愛の自爆装置[前編]



「あんたたち、やめなさい!リナを離して!」
「妹を殺されたくなければ、動くな、スィーフィード・ナイト」
ルナの首に、剣が押しつけられる。
「リナを……どうする気」
「さあな。どちらにしろ、我々の計画にはお前が邪魔なのだ、スィーフィード・ナイト」
「あたしを……殺して、どうやって魔族に対抗するつもりなのかしら?」
「お前が心配することではない」
ルナの首にサーベルが突き刺される。赤い血が噴き出す。
「いやあ、ねーちゃん、ねーちゃん!」
「さて、リナ=インバース。我々の計画につきあってもらおう」
「な……何言ってんのよ。ねーちゃんが死んじゃうわ。ここを通して!」
「ルナ=インバースにはここで死んでもらう。言ったとおり、我々の計画には邪魔なのでな」
「この、気違い集団!よくもねーちゃんを殺したわね!」
「気違い集団とはご挨拶だな。我々は、魔族の脅威から人間を守る、永遠の方法を考え出したのだ。ルナ……そしてリナ=インバース。気の毒だがその犠牲になってもらう」
「あたしも……殺す気。あたしは、抵抗するわよ。あんた達なんて、簡単に滅ぼせるんだから」
「リナ=インバース。好きな果物は何だ?」
「はあ?何で今、そんなことを答えなくちゃいけないわけ?」
「我々のせめてもの温情だ。好きな果物を答えろ」
「……苺よ」
「分かった」
リナの首筋に手刀がたたき込まれた。リナは、意識を失って、長老たちの腕の中に崩れ落ちた。


なぜ孤独にみんな 慣れていくの?
愛の自爆装置は 動き出した


「リナ……リナァ!開けてくれ、リナ。どこにいるんだ、リナ!」
ガウリイが、白く巨大な建造物の周りをぐるぐると歩き回っている。向こうから、ゼルガディスとアメリアが現れる。
「一周しちまったか。どうだ、ゼル、アメリア。入り口らしいものはあったか」
「いや、どこも分厚い壁だ。入り口らしいものはなかった」
「シルフィール」
呼ばれて、長い黒髪の少女が姿を現す。
「お前、ドラグスレイブが使えるって言ってたな?今、ここで使ってくれ。この壁をめがけて」
「分かりました」
シルフィールは詠唱を始める。

黄昏よりも昏きもの
血の流れよりも紅きもの……

「ドラグ=スレーイブッ!!」

シルフィールの渾身のドラグスレイブ。しかし、それはこの建物の壁にヒビ一つ作らなかった。
「すみません、ガウリイ様……すみません。わたくしの力が足りないばかりに」
「いや……お前はよくやったさ。この建物が化け物なんだ。それにしても、この中にリナが閉じこめられてるってのは本当なのか」
「本当だろう。新聞にまで載ったんだぞ。世界を護るために、尊き犠牲になった一人の少女……彼女の名は、リナ=インバース」
ゼルガディスは吐き捨てるように言って、眉間を押さえた。
「リナ=インバースのような魔力の強い者がこの中に封じ込まれることによって、人間の世界は永遠に魔族の脅威から護られることになる……」
アメリアが、新聞の切れ端を、そっと開いて読み上げる。
「冗談じゃない。そのために、リナの姉さんまで殺されたんだぞ。それにリナはどうなる。一生を、この得体の知れない白い建物の中で過ごすのか?」
「この記事に寄れば」
ガウリイは、新聞の切り抜きをガウリイに渡す。
「リナは、この建物の中にいる間、永遠に歳を取らないらしい」
「な……っ、じゃあ、それじゃあ、リナはこの中で永遠にひとりぼっちか?」
「そうなるな」
「畜生!」
ガウリイは、腰の剣を抜いて、壁に斬りつけた。きいん……と音がして、刃のさきが欠けて、弾け跳んだ。


「ゼロス。人間が、また面白いことを始めたらしいな」
「ええ。例の、光の壁、ですね」
「ああ。そばまで行ってみようではないか」
ゼロスと、その主ゼラスは空間を渡った。半透明の金色の、光の壁が行く手を覆っている。
「ルビーアイ様の分けられた身体は、結界の外に取り残されているらしい。しかし、我々は……このまがまがしいプレッシャーを与えてくる壁に触れれば、どうなることか……」
「まがまがしい……プレッシャー?」
「お前は感じないのか、ゼロス。この壁は、我々魔族に敵意を剥き出しにしている」
「敵意、ですか……」
しかし、ゼロスには、目の前の壁が、ただの金の光の壁にしか見えなかった。なんのプレッシャーも伝わってこない。ゼロスは、思わず壁に手を伸ばす。
「ゼロス!」
厳しいゼラスの叱責に、ゼロスは慌てて手を引っ込める。ゼラスは、空中で手を振って、レッサーデーモンを一匹召還した。壁に向かわせる。
「きしゃあああっ」
レッサーデーモンは、甲高い悲鳴を上げて、消滅した。欠片一つ、残らなかった。
「この壁は、魔力の強さに応じて跳ね返ってくる力も変わる。私たちのような高位魔族が触れたら、ひとたまりも無いぞ」
ゼロスの美しい上司は、金髪をかき上げ、酷薄な笑みを浮かべた。
「知っているか、ゼロス。この壁を創り出しているのは、たった一人の少女の孤独と引き替えになる力。そのものの魔力が強ければ強いほど、この壁も強力になる」
「……少女?」
「お前も一緒に旅したことがあったな」
「リナ=インバース……!」
「どうしてどうして、人間も残酷ではないか。何度もこの世界を救った少女を、幾重にも魔力結界を張った建物に閉じこめ、年老いることも死ぬこともなく、永遠の孤独を強いるのだ。我々魔族を残酷だ、残虐だとののしっている人間のする事とも思えんな」
「リナさんが……リナさんが生け贄に……」
「言っておくが、助けようなどとは思うな。それは、私たちの力を越えたことだ。お前も、人間の娘ごときのために、命を粗末にすることはあるまい?」
「……はっ」
ゼロスとその美しい主は、群狼の島へ空間を渡った。
「人間のすることだ。いつか必ずほころびが出る。その時まで、せいぜい見せかけの繁栄にすがるがいい、人間よ。たった一人の少女の孤独を糧にして」
「……」
ゼロスは、黙って主の前に頭を下げていた。その闇紫の瞳は、激しい憎悪に燃えていた。


それは、数ヶ月前。リナは、魔導士協会の長老たちに呼び出されて、セイルーン王国に来ていた。
「それでは、お前は人間界に魔族を寄せ付けない壁を造る計画には反対だと?」
「……ええ」
「何故だ!魔族と、魔族同士の争いによって、我々人間はいつも危険にさらされている。お前は、人間の平和を願わないのか?」
「平和は、大事だと思います。ただ、それは魔族とともにあっても出来ることなのではないかと思います」
「話にならんな。お前ほどの魔導士が……」
長老たちの一人が、最長老に耳打ちをする。
「お前は、冥王フィブリゾを滅ぼす旅、そしてダークスターを倒す旅の途中に、高位魔族と行動を共にしていたらしいな」
「はい。あたしは、ゼロスと行動を共にしました。でも、そのことが何の関係があるのですか」
「お前は、惹かれたのではないか?そのゼロスとか言う魔族に」
「……違います」
「そのものと引き裂かれることになるから、壁を造るのに反対なのではないのかね?」
「……違います……!」
「どうだかな。だが、計画はもう動き始めた。いずれにせよ、おまえに手伝ってもらうことになるぞ、リナ=インバース」


わからずやのおりこうさんが
愛することに理屈をつけました

そして 危ない装置は作られた
ヒステリックなわがままの罰で


「ガウリイの旦那。まだ、ここにいたのか」
「ああ。ある日、ひょっと入り口が開かないものかと思って」
「旦那。あれから10年も経ったんだぞ」
「おう、言い忘れてたな。アメリアとの結婚おめでとう」
「あ、ああ。アメリアも、旦那のことを心配していたぞ。なにしろ、この中のリナと違って、俺たちは歳を取るんだからな」
「それだったら、いっそうここから離れるわけにはいかねーよ」
「旦那の気持ちは分かる。だが、俺たちに何が出来る?こうやって、壁の周りをうろうろしても、リナにとっては何の助けにもならないんだぞ」
「分かってる」
ガウリイは、白く固い、風雪にもヒビ一つ入らない壁を殴りつけた。
「ここは、スィーフィードとシャブラニグドゥの古戦場だ。ヴァルガーヴがダークスターを呼び出そうとした場所でもある。そこに、リナを閉じこめ、その魔力を吸い取り、人間界を光の壁で覆う……ひどい話じゃねえか。俺は、俺が生きている間に、絶対にリナをここから出してやる。何か、何か方法はあるはずなんだ」
「人間界の長老たちには聞いてみたのか」
「リナを閉じこめた長老たちは、呑気に歳を取って、死んじまったよ。あとを継いでいる長老たちも、俺がさんざん締め上げたが、リナを助け出す方法は無いって言ってたな」
「旦那……」
「この建物は、リナを中央に置いて、その周りを魔法結界で囲み、そして魔法を通さない物質を使ってリナを覆うように建造された。しかし、おれはリナがおとなしくされるがままになったとは思えない」
「……どういうことだ?」
「なにか、裏技みたいなものがあるはずだ。長老たちがリナに呪いをかけたように、リナもたった一つでも、ここから脱出できる方法をつくったはずだ。それがどんなものかは分からないが、俺はそれに賭ける」
「それは、旦那がこの辺をうろうろしていることと関係あるのか?」
「ない」
きっぱりと言い切られて、ゼルガディスはずっこける。
「旦那……!」
「俺はただ、リナがここから出てきたときに、一番最初に『おかえり』って言ってやりたい。それだけだ。さあ、おまえはアメリアのところに帰れよ。リナの永遠の命に比べたら、俺たちの一生なんて短いぜ」
「ガウリイの旦那、それはあんたも一緒じゃないのか?」
「俺は、俺の一生をリナに賭ける。それより、お前たちも、セイルーンでリナを助ける方法を探してくれ」
「言われなくてもやっている」
「そっか。めぼしい方法が見つかったら、必ず俺にも知らせてくれよ」
「旦那。あんたはどこに住んでるんだ?」
「そこだ」
樹を組み合わせて造った、素朴な家。家の周りは耕されて、畑になっている。
「いやあ、畑に出来る作物だけじゃ腹が空いてな。その点は困ってるぜ」
ゼルガディスはため息をついて、島を後にした。


ガウリイは、病に倒れていた。何日も高熱が続いた。年老いた身体に、それは堪えた。彼は、既に自分の死期を悟っていた。
「リナ……ごめんな、何もしてやれなくて。俺は、もう駄目らしい。お前を置いていくことが……心残りだよ」
年老いた手を上げ、弱々しく壁を叩く。
「今でも、お前はあの頃の少女のままなのか?そして、このくそいまいましい建物の中で、ひとりぼっちで泣いてるのか?」
冷たい雨が降っている。何度も改修した枝葺きの屋根から、しとしとと雨が漏れてくる。
「リナ。誰かがきっと、お前を助けてくれるさ。おまえは、一人で泣いてるのなんて似合わない女だ」
そして、ガウリイは動かなくなった。

「ガウリイさん……」
ゼルガディスが、冷たくなったガウリイの身体を抱き上げ、家の隣の畑を掘って、そこに埋めた。ゼルガディスも、アメリアも、もうかなり年老いている。
「最期まで、リナさんの側にいたんですね……」
「旦那だって、あの忌々しい長老たちの犠牲者だ。俺は、あいつらを許すことは出来ない」
「長老たちが集うのはセイルーンなんですよね……」
ゼルガディスとアメリアは、もう一度長老たちのもとへ赴いた。
「教えろ。リナ=インバースをあの建物から出す方法を」
それは、何十年も、代々変わる長老たちに問うてきた質問。
「方法はない。あの建物は、どんな衝撃にも、どんな魔法にも耐える。今も、あの中でリナ=インバースは生き続け、その強力な魔力で人間界に結界を張り続けている」
「恥知らずめ……!」
「ひとりの娘の犠牲で、人間は魔族の脅威から解放されたのだ。それに、リナ=インバースを外に出すわけには行かない」
「……どういうことだ」
「リナ=インバースには、特殊な細菌を感染させてある」
「なっ……細菌!俺たちは、今までそんなことは聞いたことなかったぞ。それで、どんな細菌なんだ」
「人間、動物、その他あらゆる生き物の生殖を止める……そういう細菌だ」
「なぜだ、なぜそんな細菌をリナに感染させた!」
「リナ=インバースが外へ出てくる気を起こさせないためだ」
「あの建物は、もともと外には出られないんじゃなかったのか?」
「もし……遠い将来、あの建物と結界が壊される時が来たとしても……リナ=インバースが外に出てくるのを拒むように。最後の安全装置として彼女に細菌を感染させた。人間界では、その細菌は既に殺されていて、無い。彼女の体内にあるだけだ」
「じゃあ、リナさん自身の生殖能力は……」
「聞くまでもないだろう。既に無い」
「ひどい!ひどすぎます、あなたたち!同じ人間として、あなたたちを軽蔑します」
「軽蔑。大いに結構。そのせいで、魔族はこちら側の世界に入ってこられないのだから」
アメリアは、年老いた手で、自分より若い長老の頬を打った。長老は、対して痛そうでもなく頬を押さえると、
「これ以上あなたたちにお話しすることはなさそうだな」
とだけ言って、奥へ入っていった。

またしてもリナちゃんをひどい目に遭わせてしまってすみません。さあ、そのリナちゃんを助けられるのは誰だ?(ばればれ)それでは、後編もよろしくお願いします。

ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。この小説を書いてから知ったのですが、魔族の結界というものがリナたちの住む世界を取り囲んでいたのですね。なんだかそれと矛盾するお話になってしまいました……。大変尊敬する某サイト管理人の方から、この小説のガウリイをお褒めいただきました。恐縮です。


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