、リナは俺に頼ってくれたかも知れないのに）
ふと床を見ると、小さなメモが落ちていた。ガウリイは、拾い上げて中身を見る。
（おいおい、シャレにならないぜ。リナが機嫌良さそうだったのは、これのせいか？）
ガウリイは、体育倉庫に向かった。


「どうして、ジェラード先生がいるんですか」
「そりゃ、お前を呼びだしたのは俺だからな」
「ゼロス先生の名前を騙って！」
「ゼロスの若造か。あいつと何をするつもりでここへ来た？」
「何って……呼び出されただけで」
「今日の服装はいいな。俺の言ったとおりに、地味にしてきたんだな。素直で嬉しいよ」
「ゼロス先生がいないのなら、帰ります」
「写真、見てくれたか？」
リナの顔から表情が消える。
「あれは……先生が」
「簡単だったよ。お前のマンションを突き止めて、教師の身分証明書を大家に出したら、すぐに入れてくれた。あとは、カメラを仕掛けるだけだ」
ジェラードの汗ばんだ手が、リナの頬に触れる。
「俺、ずっとお前が可愛かったんだよ。今までに見たこともない美少女だしな。だけど、お前は俺を馬鹿にしきって、まともに返事さえ返してくれなかった」
「……」
リナは、じりじりと下がって、用具室の扉に手をかける。
「おっと」
ジェラードはリナを抱き寄せた。
「放して！」
「放さない。お前はこれから、俺のもんになるんだ」
リナはポケットに手を突っ込んだ。スタンガンのスイッチを入れる。その細い手首を、ジェラードが掴んだ。
「危ねえな。こんな物騒なもの、学校に持ってくるなよ。それとも、いまここで喰らいたいか？」
リナは、抵抗する手を下ろした。
「そうそう、いい子だ。今日、言われたとおり地味な服装をしてきたってことは、俺にも少しは好意を持ってくれてるってことだろ？」
「……誰が」
「俺に逆らうなら、あの写真、投稿サイトに載せてやってもいいんだぜ？」
ジェラードの言葉、一つ一つがリナの自由を奪っていく。リナは、目に涙をにじませ、体育用のマットの上に腰掛けた。
「あたしを自由にしたいんでしょ。勝手にすれば」
「ませてるな。流石天才少女といったところか。まあ、大騒ぎされるより楽だが。じゃあ、遠慮なく───」
鉄のドアを叩く音。
（───ゼロス？）
「誰かいるのか！　返事をしろ！」
「───ガウリイ」
「なんだ、体育馬鹿のガウリイ＝ガブリエフか。面倒なことになったな」
ジェラードはリナを放し、用具室のドアを開けた。
「ゼロス……っと、ジェラード先生？　なんでここに……リナ！大丈夫か」
そこまで言ったところで、ジェラードの拳がガウリイの頬を殴りつけた。
「ぐうっ」
頬を押さえて倒れるガウリイ。リナが駆け寄る。
「ガウリイ……先生、ひどい！　どうしてこんな……」
「邪魔するからじゃねえか」
ジェラードは、リナから奪ったスタンガンのスイッチを入れ、ガウリイの足に押し当てた。
「ぎゃああっ」
「ガウリイ！！」
「いいか。ここで見たことは全部忘れて、とっとと出て行け。誰かに言ってみろ。今とは比べものにならないほど痛い目に遭わせるからな」
ガウリイは、半分失った意識でそれを聞いた。用具室の扉が閉まった。
（俺はガキってことか。力がないってことか……！）
ガウリイは、まだ上手く動かない体を引きずって、立ち上がる。
（あいつに、リナを守らせる。責任をとらせるぜ！）
柱から柱へ。よろめきながら、ガウリイは職員室を目指した。


「ゼロス先生！」
声を出したつもりが、かすれてしまう。それでも、ゼロスは振り向いた。
「ガウリイさん！　その頬の痣は……」
「俺のことはいい。リナが危ないんだ。助けてくれ」
ようやくそれだけ言うと、ガウリイはどっと床にくずおれた。女教師の悲鳴が上がる。
「リナさんはどこに」
「体育用具室にいる。早く……早く」
ささやくように言って、ガウリイは意識を失った。
「先生方、彼の手当をお願いします」
ゼロスは体育館へ走った。


「そうだ。次はそのキャミソールを脱いで」
「……」
「反抗する目も可愛いよ、お前は」
ジェラードは、一枚一枚服を脱がせながら、リナの写真を撮っていた。
「この連続写真をウェブに公開すれば、お前は一躍夜のアイドルだな」
「下衆」
「ふん。お前に傷は付けられないからな。なんなら、扉を開けて、そこで転がってるガブリエフに痛い目にあってもらうか？」
リナは黙る。
「さあ、その下着を脱げ。隠すほどの胸もないくせに、恥ずかしがるなよ」
リナはキャミソールに手を掛けた。その時、ドアが開いた。
「ジェラード！　貴様！」
「ゼ……ゼロス。鍵は……」
「用務員さんが、全ての部屋の合い鍵を持ってましたよ。これはどういうことですか」
「し、知らねえよ。ちょっとふざけてて……この女が勝手に服を脱いで」
「その辺のことは、警察で存分に言い訳してもらいましょうか」
「警察？　大げさだな。俺たちはちょっと、……なあ」
「ゼロス先生、あの写真も、この男の仕業よ」
「なるほど。あなた、最低ですね」
ゼロスは、思い切りジェラードを殴り倒した。起きあがろうとするジェラードの腹を蹴りつける。
「これは、ガウリイさんの分です」
「畜生！」
ジェラードはよろけて、跳び箱を叩いた。ほこりが舞い上がる。
「おれは、ずっとずっとリナ＝インバースを手に入れたくて……なのに、この女は俺を馬鹿にして。ゼロス＝メタリオム。どうやってリナに取り入ったんだ！！」
リナもゼロスも、言葉を発しなかった。ゼロスは、リナにジャケットを着せ掛けた。教師たちと数人の警官が、ジェラードを押さえつけて連れていった。


保健室でガウリイが目を覚ますと、リナがのぞき込んでいた。
「リナ……無事だったのか」
「ありがとう、ガウリイ。あんたのお陰よ」
「そう……思うなら、俺の彼女になってくれ」
「ダメ。あたしは、誰のものにも……」
「それは嘘だよな」
「えっ───」
「お前は、ゼロス先生が好きなんだろう？」
リナは、黙って頬を染めた。
「お前にそんな顔をさせる先生がうらやましいよ。俺は、ずっと、ずっとリナが好きだった」
「知ってたわ」
「これからも、好きでいていいか」
「……いいの？」
「ゼロス先生みたいなオジサンにお前を渡せるかよ。俺は、いつか絶対お前を振り向かせてみせるから」 「馬鹿ね」
リナは微笑み、ガウリイのシーツをかけ直した。


警察が帰ってしまうと、薄暗いリナの部屋の中で、ゼロスとリナは二人きりになった。
「１０歳の一人暮らし、警察にばれちゃったか。あーあ、これでもう気ままな暮らしはおしまい。どこかの施設に入るか、誰かの養女になるか……」
「リナさん、うちの養女になりませんか。もちろん、貴女の大事なコンピュータも一緒に来て下さって結構です」
「先生の養女に？」
「いいえ、うちの母の養女に、です」
「どうして？」
「一度でも、養子になった相手とは結婚できない。でも、義兄妹なら結婚できるんです」
「先生……！」
「貴女が失ってしまった大事なご家族の代わりになれるとは思いません。でも、誰かがいつか貴女の心を溶かすなら、その誰かは僕でありたい」
「先生」
リナはゼロスを見上げた。
「待つから。あたしが大人になるまで。だから、今、一度だけキスして。結婚を誓って」
「リナさん」
窓から差し込む月の光の中、二人はそっと唇をあわせた。


「全く、冗談じゃないぜ」
「ごめんね、ガウリイ」
「何でリナが転校しなきゃならないんだ」
「あたしとゼロス先生が兄妹になるからよ」
「俺、いっぱい勉強するよ。そして、リナと同じ中学や高校に行く。まだ、まだ諦めきれないからな。俺は」
「ライバルには負けられませんね」
「ゼロス先生！」
「リナさん、今日の帰りの会で転校の挨拶をしてもらいますよ……何を読んでいるんですか？」
「『見出された時』よ」
「『失われた時を求めて』の最終章ですか。この本を読んでいる間に、いろんなことがありましたね」
「一生、忘れられない本になりそう」
「ちくしょー、俺の分からない話をするなよ！」
予鈴が鳴った。３人は、各々の席に着いた。


「ああよかった。ゼロスさん、タキシードのサイズは合いそうね」
「ねえ、フィリア、これでいい？」
「ヴェールのティアラが少しずれているわ。……はい、これでよし」
「あの……フィリアさん？」
「なあに？」
「どうして、僕までこんなタキシードに……」
「あなたたち、リナちゃんが結婚できる歳になったら結婚するんでしょ？」
「そのつもりですが」
「一度作ってみたかったのよ、子供服のウェディングドレス！　リナちゃん、最高に似合うわ。さあ、スクリーンの前に立って。撮るわよ───」
ゼロスがリナを抱き上げて。幼い笑顔をほころばせたリナと、幸せそうなゼロスは、一枚の写真に収まった。
「ねえリナさん」
「なあに？　ゼロス」
「幸せに、なりましょうね！」






リナちゃんのために頑張るガウリイが可哀想です……。（なら、そんな役やらせなきゃいいのに）遠くの幸せを掴むために、今はかりそめのウェディングドレスに身を包むリナちゃん。二人の幸せを、皆さん祈ってやって下さい。「カードキャプターさくら」では、佐々木利佳ちゃん（原作版）が大好きだった私。先生と小学生の生徒の恋（？）を書きたかったのですが、ヘタレなもので（汗）では、次の作品でお会いしましょう。
CLAMPさんの作品には時々、先生と恋愛する小さな子が登場しますね。『CCさくら』の佐々木利佳ちゃん、『２０面相におねがい！』の真心（まこ）ちゃん。私は先生を好きになったことはありませんが……今、カウンセリングの先生がちょっと好きかも知れない。女の人だけど。いや何を言ってるんだか。