あなたがこの手に消えるまで…前編


chapter.1 16歳

 金属の触れあう涼やかな音に、ガウリイは目を覚ました。
「何やってんだ、リナ」
「あ、起きちゃった? ごめんごめん」
 リナが、輝く貴金属や宝石を、バッグからベッドの上にぶちまけていた。
「……またやってきたのか、盗賊いじめ」
「いやー、これがまた、貯め込んでてさー。こんな田舎の盗賊とは思えないくらい」
 リナは獣脂ロウソクに明かりを灯して、宝の鑑定に入った。
「これは……ディルス王国の古い金貨ね。こっちは……」
「リナ、もう寝ろよ。明日にすればいいじゃないか」
「うるさい?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
 なんとなく目が覚めてしまったガウリイは、リナの手先を見守る。価値のあるものとないものを手早くわけていったリナは、最後に一つの箱を手に取った。掌におさまる、小さな木箱。
「なんだ? それ」
「なんでしょうね。箱自体がパズルになって、鍵になってるみたい。でも、こうして隠してあるってことは、宝石の一つも入ってるんじゃないかしら?」
 リナは熱心に細工箱をいじり始めた。ガウリイは、見るともなくそれを見ていた。
「あれ?……っかしいなー、こっちか。あ、あとはここを外せば……開きそうだわ、ガウリイ」
「そりゃ良かったな」
「ここをひねれば、開く……っ!……痛っ」
 リナは、箱を放り出して指を押さえた。
「どうした、リナ!」
 ガウリイが起きあがる。
「いったー……何よ、この箱。中に仕込み針があって、開けると飛び出してきたのよ。うー、指刺しちゃった」
「大丈夫か」
「結構深く刺さったからなあ。治癒(リカバリィ)! それにしても、さんざん人に苦労して開けさせといて、いたずらのびっくり箱? あーあ、損しちゃった。寝よ寝よ」
 リナは、財宝の詰まった袋をベッドからのけると、ふわりと横になった。
「ごめんね、ガウリイ。起こしちゃって。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ。気にしなくていいからな」
 リナは、ロウソクを吹き消した。

chapter.2 15歳

「お久しぶりです、リナさん!」
「久しぶりね、アメリア」
「ガウリイさんもお元気そうで」
 アメリアは、ドレス姿で頬を上気させた。
 久しぶりのセイルーン。リナたちは奥の間に通された。
「よ」
 片手をあげて、一人の魔剣士が立ち上がった。
「ゼル! あんたもきてたの?」
「ああ。アメリアと約束してたんだ。葡萄月の間にここへ来るって」
 リナは、嬉しそうに微笑んだ。
「ほんとに、久しぶり。四人揃うなんて」
「……リナ?」
「あれ? あたし、どうしちゃったの……かな?」
 リナの白い頬には、幾筋もの涙が流れていた。
「リナ、どうした。どっか痛いのか?」
 顔をのぞき込むガウリイに、リナは首を振る。
「違うの。あたしも……何で泣いてるのか、わからない」
「久しぶりにみんな揃ったことが嬉しくて、泣いてるんですか?」
 アメリアが首を傾げる。
「だとしたら、離れてる間にずいぶんと涙もろくなったもんだ」
 ゼルガディスが微笑む。
「みんな……気にしないで。ちょっと、自分でも抑えられないの。すぐに治まると思う」
「いいんです、リナさん、好きなだけ泣いてくれれば……」
 アメリアがそっと、リナにハンカチを差し出した。

chapter.3 14歳

「あー、お城暮らしはいいわねえ。毎日美味しいもの食べて、ゆっくり昼寝してればいいんだもの」
 食後の果物を食べながら、リナは欠伸をした。
「なあ、リナ」
「何? ゼル」
「お前、胸、小さくなってないか」
 すぱぁぁぁん。
「あのねぇ! あたしは今あるだけで精一杯なの! アメリアのおっきな胸見慣れたからって、『小さくなってる』は無いでしょ! しっかり食べてるんだし」
「うーん……」
 ガウリイが腕を組む。
「胸……はともかく、全体に小柄になったというか、痩せた気がするな」
 16の丸みを帯びた女性の身体が、どことなく小枝のような頼りない身体に。
「リナさん、私と並んでみて下さい」
「へ? なんで」
「いいから」
 リナはアメリアの側に立った。もともとあまり身長の変わらなかったはずの二人。今は、明らかにアメリアの方が背が高かった。

chapter.4 13歳

「ガウリイ」
「リナ。寝てなかったのか」
「一緒に寝ていい?」
「構わないけど……何かあったのか」
「怖いの」
 リナは震えていた。その身体は、以前よりもずっと細く、脆く見えた。
「一人で寝ていると……消えてしまいそう」
「来いよ」
 ガウリイは、毛布を少し上げて、リナを迎え入れた。リナは、ガウリイに抱きついた。以前は小さいながらもはっきりあった乳房は、ほとんどなくなっていた。
「リナ、何も怖がることなんかないんだ」
「うん……会いたいなあ」
「誰に?」
「ゼロス。ゼロスに会いたい」
「あいつか。まあ、しばらくすれば、姿を現すだろ」
「今すぐにでも、会いたい」
「……どうして」
「好きだから」
 ガウリイは、黙ってリナの髪を撫でた。リナは、しばらく震えていたが、ガウリイの温かみの中で眠りについた。

chapter.5 12歳

「リナさん……」
 ゼロスは、愕然としてリナを見た。小さくなった身体。幼くなった顔立ち。だぶだぶの服。
 ガウリイが、ゼロスを物陰に引っ張った。
「やっぱ、お前の目から見てもおかしいか」
「おかしいもなにも……今まで、こんなリナさんをただ見てきたんですか」
「何か、悪いものでも食べたのか。それとも……」
「ちょっと、リナさんの持ち物を調べさせてもらいます」
 ゼロスは、リナの部屋に入り込み、バッグの中身をベッドに出した。一つ一つ、調べていく。小さな細工箱を見つけて、ゼロスは表情を険しくした。
「何だそれは。何かわかったのか」
 部屋の隅で作業を見守っていたゼルガディスが問う。
「これは……呪いの箱です」
「呪い?」
「年齢逆行の呪い。この箱の中の針に刺されると、その人は次第に若返っていく」
 アメリアが目を見開く。
「若返って……そしてどうなるんですか」
「赤ん坊になる。胎児になる。そして、最後は一粒の受精卵になって、消えます」
「そんな……!」
 思わずふらつくアメリアを、ゼルガディスが支える。
「大変なことになったな。何か、その呪いを解く方法はないのか。ゼロス、お前何か知らないか」
「知ってたら、こんなに焦ったりしません。呪術は本当に種類が多いですから……解き方も、様々です。そして、年齢逆行の呪は、とても力が強い」
「でも……何か、解き方はあるはずです。調べれば」
「調べる?」
 ゼロスは乾いた口調で言う。
「今から? この広い世界に、無数にある呪術書を? そんなことをしているうちに、リナさんは……」
「探そう」
 ガウリイは、力強く言った。
「あいつは、運が強いんだ。アメリア、セイルーンの文書館には、結構な数の本が揃ってるんだろう」
「え……ええ。世界でも有数だと思います」
「片っ端から、調べるんだ。手遅れにならないうちに」
 ドアが、ドンドンと叩かれた。
「ねえみんな、あたしの部屋で、あたしを追い出して何やってるの? つまんない。遊んでよ」

chapter.6 11歳

「文書館で、呪術に関する本は、これで全部、です」
 アメリアは、すっかり痛くなった腰を伸ばし、最後の本を山の上に積み上げた。
「……結構あるな」
「手分けしてかかりましょう。少しでも関係ありそうな記事を探して」
 ガウリイ。アメリア。ゼルガディス。そして、ゼロス。4人は、大きなテーブルを囲み、それぞれ本のページを繰った。額に汗が浮かぶ。張り付いた羊皮紙を剥がし、舐めるように読み進む。文書館の蝋燭が揺れる。眉間を押さえて、目の痛みをこらえる。
 一日が過ぎた。本の山は少ししか低くならなかった。四人は、しょぼしょぼする目をしばたかせながら、文書館を出た。
 夕暮れ。リナが、退屈そうに入り口の階段に腰掛けていた。
「みんな」
 ぱっと明るくなる顔。アメリアが両手を広げると、その中に小さな身体で飛び込んでくる。
「寂しかった……」
「ごめんなさい、独りぼっちにして。私たち、とても忙しいの。分かってくれますね」
「うん! あたし、一人でも平気。子供じゃないもの」
 その口調がとても幼くなっていることに気づき、皆は心を痛めた。

chapter.7 10歳

「ねえ、ガウリイ。まだ、遊んでくれないの?」
「……っと。ごめんな、リナ。俺、忙しいんだ」
「アメリア。アメリアは遊んでくれるよね」
「リナさん。文書館の中では静かにしていて下さい。もう少ししたら遊びますから。ね」
「ゼロス……アイスクリーム食べに行こうよ」
「すみません、リナさん。この用事が済んだら、僕が奢ってあげますから」
「ゼル! ゼルってばあ」
「うるさいな」
 ゼルガディスはしがみついてくるリナを乱暴に振り払った。
「誰のせいでこんな苦労をしていると思ってるんだ。あっちへ行ってろ!」
 リナは、鳩が豆鉄砲で撃たれたような顔をした。その瞳に涙がこみ上げる。くるりと後ろを向いて、文書館を飛び出していった。
「ゼルガディスさん」
 アメリアは、ゼルガディスの頬を平手で打った。そして、リナを追いかけた。
「リナさん」
 リナは、文書館の入り口に腰掛けて、泣いていた。小さな肩が上下する。
「リナさん、ゼルガディスさんはついあんなことを……決してリナさんを嫌いになった訳じゃ」
「みんなが忙しそうにしてるの、あたしのせいなの?」
 アメリアは言葉に詰まる。
「あたし、何かいけないこと、しちゃったの?」
「そんなこと……ないです、リナさん。ただ、リナさんは軽い病気なんです。みんな、それを治す方法を調べてるんです」
「病気? それって死ぬ病気?」
 アメリアはリナの身体を抱きしめ、唇を噛みしめた。
「死んだり、しません。安心して、待って下さい」

chapter.8 9歳

 皆、呆然としていた。本の山は片づいた。最後のページまで、読み尽くした。リナにかけられた呪術を解く方法は、どこにも載っていなかった。
「文書館は……ここだけじゃ、ないよな」
 ガウリイがようやく声を絞り出す。
「きっとどこかに……」
「間に合うのか」
 ゼルガディスの口調には絶望が滲んでいた。
「セイルーンに匹敵する文書館といえば……」
 アメリアの言葉にも濃く疲労が現れている。
「王都ゼフィール・シティですかね。リナさんの故郷」
 ゼロスが言った。
「そうだ、俺たちばかりで夢中になっていたが……リナを、家族に会わせなくていいのか」
 ガウリイは立ち上がった。
「家族に? ショックを受けるだけだろう」
 ゼルガディスは吐き捨てる。
「でも、間に合わなかったら……」
 アメリアは口走って、その恐怖に唇を押さえた。
「とにかく、僕はリナさんを連れてご家族の元へ行っています。皆さんは追いついてきて下さい」
 ゼロスは文書館の外に出た。
「ゼロス!」
 リナが、顔いっぱいの微笑みで迎えた。
「会いたかった。ね、アイスクリーム……」
「もう晩ご飯の時間ですよ。ね、リナさん。久しぶりに、お父さんやお母さん、お姉さんとご飯を食べてみたくありませんか?」
「会いたい……けど、連れていってくれるの?」
「ええ。僕に掴まって」
 リナはゼロスの身体にぎゅっと手を回した。
 ──次の瞬間、二人はゼフィーリアにいた。
「あたしのうちだ!」
 リナは駆け込もうとする。ゼロスが、リナを後ろから抱きしめて止める。
「ちょっと待っていて下さい。僕が事情を話してから……」
「なんで? あたしのうちだよ。ただいまあ!」
 声を聞きつけて、ドアが開く。リナの姉が、顔を出す。
「ねーちゃん、ただいま! あたしの分のご飯、ある?」
「リ……ナ……」
「あ、こっちはね、ゼロス! あたしの、好きな人!」
「リナ、一体どうしたの? その姿は」
「あたし、やっぱり変? 病気?」
「リナ……」
「ご説明します。中へ入れていただけますか?」
 ゼロスは、リナの姉に語りかけた。

chapter.9 8歳

「ねえ、ゼロス」
 リナはベッドの中でそっと語りかける。
「あたしのこと、好き?」
「好きですよ」
「じゃあ、大きくなったらあたしをゼロスのお嫁さんにしてくれる?」
「大きくならなくても」
 ゼロスは、リナを抱きしめた。
「今でも、貴女は僕のお嫁さんです」
「ふふ……嬉しいな。ね、キスしよ」
 ゼロスは、リナの小さな顔を手で包み込んで、そっと口づける。
「ゼロス。どうして、悲しそうなの?」
「ずっと貴女の側にいたい」
「いればいいじゃない。あたし、いやがったりしないよ。ずっと、ゼロスの側にいるよ」
 リナは、ゼロスの肩の震えに気づく。
「ゼロス。泣いてるの」
「いいえ」
「何が怖いの? ゼロス」
 ゼロスはリナを見る。
「何が怖いの? みんな。あたしを見るとき、とても辛そうな目をする。もう会えなくなるような目をする。あたしは、ちゃんとここにいるのに」
「そうです……そうです、ね。リナさん。貴女はここにいる。僕の腕の中に」
「ずっとずっと一緒だよ」
「ええ。ずっと」






いやな予感いっぱいの前編です。リナを助ける方法は見つかるのか……後編へお進みください。

年齢とchapter番号を反転させていく……というアイデアからこの小説は生まれました。


次へ