双美人
「にゃんで！ ぜったい納得できない！ 着ないから、そういうの！」 「ほらほら、不二くんはもうちゃんと着てるよ？ 菊丸くんばっかり我がまま言わないの」 「そうそう英二。一緒に着てよ。ボク一人じゃ恥ずかしいな」 学園祭を控えた青春学園中等部、３年６組。女の子たちに囲まれた菊丸英二は、ひたすら駄々をこねていた。 「いまさらだよ、菊丸くん。サイズも菊丸くんにあわせて作ってあるんだし。このクラスの売りは双美人しかないんだから」 「なんだよっ双美人ってっ」 「不二くんと、菊丸くん。女子も勝てない、花も恥らう双美人」 「だから、どーして俺と不二がウェイトレスなんか……しかもウサ耳の」 「ほら、不二くん見てよ。かんっぺきに似合ってるじゃない」 「不二は綺麗だからいいもん。俺なんて……」 「菊丸くんも綺麗です！ みんな、押さえつけて。制服脱がしちゃって」 「にゃ〜〜〜〜！！ 恥ずかしい、止めれっ！」 「ふむ。」 着替えさせられる英二と不二を見比べていた、クラス実行委員長にして「衣装デザイン」担当の女子は、顎を撫でた。 「可愛いんだけど……文句なく可愛いんだけど……何か違和感があるわね」 裾の広がった黒いスカートに黒いタイツ、金の懐中時計にウサ耳を付けた、「カワイ子ちゃん」と化した不二が、彼女に耳打ちする。 「英二は、マッドハッターじゃないよ。チェ・シャ・猫」 「それだわ！ ありがとう、不二くん！ ちょっとみんな、菊丸くんを放して！ ただし、クラスの外に逃げられちゃダメよ」 半分下着姿になった泣きべその英二の頭に、ボール紙でささっと作られた「ネコ耳」が当てられる。 「可愛い！」 女の子たちが歓声をあげる。 「今から、『ネコ型』ウェイトレス衣装を縫います！ 菊丸くんには逃げられないようにくれぐれも注意して。衣装班、かっ飛ばすわよ！」 デザイン画が仕上がり、布が宙を舞う。とりあえず余った布を頭からかぶっている泣き出しそうな英二に、不二はにっこりと微笑みかけた。 「とりあえず、お茶でもいかが？」 学園祭当日。 「イヤなんじゃなかったの？ 英二」 「もーこーにゃったら仕方ないから！ 一日立派にネコウェイトレスつとめるから！ ……それにしても、女の子たちって分かんないにゃ。こんなことして楽しいのかな」 「楽しいから、やってるんじゃない？」 「んー。不二、余裕」 「ボクは去年もおととしも女装させられたからね」 入り口のベニヤ板が外される。 「はい、開店します！ 双美人喫茶、『アリス・イン・ワンダーランド』！ ウェイトレスさん、よろしくね！」 「ふぁ〜い……このネコの衣装、なんていうか、露出度高い……」 「お客様お一人目、ご入店！ 綺麗どころさん、おもてなしよろしく！」 英二は、しつこいほど練習させられたとおり、不二と声を合わせた。 「いらっしゃいませ！ ご注文は、なに……に……」 その声がかすれる。 「おーいし……」 「いや、その、このクラスの呼び物は不二とお前だって聞いて……どんなになってるのかなって……決してやましい気持ちじゃなくて、あのその」 「いや、俺も大石がやましいとは思って無いけど、その、恥ずかしくて、だから」 「はいはい、ごめんなさい。『ご注文は、何になさいますか』？」 真っ赤になった二人の間に割って入るように、不二がしとやかに、しかしドスの効いた声で注文を取った。 「コーヒーとクッキーですね。では、新人のエージくんはお客様になれていないので、また今度〜」 不二は、英二を連れて厨房の方まで下がってしまった。 「ちょっと、なにやってるのよ不二くん！ 綺麗どころがいないと台無しでしょ！」 「ボクは、『英二目当て』の客の前に英二を出したりしないよ」 クスッと笑う不二の後ろに黒いオーラを見て、女子一同はかすかなおびえを感じた。 「いやー、青学は女の子も可愛いけど男の子も可愛いなあ」 「なるほど……アイドル系男子の女装による集客効果……参考にさせてもらいますよ、んふっ」 「兄貴……何やってんだよっ」 「ふっ、目の保養になったと言わせてもらおうか。行くぞ樺地」 「ウス」 「ふう〜、他校からのお客さんも結構来るなあ」 「ふう、じゃないってば！ 俺恥ずかしくて、もうあいつらと試合できない！」 「今日は、お祭」 不二ウサギは、英二チェシャ猫に指を突きつける。 「特別な日。明日になれば、全部みんな忘れてるよ」 「そーだといいんだけどにゃ」 「おー、ここ、ここ！ 女装の可愛い子がいるって！」 「「いらっしゃいませ〜！」」 すっかり慣れた挨拶。声をそろえる。男子の群れが、「うわ可愛い」とか、「その胸何つめてるの？ 触っていい？」と話しかけてくる。 「いやー、ここの二人も可愛いな」 「『も』？」 不二と英二は耳を澄ませた。 「２−７の和装美人もなかなかだったけどな。」 「二年に、ライバルが」 不二が、英二の唇に指を当てて黙らせ、客の続きを促す。 「そうそう。あんみつ喫茶の薫ちゃん」 二年七組。 薫ちゃん。 「ごめん、女子！ ちょっと行きたいとこあるから行ってくる！」 「ボクも！ 後よろしく」 「こーらー、双美人がいなくて、どうやってお店やるのよ！」 女子の叫び声もむなしく、二人はスカートを翻して廊下を走り抜けていった。 「か……薫ちゃん、超可愛い」 「く……ふふ、美人だよね、薫ちゃん」 スカートの裾を床に広げて座り込み、床をバシバシ叩いて笑い涙を流す二人を、女学生の海老茶の袴にブーツ姿の『薫ちゃん』はため息をついて見下ろしていた。 「俺、テニス部やめたいっス……」 念のためですが、訪ねてきた他校のお客様は、……１．千石 ２．観月＆裕太 ３．跡部＆樺地……です。 |