甘い涙

「ディナ……?」
ゼロスが芝生の上の午睡から目を覚ますと、そこには見慣れたリナの面影があった。
「ちょっと、起きなさいよ、このへっぽこ神官!風邪引くわよ!」
「リ……ナ……さん」
「ちょおっと待った!今、あたしのことをディナって呼んだわね。ディナって何よ、どういう人?」
「あなたに……似ています。性格はともかく、顔や身体やしぐさが」
「性格はともかく?」
「臆病なほど素直で、優しい人でした」
「悪かったわね。どうせあたしはがさつだし、優しくもないわよ」
「その服……どうされたんですか」
リナは、いつもの旅行用の服ではなく、薄い水色のワンピースに身を包んでいる。ウエストの少し上に、クリーム色のリボンが縫い目のように通っている。
「あー、このひらひらした服?馬車に泥を頭からひっかぶらされたのよ。いつもの服は洗濯屋にだしたわ。それで、代わりにってことでアメリアが見立ててくれたの。でも、あんたに人違いされちゃったし、やっぱあたしにはこういう服は似合わないのね」
「そんなことはありません、似合ってて可愛いですよ」
「ディナって人と間違えたくせに」
しばらく二人の間に沈黙が降りる。午後のうららかな日射しが芝生に降り注いでいる。

「ねえ……」
沈黙を破ったのはリナの方だった。
「ディナって誰?そんなにあたしに似てるの?」
「もう500年以上前の人ですよ。もしかしたら、あなたはディナの生まれ変わりなのかも知れませんね」
ゼロスは続ける。
「栗色の髪と、紅い瞳。水色が好きで、いつも水色の服を着ていました。そして、僕が魔族だと言うことを知りながら、僕に優しくしてくれました。」
「好きだったわけ……?あんたのことが?」
「ディナは病弱なひとでした。今の貴女と同じくらいの歳で死んでしまいました。僕は毎日のようにディナの看病に通ったものです」
ゼロスはさりげなく話題を変える。
「よくそんなヒマがあったわね」
「時間が人を支配するのではない、人が時間を支配するんです」
「魔族のくせに」
「そういうところは人と同じですよ。とにかく、僕はディナのもとにかよい続けました。ディナが肺病で亡くなるまで、半年ぐらい」
「どうして不死の契約を結んであげなかったわけ?」
「ディナには一応話したんです。でも断られてしまいました。たとえ短い命でも、人間として全うしたいって」
「そうね……分かるわ」
急に風が吹いた。丘の上の草と、リナの長い髪とワンピースが優しく揺れる。ゼロスはそんなリナを見て目を細める。
「そうしていると、ほんとにディナそっくりです」
「で、さっきははぐらかされちゃったけど、ディナとあんたは恋人同士だったわけ?」
「これはまた直球ですね」
「気になるのよ。あたしにそっくりで、あたしとは全然違うその子の心が知りたいの」
「それはヤキモチを焼いてもらってるととって良いんでしょうか?」
すぱーん!
どこから取り出したのか、リナはスリッパでゼロスの頭を叩く。
「キリキリ話を進める!」
「はい……僕は彼女のことを好きでした」
ズキン……リナの心に痛みが走る。もう500年も前の話なのに。ディナはもうこの世にいないのに。
「彼女も僕のことを好きなんだと思っていました。でも、違ったんです。彼女は死ぬ間際にこう言いました。『いままでありがとう、ゼロス。わたしのお兄ちゃん。今度好きな人を見つけたら、絶対にその人を離さないであげてね』 その瞬間に気付いたんです。ディナにたいする気持ちは、恋じゃないって。保護欲と恋を取り違えていたって。そして、そんな気持ちをディナは分かっていたんですね」
「魔族も、恋をするの?」
「するときには、します。それがたとえ無益なことだったとしても」
ゼロスは、ふと真剣な紫紺の目でリナを見る。
「500年、待ちました。栗色の髪と紅い瞳の少女を。そして見つけたんです。貴女を」
再び風がざあっと通り抜けていく。
「あたしは、あんたにとって、ディナの代わりなの?」
青年は首を横に振る。
「恋をしたのは、リナさん、貴女に会ってからのことですよ。本当に愛しているのは、リナさん一人だけです。ディナが最期に言った『今度好きになった人』というのはリナさんのことでしょう」
リナは紅くなる。
「あたしのことが、好きなの?」
「はい、大好きです。愛しています」
その瞬間、リナの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。ゼロスはあわてて言う。
「すみません、迷惑でしたか?考え無しに突然告白してしまって、すみません」
「違うの。これは……たぶんうれし涙だと思うわ。私の分と……それからいまはもういないディナの分と」
リナは、涙を流し続けた。ゼロスはハンカチをとって彼女に渡したが、リナはそのハンカチが涙で暖かく湿るまで泣き続けた。
「リナさん……好きですよ。この先、僕の何千年という一生でも、愛した人は貴女一人になるでしょう」
「この服……たまには着てあげるわよ。ディナのことを思い出させてあげる」
「良いんですか?」
「いいのよ。サービスよ」

翌朝、水色のワンピースを着て現れたリナを見て、一行は口々に感想を漏らした。
「おお、リナ、そうしてるとまるで普通の女の子みたいだぞ」
「馬子にも衣装ってやつだな」
「あー、やっぱりリナさん水色似合いますね。選んでよかった」
にぎわうテーブルから一人離れて、ゼロスはぽつりと座っていた。
「ディナ……そしてリナさん……」
青年は一人つぶやいた。
「ディナ、やっとあなたの願いが叶えられそうですよ」




ディナという名前は、私の彼が「スレイヤーズ」放送開始後6週間ぐらいまで、ヒロインの名前を「ディナ=インバース」だと思いこんでいたところから付けました。リナであってリナでない、もう一人のリナのつもりです。それでは、読んでくださってありがとうございました。

ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。「甘い涙」というタイトルは、「あずまんが大王」のEDテーマ「raspberry heaven」の一節から取りました。 (その後「raspberry heaven」っていう小説も書いてるんだから、世話無いよな〜)。彼が「えっ!?リナ?てっきりみんな『ディナ』って呼んでるんだと思ってた」と言われた時にはずっこけました。 スレイヤーズのベテラン声優陣はそんなに滑舌が悪いのか(いや、そんなことはない)。でも、そのおかげで小説一本書けたんだから、まあ良しとします。