依存








あの俺に甘い母さんと、お兄ちゃん子の妹が見舞いに来ないで、父さんばかりが来ることで、大体分かっていた。




それに、今日来たあいつが……越前リョーマが俺の顔を見て涙なんてこぼしたから、ますます確信したんだ。




越前の涙を大きな手で隠すように、小さな身体を引きずって出て行った桃城(もも)。


ああ──越前はガキなんだな。俺たちよりも、2つも年下なんだ。






「で、いつごろなんだ? 俺が死ぬのは」 
 白い歯を見せて、そいつだけが俺の前で笑う。
「長くて、半年。たぶん、あと2〜3ヶ月のうち」
 俺は、そいつの頭をベッドの上に引き寄せてかき回す。柔らかい髪。


「俺はお前の正直なところが好きだよ」
「俺はぁ、お前のアタマいいとこが好き」
 そいつは、太陽の匂いをさせながら、俺に言う。
「な? お前が死んじゃったら、俺も後を追っていいよね?」








「いいよ。もちろん」








「バカな奴はさ、俺の分まで生きろ、とか、俺が天国から見守ってやるから生きろ、なーんて言うんだろうね。でも、大石は分かってくれた。俺が、大石なしでは生きられないことを。だから──大石が好き。大好き」
「英二は他人の気持ちに鈍感な上にすごく依存心が強いからね。俺だけでなく英二まで失って悲しむ人たちの気持ちなんてどうでもいいし、俺がいないと生きられないだろう? だから、OKだよ、英二。死ぬときは、一緒に死のう」






「そっか。おチビ泣いたのか。ちょっと見たかったかも」
「いつもの仏頂面に、涙がぽたぽたってね。ちょっと俺も、悪いなあと思った。まだ中2なのに、哀しい思いさせちゃいけないってね」
「でも、桃城(もも)がいたでしょ?」
「うん。あいつもすっかり部長らしくなったな。越前の顔を手で覆って、しっかり俺に微笑んで、ここを出て行った」



「──ねえ。大石は病気に殺されるけど、俺はどうやって死ねばいいの?」
「そうだなあ」
 俺は、俺のために積み上げてある果物を片っ端から平らげているこのいとしい生き物の、死ぬための方法を考える。
「まず、鉄道はダメだよ」
「にゃんで」
「あれ、すごい賠償金が家族に請求されるらしい」
「わ、却下、きゃっか」
「それから、薬もダメ。今時の薬は、沢山飲んだくらいじゃ死ねないように出来てるから。何百錠飲んでも、気分が悪くなるだけで、いいとこ2〜3日入院だね」
「ふむ」



「飛び降り自殺はどう?」
「そうだな。確実ではある、けれど」
「けど?」
「後片付けをする人に申し訳ない」
「うぅ〜」
「俺たちが大人だったらな。レンタカーを借りて目張りして、練炭でも燃やせば割と穏便に……」
「大石、それってレンタカー会社の人に悪くないの?」
「もちろん悪い」
「にはは……だめ〜」


「シンプルに首を吊る、ってのは?」
俺はにやり、と笑う。
「なんだかな、あれって、出るものは鼻水から何からいろいろと、出まくっちゃうらしいぞ」
「美しくないなあ。べつに美しく死ぬ必要も無いんだけど」
 俺だけの仔猫は、依存心がとても強い。
「あー、誰か俺を殺してくんにゃいかなあ」



「俺が、死ぬまでに後どれくらい?」
「長くて半年。大体2〜3ヶ月」
「それじゃあ、簡単だ。俺が英二を殺してあげる」


「ほんと?」
 きらきら瞳を輝かせて。俺のパジャマの胸に頭を摺り寄せて。
 ああ、なんて可愛いんだろう、英二は。
「どやって? ナイフで? まさか、仕事人みたいに組紐とか針とか言わないよね?」
「俺の腕の力がまだあるうちに、首を絞めてあげる。首の骨を折ってあげるよ。英二が嫌だといっても連れて行くよ?」
「嬉しい」


 英二は、頬を上気させて──そして、俺の病気が分かってから初めて、泣いた。
「ずっと、一緒にいられるんだね」
「ああ」
「ちゃんと、殺してね? いざとなったら病気が酷すぎて力が出ない、なんて、ヤだからね?」
「分かってる。しっかり殺す」








「大石は、アタマいいから、好き。」






 死刑宣告された俺の仔猫は、俺の頬にキスして、そのまま俺の腹に頭を乗せて、眠ってしまった。

 俺も、何も言わない。
 眠ってしまった英二も、何も言わない。

 幸せな死後の世界は、こんな場所だろうか?


 なんにせよ。
 誰が俺達を責めても。
 俺たちが間違っているにしても。
 この依存心ばかり強い英二を、一人で遺しては行かない。


 「おーいし……?」


 夢を見ているらしい英二の肩に、俺はそっと毛布をかけた。






死にオチ・その二。あこがれの、「行間たっぷり取ったポエム調」を目指して書きました。