あなたがこの手に消えるまで…後編



chapter.10 7歳

 ゼフィール・シティの文書館でも、呪いを解く方法は見つからなかった。皆、疲れ切った目で文書館を後にした。文書館の裏手は大きな公園になっている。リナは、花園の中で熱心に手を動かしていた。
「リナさーん!」
 アメリアが呼ぶと、リナは手招きした。
「アメリア、ゼル、こっちに来て」
 二人は顔を見合わせて、リナの方へ歩き出した。
「座って」
 リナは、アメリアの頭の上に、花冠をのせた。
「アメリアは、花の国のお姫様」
 そして、ゼルガディスの頭の上にも冠を置く。
「ゼルは、王子様」
 そして、二人の前に立つ。
「二人は、えいえんに愛し合うことをちかいますか?」
「えっ……その」
 リナは、きっと眉じりを上げる。
「ちかいますか?」
「ち……誓います」
「誓う」
 リナは、満面の笑みを浮かべる。
「じゃあ、これが花の指輪。ゼルが、アメリアにはめてあげてください」
 ゼルガディスは、戸惑いながら白つめ草の指輪を受け取り、アメリアの手を取って、その薬指に填めた。
「よかった」
 リナはくるりと回る。
「二人とも、あたしのこと、心配させるんだから。絶対はなれちゃだめよ」
「リナさん……」
 リナの深紅の瞳は、二人を通り抜けて何かを見ていた。
「あたし、もうすぐいなくなっちゃうんでしょう?」
「リナ」
 ゼルガディスが立ち上がる。
「あたしはこんなに子供だけど、みんなの顔を見ていれば分かる。だから、あたしがいなくなる前に、ゼルとアメリアにはしっかりとくっついてほしかったの」
「……生意気言うな」
 ゼルガディスはリナを小突く。
「アメリアは泣き虫だから。ずっと一緒にいてあげてね」
 遠くから、ガウリイとゼロスの声がきこえる。
「おーい、何やってんだ?」
「リナさん、おやつ食べに行きますよ」
「はーい」
 リナは自分の背丈ほどもある髪を振り回して、走っていった。アメリアとゼルガディスは、自分たちの頭の上の花冠を外して、歩き出した。

chapter.11 6歳

「髪を切れ!」
「いや! イヤだったらイヤ!」
 ゼルガディスとリナがテーブルの周りを追いかけっこしている。リナは、自分の髪を踏んで転ぶ。
「きゃっ」
「だから言ってるだろう。危ないからその長すぎる髪を切れ!」
ゼルガディスに抱き上げられ、リナは脚をばたつかせて暴れた。
「やだ。やめて。髪を切らないで」
「お前が転ぶたびに泣きわめくのが、周りの迷惑だって分からないのか」
「泣かないもん!」
「泣いてるだろうが!」
「イヤ! ゼロス、助けて! ゼロス……」
「はいはいリナさん、呼びましたか?」
 ゼロスが駆けつける。
「ゼロス、お前からも言ってやれ。こいつの長すぎる髪をなんとか……」
「ゼロス、助けて。ゼルがいじめる」
「いじめてないだろ!」
「いじめたもん!」
 扉のところで、ガウリイが笑っている。
「ゼル、リナと同レベルになってるぞ」
 ゼロスはリナを抱き取る。
「リナさん、どうして髪を切りたくないんですか? 邪魔でしょう?」
「あたしは、……おとな、だったから」
「え……」
「この髪はおとなのかみ。だから、切ったらだめ。この髪を切ったら、あたし、ほんとにこどもになってしまう」
 リナの瞳は真剣だった。
「お前は子供だろう?」
 ゼルガディスがぽつりと言った。
「うん。あたしはこども。でも、この髪は大人だったのよ。よく分からないけど」
 ゼロスは、ただリナを抱きしめて、その長い髪を撫でた。
「じゃ、結いましょう」
「ルナさん」
 ルナは、ゼロスからリナを受け取り、テーブルの上に座らせ、櫛を取った。
「アメリアさん、手伝って」
「はい」
二人は、リナの髪をくるくるとまとめて結い上げた。出来上がると、リナは鏡の前に立った。
「ふふ……おとなっぽい」
 振り向く。
「ありがと、姉ちゃん、アメリア」
「どういたしまして」
「ゼル。ゼルなんかきらいよ。いじわる」
「そりゃ悪かったな」
 リナは、ゼルガディスの足下に駆け寄って、そっとささやいた。
「うそ。ゼルのことも、大好きよ」

chapter.12 5歳

 ガウリイに、何度も「高い高い」をされて、リナは息が詰まるほど笑っていた。
「ガウリイ! もっと! もっとやって!」
「おう。たかいたかい」
 そして、リナを自分の肩の上に座らせる。皆も、その光景をほほえましく見ている。
「リナ」
 ガウリイは、幸せそうに目を閉じた。
「俺の嫁さんになってくれ」
「だめ」
「ふーん。どうして?」
「あたし、もう、ゼロスのおよめさんだもの」
 その場にいた全員が、ゼロスを、怪訝そうに見た。
「ちょ、ちょっと、勘弁して下さいよ。いくら何でも、今のリナさんにそんなこと……ただ、誓っただけです。僕のお嫁さんはリナさんだって」
「そうよ」
 リナは、軽々とガウリイの肩から飛び降りた。ゼロスのマントの裾を掴み、くるまる。
「あたしはゼロスのもの。ゼロスはあたしのもの。ちかったもの」
「誓うって、大事ですよね」
 アメリアは、頬を染めていった。そして、テーブルの下で、隣の手を繋いだ。
「そ。でも、ガウリイは大好きよ。ずっとあたしを護ってくれたこと、忘れない」
「俺も、忘れない。」
 こぼれ落ちそうになる涙を、ガウリイはこらえた。

chapter.13 4歳

「いない!?」
「そんな馬鹿な。表の鍵は……手が届くはず無いじゃないか」
「椅子に乗ったみたいなの」
 ルナは、困惑した顔を見せた。
「この辺には、蛇も出るし、近くには崖があるし……早く探さないと」

「リナさーん!」
「リナ! くそ、どこへ行ったんだ!」
「リナー!! ゼロス、上から見て、どうだ?」
「この辺にはいないみたいです」
「念のために崖の方を見に行ってくれ。俺たちは街の方を探す」
 ゼロスは、裏山に入った。朝の木漏れ日が草花に降りている。リナは、いつ出ていったのだろう。まだ暗いうちだろうか。
「あそこが、崖……」
 朝日を見つめて、小さな身体が揺れていた。ゼロスは、驚かさないように、そっと隣に降りた。
「ゼロス」
「リナさん! まったくもう、皆さん心配して……! どうしてこんなところにいるんですか」
「こわかったの」
「そりゃ、こんな崖の上にいれば……」
「きえてしまうことが」
「……リナさん」
 もう、ほんの子供のリナの顔。あどけなく、愛らしい。そこに、不思議に悟った表情が浮かんでいた。
「みんな、あたしのために泣くのをがまんしてる。そういうのはいやだったから……きえるのならば、ここから飛び降りてしまおうとおもったの」
 ゼロスは、リナを膝の上に載せる。
「でもね、じゅっぺんくらい、とびおりようとして、やめたの。あたし、いくじなしだから。みんなはね、あたしがきえてしまうよりも、どこかに行ってしまったと思うほうがいいかな、とおもったんだけど……」
「飛び降りなくて良かった」
 ゼロスは、腕の中のリナを固く抱きしめた。
「今日の朝ご飯は、フレンチトーストですよ」
「え! ほんとう!」
「ルナさんが、リナさんのために5枚焼くって言ってました」
「帰ろう、ゼロス! 早くしなきゃ」
「朝ご飯の前に、みんなに謝るんですよ」
「うん、あやまる」
 もう朝ご飯のことしか頭にないリナを抱えて、ゼロスは空間を渡った。

chapter.14 3歳

「ずいぶん、眠るようになりましたね」
「次、私に抱かせて下さい」
 インバース家の居間。皆の顔に浮かんでいる表情は静かだ。
「本当に、可愛い……」
 アメリアが、眠るリナの丸い頬に頬ずりする。
「皆さんには、ご迷惑をかけました」
 リナの母が、優しく言う。
「迷惑だなんて。私たちこそ、4人で押し掛けてしまって……」
「懐かしいわ、リナのその顔。10年以上前と同じ」
 リナの母の頬に、涙が伝った。リナの父が、その肩に手を置く。
「リナは幸せだったんだよ、母さん。いい人たちに囲まれて、愛されて」
「リナがいい奴だったからですよ」
 ガウリイはそう言って、アメリアからリナを受け取った。

chapter.15 2歳

「もう、喋らないかな?」
「いや、リナはしゃべり出すの早かったから、まだ何か言うかも知れない」
「そうなんですか」
 借り物のベビー服を着せられ、長い髪をおもちゃのように弄っているリナは、手をついて、体の向きを変えた。
「ぜろす」
甘い声。こんなに小さくても、リナの声と分かる。
「すき」
伝えたい言葉。伝えたい温もり。
「ゼロス、抱っこしてやれよ」
「ええ……」
 ゼロスに抱かれると、リナはすぐに眠ってしまった。
「夢は、みるのかなあ」
 アメリアがぽつりとつぶやいた。

chapter.16 1歳

「不思議ですね、ゼルガディスさん」
「……どうした、アメリア」
「私、こんな事になったら自分がもっと泣いて、泣いて、世界を呪うかと思ったんです」
「……ああ」
「でも、今は静かな気持ちです。リナさんは、愛する人に護られて、安らかに呼吸している。もうすぐ、春に消える雪のように、消えてしまうリナさんですけど……私は、リナさんを黙って見送れます。ゼロスさんが、いてくれればこそ、ですけど」
「リナは、最後までわがままだったな。俺が抱くと泣くんだよ。傷つくよな」
「でも、リナさんは、ゼルガディスさんのことが好きです」
「分かってる」
 ゼルガディスは、アメリアの肩を抱き寄せる。
「あの白つめ草の指輪、まだ持ってるか?」
「もちろん。もう、萎れてしまいましたけど……」

chapter.17 0歳

 とうもろこしのように、長い髪にくるまれた新生児のようなリナを、ゼロスは抱えた。
「おやすみなさい」
 皆、それぞれの部屋へ引き取ってゆく。分かっている。多分、今夜が最後の夜。
 ゼロスはリナを両手で包み込んだ。髪をかき分ける。力一杯、泣き出しそうな赤ん坊のリナ。
「リナさん」
 ゼロスは、語りかける。
「愛しています」
 胸が熱くなるような、それは今でも鮮やかな、愛の告白。
「貴女以外の人を、僕は愛しません」
 リナは、少しずつ小さくなっていった。ゼロスは、時折髪をかき分けて見た。瞳ばかり大きな、白い胎児。その姿も溶けて、掌におさまるような、小さな命に。暁の光が射す頃、ゼロスはリナを見失った。てのひらのどこかにある、一粒の受精卵。
 誰かの起き出す音。ゼロスはベッドから立ち上がろうとした。不意に、声が響いた。
「ゼロス……しあわせだった」
 聞き違いようのないリナの声。
「リナさん。貴女を愛している限り、僕はいつまでも幸せなんですよ」
 ゼロスは返事をして、部屋のドアを開ける。

「俺は、旅に出るよ。久しぶりの、一人旅に」
「俺は、セイルーンへ行く。アメリアを、護って暮らす……ゼロス、お前は?」
「仕事に戻ります。時々、皆さんを訪ねます。リナさんのことをおしゃべりしましょう」
 太陽は、それぞれの行く道を照らし出す。涙が、光を反射してきらめいた。







結局リナちゃんを……ごめんなさい。ただ、リナちゃんは周りの皆に──もちろんゼロスに、愛されているということを描きたかったのです。

リナちゃんはどんなときも一人ぼっちではない。リナちゃんは精神的に皆をまもり、まもられている。そんなスレイヤーズの人物関係が大好きです。