雨の木（レイン・ツリー）の女神[３]





「神を殺せる武器？」
「ええ、そういうものを探してるんです」
「冗談じゃない。うちはただの武器屋だよ。神様どころか、魔族に対抗できる武器も置いてない」
「そうですか……変なことを聞いてすみませんでした。ところで、武器屋のギルドで、そういう話を聞いたことはありませんか？」
「伝説の光の剣───ゴルン＝ノヴァなら聞いたことあるな。もっとも、ある戦いで失われて、この世から消えたという話だが」
「その剣のことなら僕も知っています。確かに、あの剣はこの世から消えました」
「俺に思いつくのはそれくらいだね」
「ありがとうございました」
ゼロスは、手ぶらで店を出た。もう何軒目になるだろう。通り過ぎる冬風に、ゼロスは流れる黒髪を押さえ、神官服の前を合わせた。

「竜族も魔族も倒せる剣があった、と聞いたことがあるよ」
「本当ですか、それは！どこで手に入るんですか」
ゼロスの剣幕に、思わず店員は気圧される。
「……かつて、そういう剣が創られたんだ。５１２年前。時を重ねるほどに成長し、やがては竜族も魔族も滅ぼせるほどになる剣。だが、そんな剣が創られたことを、魔族は察知していた」
「…………」
「高位魔族が来て、その剣に邪な魔力を送り込み、破壊した。それ以来、そのような剣は創られていない」
「高位魔族？」
「それくらいの魔族でなきゃ、あの剣に触れただけで消滅しただろうよ。でも、とにかくその剣はもうこの世には無いってこった。あんたの手には入らないよ。ただの伝説さ」
ゼロスは店を出た。
（その剣……何とかして手に入れる方法は無いでしょうか……）
何もかもあきらめたような、彼女の笑顔が浮かぶ。
（その剣があればあるいは───）
その時、ある考えがひらめいた。
（高位魔族がその剣を壊すことを阻止すれば───今、この時間に充分な力を蓄えたその剣がある、ということもあるのかもしれない……！）
ゼロスは店にとって返した。
「あの……っ！」
「なんだい兄ちゃん。伝説の剣ならもうこの世には無いって言ったろ」
「その剣は、どこの鍛冶屋で創られていたのですか」
「あんた……なんでそんなにその剣のことを知りたがるんだ。まあいいけど……」
武器屋の店員は、羽ペンを手に取り、さらさらとメモ用紙に一つの住所を書きとめた。
「この店だ。でも、いまさらその店に行っても、どうにもならないと思うぜ」
住所は、ゼフィーリアだった。
「ありがとうございます！これで、救えるかも知れない……」
「誰をだ、兄ちゃん」
「僕の大事な人をです」

ゼロスは、空間を渡って主の前に戻った。
「……心なしか、嬉しそうだな、ゼロス」
「お願いいたします。どうぞ、僕を女神ノルンの元へ送って下さい」
「ほほう……彼女を救う方法を思いついたのか？」
「分かりませんが……出来るかもしれません」
「お前の正規の仕事がたまっているぞ」
「彼女を救えたら、すぐにでも片づけます」
「彼女を救えなかったら……？」
「…………」
「かまわん。行って来い。執着を残したままでは、お前はよい仕事など出来なかろう」
「執着……」
「人間たちは、それを『愛』とも呼ぶがな。愚かしい感情だ」
「……申し訳ありません」
「いや……私も、そういう感情に捕らわれたことがある」
「主も？」
「ああ。遠い昔の話だ……。さあ、魔法陣に乗れ」
ゼロスは床に輝く魔法陣に乗った。

雨。風一つない世界の、真っ直ぐに降る雨。水にけぶる景色の中に、世界樹は簡単に見つけられた。そちらへ向かって歩く。白いドレスを雨に浸したリナが、彼を待っていた。
「また、来たの、あんたは。今度は何？あんたの苦しみを受け止めて上げるために、あたしは結構体力使うんだけど」
「リナさん。お願いがあります。５１２年前に僕を飛ばして下さい」
「また５１２年前なの？その年に、何か忘れ物でもしてきたのかしら？」
「また───」
そうだ。５１２年前。以前飛んだ年数も５１２年だった。と言うことは、あの時自分を妨害したものは───。
「ええ。大事な用事があるんです。飛ばして下さい」
「分かったわ」
「ありがとうございます」
リナは背伸びをして、でたらめな数字の書かれた三本針の時計をカチカチと回した。やがで、かちりと何かがかみ合う音がする。ゼロスの身体は、蒼白い光に包まれ始めた。身体の中を、風が吹き抜ける感覚。気がつくと、岩だらけの海岸に立っていた。濡れそぼった髪と服だけが、あの世界から来た証。ゼロスは、ゼフィーリアへと空間を越えた。

ゼロスは、布地屋に入り、自分をすっぽりと覆える黒い布地を買った。そして、魔法鍛冶屋へと空間を渡った。買った布地を頭からかぶり、身体に巻き付ける。そこでしばし待った。ひゅっと空間が歪む音がして───ゼロス自身が入ってきた。黒布をまとったゼロスは、かつてのゼロスの手から剣を奪った。ゼロスは、てのひらに力を込めると、かつてのゼロスをはじき飛ばした。輝くてのひらを、かつてのゼロスに押しつける。どうやら、胴体に穴を開けたようだ。かつてのゼロスは、周りのがらくたを吹き飛ばし、錫杖を構える。本気で戦う気になったようだ。
（やれやれ、僕自身と戦うのは変な気持ちですね……）
「あなたは何者ですか？なぜ僕がその剣を壊す使命を受けたことを知っているのですか？そして、覚えのあるその戦い方───名乗らないのでしたら、こちらも本気で行きますよ」
かつてのゼロスはそう言った。黒布のゼロスは相手の構えた錫杖を打ち砕く。
（さすが、僕───と言うべきか。気を抜いては闘えませんね）
黒布のゼロスは、てのひらに力を込めた。その時、かつてのゼロスが彼の背後に回るのを感じた。
「死んで、もらいます！」
（あの時、僕は錐を───僕の本体を出したんですっけ）
黒布のゼロスは空間を渡ってそれをかわす。そして、全ての魔力を右のてのひらに集めた。手が光を放つ。黒布のゼロスは、それをかつてのゼロスの身体に押し当て……貫いた。かつてのゼロスの身体はばらばらにちぎれ飛ぶ。
（この後は、空間を渡って空へ逃げたんでしたね）
黒布のゼロスは屋根をすり抜け、上昇する。何とか、人間の姿を取り戻したかつてのゼロスが、ふらふらと漂っている。黒布のゼロスは、簡単にその背後を取った。
「どうする？」
黒布のゼロスは、悟られぬよう口調を変えて問うた。
「ここで、滅びるか、逃げるか───」
「どちらも……お断りですね。僕はあの剣を壊すように指令を受けた。ここで引き下がるわけには行かないんです」
黒布のゼロスは、ふっと笑った。
「お前に滅びられては、こっちも困るのでな───群狼の島まで送り届ける。主には、目的を達成したと伝えよ。それが出来なかったら───本当にお前を滅ぼす」
そして、黒布のゼロスはありったけの魔力を相手にそそぎ込み、群狼の島までかつてのゼロスをはじき飛ばした。
「ふう……」
ようやく息をつく。
「鬱陶しかったですねえ……この布は」
黒布をはらりとはらい落とし、しばし空中でたたずむ。
「そろそろ、行った頃でしょうか？」
彼の魔法陣も、また同じ群狼の島にあるのだ。
「行きましょう」
ゼロスは、空間を越えた。


「お帰りなさい。何だか嬉しそう。何があったの」
「今はまだ、それは秘密です」
ゼロスは、口の前で指を振った。
「久しぶりね、あんたのその仕草……」
「お願いがあります。千年後に、僕を送って下さい」
「えらくまたおおざっぱな指定ね」
「考えがあるんです」
「いいけど……代わりに」
「何ですか？僕に出来ることなら何でも───」
「抱いて」
「え……っ」
「あ、あ、変な意味じゃないのよ。抱きしめて、ってこと」
「いいですけど……」
ゼロスはリナを抱きしめる。
「もっと強く」
ゼロスは、腕の中の折れそうな存在に、さらに力を込めた。
「あたしのこと、愛してるって言って」
「なぜ？」
「寂しかったからよ。それだけ」
「愛してます、リナさん───」
止まぬ雨の音。止まぬ愛の声。二人は、しばらくの間、そうしていた。
「じゃあ、千年後ね。いってらっしゃい」
身体の中を風が吹き抜け、ゼロスは時を越えた。

現れたのは、相変わらず人気のない海岸。そこからゼフィーリアへと飛ぶ。魔法鍛冶屋は、まだ営業を続けていた。店の奥の倉庫に、空間を渡って入り込む。他の魔法武具とは一段違う、水晶のケースの中に、あの剣が保管されていた。ケースの鍵を壊し、剣を手に取る。
「く……っ！」
触れるだけで、すうっと滅びそうなプレッシャーがある。ゼロスは、周りを探した。剣を納めるための、革のケースを手に取り、剣をその中に入れる。ようやく、プレッシャーが消えた。ゼロスは、その剣を腰に下げ、空間を渡った。

「ゼロス！早かったわね」
「リナさん……僕の側に来て下さい」
「何？」
リナが近づいてくると、ゼロスは革のケースを開け、リナの手に剣の束を触れさせた。リナは、眉をひそめる。
「すごい、力を感じるわ。怖いくらい。何なの、これは？」
「竜族も、魔族も、滅ぼせる剣です。しかも、創られてから永い時を経て、強い力を持っている。どうです、リナさん───」
ゼロスは、リナの耳元で囁く。
「今度は、死ねそうですか」
「───！あんた、そのために……」
「僕は、リナさんが好きでした。いえ、今も好きです。だから、貴女の本当の願いを叶えてあげたい。最期に聞きます。貴女は、本当に、この世界から解放されたいのですね？」
「……ええ」
「神族は貴女が逝ったらまた別の人間をここに送り込むでしょう。貴女は、その人間を犠牲にすることになる。構いませんね？」
「あ───そうね。あたしはそんなこと、全然考えてな───」
ゼロスの剣が、リナの胸を刺し貫いていた。
「ゼ、ゼロス、あんた───」
「貴女の決意が揺らがないうちに」
剣の束からも、びりびりと伝わってくる滅びの脈動。ゼロスは、痺れる手で、さらに剣をリナの胸に突き立てた。
「貴女を殺してあげますよ」
リナの唇が、声無く動いた。それは、「アリガトウ」と言っているようにも、「ユルサナイ」と言っているようにも見えた。リナの身体が、次第に空気に溶けて、消えて行く。ゼロスは、剣から手を離して、リナの身体を抱きしめた。
「愛していました、リナさん……」
ゼロスは微笑んでいた。
「貴女一人を逝かせはしません、リナさん」
光の粒となって雨空に溶けたリナ。絶え間なく降り続く、雨。魔族は、震える手で剣を持ち直し、自分の胸に突き立てた。


I can’t find my way without you


Endless rain，fall on my heart 心の傷に
Let me forget all of the hate，all of the sadness


「リナさん……聞こえていますか？僕は貴女が───誰よりも」
雨が止んだ。風が吹いた。世界樹の葉にたまった雫が、一斉に流れ落ちて、涼やかな音を立てた。





暗くてスプラッタな上に心中オチ……たまにこういうのが書きたくなってしまうんです。お許し下さい。それと、この小説ではリナちゃん一人が『ノルン』ですが、本来の北欧神話では、ウルド、スクルド、ベルダンディーの三人の女神の総称となっています。（ご存じ『ああっ女神さまっ』ですね）それでは、ここまでつきあっていただいてありがとうございました。次は、もっと明るい話でお会いしましょう。
過去と未来──二人のゼロスの戦いのシーンは、発表当時お褒め頂きました。でも書くの難しかった……。特にX-JAPANのファンだったわけではありませんが、「Endless Rain」は大好きです。