夕立の中で
「なあ、俺とつきあわへん？」 その人は、眼鏡の奥から真剣な目をしてそう言った。 「何で、ですか？」 俺は、心底驚いてそう答えた。 最初は、強引に流されるように関係を結んで、それから半年、互いに喧嘩ばかりのつきあいをしてきた俺と跡部。 情け無いけど、氷帝に放課後のこのこ行って、跡部のすっごいテニス見て、それからお迎えのロールスロイスに一緒に載せられて、あいつの部屋で抱かれる。そんな日々を過ごしてきた俺たち。 愛情なんて、絶対無い。でも、あいつが俺を睨むように見ると、心も身体もすくんでしまって逃げられない。触られて舐められて、突っ込まれても逆らえない。何だか、健全なチューガク二年生から、遠く離れてきた気がする。そんな時。 忍足さんが……跡部のこと、たぶん俺より知ってる賢そうな人が、俺に言い寄ってきた。 「何で、俺なんですか」 びびりながら、俺は眼鏡の奥の、真剣な目を見返す。その目が、にっと笑った。 「俺なあ、跡部が好きなんよ」 「はあ……」 「綺麗で馬鹿で、派手好きでオチョーシモンのあいつが見飽きなくて、あー、氷帝来てホンマよかったわ、って思った」 「なら、俺じゃなくてあいつに告白すればいいじゃないですか」 「俺は負ける戦はせんよ。あいつ、お前にめろめろやもん」 そうかなあ、と俺は思う。跡部は、俺で遊んでるだけだ。俺が跡部から離れられないことを知ってて、意地悪く、冷たく。それこそ王様みたいに振舞う。 「で、俺は最初、お前がなんで跡部にそこまで好かれてんのか分からんかった。お前、ほーんまにフツーのオトコノコやもんなあ」 「……悪かったですね」 そうだ。俺は、跡部につりあうような、何にも持っていない。 「でも、よう見たら、お前可愛いし」 「そうですか？」 「なんていうか、色気あるし」 「はあ」 「あれやな。苛めたくなる。泣かせたくなる」 「嬉しくないです」 「跡部がお前を手放さへん気持ちが、分かってきた。」 そう言って、忍足さんは眼鏡のつるに触れた。 「そんで、欲しくなった。跡部はどうせ俺の手には入らん。だったら、お前を少しでも手に入れて、跡部にヤキモチ妬かしたるねん」 俺は、拳を握り締めた。 「いい加減にしてください」 「お、怒った？」 「俺は、跡部の付属物でもなんでも無いです。跡部が好きなら、本人に言ってください」 整った、忍足さんの顔が憎たらしい。 「これ以上、俺を混乱させないでください」 忍足さんは、しばらく宙を見ていたが、いきなり、ぱん、と俺の前で手を合わせた。 「全くや。神尾くんの言うとおり。俺、めっちゃ都合のええこと言うとったな、堪忍」 「……」 「ケータイ、持ってる？」 「は？」 この人の言うことは──分からない。 「持っては……いますけど」 「貸しなさい」 「イヤです」 「ええから」 長い腕が俺を探ったかと思うと、尻のポケットに入れていた携帯電話は、一瞬のうちに忍足さんの手の中にあった。 「お、俺とおんなじ機種。フォーマやね」 「な、勝手に……」 指を素早く動かして、忍足さんは満足そうにケータイを俺に返した。 「俺の番号、登録しておいてあげたから。もしもアホ部に傷つけられることでもあったら、お兄さんが相談に乗ったる。かけてきなさい」 「傷つけられる、って……」 そんなのいつもだ。っていうか、跡部と関係すること事態が、ずっと、ずーっと、俺を傷つけ続けている。 「じゃ、帰ろうか」 「あの、俺、跡部に会いに来たんですけど」 でなきゃ、テニス部の練習をすっぽかしてまで、よその学校に来ない。 「跡部は今日はガッコ、来てへんよ。知らんかったん？」 「……あ、知りません……でした」 「お近づきのしるし。一緒に帰ろ」 「……いえ、俺、不動峰に戻ります」 全く俺、何やってんだろ……。 忍足さんを振り切って、６７系統のバスに乗る。跡ベッキンガム宮殿（アホか）に行くのに、一番近いバス停がある。 「バカは風邪ひかない、っていうのに、病気かな」 俺は、俺がバカみたいにリンゴとバナナを買って、お見舞いに行こうとしていた。 「いらっしゃいませ、神尾さま」 「あ、こんにちは……その、跡……じゃなくて、景吾さん、いらっしゃいますか」 いつも見かける執事さんが、何だか困った顔を一瞬だけ見せた。 「お病気……ですか」 「あ、いえ。坊ちゃんは、今日は来客がありまして」 「待たせてもらっていいですか」 「……あの、神尾さまがいらっしゃったことはお伝えしておきます。今日のところは」 お引取りを、って？ なんで。リンゴとバナナ、結構重たいんですけど。 「神尾さま？」 帰りたくないんですけど。 でも、意地を張って大人の人を困らせるのもバカみたいだし。俺がくるりと後ろを向いた瞬間だった。 「あれだけ中にしといて、よく言うわね！」 めちゃくちゃヒステリックな女の人の声が、遠いオヤシキの奥から響いてきた。そして、スリッパの音。ぱたぱた……とこちらへ近づいてくる。 「絶対認知してもらうわ。あんたが子供だからって、容赦しないわよ」 ──綺麗な、女の人。胸なんか大きくて、腰が細くて、脚が長くて。完璧に手入れされた巻き毛がゴージャスに、整った顔を縁取って。 「裁判でも何でもしてやるわよ。覚えてらっしゃい」 彼女は泣いていた。マスカラばしばしの目の縁は赤かった。そして、俺の見たくない奴が、彼女を追って、玄関ホールに姿を現した。 完全にくつろいだ部屋着で。それでも、このゴージャスなお姉さんよりもいっそうゴージャスで。 「そうやって、ウチの金目当てで脅しかけてくる女なんざ、慣れてんだよ。堕ろすんならいい病院紹介──」 完全に余裕でしゃべっていた彼の口が止まった。長い睫毛の目が、ゆっくりと俺を見下ろす。 「……神尾」 「跡部」 ああ、バカだ、俺。名前を呼ばれたら、犬みたいに返事しちまう。 「なんで、お前がウチにいんだよ」 ミュール、ってやつかな。サンダルとはとても呼べない高価そうなつっかけ靴を履いたお姉さんが、俺を見る。 「あーあ、そうなんだ。景吾、男にも手を出してるって聞いてたけど、君もそうなのね」 俺は何も言えない。お姉さんは、俺より背が高い。マニキュアした指が、俺の顎を持ち上げる。 「景吾、趣味悪いわね。ただのオトコノコじゃない」 顔に血が集まるのが分かる。お姉さんの手のかかった顎が熱い。 「てめ、神尾に触るんじゃねえよ！」 跡部が叫んだ。お姉さんは、ち、と舌を鳴らした。 「カミオくん。いいわね、あなたは妊娠しなくて。それに、ずいぶんケイゴに大事にされてるみたい。でも、分かってるわよね？ そこの泣きボクロのガキがサイテー男だってことくらい」 ミュールのかかとを鳴らして、お姉さんは出て行った。ニンシンしてんのなら、あんな靴はいたらいけないんじゃないかな、なんて、俺はのんきなことを考えていた。頭の奥がジン、としびれて、まともに働かない。 「神尾」 聞くだけで逆らえなくなる声が、俺を呼んだ。 「何で、来た。俺が呼んでもねえのに」 そうだよな。呼ばれもしないのに勝手に来て、勝手に修羅場見ちゃったんだから、俺が悪いよな。 「ちくしょ、みっともねえ……」 小さく小さく、跡部は口の中だけでつぶやいた。 「帰る」 俺は、ひりひりする喉で、かろうじてそう言った。 「神尾」 何で、なんだか傷ついた目、してんの？ よくわかんないけど、あのお姉さんが一番傷ついたんじゃないの？ 「神尾、俺は」 で、二番目に傷ついたのは、勝手だけど俺だってば。 「神尾……」 お前にそんな傷ついた目、する権利ない。 「俺のこと、嫌いになったか？」 心臓が、ざん、と貫かれる。その声。俺の好きな声で、そんなことを聞く。らしくねえよ。俺が嫌おうと、何しようと、さんざん押し倒して好きなようにしてきたくせに。 俺は答えなかった。答えられない。ただ、執事さん押しのけて（ゴメンナサイ）、重たいドアをえいやっと開けて、外に飛び出した。 『宮殿』が見えなくなって、バス停が近づくと、すこしほっとする。この世はあの我侭泣きボクロを中心に廻ってるわけじゃない、って思えるから。雨模様。湿度が高い空気。バスが着く頃、本格的に雨が降り出した。 腕時計を見る。とっくに、部活の時間は終わっている。でも、まっすぐ家に帰るのもなんだかしんどかった。母さんの顔見て、にこにことかできない。渋谷で降りた。雨は激しい。 「傘、買お……」 財布の中身を見て、愕然とした。５０円玉が一個と、一円玉が何個か。慌てて体中のポケットを探る。せめて５００円玉でも、と思ったが、ホコリしか出てこなかった。 雨はいっそう降りしきる。 渋谷駅の中に入ればいい。頭ではそう分かっていた。でも、身体はどういうわけか雨に打たれることを求めていた。夏の雨は生ぬるい。俺の左目を覆う前髪が、べたっと顔に張り付く。 （とりあえず、どーやって帰ろう……） あのままバスに乗っていなくてよかった。無賃……とは言わないけど、料金不足でえらいことになるところだった。 （歩くのかな） 渋谷から、家まで。気が遠くなりそうだ。 （母さんに、迎えに来てもらうか） それくらいしか解決策は無い。さっき親の顔見たくない、と思ったのに、情け無いけど。 ケータイを取り出す。画面は、待ち受けになっていなかった。 （あ……） さっき、忍足さんがいじったままになっている。ずうずうしい。俺が空けたままにしていた、000に登録している。「オシタリ救急便」なんて、ふざけた名前付けて。 なんで俺が000を空けてたかなんて、どうでもいいんだろうな。 （俺の番号は知ってるくせに、自分の番号は教えてくれないバカがいるから……） 『もしもアホ部に傷つけられることでもあったら』 台詞がよみがえる。 俺は、000にダイヤルしていた。 「あー、こんなことやったら傘二本持ってくるんやったわ。自分、寒ない？」 「寒くは、無いです。雨、あったかいから……」 「それは自分が冷えてるんやないん？ どっかでタオル買うか……でもこないにびっしょりやったらクーラー効いてる店に入れたら風邪引くなぁ」 そして、自分の服が濡れるのも気にせずに、俺を抱きしめる。 「さっそくやったね。なんか、あった？」 「困るんだけどね、男同士は。部屋汚すし」 女子プロレスラーみたいな女の人が、ラブホテルのフロント（？）に立ちはだかっている。 「それに、あんたはともかく、そっちの子。どう見ても中坊だよ。援助交際？ 都条例に違反してることくらい知ってるだろ？」 「お姉さん、勘弁したって。この子びしょ濡れやん。服乾かして、風呂であったまるだけ。何にもやましいこと、しいひんから。な、武士の情け！」 また、この人は、ぱん、と体の前で手を合わせる。 「なるほど、ね……」 悪い人には見えないプロレスラー系女の人は、ため息をついた。 「事務所に、乾燥機あるんだけど、使う？」 「うわあ、お姉さん親切やわあ。美人はやっぱ違うなぁ」 「……ガキのお世辞は嫌いだね」 「お世辞とちゃうて。お姉さんはあれやね、ハンサムウーマンやね」 「ごちゃごちゃ言ってないで、部屋へ行きなさい。バスローブに着替えたら、その子の濡れた服を事務所まで持ってきて。──それにしても、ホントに何もしないね？」 女の人は、俺をじっと見た。 「坊や、男知ってるだろ。そういうことは、プロのあたしにはちゃんとわかるんだよ」 服が乾くのを待つ間、俺は忍足さんと、ピンクと紫で縁取られた部屋で飲み物を飲んでいた。俺はウーロン茶、忍足さんはビール。 「いいんすか、未成年」 「慣れてるからええんよ」 「都条例に違反してるんじゃないですか」 俺が冗談を言うと、忍足さんは喉の奥でクックッと笑った。 「で？ カミオクン、アホ部に何されたん？ お兄さんがなーんでも聞いたるよ」 ふっと眼鏡の向こうの眼がまじめになった。 「あいつ……」 「うん」 「女の人、妊娠させたみたいで」 「そっか」 「驚かないんですね」 「しょっちゅうやもん。あいつ、女相手のときにゴムつけへんからなあ。自分が気持ちよければそれでええねん。──ちなみに、キャミオくん相手の時にはつける？」 俺は紅くなる。 「そういう質問はセクハラです。それから、『キャミオ』とかへんな呼び方するの、止めてください」 「えー、可愛いと思うてんけど」 「忍足さん」 俺は、まっすぐに彼を見た。 「跡部が、好きなんでしょう。あいつが、女の人妊娠させたり、俺のコト構ったりするの、辛くないんですか」 かなわんなあ、素直な子には。そう喉でつぶやいて、忍足さんは笑った。 「ツライで。そりゃあつらい。あのキレーな、睫毛ばしばしの眼ぇが俺だけ見てくれたらなあ、って何度も思った。いや、今でも思とる。でも、あいつは、自分で決めた自分以外には絶対にならへん。テニスでは敵わんけど……たぶん、腕力は俺のほうがあるわ。しやから、ゴーカンしてまお、と思ったこともあるけど……」 顔色を変えた俺を見て、忍足さんは安心させるように手を振った。 「ゴーカンしたって、何も変わらんねん。あいつは王様や。そのあいつが、神尾くんのこと、めっちゃ好き、って態度に表しまくってる。そしたら、親友でも、チームメイトでも、なんでも。たぶん、あいつの親でも。絶対に、絶対に、その想いは変えられへんよ」 「俺のこと……好き？ そんなら、なんで、他の人と寝るんですか。何で妊娠させたりするんですか。それも、あいつの隣に置いて負けないくらい、綺麗で美人でカッコイイ女の人を」 忍足さんは、また笑った。 「あいつなあ、どーでもいい相手やったら、面食いやねん。それこそ、アクセサリー。つれて歩いてミバのする、──まあ、オトコでもオンナでも。そういうのを選ぶ。でも、本気になったら、むしろ隠すんよ。神尾くん、イヤーカフ取り上げられたこと、あったやろ」 思い出した。銀のイルカのイヤーカフ。杏ちゃんが、橘さんと深司と、おそろいで買ってくれたお守り。跡部は、それを俺の耳からむしりとって、人ごみの中に放った。慌てて探したけど、見つけたときそれは、何人もの足に踏まれて用を成さなくなっていた。 「なんで、知ってんスか」 「アホ部がえらそーに言うとったもん。『オレの』神尾がいらんオサレをしてきたから、取り上げてやった、って。神尾は目立ったらあかんて。オレだけのモンやて。自慢くさく話してきたから、コートーブはたいたったわ」 俺は、何だか泣きたくなって、目を閉じた。 「神尾くん？」 眼を開けない。涙が溜まっているのが分かってしまうから。 「なあ、あの親切でカッコイイお姉さんを裏切ってしまうけど、ここで、しよか？」 さすがに驚いて、俺は目を見開いた。 「──やっぱり、泣いてた。なあ、神尾くん。跡部の前以外で泣いたらあかんよ。君は、フツーの男の子のようでいて……」 ぺろ。あったかい舌が、俺の涙を舐めた。 「泣き顔が、めっちゃ色っぽいんやから」 温かく乾いた俺の服を、プロレスラーお姉さんに頭を下げて受け取って、ついでに傘も一本もらって、俺たちはまた渋谷に出た。 「お腹空いてへん？」 「いえ」 「家まで送ろか？」 「いえ」 「なーんや、もう」 忍足さんは、ぐりぐり、と俺の頭をかき回した。 「こないに可愛いのに、世話焼かせてくれへんのな。つれないわぁ」 「電車代だけ、お借りします」 「あげてもええよ」 「お借り、します」 「はいはい」 俺は、綺麗な黒髪を見上げた。 「忍足さんってヘンな人ですね」 「そお。俺って変人やねん……て、だれがヘンジンやー！ しばくで！」 けらけら笑いながらノリ突っ込みをするハンサムな人。 「跡部が好きなら、俺なんか邪魔でしょう。嫌でしょう」 「ううん。正直、君の事は大好きや」 優しい視線が俺に降った。 「跡部の選んだ子ぉやからな」 「……やっぱり、ヘンな人」 「跡部はな、今たぶん傷ついてるよ。めっちゃ傷ついてる」 俺は眼を上げた。 「神尾くんに、見られたないところ見られて、自分勝手この上ないけど、ぐっさぐさに傷ついてるわ」 ぽん、と俺の頭に大きな手が置かれた。 「しやから、できたら近いうちに、慰めたってくれへん？ アホ部のこと」 「……はあ」 「君にしかできひん」 電車が、滑り込んできた。 「今日は、ありがとうございました」 「気にせんでええよ。また、遊ぼ？」 「え」 「俺、君のこと、好きやし。ホンマのことやで」 「あ……」 「ほら、早よ行かんと、電車」 ばいばい、と手を振って、忍足さんは人ごみに消えていった。 貰い物の傘で、雨の中を家に向かう。家の前に、車が止まっている。小さな軽自動車だ。 （お客さんかな？） 覗きこもうとすると、強い腕が軽自動車の中に俺を引っ張り込んだ。 「やっと……」 蜂蜜の様に、甘い、甘い声。 「やっと帰ってきやがった。このバカが」 余裕の無い……まるでただの中学生みたいな声。 「誰と一緒にいた。どうしてこんなに遅いんだ。なんで石鹸くさいんだ」 「跡部……なんで、ここに」 きつく抱きしめられる。 「言い訳、したかったんだよ！」 なげやりのような、その声。 「あの女を抱いたのは、お前を抱く前だ」 「……は？」 「お前を抱いてから、俺はお前以外の誰も抱いて無い。寝て無いんだ。好きなんだ、神尾。お前はバカだし生意気だし俺様のことをイラつかせるし、いいとこなんてちっともねえけど、……好きなんだよ」 ばかやろ。お前が泣きそうじゃん。 「何とか言えよ」 なんて言ってやろうか。 「……何で、軽自動車なんだ？」 「デカイ車で待ってると、お前が警戒して近づいてこないんじゃないかと思って、買わせた」 「買った……」 俺は顎、はずれんばかりに呆れる。 「買うって、買ったって、これ１００万くらいすんじゃないの？」 「ばーか。１００万くらいで騒ぐなよ」 「騒ぐよ！ 俺の小遣い、月に３千円だぜ！？ １００万を、そんな」 なおも文句（？）を言おうとする俺の唇がふさがれた。息が苦しくなるまで、吸われて、絡められて。 「騒ぐな。仔犬みてぇによ」 俺は、体の力が抜けて、跡部の胸にしがみついてしまう。俺の髪の毛を指でくるくる弄びながら、跡部は少しばつが悪そうに言った。 「確かに俺は男も女も散々喰ったけど、お前を抱いてからはお前一人だ。お前にしか、──」 この男が言いよどむほどのことって一体何。 「お前にしか、勃たねえんだよ！」 はあ。そうですか。 でも、ちょっと嬉しいのは、なんでかな……。 「おい、何とか言えよ」 そんな言葉に何と返事しろというんだか。 「おいってば」 「あほべ」 「……このっ」 運転手さんの存在を思い出したのは、散々二人でじゃれあうように取っ組み合って、もう一度口づけをしてからだった。 こいつと付き合っていくこと事態が、──恥ずかしい。 神尾は最初見過ごしていたんですが、読み返すたびに好きなキャラに。跡部は受けだ、と思いますが、神尾に対してだけは、攻め。 |