雲路の果て［６］




国王城は掘に囲まれている。３日前から間者が入り込み、堀をわたる橋を降ろす手はずになっていた。ガウリイは白馬に乗っている。長い金髪に、朝の冷たい風が吹き渡っている。リナは、その後ろで小さな茶色の馬に乗っていた。深緑の軍服で、男装している。ゼロスとゼルガディスは徒歩だ。馬に乗ったものがいち早く城の奥に入り込み、ドアを蹴破って進む道をつける手はずになっている。
時間だ。ゆっくりと、きしむような音を立てて、堀に橋が降りてくる。ガウリイの白馬が先陣を切った。そしてリナ。馬に乗った数人の隊士が後に続く。
「出会え！出会え！」
城の奥から、武装した兵士たちが次々に現れる。ガウリイたちは、馬の上から槍で兵士たちを片づけた。リナは、頃合いを見計らって、馬を飛び降り、腰のサーベルを投げ捨てて、城の奥に入っていった。国王の座がある部屋の重い扉を開く。当然そこに、国王はいない。赤い、深くスリットの入ったドレスをまとった、一人の騎士がいた。
「リナ」
「姉ちゃん」
「リナ、とうとうここまで来たのね」
ルナは腰の剣をすらりと抜いた。
「姉ちゃん……」
「最後に、確認したいことがあるの。この国は、今大きな転換期を迎えているわ。今の政府は、間違いなく、早晩滅びる。国王に権力は返るでしょう。そうなったら、あんたたち治安維持隊は、一人残らず斬首刑ね。治安維持隊自体も、ただの殺人集団として歴史に名を残すでしょう。リナ、最後に聞くわ。それでも、あんたは、あたしと戦う？」
「戦うわ」
「リナ……！」
「あたしには、あたしの剣の腕を見いだしてくれたガウリイがいる。あたしに良くしてくれる隊士たちがいる。そして、恋人のゼロスがいる。あたしは、仲間たちを愛してる。いまから、国王派に乗り換えることはできないわ。例え、後世の人々に殺人集団と罵られようとも」
「あんたの覚悟はよく分かったわ、リナ。本気で行くわよ。かかってきなさい」
「悪夢の王の一片よ　世界の戒め解き放たれし
凍れる黒き虚無の刃よ　我が力我が身となりて
共に滅びの道を歩まん　神々の魂すらも打ち砕き」
「リナ……」
「神滅斬（ラグナ・ブレード）！」
リナの手に、黒い炎のような小剣が現れる。ルナは、真っ直ぐリナに斬りかかってきた。リナは、黒い小剣でそれを受け止める。小剣は生き物のように、ルナの剣を包み込む。
「くっ……動か…ない」
「行くわよ、姉ちゃん！」
ルナの剣を離すと、リナはルナの懐に飛び込み、小剣をその胴体に突き立て……ようとして、一瞬止まった。
「戦場で情けは命取りよ、リナ！」
ルナは、リナの背中に剣を突き立てようとした。しかし、その前に、リナは力を失って、床に崩れ落ちた。唇から血があふれ出す。
「リ……リナ！？」
血にまみれた唇。それが、一瞬、にやりと笑った。
「戦場で情けは命取りよ？姉ちゃん」
黒い炎の小剣が、ルナの胴体を差し貫いていた。ルナは血を吐いて倒れる。
「私の……負けね。リナ……剣の腕も、魔法の腕も、上がったわ……恋人のゼロスさんって人のおかげかしら」
「姉ちゃん、喋らないで……」
ルナは、ごふっと咳き込んで、血の塊を吐き出す。
「あんたの……その血は何？」
「分からない……たぶん、結核」
「いいお医者さんに……かかりなさい。こんな生活はもう止めるのね」
そしてルナは動かなくなった。

治安維持隊の国王城討ち入りは、国王派、維持隊、双方に大きな犠牲を出した。しかし、その数日後、政府派は国王派に全ての政権を譲り渡した。治安維持隊の役目は終わった。
「というわけで、俺たちはもうお役御免だ。生き残った奴は、郷里に帰れ。国王派につきたい奴はそれもいいだろう。俺は、俺についてきてくれたお前らのことを一生忘れない」
そういって、ガウリイは澄んだ海の瞳から涙を流した。
「ガウリイの旦那。旦那はどうするんだ」
ゼルガディスが聞く。
「ああ、俺か？俺はまだ諦めたわけじゃない。大統領を首領に頂いて、北へ逃げる。北の未開の地なら、大統領府を据えてもいい場所があるだろう」
「そうか。なら俺は、旦那につきあう」
「ゼル……！アメリアはどうするんだ」
「治療係も必要だろう」
「覚悟は出来てます」
「そうか……すまんな」
「ゼロス」
ゼルガディスは、深い蒼の瞳をゼロスに向けた。
「お前は、リナを連れて実家に帰れ。リナを医者に診せるんだ。リナ、もう二度と、こんな無茶をするんじゃないぞ」
「ありがと、ゼル」
リナは、紙のような顔色で微笑んだ。


「リナさん、貴女の実家には帰らなくていいんですか？」
「あたしが、姉ちゃんを殺した。もう、実家へは、帰れない」
「じゃあ、僕の実家に連れていきます。未来のお嫁さんを連れて帰ったら、母はきっとびっくりしますね」
「ゼロス……」
リナは、馬車の中で、ゼロスの首に飛びつく。
「嬉しい！」
そして、ふと不安な目をする。
「でも、あれだけたくさんの人を殺して……姉ちゃんまで手にかけて……あたし、いまさら普通の幸せを掴めるのかなあ」
「僕が、掴ませてあげますよ」
馬車は、国の南西に向かっていった。

「まあ、ゼロス！あたくし、あなたが死んだものだとばかり思ってましたわ」
「ひどいですね母様。僕はこうやってちゃんと生きています。それに、お嫁さんも連れてきました」
ゼロスは、馬車の中から、リナを抱き、連れ出す。
「リナさんです。リナさん、こちらが僕の母のゼラスです」
「あら、まあ、なんて可愛い女の子なのかしら。ゼロス、やるじゃない。それにしても色が白いわ。透けてしまいそう」
「母様。リナさんは病気なんです。たぶん、結核でしょう。お医者を呼んで、診察を受けさせ、薬をもらわないといけません」
「あらあら、それは大変ね。さっそく、かかりつけの先生を呼ぶわ。そうだ。昔ゼロスの勉強部屋に使っていた南向きの部屋が空いてるわ。そこでリナちゃんには療養してもらうことにしましょう」
ゼラスが、ベルを鳴らして使用人を呼ぶ。部屋にベッドを運び込ませる。血を吐いても構わないように、枕元に洗面器が置かれる。やがて、医者が到着した。
「さ、ゼロス。女の子の露わな肌を見るのは紳士じゃないわ。部屋から出ていて」
医者は、リナを診察した。そして言った。
「何とかなりそうですな。初期の内に見せてもらって良かった。じっくり薬を飲めば、良くなりますよ」
リナは、ガラスのような肌でにっこりと微笑んだ。
医師は部屋を出た。ゼロスが医師にすがりついた。
「先生。リナさんは……リナさんはどうなんですか」
「あなたは、彼女の何ですかな」
「婚約者です。彼女は……」
「はっきり言って、もう手遅れです。薬で進行を止めることもできない。婚約者というなら、なぜ、こんなになるまで放っておいたんですか」
「先生、何とか方法は……」
「それに、あなたは元治安維持隊のゼロス＝メタリオムさんですな。元治安維持隊とつながりがあると、うちの医院までが迷惑する。診察は、今日を限りにしていただきたいですな」
「先生……おねがいします……先生！」
医師は、馬車に乗って帰っていった。
「ゼロス、先生と何話してたの」
「看病の仕方、とかです」
「ゼロスが看病してくれるの？嬉しいな」
「ええ。僕があなたの面倒を見ます」
───最期まで。


ガウリイは、生き残った隊士十数名とゼルガディスを連れて、北の地方の城を攻めていた。攻めるといっても、元治安維持隊がくるという噂が一足早く届いていたらしく、城は無人だった。
「あっけないもんだな」
「この城を起点に、国王派に対抗できる一大勢力を創る……！残党がいないか、城内を見て回るぞ」
領主がいた部屋のさらに奥。隠し部屋のような場所で、身分の高そうな女が一人、数人のメイドに囲まれて座っていた。
「お前は何だ」
ガウリイが問うた。
「ここの領主の妻よ！あたくしは身重で……逃げるのに邪魔だから、見捨てられたんですの。夫は今頃ゼフィーリアの空の下よ」
「そっか。ゼル、アメリア！」
「なんだ」
「この女の人を連れて、ゼフィーリアに戻ってくれ。しっかり旦那様のもとへ送り届けるんだぞ。そしたら、ゼル、アメリア、お前らはゼフィーリアから離れて、どっかで幸せに暮らせ」
「旦那！旦那はどうするんだ」
「俺は、今日からこの城の城主さ。攻め上ってくる国王派と戦う。地の利はこっちにある。元隊士も十数名いる。なんとかなるだろう」
ゼルガディスは、ガウリイの明るい海の瞳の中にありありと見た。あきらめの色を。
「旦那を置いてはいけない！」
「馬鹿！お前にはアメリアがいるだろ。女一人幸せにしてやれないで、偉そうな口聞くんじゃねえよ」
ガウリイは微笑んでいた。
「どっか、暖かい場所で、アメリアと幸せになれ。俺たちの道場があった、あの土地なんかいいかも知れないな」
「旦那、生き延びろよ」
「できるだけは、やってみる」
そして、ゼルガディスとアメリアは、ガウリイと別れた。再びまみえることはなかった。


踊り子は悲しみを纏い
つぶれた足　舐めては歌った


「リナさん、起きあがっていると身体に障りますよ。お粥をつくってきました。食べて下さい」
「食欲、ないの」
「隊にいた頃には、男たちと奪い合って食事してたじゃないですか」
「そうね。でも、今は、何にも入らない」
「せめて重湯だけでも……」
「ねえゼロス。あたしが、すぐ治るって、嘘よね」
ゼロスの顔色が変わる。
「ゼロス。あたし、最期まであなたと一緒にいたい。いたいけど……」
ゆっくり振り向く。硝子のような笑顔。
「ガウリイのもとへ、行ってあげて」
「リナさん……！」
「これでもあたしは元治安維持隊隊士よ。あの人が、戦っているなら、戦わなきゃいけないわ。あたしも、あんたも」
「正直に言います。あなたの命は、あと数ヶ月。いや、そこまで持たないかも知れません」
「そんなこったろうとおもったわ」
儚い微笑み。
「僕は、最期まであなたを看取ります。それから、ガウリイさんたちのもとへ駆け付けます。それで良いでしょう？」
「分かったわ」
リナは、痩せてしまった身体を、そっとベッドに横たえた。
「菜の花が綺麗……」
「ここの名物なんですよ。よかったら、摘んできて、枕元に飾りますよ」
「ううん、いいの。野に咲いているのが、一番美しいわ」
「リナさん、貴女も」
ゼロスの紫の瞳は、涙に潤んでいた。
「野にあるときが、一番輝いていました」
それから、リナは高熱を出した。ゼロスは、一袋だけ医師が置いていった熱冷ましを、小刀で切って少しずつ飲ませた。当然、効き目も、それなりにしかなかった。
ある日、ふっとリナの体温が平熱に戻った。頬に赤みが差した。
「リナさん、苦しくないんですか？」
「うん。今日は、全然苦しくない」
「とりあえず、身体を拭きましょう」
水で絞ったタオルでリナの華奢な身体を拭く。リナは、深紅の瞳で、ゼロスを見つめた。
「ねえ、抱いて」
「ええっ、無理ですよ」
「うつるのが怖い？」
「そんなことじゃありません。貴女の今の身体が、あんな行為に耐えられると思ってるんですか？」
「今日は、大丈夫。そんな気がする。神様が、今日をプレゼントして下さったのよ」
リナは骨が見えるほど痩せた腕を、ゼロスの首に絡める。
「ね。一度だけ」
「しょうがありませんねえ。一度だけですよ」
二人は、あのころのように、何もかも忘れて溶け合った。

その夜、リナの体温はいっそう下がり始めた。血の塊を何度も吐いた。冷たい人形のようになったリナの手を、ゼロスは握り続けていた。やがて、脈が無くなり、リナの命の火は消えた。
「かわいそうに……かわいそうに、リナちゃん。ちゃんとしたお医者にも診せることができないまま……」
ゼラスは、結局娘になることの無かった少女のために涙を流した。ゼロスは、旅支度を調えていた。
「ゼロス、リナちゃんのお葬式はどうするの？」
「こちらの流儀で簡単に済ませて下さい。特に、報せを送る人はありません」
「それで、ゼロス、あなたはどこに行くというの？」
「北に、いきます。ガウリイさんのもとへ。それが、リナさんの願いでもありましたから」


小鳥が　声を殺していれば
あの時　翼が折れてたら
あなたが　わたしを抱いていたら
今でも溶けあっていられた？


北の城は、ゼロスがたどり着いてから２日で、国王派に攻め落とされた。ガウリイも、ゼロスも、その場で軍事裁判にかけられ、死罪を申し渡された。二人の表情は、穏やかだった。


ゼルガディスとアメリアは、北の城の奥方を夫の元へ送り届けると南の国に逃れ、そこで長い余生を送った。風の噂に、リナや、ゼロス、ガウリイの死を聞いた。
「ゼルガディスさん、私たち、幸せでしたよね」
「ああ。あのころの俺たちは、本当に幸せだった」




何で新選組を題材にしたかというと、私が三谷幸喜ファンだからです。ああ、来年の大河ドラマ、今から楽しみ！それにしても、私の書く話では、猛烈な勢いでリナちゃんが死ぬんですけど…（鬱）こんどは、もっと明るい話でお会いしたいものですね。それから、このタイトルの元となったＣｏｃｃｏさんの曲をねお☆ゼロリナ推進委員会さまの掲示板でご紹介頂いたｍａｎａ様に、感謝と敬意を表します。それでは、ここまで読んで下さって、ありがとうございました！
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。大河ドラマ「新選組！」は始まったばかりですが、（04.02.24)毎週の楽しみにしています。それではまた、別の作品で。


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