カテドラル[1]



──あたしは あいのうたで あなたを探しはじめる──



カテドラルは滅びゆく都。前の戦争の最前線基地の後ろに出来た、補給線と娯楽を提供する都。戦争が終わっても人々はカテドラルに流れ込み、狭い路地をくぐり抜け、一夜限りの快楽を求めてわずかばかりの金をカジノや売春宿に落としてゆく。どぶ水の臭いと、高価な香水の香り。ボロ布をまとった浮浪者と、豪華な毛皮に身を包む娼婦たち。でたらめに立てられた狭く、高いビル。魔法の匂いに満ちた阿片窟。

「あたしをここで働かせて下さい」

ここは、カテドラル最大のキャバレー「フール・フォー・カテドラル」。昼の光に今はわずかに色あせているが、夜ともなればネオンサインを煌めかせ、疲れた男たちを癒やす脂粉の香りに満ちる、そんな店。

「お前を、か?」
「はい。あたしを雇って下さい」
「お前いくつだ」
「18です」
「おいおい、嘘はいけないぜ。どう見ても、お前は13、4だ」
「18です」
「それになあ。ここは表向きはキャバレーなんて言ってるけれど、お客さんの気に入った女の子がいれば、二階の個室に行って、その…なんだ、相手をさせられるわけだ」
少女は紅い瞳をあげた。
「分かってます。そのつもりで来ました」
「とにかく、帰んな。お前みたいなガキが来るとこじゃねえよ」
金髪の黒服は、少女の肩を押して、ドアを閉めようとした。その時、店の奥から店長が太った身体を揺らしながら走ってきた。
「おい、黒服。こんな上玉を何追い返そうとしてんだよ」
「しかし、店長、こんな子供じゃ……」
「そういうのを好む客がいるって事は、お前は百も承知だろう。おまけに、滅多にいないぞ、こんな美少女は。黒服、お前は下がってろ。お嬢ちゃん、名前は?」
「無いわ」
「へ?」
「あたしは両親も、姉ちゃんも、前の戦争で亡くした。名前を呼んでくれる人、誰もいなかったの」
「じゃあ、いい源氏名を考えてあげなくちゃいけないな」
金髪の黒服が、少女を見つめてつぶやく。
「リナ……」
「リナか。そりゃいいな。可愛いし、他の女の子ともかぶってないし」
「ガウリイ、ありがとう」
「どういたしまして」
「じゃ、契約書類を作るから、ちょっと奥の事務所まで来てもらおう」
リナは、店長に手を引かれて、店の中へ入っていった。ガウリイはそれを見届けると、表のドアを閉めた。
(あの子、何で俺の名前が分かったんだ?)
ちょっと考えて、答えは簡単に出た。
(そういや、俺はネームプレート付けてるんだっけ)
「おい、ガウリイ」
別の黒服から声がかかった。
「お前のネームプレート、ロッカールームに落ちてたぞ」
「お、サンキュ」
そして彼はまたさっきの悩みに悩まされることになった。
(それに、あの子の顔を見たときに、自然と『リナ』っていう名前が浮かんできたんだよな。もしかして、初対面じゃないのか?いや、俺はあんな子は知らない。いったい……)
「おい、黒服は店の掃除にかかれ」
フロアマネージャーが手を叩く。ガウリイはいつもの仕事に入り、疑問を忘れていった。

「リナちゃん、水割り作れるか?」
「作れないわ」
「じゃあ、やり方を教える。おい、黒服、ウイスキー持ってこい」
ガウリイは、一番安いウイスキーと、グラスと氷を持ってくる。
「まずグラスに氷を入れて……」
不慣れな手つきでバースプーンを回すリナを、ガウリイは遠目で見ていた。
「それから、お客さんが煙草をくわえたら、すぐに火を付けてあげること。ライターはこれ。いつも服のポケットに入れておくこと」
リナは、店長のくわえた煙草に、おずおずと火を付ける。
「よし、リナちゃん、上出来だ。あとは、二階での仕事の事を教えておかなきゃいけないな」
「店長」
ガウリイが声をかける。
「彼女の二階での仕事は、俺が教えます」
「おい、黒服。さっきはこの子を追い返そうとしたくせに、美味しいとこだけ持って行くつもりか?」
「あたし、ガウリイに習いたい」
「リナちゃんまで。ああ、もう勝手にしろよ。ガウリイ、お前いい男だから得してるな。リナちゃんを連れて二階の端の部屋へ行け。あそこはもう掃除も済んでる」
ガウリイはリナと呼ばれる少女のの小さな手を掴んだ。そして、店の奥の二階への階段を上がった。

「お客さんをこの部屋に入れたら、まずバスタブに湯を張るんだ。そして、お客さんには服を脱いでくつろいでもらう。バスローブは、ほら、ここにしまってあるからな。それで、お客さんが風呂に行ったら、お前も服を脱いで一緒に入るんだ。スポンジはここ、ボディシャンプーはこれ。上がったら、バスタオルでお客さんと自分を拭く」
そして、ガウリイは、顔を赤らめた。
「そして、ベッドで…ってわけだ。それも実習が必要か?」
「ううん、いい。分かったわ、ありがとう」
リナは、無表情にけばけばしい装飾の部屋を眺めている。
「お前、処女か?」
「ええ、そうよ」
「おいおい、初めての相手がどこの奴とも知れないお客でいいのかよ。やっぱり俺が……」
「ガウリイと、そういうことをするのは、なんか違う気がする」
「そう言えばお前、俺のことを最初からガウリイって呼んだよな。あれはどうしてなんだ」
「ガウリイはガウリイじゃない」
「いや、お前はどうしてその名前を知ってるのか、俺は知りたいんだ」
「ガウリイの顔を見たとき、思ったの。この人はガウリイだって。それに、あなたもあたしのことを『リナ』って呼んでくれたでしょ?」
らちが開かない。ガウリイは質問を変えた。
「おまえ、どうしてこのカテドラルに来たんだ。ここは、前の戦争の基地の役割を果たし終わって、やがては滅んでいく街だぞ」
「人を、探してるの。ここには、若い兵隊さんたちがいっぱい来るでしょう?あたしが探してるのも、20代くらいの、若い人なの」
「ふうん……そいつの名前は?」
「知らないわ」
「はあ?じゃ、見た目に特徴とか無いのか。肌の色とか、目の色とか」
「それも、分からない」
「じゃ、どうやって探すんだよ。雲をつかむみたいな話じゃないか」
「抱かれれば、分かるの。この人だって。だから、出来るだけ沢山の人に抱かれたいのよ。そのために、ここに来たの」
「そんな無茶な話ってあるかよ。抱かれれば分かるってなんだよ」
「夢を、見るの」
「夢?」
「あたしは、顔も名前も知らない誰かに抱かれてる。若い人だって事は分かる。肌はすべすべで、身体はたくましくはない。どっちかというと線の細い感じ。あたしは、無我夢中でその人にしがみついてる。もうすぐ別れなきゃいけないことが分かってる。目を覚ますと、いつも涙が流れてる。そんなことが、もう何年も続いたわ。姉ちゃんが戦争で死んだときにあたしは決めたの。その人を探すって。そして、もう一度抱きしめてもらうって」
「そのために、身体を売るのかよ……」
「きっと、見つかるわ。だってここは、カテドラル最大のキャバレーで売春宿なんでしょう?」
「そりゃ、その通りだが……」
「分かるの。きっと、その人はここに来るわ。それまで、あたしはここで働くわ」
「おい、俺にだけ本当のことを教えてくれ。お前、いったいいくつなんだ」
「……14」
「はあ……まあ、店長がああいってることだし、働くのは勝手だけどさ。その歳で、こんな商売、するもんじゃないぜ」

──心に 心に痛みがあるの
  遠くで蜃気楼 揺れて──



ゼロスは、リナを抱きしめていた。白いシーツの海。途切れる言葉。
「ゼロス……」
「何ですか、リナさん」
「あたしたち、殺し合わなきゃいけないのよね」
「そうです。それが僕の上司の命令ですから」
「なのになぜ、あなたはこんなに優しくあたしを抱いてくれるの?」
「あなたを愛しているからです、リナさん」
やがて夜明けが訪れた。二人は、黙って服を着た。そして、誰もいない草原に二人立つ。
「ラグナ・ブレード!」
リナの魔力の剣が、ゼロスを切り裂いた。それと同時に、黒い錐がリナの身体を差し貫いていた。二人は、重なり合うようにして倒れる。
「リナ…さん……リナさんの血はとても温かいです……」
「ゼロス……あたしたち、もし生まれ変わることが出来たなら……今度は…恋人同士に…なろうよ。誰からも…邪魔されない、とびっきりの恋人同士に」
「ええ…なりましょう。一度この身が…滅んでも、貴女のことは忘れません」
「あたしもよ…ゼロス」
そして二人の言葉は途切れた。静寂が、あたりを支配した。その時、まばゆい金髪の美女が、空間から現れた。
「ゼロス……人間の娘を愛した、愚かな子。この娘に対する愛情がなければ、おまえは勝てたはずなのに……」
美女は、ゼロスの額の髪をかき上げ、そこに手を当てた。
「この先何度生まれ変わっても、リナ=インバースのことは思い出さないように」
そして、リナの額にも手を当てて、言葉を紡ぐ。
「何度生まれ変わっても、ゼロスの名前も顔も思い出さないように……」


「おや、見ない子だね。新顔かね」
「初めまして。あたしはリナです。よろしくね」
「若いなあ。肌がぴちぴちしてるよ。おまけに、とびっきりのかわいこちゃんときたもんだ」
「あ、お煙草、火を付けます」
「リナちゃん、歳はいくつ」
「18です」
「とてもそうは見えないなあ。いいとこ15だよ」
「いやだ、お客さん。ここは、18歳未満は働けないって知ってるでしょ」
「いやあ、ここの店長、ロリコンの気があるから、分かんねーぞ」
「ま、とにかく飲んで。あたしが初めて作った水割りなんだから」
「頂くよ。うーん、今日はリナちゃんのデビュー記念って事でボトル入れちゃおうかな」
「わーい、お客さん太っ腹!」
リナは、初めて店に出たとは思えないほど、酔客に馴染んでいた。ガウリイは、リナの側を通るたびに、ちらちら様子を見たが、リナは明るく客としゃべっていた。
「リナちゃん、水割り飲むかい?」
「ロックがいいわ」
「おーおー、威勢がいいね」
リナは、砕いた氷の上にウイスキーを流し込むと、一気に飲み干した。頬に赤みが差す。
「ね、リナちゃん、上に行かない?」
男がささやく。リナは、すぐに
「いいわよ」
と応じた。
男の手を引いて、二階へ上がっていくリナを見て、ガウリイは心を痛めた。


リナは、「フール・フォー・カテドラル」につとめる女の専用マンションに住むことになった。廃墟と化したビルが多い中で、そのマンションは生クリームのケーキのような白い、豪華な外見を誇っている。リナが鏡に向かって化粧の練習をしていると、来客のチャイムが鳴った。
「ガウリイ!」
「お前さんのことが気になってな。来ちまった」
「とりあえず、入って。お茶でも淹れるわ」
ティーバッグの紅茶を飲みながら、ガウリイはリナに尋ねた。
「昨日の客、ちゃんと相手できたか」
「凄く痛かったけどね。あたしが処女だったことで、お客さんはとても喜んだみたいだけど」
「で、そいつはお前の探してる奴だったのか?」
「違ったわ。でも、そう簡単に見つかるとは思ってないから」
「お前の探してる『そいつ』が見つかるまで、お前はあんなことをし続けるのか」
「そうよ」
こともなげにリナは言う。
「ねえ、あのお店は、一晩に二人の相手をすることもできるの?」
「まあ、店は四時まで開いてるからな。出来無くはないだろう」
「じゃ、あたし、そうするわ」
「お前なあ……」
「ガウリイにお説教をされる筋合いはないはずよ。これはあたしの問題なんだから」
「もっと、自分を大事にしろよ」
「あたしは、夢の中のあの人に出会うまで、幸せにはなれない。あたしを大事にするって、あの人に逢うことなのよ。分かったような口をきかないで」
「生意気だな」
「生まれつきよ」
二人は、くすくす笑った。
「昨日のお客は若い人だったから、半額にしてあげたわ」
「おい、二階の部屋の料金の半分は店の取り分なんだぞ」
「だから、あたしのお給料から引いてもらうことにしたわ」
「じゃ、お前、実質的にはタダで……」
「あの人を探すんだもの。なんてことないわ」
「リナ……」
ガウリイは、静かに言った。
「俺を、お前の『保護者』にさせてくれないか。今のお前は、あまりにも危なっかしすぎる」
「『保護者』?へんなこと言い出すのね。まあいいわ。ガウリイとは、最初から、初めて会った気がしなかったし」
「俺もだ。なんか頭の隅に引っかかるんだよな、リナって名前が」
「ガウリイがつけたんじゃない」
「ああ。でも、遠い昔に、俺はお前のことを『リナ』って呼んでた気がするんだ」
「なあに?ファンタジー小説の読み過ぎじゃないの?」
リナはまた、くすくすと笑った。


リナは、瞬く間に「フール・フォー・カテドラル」の人気者になった。お客の評判もさることながら、一緒に働く女性たちからも、「リナちゃん、リナちゃん」と可愛がられた。飾らない性格が幸いした。そしてリナは、始めて来た若い客のところには必ず顔を出し、酒を飲ませて二階へと誘った。一晩に二人。それがリナの、自分で決めたノルマだった。

ある夜、二人目の客を送り出して、午前三時の店に疲れた顔を出したリナに、指名がかかった。太った、中年の客だった。
「お前がリナか。評判通り、美しいな。特にその紅い瞳がいい」」
男は、汗ばんだ手でリナを引き寄せた。
「石鹸の匂いがするな。二階の客の相手をしていたか」
リナは顔を赤らめる。
「どうだ、私の相手をしてくれんか。料金は相場の二倍出すぞ」
「ごめんなさい、今日は疲れてて……」
「なんだ、若い男の相手はするくせに、私の言うことは聞けないのか。所詮ガキだな。おい、こっちに来い」
男は、リナの腕をつかんで、二階への階段を上がろうとした。リナは抵抗したが、男の力は意外に強かった。リナと男がもみ合っていると、ガウリイが間に入った。
「申し訳ありません。この子は、今日は二人の相手をして疲れています。あなたのお相手は、また今度と言うことで……」
「なんだ、それが二倍出すと言っている客への態度か。黒服ごときが。ひっこんでいろ」
「そうはいきませんね」
ガウリイは握り拳を作り、指を鳴らした。
「リナが嫌がっているんだ。無理に連れていくというのなら、こっちにも考えがある」
「私は前の戦争で部隊長まで務めたんだぞ。お前のような若造に負けると思うか」
男は、ガウリイの頬を殴りつけた。ガウリイは少しよろめいたが、体勢を立て直す。そして、男の腹を思い切り殴りつけた。
「ぐっ……」
男は膝をつく。
「お帰りはあちらになっております」
「なにを!このくそ生意気な若造が。店長を呼べ!」
ガウリイは、男の襟首をつかんだ。怖いほど真剣な目が男を突き刺す。
「またのご来店をお待ちしております」
「二度と来るか、こんな店!」
男は、ガウリイの手をはらった。そして、逃げるようにレジカウンターの方へ走っていった。
「ガウリイ、良かったの?あんなことして」
「ああいうガラのわるい客は来ない方が店のためだ」
そして微笑む。
「言ったろ。俺はお前の『保護者』だって。それに、あの客は中年だ。お前の探している男じゃないだろう」
ガウリイは、閉店間際に、店長にこってり絞られた。男は、この店の上得意客だったのだ。でも、もちろんガウリイはそのことをリナには言わなかった。
「リナ、今日はお前のマンションまで送っていくよ」
「いいよ。ガウリイも疲れたでしょう?」
「あんなことがあったあとだ。お前も参っただろう。送らせてくれ」





というわけで、娼婦リナちゃんです。すみませんm(_ _)m 回想シーンにしかゼロスが出てこないってのもお叱りものですね。私のいつもの小説のように、ガウリイがリナちゃんの保護者です。ゼロス×リナ←ガウリイってのが本当に好きなんでしょうねえ……(他人事風)。それでは、続きもよろしくお願いします。

ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。私は他の作品でもリナちゃんに娼婦を演じさせてます。強くて前向きな本来のリナちゃんがみだらで(汗)純粋な娼婦になるっていうの……なんか燃えるパターンなんですよね。ご不快になられた方はすみません。


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