BURNIN' STREET[前編]



金属で囲まれた部屋の中。二人の少女が戦っている。
「あなたは、おかしいわ、リナ」
「姉ちゃん！　落ちついて考えて。こんなに残虐に人々を殺す母様が、正常なわけないでしょう」
「だからおかしいと言っているのよ」
「……姉ちゃん？」
「人間たちの命などどうでもいいこと。絶対なのは太母（グレート・マザー）コンピュータ、『スィーフィード』だけ。どうしても母様を壊すというのなら、私が相手になるわ、リナ」
「目を覚まして、姉ちゃん！」
「あなたが私に勝てると思うの？」
「空と大地を渡りしものよ …優しきながれ…たゆたう水よ…我が手に集いて力となれ ！！」
「私に向かって『パスワード』で攻撃？　隙だらけよ、リナ」
女性は少女にレーザーブレードで一撃をくわえる。少女は、姉に向かって『魔法』を解き放つ。
「霊氷陣（デモナ・クリスタル）！！」
「……！……リナ、無駄よ。無駄なのよ。おとなしく、母様の創り出した運命に……したがい……なさい……」
少女は、氷の蔓にからめ取られていく姉を見ている。姉からくらった衝撃が、少女のあどけない顔を苦痛で歪ませる。少女は、走り出した。一抹の救いを求めて。


　光を浴びると、どこか人を無機的にしてしまう街灯だけが点った、ひとの住めない街。ゼロスは、かつての繁栄の欠片でもないかと辺りを見回すが、人間が生きた痕跡は見つけられない。一ブロックごとに備え付けられた、巨大なダスト・シュートへの入り口は、街灯を反射して、りんと輝いている。

　この街が暴走を始めたのは、半年前。平和と繁栄を享受していた人々の上に君臨する太母（グレート・マザー）マシン『スィーフィード』。流通を、経済を、そして人の命を制御していた、その大いなる母は、突然人々に牙をむいた。管理された空気の窒素の割合を変え、苦しむ人々の身体を次々にダスト・シュートに招き入れ、街を脱出しようとする人々のあらゆる退路を断ち、腹の底へ、すなわち巨大な地下の焼却施設の中へ乗り物ともども投げ込んだ。命からがら都市を脱出した人々は語る。どんなに自分が凄まじい地獄を見たかということを。

　そんな街に降り立ち、革のツナギ一枚で歩き出す青年は、当然普通の人間ではない。皮膚はあらゆる熱に耐え、刃物も通さない。闇紫に輝く瞳は、敵対する者の体内まで見通し、その弱点を探り出す。酸素のないこの街で、呼吸もなく生きられるのも彼の能力の一つだ。

　彼は、統治者ゼラス＝メタリオムの送り込んだ、太母を破壊するための兵器。

　等間隔に立てられたナトリウム・ランプが、彼の影を長くし、また短くする。気を抜くと、自分が街のどこにいるのか分からなくなる。彼は、左腕を出し、手首に触れる。透明な画像が立ち上がり、街の地図と現在位置を映し出す。
「現在位置Ａ−３。太母（グレート・マザー）のあるＡ−１まであと一息ですね」
軽く手首を振ると、画像は消える。彼は歩き出す。その時。

「あんた、人間じゃないわね？」

　魅惑的な甘い声が、冷たいコンクリートの壁に囲まれた、風のない十字路に響いた。
　ゼロスのアメジストの瞳が、即座に相手の戦力の計算に入る。血と肉の袋である人間とは明らかに違う、機械仕掛けの身体。華奢な外見と、少女らしい服装からは想像もつかない膂力と、一般の人間が『魔法』と呼ぶ特殊能力。一通りの検索が終わってはじめて、ゼロスは彼女の外見を見た。オレンジのナトリウム・ランプの光を浴びて、長い髪の色は分からない。ただ、濃い血の色に輝く瞳が、まっすぐに彼を見つめている。
「その瞳……『スィーフィード・レプリカント』」
　ゼロスの体内に埋め込まれたコンピュータが、即座に目の前の少女の姿を検索する。検索結果を待ちながら、ゼロスは間合いを詰め、レーザー・ブレードを振りかざした。
（まさか、レプリカントのトップである、『スィーフィード・ナイト』？）
　そのことに思い至るだけで、冷や汗が出てくる。彼に残された、僅かに人間らしい機能。
『検索・結果』
　彼の瞳の片方が、体内コンピュータの画面を見る。
『レプリカント・リナ。製造番号０００−００２』
「スィーフィード・ナイト」と呼ばれる伝説のレプリカント・ルナではなかった。とりあえず安堵する。しかし、製造番号から見るに、ルナの次に創り出されたレプリカント。容易い相手ではなさそうだ。

「はあっ！！」
　少女は、てのひらに黒い光剣を生みだし、ゼロスに迫る。レーザーブレードは、その漆黒の剣に触れて、激しく光をまき散らす。ゼロスはいったん引き、少女の切り込みを身体でかわす。レーザーブレードのスイッチを切り、束の部分で少女のうなじを突く。電気神経束が通る、レプリカントの弱点の一つ。少女は、黒い光を途切らせ、地面に倒れ込んだ。
（馬鹿な……レプリカント・ナンバー２にしては、弱すぎる。罠か？）
　ゼロスは再びレーザーブレードの光を灯し、注意深く少女に近寄った。
「“リナ”さん！　貴女ほどのレプリカントがさっきの攻撃で倒れるはずはない。起きて下さい」
「そのレーザー・ブレードを引っ込めてくれるならね」
　弱々しい声で少女は言った。
「罠、ではないでしょうね……」
　言ってから気づく。罠を張っている相手が、自ら「罠です」と言うわけもない。けれど、少女はぐったりとした身体を仰向けて、ゼロスに手を差し出した。
「起こして」
「本当に、貴女は疲れているようですね」
「ええ。ちょっとした、戦いをね。あたしの姉を相手に」
「姉？」
　レプリカント同士は、先に製造された者を「兄、姉」と呼ぶ。製造ナンバー０００−００２の彼女に、姉は一人しかいない。
「『スィーフィード・ナイト』……ルナと戦っていたんですか、貴女は」
「さすがに厳しい戦いだったわ」
　よく見ると、少女は傷だらけだった。薄紫の、肩を出したワンピースも、あちこちが破れている。細い腕の皮膚がめくれ上がり、ちぎれた電子回路が細かな光を放っている。
「あんたは、治癒（リカバリー）のパスワードを知ってるの？」
「いえ、知りません。僕は、スィーフィード・レプリカントとは違うプログラムのもとで作られましたから」
「使えない奴」
　リナは、変わらず弱々しい声で、治癒（リカバリー）のパスワードを唱えた。少女の肩から胸にかけてついた、一番大きな傷がふさがっていく。
「細かい傷は、治さないんですか？」
「なんてことないもの。それに、今はキャパシティいっぱいの『魔法』を使い切ったあとだから」
　少女の冷たい手が、ゼロスの頬に触れた。ゼロスは、訳もなく鼓動が高まるのを感じた。兵器であり、生きとし生ける者でもある自分。鼓動が早まったのは、少女が……レプリカント・リナが美しかったからかもしれない。側にいれば分かる。彼女の髪の色は……ティーブラウンだ。
「お願いがあるの」
　リナは、深紅の瞳でゼロスを見据えてそう言った。
「今夜、あんたと巡り会えたのは、運命だわ。あんたも、どうせ太母（グレート・マザー）を壊しに来たんでしょう。協力しない？　あたしの目的と、あんたの目的は同じだわ」
「同じ……ということはないでしょう。僕は、貴女の母ともいえる存在を破壊するんですよ？」
「そうよ。あたしは、あたしの母様を破壊する」


壊された夢のかけら　危険な夜の反逆
燃える町を眺めてる　明日へ向かう　Mortor way


「なぜ……」
「母様は狂っている。ならば、母様を壊してさしあげるのが、スィーフィード・シティに生まれたものの最後の使命だわ」
あちこちから火花を飛び散らせ、「レプリカント・リナ」は立ち上がる。細い指が、ティーブラウンの長い、柔らかな髪を梳いた。
「貴女の他のレプリカントは？　１００体近いレプリカントが、太母スィーフィードのもとで動いているはずです。そして……」
「人間を始末した？」
「そうです。貴女の弟妹ともいえる、それらは……」
「あたしが、全部片づけたわ」
「あとに作られた者ほど、能力は高くなっているはず……」
「あたしたちは、全員同じ時にバージョンアップを受けるの。それに、姉とあたしは特別な力を授かっていたわ。姉にはバランスの取れた、通常のレプリカントの３０倍の戦闘力を、あたしには『魔法』の能力のキャパシティを」
「でも、今の貴女からは全く『魔法』の力を感じない……」
「言ったでしょ。あたしは姉と戦った。それでも、何とか一時機能を停止させただけ。あと一時間もすれば、姉は目覚めるでしょう。そして、あたしを『敵』と認識して襲ってくるでしょう」
　リナの瞳は、すこし哀しげだった。
「お願い。道案内はするわ。その代わり、防御システムを破壊して。あたしはもう、太母（グレート・マザー）の敵なの。あんたが戦ってくれている間に、あたしは『魔法』の力を全回復させる。そして、竜破斬（ドラグ・スレイブ）で母様にとどめを刺すわ」
「竜破斬（ドラグ・スレイブ）を……使えるのですか」
「キャパシティぎりぎりだけどね。母様を壊すには、あの力しかない」
　リナは、儚く微笑んだ。
「行きましょう。出来たら、あたしを抱いていって」
　ゼロスは、言われたとおりにリナを抱き上げた。電子回路の塊であるはずのその身体は、不思議に軽かった。
「軽いですね、貴女は」
「高性能の証よ」


『スィーフィード』を収めてある建物は、想像していたシンプルなものとは違い、まるで神殿のようだった。
「この建物のデザインは……」
「母様は、この街のメイン・コンピュータであるだけではなかったわ。神のように崇められて、畏れられていたのよ……最初の関門。左右の門に、レーザーが装備されてるわ。壊して」
「仰せのままに、お姫様」
　ゼロスはリナを地面に降ろすと、跳躍した。レーザーガンで、左右の発射装置を撃ち抜く。
「ありがとう」
リナはまた、微笑んだ。




「BURNIN' STREET」はＴＭＮの曲です。（TM NETWRORKじゃないんだよー）アルバム「rhythm red」に入っています……が、今では手に入れることはほぼ不可能でしょう。遠未来ＳＦを書いてみたつもりですが、めちゃくちゃ……何か、ルナさんとスィーフィードを悪役にしちゃってますが、これは許されるのでしょうか。では、後編も読んでいただけると幸いです。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。ＴＭＮコンプリートＢＯＸを大枚はたいて買い、初めに聞いたのはこの曲。いかにもなＳＦチックさが、かえって未だに古びを感じさせない曲です。


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