タイムマシーンは来ない




紅茶色の髪は色あせたが、深紅の瞳は少女の頃のまま、輝いている。枯れ木のような手で、老いたリナはゼロスの手を握った。
「ほんとは、こんな姿見せたくなかったのに、あんたは遠慮なくやってくるのね」
「リナさん、死なないで下さい。僕を置いていかないでください」
「ふふ……ゼロス、ずっとあんたのこと、忘れられなかったわ」
「リナさん───」
リナは、目を閉じた。その目が再び開くことはなかった。


「かわらない愛ダ」なんてさ うまいなぁー
ひどい ひどい人ダ
――今以上 人をキライにさせないで下さい――


恋人はもうこない 時代はもどらないよね
タイムマシーンはこない ――そんな歌をうたってた


フィリアはアンティークショップのカウンターに座り、白磁の壺を磨いていた。昨日、仕入れたばかりの逸品。柔らかな布で、その表面を擦る。長い年月が積もらせたほこりが取れて、なめらかな表面が現れる。
「あー、こうしているときが一番幸せ」
壺を机に置き、肩を回しながらくつろいでいると、一瞬悪寒が走った。
「う……」
「どうしたの、フィリア」
見たところ１０歳くらいの、蒼碧の髪、金色の瞳の少年が、フィリアに駆け寄る。
「何でもないのよ、ヴァルガーヴ。ちょっと寒気がしただけ」
「さむけ？　フィリア、寝てなくていいのかよ。店番なら俺がやるから、フィリアは休んでなって」
「違うの。風邪なんかじゃなくて……そう、禍々しい者がこの店に近づいてくる……ああ、やっぱり店番おねがい、ヴァルガーヴ。私、奥にいるから」
「苦しかったら、すぐ俺を呼べよ、フィリア」
「ありがとう」
フィリアが奥に行ってしばらくすると、客が来た。黒髪を肩のところで切りそろえた、神官らしい服装の男と、１０歳前後の、髪の長い可愛らしい女の子。二人は、ヴァルガーヴに軽く会釈すると、店内を見て回り始めた。
「わあ、これ可愛い」
陶器のモザイクがついた、花模様のブローチを、女の子が手に取る。ヴァルガーヴは、その無邪気な仕草に目を引かれる。少女の連れの男が言う。
「買ってあげましょうか」
「いいの？」
「ええ。きっと貴女に似合います」
二人の客は、カウンターに歩み寄ってきた。
「このブローチ、おいくらですか」
「はい……あれ？　値札ついてないや。フィリアー。気分悪いとこ、ごめんだけど、ちょっとこっちに来て！」
奥の方で、ごそごそと掛け布団の音がした。多少金の髪を乱れさせて、フィリアが現れる。
「お久しぶりです、フィリアさん。お加減が良くないのですか？」
「やっぱり、ゼロス───何をしに来たのかしら？　嫌がらせ？」
「まさか」
ゼロスは苦笑する。
「じゃあこの店を粉々にするとか？　悪い噂を流して客足を遠のかせるとか？　はっ、昨日仕入れてきた、この一大傑作の白磁の壺を割るとか！？」
「相変わらずですね、フィリアさんは。───ところで、このブローチのお値段を教えていただけませんか？」
「このモザイクのブローチ？　魔族のあなたにこんなものが何で───」
「あたしが、欲しいの。お姉ちゃん」
紅茶色の長い髪。深紅の瞳。小さな少女が、フィリアを見上げていた。
「ゼロスが、買ってくれるって。だから、お値段を教えて」
幼い、甘い声。
「あら、可愛い……ゼロス、この子をどうしたの。どっかから、かどわかしてきたんじゃないでしょうね」
「フィリアさん〜」
ゼロスは目の幅涙を流していう。
「ダークスターと戦った時は、共同戦線まで張った仲じゃないですか」
「そんな６００年も前のこと、忘れましたわ！」
「お姉ちゃん」
「……ごめんなさいね。お姉ちゃん、このゼロスには、ちょっと、嫌な思い出があって……」
「ゼロスは、いい人よ」
「人、じゃないと思うけど……お嬢ちゃんの名前を聞かせてくれる？」
「リナよ。リナ＝インバース」
「リナ……？」
フィリアの中に、懐かしい映像が結んだ。そして、目の前の少女をもう一度見る。髪の色。瞳の色。声。
「リナさん……」
「ん？　お姉ちゃんどうかしたの？」
「ゼロス、これはどういうことなの」
「その話は、後でゆっくりしましょう。ブローチのお値段を」
「金貨一枚、銀貨４枚です。包みますか？」
「あたし、すぐにつけたい」
「分かったわ、リナ……ちゃん」
フィリアは、ブローチをリナの襟元につけた。
「ありがとう、お姉ちゃん。あたしに似合う？」
「すっごく似合ってるぜ」
ヴァルガーヴが割り込む。
「お前、可愛いな。フィリアほどじゃないけど」
「ヴァルガーヴ！　お客様に失礼でしょ！」
ヴァルガーヴは全く気にせずに言う。
「リナ、遊ぼうぜ。この店の裏の倉庫、迷路みたいで面白いんだ」
「ヴァルガーヴ！　絶対に、絶対にものを壊しちゃ駄目よ」
「フィリアが嫌がることは俺は絶対にしない。じゃ、リナ。こっちだ」
「ゼロス、遊んでくるね」
二人は、奥の扉に消えた。


かべに描かれた女の子
涙のしずくを描いてあげる
たくさん青 ぬってあげる
――あたしとあそろいの…。


「……行ったみたいね。ゼロス！　ここに来たからには、何かたくらみがあるんでしょう。さっさと言いなさい！……な、何をするの、ゼロス！」
ゼロスは、カウンターの中に入り込み、フィリアを抱き上げた。そして、空間を渡る。
「きゃあああ！　ここは、ここはどこ？　放しなさい、この人さらい！」
「落ちついて下さい。ここは、貴女の店の屋根の上ですよ。今日は天気がいいので、外で話したかったんです」
「……こほん。で、ここに来た目的は？」
「懐かしい顔が見たかった、それだけですよ。６００年以上前のダークスターとの戦い。でも、今生きているのは僕と、貴女と、ヴァルガーヴさんだけです」
「───そう、ね。あの時共に戦った人間は、皆輪廻の中にいる。あ、そうだ」
「何ですか？」
「３００年ほど前、この店にアメリアさんの生まれ変わりの女の子が来たんです。ほんとにそっくりで。思わず『アメリアさん？』って声をかけたら、『人違いです』って言われちゃって。うれしいような、寂しいような、複雑な気持ちだったわ。……貴女の連れている『リナ』ちゃんは一体？　彼女の生まれ変わり？」
「そうです」
「あなたが、育てているの？」
「リナさんの気配がこの世界に現れて、僕は様子を見に行った。あの子は捨てられていたんです。孤児院の前に。僕は生まれたてのあの子を拾って、『リナ』さんと名付けました。今は僕と二人で旅をしている」
「ヒカルゲンジ計画じゃないでしょうね」
「ああ、あの東洋の物語。そうですね、リナさんがもっと育ち、美しくなったら……」
「なんてヘンタイなの！　やっぱりあなたは生ゴミ魔族───」
ゼロスは、自分の指をフィリアの唇に当てた。
「冗談です。ちびリナさんは、年頃になったらそれなりのお相手を見つけて、結婚させます。ご安心を」
「信頼できるのかしら」
「今のリナさんは、魔法は使えないし、そもそも僕が魔族と言うことも知らない。僕は、僕の自己満足のために彼女を育ててるんです」
「自己満足……」
「僕は、彼女のことが好きでした」
フィリアは深い蒼の目を見開いた。
「リナさんのことを？」
「ええ」
「魔族が、人間を？」
「いけませんか？」
「いえ、いけないと言っのではないですけど……あなた、リナさんの命を、ヴァルガーヴ───かつての、生まれ変わる前の───に、差しだそうとしていたじゃありませんか」
「上司命令でしたから」
「それなのに、リナさんが好きって……」
「仕事は仕事、恋愛は恋愛です」
「第一、魔族は誰かを愛せるのですか？」
「分かりません。でも、かつて僕がリナさんに抱いていた感情は、とても恋に似ていた。愛に似ていた」


小さなヴァルガーヴとリナは、倉庫の中でかくれんぼをしていた。
「おし、リナ見っけ。オニ、交代な」
「ずるいよ。ヴァルの方がここのこと、ずーっと知ってるんだもん」
「駄目」
「ん？　何が」
「俺のこと、ヴァルって呼んじゃ駄目だ。ちゃんと、ヴァルガーヴって呼んでくれ」
「どうして？」
「ガーヴっていうのは、俺の大切な人の名前なんだって。だから、フィリアも俺のことはヴァルガーヴって呼ぶ」
「ごめんね。怒った？」
「怒ったりなんかしないさ。リナは可愛いからな。フィリアの方がもっと可愛いけど」
倉庫の薄闇の中で、紅い瞳と金の瞳が交錯した。
「フィリアさんって、あんたのお母さん？　お姉さん？」
「違う。でも、世の中のどんなお母さんよりも、俺のことを大切に育ててくれた。俺は、早く大人になりたい。フィリアより背が高くなりたい。そして、フィリアを嫁さんにするんだ」
「ふうん……いいね。あたしも、早く大人になりたい。そして、ゼロスと結婚するの。でも、ゼロス、『いいですよ』って言ってくれるかなあ」
「リナはすごく可愛いから、絶対に大丈夫だ」
「ありがと。ヴァルガーヴもかっこいいよ。フィリアさん、ずーっとヴァルガーヴと一緒にいてくれるよ」
「うん。───じゃ、俺が隠れるから、リナが見つけろよ。目を閉じて、数をかぞえて……」
「いーち。にーい。さーん……」


右手に心を
つなぎ合わせる針と糸
もう片方の切れはしを探しに行くところ…


「リナさんは、僕の気持ちなんて気づかずに逝ったでしょうね」
「そうかしら」
「だって彼女はガウリイさんと結婚して……」
「私、忘れられない言葉があるんです」
フィリアはにっこりと微笑んだ。
「『ゼロスは魔族。それくらいのことはするでしょ。そんなことは分かった上で、あたしたちは一緒にいるのよ』。私も長く生きていますけど、こんな信頼の言葉を聞いたこと、ありません」
「懐かしい言葉ですね」
ゼロスは、秋の陽に目を細めた。
「僕にも、嬉しかった言葉です」
「いまあなたの側にいるリナちゃんを、身代わりにしてはだめよ」
「分かっています。───あなたも、自覚した方がいい」
「私？　私に何が……」
「ヴァルガーヴさんのことです。彼は、小さいなりに貴女を愛していますよ」
「えっ？　だってあの子はまだ子供で……」
その時、店の中からヴァルガーヴとリナが飛び出してきた。屋根を見上げる。
「探したぜ。どこにもいないから。フィリアー、喉渇いた。リナも疲れたし。美味しい紅茶、飲ませてくれよ」
「はいはい」
ゼロスはフィリアを抱きかかえて宙に浮き、地面に降ろした。
「おい！　お前」
「僕ですか？」
「気安く俺のフィリアに触るな」
「これはすみませんでした。さて、お茶にしてくれますか？　フィリアさん」
「ええ」
「あたし、手伝います」
フィリアとリナが台所に消えると、ヴァルガーヴは鋭い目でゼロスをにらみつけた。
「フィリアに手を出すな」
「出しません。だって、フィリアさんはあなたのものでしょう？」
「分かってるならいいんだ」

「そこの棚にカップが入ってるから、四人分出してもらえる？」
「はーい」
「リナちゃん、ゼロスのこと、好き？」
「うん、大好き！　優しいし、かっこいいし……大きくなったらきっと、あたしゼロスのお嫁さんになるわ」
「リナちゃん、それは……」
「フィリアさん、あたし、分かってるの」
「リナちゃん？」
小さなリナはかすかに微笑んだ。


恋人はもういない 時代はもどらないよね
タイムマシーンはこない ――そんな歌をうたってた


「ゼロスは、あたしにとても優しい。でも、時々あたしの瞳をのぞき込みながら、違う人を探してる。その人は、きっと遠い昔に失われてしまった人で───」
「……」
「フィリアさんは知ってる？　あたしじゃない『リナ』のこと」
「知っているわ」
「どんな人だったの？」
「リナちゃんと似てるわ。髪の色も瞳の色も同じ。───辛かったでしょ、ゼロスが遠い昔をあなたの中に見てるって知ったとき」
「今は、もう辛くない」
小さなリナが、大人びて見えた。
「あたしは、ゼロスがいてくれたらそれでいいから」
「さっき話したんだけど……リナちゃんが大人になったら、別の男の人と幸せになってもらう、ってゼロスは言ってたわよ」
「今は、そうかも知れない。でも、あたしがもう少しだけ大人になったら、きっとゼロスはあたしを手放せなくなるわ。最初は身代わりでもいい。ゼロスに恋をさせてみせる」
フィリアは、ティーポットに熱い湯を注ぎながら、ため息をついた。
「リナちゃんは本当に似ているわ。私が初めて会った『リナ』さんに」
「素敵な人だった？」
「もちろん。明るくて、強くて、かっこいい人だった。今でも忘れられないくらいに。……そこのティーコージーを取ってちょうだい」
ティーコージーをポットにかぶせ、二人は店の方へ出る。
「お待たせ。でも、お茶の葉が開くまで、もう少し待ってね」
フィリアは自慢のティーカップに、香りの良い紅茶を注いだ。
「これこれ。フィリアの紅茶、最高だよ。そうだろ、リナ」
「うん。すごく美味しい」
笑い合って話す二人を、ゼロスとフィリアは暖かい気持ちで見た。


「また、来てちょうだい。年頃になったリナちゃんを見たいわ」
「ええ、また来ます。二人で」
小さな二人は、囁きを交わし合った。
「あのな、俺、“えんしぇんと・ドラゴン”だから。お前が大きくなっても、俺はまだ大きくなれないと思う。それでも友だちでいてくれるか？」
「もちろんよ」
「うまくやろうぜ」
「お互いに、ね」



抱きしめあったり…
そして、抱きしめあったり…
あぁー そんなことがしたいの
だけど、みつかんないの。



「あなたが愛する気持ちになんなきゃ」ね。










第一閲覧室とどちらにしようか迷ったのですが、この「リナ」ちゃんは、原作のリナちゃんではないので、こちらに置かせていただくことにしました。でも、この「リナ」ちゃんも、元祖「リナ＝インバース」の心を受け継いではいるのです。「タイムマシーン」は、Ｃｈａｒａさんの曲です。

ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。ちびリナちゃんとちびヴァルガーヴくん。この話では「ヴァルガーヴ」は略しちゃ駄目、と言っていますが、他の作品では「ヴァル」と略させていただいている私です。