わがままなえんぷれす[１]





「うっとおしい」
主の爪先に、蒼いペディキュアを塗っていたゼロスは、その言葉に顔を上げた。
「今……何と？」
「うっとおしいな、お前は」
照りつける太陽。獣王・ゼラス＝メタリオムの金髪が、その光を受けとめている。ここは、群狼の島の海岸。ゼラスは、グラマラスな身体を肌をあらわにした水着に包み込み、冷たいカクテルを飲んでいる。
「獣王様……」
「その黒髪。そのマント。まったく、お前を見ているとイライラしてくる」
「お言葉ですが、我が主よ。僕を、この姿に創ったのは貴女ではありませんか」
「口答えするか？」
「く、口答えって……」
「ああ、暑い」
ゼロスは、ゼラスの十本の美しい足の爪にペディキュアを塗り終え、瓶のふたを閉じた。
「お前の顔など見飽きた。日光浴をするには、もっと美しく、可愛らしいパートナーが欲しいものだな」
「はあ……お暑いのでしたら、涼しい宮殿にお帰りになればよろしいのでは。それに、美しいパートナーといっても……」
ゼラスの口元に笑みが浮かんだ。
「お前の、お気に入りの人間の娘がいたな」
「僕のお気に入り……リナ＝インバースのことですか」
「私も一度彼女を見たことがある。彼女は可愛いな。こんな夏の日に、側に置けたら最高だ」
「……僕に、何をさせるおつもりですか」
「降魔戦争の褒賞に、お前に与えたレイ＝マグナスの呪符（タリスマン）。あれを、お前はリナ＝インバースに売ったのだったな」
「はい」
「そして、先日のルビーアイ様の一部との闘いで、彼女はそれを噛み砕き、力を解き放った」
「その通りです」
「今も、彼女の中に、その欠片がある。そうだな」
「何をおっしゃりたいのか……」
「お前には、彼女の居場所が分かる。この日光浴のパートナーにふさわしい、可愛らしい彼女を連れてこい」
「リナ＝インバースは手強い娘です。おとなしく僕についてきてくれるかどうか」
「うるさい。さっさと彼女を連れてこい。命令だ」
「わ、分かりました。行ってまいります」
ゼロスは、空間に姿を消した。ゼラスは、太陽を見上げて、妖しく微笑んだ。


ゼロスはリナの気配を感じ、ある街へ姿を現した。昼食時。道ばたにテーブルを出したオープンカフェで、リナは熱心に食べ物を口に運んでいた。彼女のそばには、自称保護者のガウリイ。そして、意外なことに、セイルーンの王女・アメリアと、魔剣士ゼルガディスも同じテーブルについていた。
「おやおや、旅の同窓会ですか？」
「ゼロス！」
リナが食事の手を止めて、顔を見上げてくる。
「よお、ゼロス。俺たちは久しぶりに集まってたんだ。そろそろ近況報告しようってな。で、何の用だ。それにしても、この真夏に暑っ苦しいカッコしてんなあ」
ガウリイがにこやかに言った。
「お久しぶりです、ゼロスさん。サイラーグ以来ですね」
「……また何か、リナに押しつけに来たのか」
アメリアとゼルガディスも、ゼロスを見た。
「あんたが出てきた、ってことは、何かあるのね。さっさと言いなさいよ。でも、やっかいごとだったら、あたしはパスよ」
「いえ……あの」
「なんだ、ゼロス、お前が口ごもるほどの厄介な仕事か？」
「そーいうわけではないのですが」
ゼロスは、リナの手に握られたフライドチキンを奪って、テーブルに戻した。
「？」
「リナさん、ついてきていただきます」
ゼロスはリナを椅子から抱き上げた。
「ちょ……何すんのよ、ヘンタイ魔族！」
「何するんですか、ゼロスさん！　さては、悪のたくらみに、リナさんを利用しようと……」
アメリアが立ち上がる。
「いえ、そんな物騒なことではないんです。それでは、僕たちはこれで……」
ゼロスは、空間を渡った……つもりだった。だが、気がついてみると、目の前の風景はまるで変わっていなかった。
「……あれ？」
「『あれ？』じゃなーいっ！　放しなさいよ、ゼロス！！」
リナが腕の中で暴れる。
「おい、ゼロス。リナを放せ」
ガウリイが、剣に手をかける。
「烈閃槍（エルメキア・ランス）をたたき込むぞ、アメリア。リナに当たらないように、頭を狙え」
「分かってます！　エルメキア……」
「勘弁して下さい！　決して、リナさんを悪いことに利用するわけでは……」
「うるさい。お前さんの言う事なんて信用できるか。リナを連れて行かせはしない」
ガウリイの斬妖剣（ブラスト・ソード）が、真夏の太陽を反射してきらめく。
「はあっ！」
ガウリイの打ち込みを、すんでの所でかわす。
「違うんです、けっしてリナさんに仇なすわけでは……」
「信用なるか。リナを降ろして、とっとと立ち去れ。さもないと、お前を叩き斬る」
ゼロスは、もう一度空間を渡ろうとした。だが、それは叶えられなかった。
「烈閃槍（エルメキア・ランス）！！」
ゼルガディスとアメリアの声が重なった。青白い光の槍が、ゼロスを襲う。ゼロスは魔法結界を張ろうとした。だが、それもできなかった。呪文は、ゼロスの背中を直撃する。
「ぐううっ……」
苦痛のうめき声を上げて、ゼロスはよろける。腕の中の、暴れ続けるリナを放さないので精一杯だ。
「黄昏よりも昏きもの……」
腕の中のリナが唱え始める。
「リ、リナさん。それは、それだけは勘弁して下さい」
「やかましい。血の流れより赤きもの……」
「リナさん！」
その時、ゼロスの首筋に冷たい刃が当たった。
「ゼロス。おとなしくリナを放すんだ。どうやらお前は、空間を渡る能力を失っているらしいな。それがお前の運の尽きだ。さあ、リナを降ろして、ここからとっとと立ち去れ」
ガウリイの声は、今までになく冷たかった。
「どうして……どうして空間を渡れないんですか。獣王様！」
そう叫んだ瞬間、空間がゆがんだ。ゼロスとリナの身体は、宙にかき消えた。
「くそっ！　逃したか」
「リナさん……リナさんは何のために連れて行かれたんでしょう？」
「ここで、俺たちがじたばたしていても始まらん。宿に戻るぞ」
残された三人は、悔しげに地面を蹴って、歩き始めた。
「お客さーん、困りますよ！　お代、お代！」
「あ……忘れてた」


腕にリナを抱えたゼロスは、真夏の海岸に姿を現した。デッキチェアの上で、ゼラスは爆笑していた。その美しい瞳から、笑い過ぎの涙が零れる。
「あーっはっはっは……ゼロス、なかなか良い余興だったぞ」
「僕の、空間を渡る能力を奪っていたのは獣王様ですね！　どうしてそんなことを……」
「お前がリナ＝インバースの仲間に追いつめられるのを見たくてな。あわてふためくお前を見るのは実に楽しいことだった」
「あのですねえ、獣王様！」
腕の中のリナが、もぞもぞ動いた。
「あのお……降ろしてもらえないかしら」
「これはこれは。さあ、降りて下さい」
リナとゼラスの目が合う。
「あなたは……ルーク・シャブラニグドゥと戦ったとき、『受付係』をしていた…獣王……ゼラス＝メタリオム」
「そうだ。久しぶりだな、リナ＝インバースよ」
「あたしに、何の用事ですか」
リナの額に冷たい汗が浮かんだ。
「ああ、そう緊張することはないのだ。私は、見ての通り、人間のまねごとをして夏の日光に当たりたくなってな。それで、そのパートナーにゼロスは暑苦しすぎるので……可愛らしい娘を呼んだのだ」
「可愛らしい娘……あたしの、ことですか？」
「お前以外に誰がいる？」
リナは、耳まで紅くなった。
「そのために、ゼロスを使いによこしたんですか」
「そうだ。さ、」
ゼラスはにっこりと微笑んだ。
「水着に着替えて、私の隣に座ってくれ」
ゼラスは、ゼロスに命令する。
「デッキチェアをもう一つ。それから、リナ嬢の分も、冷たいカクテルを。一分以内にやれ」
「はっ」
ゼロスが姿を消すと、リナは困った顔をした。
「あの……残してきた仲間が、心配してると思うんですけど……それに、水着になれったって、あたしはそんなもの……」
ゼラスがぱちんと指を弾く。一瞬にして魔導師の衣装が、きわどいピンクのビキニに替わる。
「えっ……きゃああああっ！」
「女同士ではないか。恥ずかしがることなどない」
ゼロスが、デッキチェアとカクテルを持って帰ってくる。リナを見る。
「リ……リナさん。何て格好を」
「み、見るな！　ゼロス、あっち向いて！」
「あっちを向いたらデッキチェアをセットできないのですが……」
「ゼロスよ、リナ嬢をじろじろ見るのは、私も許さんぞ」
「分かってます！　見ません！」
ゼロスは、サイドテーブルにカクテルを置くと、白いデッキチェアを広げた。
「さあ、リナさん、ここへ」
「はあ。あの……獣王、じゃなくて、ゼラ……えーっと」
「ゼラスさん、で結構だ」
（シャブラニグドゥの五人の腹心の一人を、そんな呼び方していいのかな？）
「あのう、ゼラス……さん」
「なんだ、リナ＝インバース」
「ほんとに、ただ日光浴をするために、あたしを？」
「お前は美しいからな。私の側に置くのにふさわしい」
リナは、ため息をついて、デッキチェアにもたれかかった。
「ゼロス、お前は獣王宮に戻って、夕食の準備をしろ」
「夕食……ゼラス様も、お召し上がりに？」
「ああ。リナ嬢と食事がしたい」
「えっ？」
リナは、意外そうな顔をする。
「魔族には、食べ物は必要ないんじゃ」
「ああ。でも、食べることは出来るし、味わうこともできる。お前と、料理を楽しみたい」
「あの……夜には帰らないと、仲間が心配しすぎると思うのですが」
「夕食を食べたら、お仲間のもとへ戻ってもらう。それまでは、ゆっくりしてくれ」
「はあ……」
ゼラスは、ゼロスに目を向けた。
「それから、お前は人間の街へ戻って、何かまともな料理の本を読んでこい。お前のオリジナル料理は、あれは食えたものではないからな」
「だめですか？　子羊のカオス風味マンドラゴラ添え……」
「あれ！？　いらない、食べない！」
顔色を変えてリナが叫ぶ。
「料理の本を見て、しっかり作り方をメモしてこい。それから材料を買って。そら、人間の金だ」
数枚の銀貨がゼロスの手にこぼれ落ちる。
「あの……これだけでは、材料を買うのが精一杯です。本までは」
「誰が本を買えと言った」
「は？」
「立ち読みしてこい。無駄な金は使わん」
「獣王様。人間の金など、貴女の魔力で簡単に生み出せるのでは……」
「さっさと行って来い」
「わかりました……あ、あれ？」
まだ、ゼロスは空間を渡れなかった。
「ゼラス様、僕の能力を返していただきたいのですが」
「しばらくはそのままにしておく。大丈夫だ。私の力で、必要なときにお前を移動させる」
「不安ですが……では、僕を人間の街に飛ばして下さい」
ゼロスの姿がかき消えた。

（ここは……どこの街でしょうか？）
人混みの中に現れたゼロスは、辺りを見回す。繁華街だ。
（まずは……料理の本を見つけて、メモですね）
人をかき分けて、書店に入る。「料理」と記された棚に近づき、適当な本を取って、ページを繰る。
（うーん……僕はカオス風味マンドラゴラ添えも悪くないと思うんですけどね……さてと、この料理にしますか。５人前、これだけあればリナさんも満腹してくれるでしょう）
肩から提げた鞄から、メモ用紙とペンを取りだし、細かな文字を書き付ける。
（子牛肉、ローリエ、スイートバジル、バルサミコ……）
「兄ちゃん」
（生クリーム少々……）
「ちょっと、兄ちゃん」
肩を叩かれる。ふと振り返ると、エプロンを掛けた書店の主が立っていた。
「あのなあ、兄ちゃん。本も買わずに、中身だけメモしようってのか？　そういうのは、許されないことだって、親御さんから習わなかったか？」
「あ……す、すみません。失礼しました」
ゼロスは、あわててペンのキャップを閉じようとする。手が滑って、インクが飛び散り、美しい絵入りの料理の本に染みが付いた。
「……兄ちゃん、わざとかい」
「まさか」
「とにかく、売り物を傷物にしたんだ。買い取ってもらうよ」
ゼロスは、いつもの癖で、空間を渡って逃げようとした。が、目の前の風景は変わらなかった。
「あ、そうでした」
「何がそうでした、だ。『美味しい肉料理の作り方』、銀貨４枚。払ってもらうよ」
ゼラスから受け取ってきた銀貨は５枚。このままでは材料が買えなくなってしまう。ゼロスは、胸に本を抱えると、店主を突き飛ばして店を走り出た。
「泥棒！　本泥棒！　だれかそのおかっぱの兄ちゃんを捕まえてくれ！」
（そういえば、僕は宙に浮かべるんでした。空へ逃げれば……）
ゼロスは地面を蹴った。だが、一瞬跳びあがった身体は、すとん、と地面に着地した。
（まさか、この能力まで奪われている？）
ゼロスが立ちすくんでいると、書店の主がゼロスのマントをむんずと掴んだ。
「銀貨４枚、払ってもらうよ」
「はあ……」
「それと、何か言うことがあるだろう」
「すみませんでした」
「まったく、最近の若者は……逃げようとするなんざ、本当にタチが悪い」

ゼラス様といぢめられるゼロスを書きたくて、こんな話にしてしまいました。でも、たぶん、ゼラス様の基本にあるのは愛ですよね？（自信なし）それでは後編もよろしくお願いします。
ギャグの更新が続きます。世を超越しているようで意外と常識人なゼロスが苦労します。
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