あなたとふたりで…［１］



あなたとふたりで このまま消えてしまおう
今 あなたの体に溶けて ひとつに重なろう


それは、この国の夜明け。
「女だてらに、ゼフィーリア高等学校にはいるなんて、変わってますわね」
「女の身で学問がしたければ、ゼフィーリア女学院があるでしょうに」
「女学院なら、人の妻としての才覚、気品を教育してくれて、うってつけですのにね」
「まあ、よっぽど生意気な女なんでしょう」
入学式の準備は着々と進められていた。早めに来た父兄が、今年の一番の変わり種の話題に湧いている。

ゼフィーリア高等学校の教師・ゼロスは、少し遅めに家を出た。
「教師が入学式に遅刻しちゃまずいですね……」
アクセルを踏み込む。流れる景色がスピードを増す。その時、車の前に人影が現れた。
「……！」
ゼロスは、とっさにハンドルを切り、ブレーキを思い切り踏み込む。キィーッと高い音を立てて、車は止まった。年に似合わないグレイのスーツに身を包んだ少女が、道の端に倒れている。ゼロスは慌てて車を降りた。
「大丈夫ですか、怪我は……」
「……っつー……ちょっとすりむいただけよ。大丈夫」
少女は、深紅の瞳を上げて、ゼロスを見た。ゼロスは、その瞳に吸い込まれそうになる不思議な感覚を覚えた。
「とにかく手当しましょう。僕の車に乗って下さい。絆創膏くらいならありますから」
「あんた、たちの悪い人さらいじゃないでしょうね」
「僕はゼフィーリア高等学校の教師です。そんな、悪いことをするわけ無いじゃないですか」
「ゼフィーリア高等学校の……先生？」
ゼロスは、擦り剥けた少女の膝にぺたりと絆創膏を貼り付ける。
「急いでらしたんでしょう？僕があなたの目的地まで送りますよ」
「あの……ありがとうございます。それでは、ゼフィーリア高等学校へ」
「えっ？あなたもゼフィーリア高等学校へいらっしゃる途中だったんですか？」
「ええ」
「父兄の方……には見えないし、うちの高校へはどのようなご用事で？」
「あたし、今日が入学式なんです。新入生です」
「あ、あなたが、『あの』リナ＝インバースさんですか」
「『あの』？」
「うちの高校創立以来初めての女生徒。そのスーツは、制服ですか？」
「いえ、制服は用意できないと言われたので……できるだけ、地味な格好で」
ゼロスは、スピードを上げながら言う。
「それにしても、リナ＝インバースさんがこんな美少女だったなんて」
「び……美少女？」
「僕は、てっきりガリ勉の瓶底眼鏡の女の子が来ると思ってましたからね……貴女みたいな可愛い子がうちに入るとなると、ちょっとした騒ぎになりますよ」
「可愛いって……」
リナは、長い紅茶色の髪を指に絡めて引っ張る。
「あたし、あたしの見た目を云々されるのって好きじゃありません」
「これは失敬。でも、貴女は本当に綺麗ですよ。ご自分で気づかれていないかも知れませんが」
「先生…先生は何を教えていらっしゃるんですか」
「化学ですよ」
「ああ、それでこの車はほんのりと薬液の匂いがするんですね」
「嫌ですか？」
「いえ、あたし、化学は得意科目なんです。この匂いも落ち着きます」
「たしか、貴女は入試の化学で満点を取られましたね」
「あ、自信なかったんですけど、満点だったんですか。あれは問題がひねってあって難しくて」
「あれを作ったのは僕ですよ。引っかけ問題を山盛りにしたんですが、貴女に満点を取られてしまって、ちょっと落ち込みましたね」
「ふふ、残念でしたね」
「定期テストで、復讐して上げます」
「先生をへこませるために、頑張ります」
二人は、車内でくすくすと笑った。
「この角で、降りた方がいいですね。二人で校舎内に乗り付けると、何かと周りがうるさそうですし」
「ここまで、ありがとうございました」
「こちらこそ、怪我をさせてしまってすみませんでした。じゃあ、入学式で会いましょう」

ブレザーの男子生徒たちがずらりと並ぶ、その端っこに、ぽつりとリナの小さな身体があった。
「なんだ、結構可愛いじゃないか」
「髪、綺麗だな」
「同じクラスになれるといいなあ」
男子生徒たちが囁き会う。やがて、校長が壇上に昇り、生徒も父兄も静かになった。
「この良き日に、君たちを我が校に迎えることが出来て、私は本当に誇らしく思っています。ことに、今年は……」
校長は視線をリナに向ける。
「本校創立以来初めての女生徒を迎えることが出来て、大変に嬉しい。この開かれた時代、婦女子も大いに学ぶべきです。実に結構」
父兄たちが密やかに囁きあった。リナは、目を上げて、すっくと立っていた。
「それでは、新入生総代の挨拶です。リナ＝インバースさん、前へ」
さすがに生徒たちの間にも囁きが拡がった。
「総代ってことは、入試で一番の成績だったってことか」
「すげえな」
リナは、舞台の下の、小さな立ち台の上に昇る。
「私たちは、この伝統あるゼフィーリア高等学校に入学できて、大変光栄に思っています……」
甘やかなよく通る声。小さな背中に流れる、紅茶色の長い髪。生徒たちは、いつしか何もかも忘れて、彼女の挨拶に聞き惚れていた。
「……心身を鍛え、勉学に励むことを誓います。新入生総代、リナ＝インバース」
自然と拍手がわき起こった。ゼロスは、教師の席から、彼女を見守っていた。
「面白いことになりそうですね……」

入学式が終わり、教科書と体操服の配布が行われた。
「はいこれ、リナ＝インバースさんの体操服。シューズのサイズ、２３センチってのは無かったから、２４センチのが入ってるよ。つま先にちり紙を詰めて使ってね」
「ありがとう、売店のおばさん」
「５６００だよ」
「じゃあ、一万から……」
教科書と体操服を受け取って、リナは下校しようとした。そして、自分の後ろにずらりと並んでいる男子生徒に驚いた。
「リナ＝インバースさん、途中まで一緒に帰りましょう」
「リナさん、僕の自転車の後ろに乗っていって下さい。送りますよ」
「インバースさん、紅茶の美味しい店、知ってるんです。寄っていきませんか」
リナはたじろぐ。
「あ……あの、あたし、一人で帰れるから」
「僕と一緒に、ぜひ帰って下さい！」
「だから、あたしは……」
「おいお前ら、この子、困ってんじゃねーか」
綺麗な長い金髪の男子生徒が、リナと生徒たちの間に割り込んだ。
「一人で帰らせてやれよ。お前らみたいな下心丸出しの奴らとは、リナは帰りたくねーってよ」
「おい、２年の体育委員長のガウリイ＝ガブリエフじゃないか」
「あいつに逆らうと、後でぼこられるって噂だな」
ぎっしり集まっていた男子生徒は、三々五々、散っていった。
「あの……ありがとうございます、ガブリエフさん」
「ガウリイでいいぜ」
ガウリイ＝ガブリエフは振り向いた。明るい金髪に、蒼い瞳。整った顔立ち。リナは、少し赤くなる。
「じゃ、帰ろうか」
「ええ……って、あなたもあたしと帰りたいだけ！？」
「ばれたか」
「あんたって……ずるい」
「ずるくても、お前と一緒に帰りたかったんだ」
「……何か、奢ってくれるなら考える」
「ドーナツでいいか？近くに旨い店があるんだ」
「いいわよ」
二人は、肩を並べて校門の桜並木を降りていった。ゼロスは、化学準備室の窓から、その光景を見つめていた。

「おい。この店のドーナツ、全部食い尽くす気か」
「え、もうそんなに食べた？ゴールデンチョコレートとフレンチクルーラーおかわり！」
ガウリイは、冷や汗をかきながら、自分の財布の中身を見た。
「すまん、もう降参だ。金がない」
「あ、じゃあこっからはあたしが払うからいいわよ。ショコラフレンチとハニーチュロ、おかわり！」
店のショーウィンドウのドーナツをほぼ全て制覇して、リナは満足そうに指を舐めた。
「あー、美味しかった！また来ようね、ガウリイ」
「それは、もう一度俺とデートしてくれるってことか？」
「……これをデートと呼べるなら、だけど」
「それでも俺は嬉しいぜ。ただし、今度からは割り勘だ」
「わかったわ」
「お前、たぶん、これから他の生徒……たぶん、全校生徒からデートを申し込まれることになるだろう」
「そんなもんかしら」
「でも、毅然と断れ。お前とデートしていいのは俺だけだ」
「ガウリイって、強引ね」
「それぐらい言っとかないと、おまえは３６５日日替わりで男とデートすることになるぜ」
「ぞっとしないわね」
「俺は、これでも腕っ節の強い方だ。フェンシング部の部長でもある。当分は、俺はお前の『保護者』になるよ」
「あたしと、つきあったりはしたくないの？」
「したくない、と言えば嘘になる。でも、お前の弱みにつけ込んでつきあったりはしたくないんだ。お前が俺を好きになってくれたら、俺はお前とつきあうよ」
「優しいのね、ガウリイ」
「で？ちょっとは可能性ありそうか？俺に」
「うん。今のところ、ちょっとはね」
ガウリイは明るく微笑んだ。リナは、もう一度、赤くなった。


だんだん不思議な夜が来て
あたしは夢の中へ

だんだん不思議な夜が来て
あなたと夢の中へ

堕ちてく天使は 炎を見出してく


「ゼロス、お帰りなさい。フィリアさんがいらしてるわよ」
「おじいさまも一緒ですか」
「ええ。ご挨拶してきなさい」
ゼロスは、スーツを着たまま、居間に顔を出した。
「いらっしゃい、フィリアさん、おじいさま」
「本当は、あなたなんて放っておいて、帰りたかったところですわ」
ゼロスはくすりとわらう。
「相変わらずですね、フィリアさんは」
「一族が決めた婚約者でなければ、誰があなたなんかと口をきくものですか」
「これ、フィリア」
フィリアの祖父が慌てる。
「いいんですよ。フィリアさんの軽口には慣れていますから」
「私は本気で言ってるんですのよ」
「いいんですよ、照れなくても」
「誰が、照れているんですって！？」
ムキになるフィリアを軽くいなして、ゼロスはソファに腰掛けた。
「ゼロスくん。フィリアも今年で２４になる。君も３０歳だろう。そろそろ、身を固める気はないかね。メタリオム財閥の一人息子が、いつまでも高校教師でもないだろう」
「優秀な生徒に教えるのは、やりがいのある仕事ですよ」
「それにしてもだ。フィリアと君が結婚したら、君はメタリオム財閥とコプト財閥の財産の管理者になるわけだ。若者気分では困るよ」
「その点については、考えていない訳じゃありませんよ。ただ、今僕は自分の仕事が面白くてしょうがない時期なんです。ここ一年の間には考えますから、しばらくは今のまま、フィリアさんのフィアンセのままにして置いてくれませんか？」
「まあ、君の人生だ。老人が口を出すことでもないが……」
「おじいさまには本当に感謝していますよ」
「こんな無責任な人に、うちの財産を任せるんですの？」
「フィリア」
「いいんですよ。無責任なのは本当ですから。では、ごゆっくり」
「すぐに帰らせていただきますわ！」
ゼロスは笑って、居間を後にした。


キーンコーンカーンコーン……
午前の授業が終わる。リナは、サブバッグを提げて、速攻で立ち上がる。しかし、その行く手を、男子生徒の群が阻む。
「リナさん、俺たちのグループで一緒にお昼しませんか？」
「おい、順番を守れよ。さっきから待ってたのは俺たちだぞ」
「リナさん、僕たち、パンを買いに行くんですけど、ご一緒しません？」
「あ、あのう……」
リナは、群がる男子生徒の間に一瞬の隙を見いだす。
「あたし、ご飯は一人で食べたい方だから！ごめんなさいね」
ダッシュで人垣の隙を抜けると、リナは廊下に走り出した。しかし、そこには他のクラス、そして上の学年の男子生徒が待ちかまえていた。
「あ、リナちゃん、一緒にお昼しようよ」
「おい、一年坊主は引っ込んでろ！リナ＝インバースは俺たち三年が連れてくぜ」
「ごめんなさい、ごめんなさい！」
頭を低くして、ひたすら廊下を走り抜ける。階段を上がる。
「上に行ったぞ！追いかけろ」
リナは三階の廊下を走り、手近な無人の教室に逃げ込んだ。鍵がかかるようになっている。バーをスライドさせ、リナはようやく一息ついた。
「ここは……」
机の上にはアルコールランプ。机一つ一つに水道がついている。
「化学の教室か……」
漂う、アルコールの香り。リナは、丸い椅子を引いて、座ると、特大の弁当箱を取り出した。
「お昼は、一人で食べなきゃ落ち着かないのよね……それにしても、明日も、あさっても、毎日男子に追いかけられるのかなあ……気が重い」
ハート型の小さな目玉焼きを、口の中に放り込む。
「よくここまで逃げてこられましたね」
「どわっ！？」
いきなり後ろから声をかけられ、リナはむせる。
「うぐう……けほっ、けほっ」
「水でも飲みますか？」
ビーカーに水道の水を注ぐ。
「ありがとう……けほっ、ございます……んぐっ、ふう……」
「大丈夫ですか？」
「ええ、もう大丈夫です。先生、いつからここにいらしたんですか？」
「そっちの」
小さなドアを指さす。
「準備室の方で、ご飯を食べていました。そしたら、貴女が逃げ込んできたわけです」
「ここ、鍵がかかるんですね」
「ええ。持ち出されては困る薬品がたくさんありますからね」
「あの……お願いがあるんですけど」
「何ですか？」
「あたし、毎日ここでお昼ご飯食べちゃだめですか？」
「いいですよ。鍵もかけていいです」
そしてにっこりと微笑む。
「言ったでしょう、貴女みたいな美少女がうちの学校に入ってきたら大変なことになるって」
リナは赤くなる。
「みんな、あたしが珍しくてからかってるだけだと思うんです。その内、こんな騒動も収まると思います。それまでは、先生に迷惑かけてしまうけど……」
「僕としては、ちっとも迷惑じゃありませんよ」
ゼロスは、肩で切りそろえたなめらかな黒髪を揺らして、もう一度微笑んだ。





「je t'aime ★ je t'aime」に続いて学園ものですが、今回のテーマはずばり「昼メロ」！ゼロスにはやはり白衣が似合うと思う今日この頃です。引用させていただいている歌詞は、ジュディマリの「LOVER SOUL」です。とくにジュディマリのファンというわけではなかったのですが、この曲にはめちゃめちゃはまりました。それでは、今後ともよろしくお願いします。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。充分「昼メロ」感が出せたでしょうか。学園ものは定番ですが、「je t'aime ★ je t'aime」とは雰囲気を１８０度変えてみました。ラストのこともあって、思い入れの深い作品です。


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