最終兵器リナ

「ねえ、私と恋をしない？」
この、わずか１５歳の、人間の娘は、僕に、そんな風に語りかけてきた。
「恋……ですか。人間の貴女と、魔族の僕が、ですか？」
「そんなの関係ないじゃない。だって。あんたが、あたしのことを好きなこと、あたし知ってるよ。そして、あたしもあんたが大好き。この気持ちはウソじゃないでしょ？」
確かに、ゼロスはリナを愛していた。仲間たちと歩んだ長い旅の間に。気持ちは膨れ上がって、どこにも行き場を無くしていた。
「あんたって、見た目は良いし、性格はちょっとあやしいけど、この美少女のあたしと一緒に歩いてて様になるってもんでしょ」
「あの……それだったらガウリィさんやゼルガディスさんだって」
少女はちっちっちと指を振る。
「だめね。分かってない。そこに恋心がなくちゃ、だめなのよ。そして、あたしはあんたが好き。どう？あたしたちってお似合いのカップルになれそうじゃない？」
ゼロスは、半ばあきれてくすくす笑う。
「そうですね。お似合いのカップルになれそうです」
「じゃあ、とりあえずデートから始めましょう。美味しいアップルパイを出すお店知ってるんだー。今日は店の在庫をすべて食べ尽くすわよ！あ、支払いは当然、彼氏のあんたが持ってね」
「まさか、それだけのために僕を恋人にしたんですか？」
「まさか。今日の晩ご飯は、おいしいフィレステーキのお店を知ってるの。もちろん、レディに勘定を払わせるなんて野暮なことはしないわね、ゼロスは。なんたって紳士だもの」
「リナさん……」
「はいはい、泣かないで。本気だけど冗談よ。たかがご飯を奢らせるために、あたしの彼氏なんて超重要なポジションをあげるわけないでしょ。さて……と」
リナはごそごそと紙包みを取り出す。布表紙のノートのようだ。ただ、金属製の小さな板が、がっちりと一方を閉じている。
「鍵解除（レリース）」
リナがそう唱えると、金属製の板は外れ、中が読めるようになる。
「なんですか、これは」
「んもー、見りゃ分かるでしょ、交換日記よ、交換日記。あたしは人間、あんたは魔族。お互いの生活に知らないことが多すぎるわ。だから、逢えないときも、相手がどうやって暮らしているかを知るために、これは重要だわ」
「あのー、僕、空間を渡れるんで、直接毎日飛んできて、お話ししましょうか？その方が手間もはぶけ」
「馬鹿者っ！」
ゼロスは思いっきりデコピンされてのけぞる。
「こういうのは、もどかしさが良いんじゃないの。好きな人に逢いたい、でも逢えない。せめてノートの文字にあの人の面影を見る。って、そういうのが恋の醍醐味なのよ」
「で、どうやってやりとりするんですか、これ」
「あんたが空間を渡って、渡しに来なさいよ。で、あたしが書いたらまた取りに来る」
それだったらやっぱり直接話した方が……という言葉をゼロスは飲み込む。ノートを胸に抱えたリナが、何だか本当にきらきらと綺麗に見えたから。
「鍵を解除する方法は、さっきやって見せたとおり。きっちり、毎日書くのよ。遅れたら、許さないんだから」
「やれやれ、彼氏彼女って言うのも面倒な物なんですね」
「いま、何か言った？」
「いえ、何も、決して、そんな、あはは」
こうして、僕たちの交際は、始まった。

〇月×日
リナさんへ。いつも会っている人にこうして手紙を書くなんて、不思議なものですね。僕は今、ゼラス様に命じられて、ある街を滅ぼすための準備を練っています。こんなことを書くと貴女に怒られてしまいそうですが、この日記にはできるだけ本当のことを書きたいので仕方ありません。リナさんが怒らないか、それだけが心配です。

×月〇日
ゼロスへ。よくもあたしへの交換日記で、そんなことをしゃあしゃあと書けたもんだわ。その点は、尊敬してあげる。いいから、その街の名前を書きなさい。書かなかったら、この交換日記もお終いです。じゃあね。

〇月×日
リナさんへ。しょうがありませんね。街の名前は……シティ。貴女の暮らすゼフィーリアとはかなり離れた、海岸の街です。ここの修道院にとある秘術のバイブルが眠っているというのに、人間がそれをおとなしくゼラス様に渡してくれないから仕方ないのです。それでは。

×月〇日
ゼロスへ。へっへーんだ、……シティへいってももぬけの空だったでしょ？あたしが徹夜でレイ・ウィングで飛んでいって、魔族の来襲を伝えたのよ。もちろん修道院もからっぽ。あたしを恨まないでね。恨むなら交換日記に秘匿事項を書いちゃった自分を恨みなさい。じゃあね。

〇月×日
リナさんへ。ひどいですひどいです〜。ゼラス様に「これはどういうこと？」と酷く折檻されてしまいました。なんとかこの交換日記の存在は知られずにすみましたが。

平和な月日が過ぎた。交換日記も順調だ。リナは、今日もペンを取った。

×月〇日
ゼロスへ。最近、魔族の様子がおかしいの。ここ数日だけでも、森の中を歩くだけで、魔族の殺気を敏感に感じ取れるの。数も増えてる。ゼロス、またあんた何か隠してんじゃないでしょうね。心当たりがあったら教えなさいよね。

〇月×日
リナさんへ。僕も、最近魔族の力が全体に増大していることを感じています。街の中はともかく、森の中や街道で襲われる人間も増えているようですね。リナさんはまず大丈夫でしょうが、一応気を付けて下さい。

×月〇日
ゼロスへ。アトラス・シティに巨大な魔族の軍団が襲来したって話は聞いてるでしょうね。たくさんの人間が死んだわ。魔族は、その人間たちの苦しみや悲しみを糧に生きている……ゼロス、あんたも。あたしたち、このまま『男女交際』、続けてていいのかな？

〇月×日
リナさんへ。今日、ゼラス様が、魔族の人間に対する宣戦布告をなさいました。これは、獣王ゼラス様だけではなく、もっと上の……存在が、人間を滅ぼせと命令しているようです。僕は、ゼラス様の命令には逆らえません。でも、貴女との『交際』をやめるつもりもさらさらありません。このままどこまでいけるか分かりませんが、できるだけ貴女と共にありたいと思っています。

〇月×日
リナさん、どうして部屋にいないのですか？いつも眠っている貴女の脇にそっとこの日記を置いていくのが僕の楽しみだったのに。どんな夢を見てるのかな、と考えるのが楽しかったのに。タリスマンもここに置きっ放しになっているから、あなたの波動も辿れません。出来るだけ早く、貴女に逢いたいです。いつ、どんなときにも呼んで下さい。すぐに側に行きます。

×月〇日
ゼロスへ。この日記は、今日でおしまいにしましょう。さよなら。

〇月×日
リナさんへ。今、リナさんの部屋のリナさんの机でこれを書いています。さよならって、どういうことですか。確かに、ここ数日、魔族の人間への攻撃は続いています。今までみたいに、のほほんとした関係ではいられなくなるかもしれません。でも、僕は貴女を強く求めて続けています。貴女がいないと生きていけないんです。ここまで続けてきた日記を、今日で終わらせるなんて言わないで下さい。どうか

そこまで書いたところで、ゼロスは窓から射す不思議な光に気付いた。それは青白く、月の光のようでいて、もっと冷たい。氷が光を発したら、こんな色になるだろう。ゼロスはふっとリナの気配を感じた。
「リナさんっ！？」
そこには、青白く光るリナがいた。いつもの旅装束だが、マントは外している。そして、マントの替わりに、そこには

――天使のような、巨大な羽があった――

羽のせいで、服の背中は無惨に破れている。リナは無表情にゼロスを見つめていたが、やがてその見開かれた紅い瞳から一筋の涙を流した。
「ごめんね、ゼロス。あたし、こんな身体になっちゃった。」
ゼロスは窓から飛び出し、リナを抱きしめようとする。
「だめっ！」
電流のような衝撃波が、ゼロスを貫き、彼は苦痛にあえぎ、地面に転がった。
「あたし、スィーフィード側の人間の中で、姉ちゃんを除いて一番の魔力を持っているから――」
リナは涙を流しながらも、淡々と語る。
「長老たちが決めたの。あたしに許容量以上の魔力を流し込んで、この人間と魔族の闘いの最終兵器にするって――」
リナは、優しい瞳で苦悶にあえぐゼロスを見た。
「今すぐに、楽にしてあげることもできるよ……ッダメッ、ゼロス、逃げて！！出来るだけあたしから遠くに！！でないと、あたし、あんたを滅ぼしちゃうよぉ……」
ゼロスはかなりのダメージをアストラル体に感じながら、ようやく立ち上がった。
「リナさんをこのままにして、僕だけ逃げるなんて出来ませんよ。なんとか、その光だけでも制御できませんか？」
「だめなの。できないの。さっきからやってみてるんだけど。光に触れると魔族は滅んでしまう。このタリスマンのせいみたいなんだけど……」
リナの首とベルト、両手首には、薄青い光をはなつタリスマンが巻き付けられている。
「自分では、取れないのよ、これ……取ろうとすると、もの凄い痛みが……ごめんね、ゼロス、ごめんね」
「どうして謝るんですか。貴女は僕の彼女じゃないですか。こんなことくらいで手放したりしませんよ。」
「ゼロス……」
蒼い光の中の、紅い瞳。冷たい頬に流れる涙。宙にまき散らされる白い羽根。彼女は、震えるほどに美しい。
「リナさん、流し込まれた魔力というのを、僕の身体に送り込んで下さい。僕がそれを空間へ向かって放出します。」
「だめよ。そんなことしたら、ゼロスが壊れちゃう」
「僕は、これでも高位魔族ですよ」
ゼロスは、リナの光に触れないように、そっと近づく。
「さあ、リナさん」
リナは涙をポロポロと零しながら、両手をあげ、魔力の帯をつくり、ゼロスの身体に流し込む。想像以上の魔の圧力に、ゼロスの身体は軋む。思わず眉根を寄せ、苦痛に耐える。涙と魔力の帯をとめどなく流しながら、リナは言う。
「こんな彼女なんて嫌でしょ？ねえ、『男女交際』もここまでにしようよ。ゼロスのしてくれていること、凄く嬉しいよ。でも、たぶんゼロスには耐えきれないと思う。あたしが意識を失ってる間に、魔力増幅器の中に入れられて、制御のためのタリスマンを付けられたの。人間の決めたことよ。姉ちゃんだけは反対してくれたらしいけど、多勢に無勢だったって……」
「やだなあ……僕がそんなに頼りない彼氏に見えますか？」
必死で魔力を天に向けて放出しながらゼロスは言う。
「彼女のピンチを救ってあげてこその彼氏です。僕はほんとに嬉しいんですよ。こんなときに僕を頼ってくれて」
「頼るつもりなんてなかった。お別れを言いに来たの。それなのに……ごめんね、本当にごめんなさい」
二人の上空で、空間がぎゅんぎゅんと歪んだ。その時だった。一人の……たぶん、ウェイトレスの格好をした女性が、宙を飛んで二人のもとにおりたった。
「スィーフィード・ナイト……」
「姉ちゃん……」
ルナ＝インバースは、何も言わずにリナの元へ近づくと、首の、腰の、両手首のタリスマンをさっさと外した。リナの身体を覆っている蒼白い光が消える。
「あんたたち、逃げなさい」
ルナの言葉に、二人は呆然とする。
「貴女の立場で、僕を見逃してしまって良いんですか？それも、人間側の最終兵器付きで？貴女は責任を問われますよ。その、長老たちとかいう人たちに」
「あんな奴ら、私の一撃で黙らせるわ。とにかく。遠くまで、逃げなさい。人間も魔族も関係のないくらい遠くへ。今回の降魔戦争が終わるまで」
そして、口元に優しい笑み。
「ゼロスくん、リナをよろしくね」
「姉ちゃ……」
「恩に着ます」
ゼロスはリナを抱き上げると、空間を跳んだ。リナの翼に触れると、まだ魔力の流出は続いているらしく激しい痛みがあったが、ゼロスはそんなことは気にしなかった。僕は、彼女の、「彼氏」なのだから。何時までも、何処までも、何があっても、守る。
「ゼロス……あたしたち何処へ行くの」
「お姉さんがおっしゃっていたでしょう。人間も魔族も関係のないくらい遠くへ。僕たちが、楽しく『男女交際』を続けられる場所へ」
ゼロスは、混沌の海の中を、腕の中に何より愛しい存在を抱きしめて、流されていった。彼らの行方は、誰も知らない。



そのまんま、「最終兵器彼女」のパクリです。でも、肝心なところは上手くパクれていません。ファンの方ごめんなさい。そして勝手に登場させてるルナさん。いいのかなあ。こちらも、ファンの方ごめんなさい、です。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。この小説を書いた当時は、「最終兵器彼女」はアニメ化されていて、これもののパロディもかなり流行っていました。 わたしも、一つ流行に乗ってしまいました。でも、ぜんぜん「サイカノ」」じゃないですね。もっと精進します。