raspberry heaven



心に羽根を持って　伝えて胸のささやき
今　風に乗って


「８年？」
「そう、８年です」

「次に会うときは、命の取り合い。」
そんなことを言っていた獣神官は、別れからたった１ヶ月でリナの前に姿を現した。

窓にそっと　呼ぶ声は　恋の予感　そして
まだ遠くの愛でも　信じてる明日を
信じてる　君を


「８年間僕を待って、そして僕の花嫁になってください」
「ゼロス、あんた何、考えてるの？あたしがそんなにあんたを待って、そして結婚？冗談じゃないわ。相当な自信家ね、あんたって奴は。」
「今、嫌だ、とは一言も言わなかったですね」
こいつは嬉しそうに言う。
ここはゼフィーリア。あたしの故郷だ。今は早朝。あたしとこいつ以外、起きてる人はいない。あたしはパジャマ姿で髪も梳かしてない。そんなところにいきなり窓からやってきて、とんでもないことをいうんだからたまらない。
「あたしは、８年経ったら２３歳よ。そんな長い時間の間、いいひとがあらわれないとも限らないでしょ」
「８年……僕にとっては一瞬なのですが、あなたにとっては長いでしょうね」
「第一、８年もかけてどんな仕事するのよ」
「それは……」
「ヒ・ミ・ツ・で・す」
２人の声が重なり合った。
「１５歳から２３歳。乙女が競い合って恋をする歳月を、ひたすら『待つ女』して過ごせって言うからには、そうとうあたしを幸せにする自信があるんでしょうね。」
「さあ……でも、少なくとも、どんなときでもあなたをお腹一杯にするまで食べさせていく自信はあります」
「ふーん……そりゃ、相当な自信だわ」
「それで、待っていてくれますね？」
どうして、この男は、こんなに自信満々なんだろう。あたしが、こいつのことを……好きだったって、知ってるからなのかな。
「分かった分かった、あんたを待つわ。そして、あんたのお嫁さんになってあげる」
「リナさん！」
すぱこーん！
小気味の良い音が響きわたる。
「そう言うアマアマなことは、８年経ってからにして、ね。それじゃ、いってらっしゃい」
ひらひらと手を振る。
「そ、そんな〜。永劫に近い８年の別れじゃないですか。そんなあっさりと」
「『僕にとっては一瞬』って言ってたのは誰だっけ？え……と、それ、何？」
ゼロスは一枚の羊皮紙を取り出した。世界の地図のようだ。ゼフィーリアの上に、ポツンと小さな光がある。
「これは、僕の居場所を示す地図です。僕がどこにいても、リナさんにはすぐ分かりますからね。でも、会いには来ないで下さいね。」
「危険な仕事……なの？」
「そして、光が消えたら　僕がこの世界から消滅したってことです。ジ・エンド。もしそんなことがあったら、別の男性を捜して下さい。リナさんのことだから、すぐいい人が見つかり……」
すぱこーん！！
前にもまして良い音が響きわたった。リナは、スリッパを握りしめて言う。
「何言ってるの！乙女をまちぼうけにするなんて、他の女の子が許したとしても、このリナ＝インバースは許さないのよ！絶対、生きて帰ってきなさいよね」
「ホントに危険も伴う仕事なんです〜」
「愛の力で乗り越えなさい」
「あ・愛の力……分かってくれたんですねリナさん〜！」
すぱこーん。
「話が決まったら、とっとと行く！」
「その前に、お伝えしておくことがあります。羊皮紙の地図に×印がついているところがありますよね？」
「ああ、ここね。ゼフィーリアからも大して離れてないわね」
「いいですか？今日から数えて８年目の日に、ここに来て下さい。正しい場所に着いたらこの印が光ります。そしたら、迎えに行きます」
「うん、わかったわ。待ってる。ゼロスからは、あたしの居場所は分かるわね？」
「ええ、タリスマンがありますから」
「それじゃ、８年後に、ね。」
「旅立つ男に、おまじないをくれないんですか」
「おまじない……？」
ゼロスは、そっとかすめるようなキスをリナから奪った。リナの頬が紅く染まる。
「それじゃ、行ってきます」
リナの部屋の窓から軽く跳び、早朝の晴れた空にゆらりと消えた。

☆　　　　　☆　　　　　☆


　　　　
raspberry heaven　一人じゃないって
約束したね　heaven
raspberry heaven 　甘い涙
楽園でまた 微笑んで


４年が過ぎた。
リナは、朝起きると必ず枕元の羊皮紙を広げる。ポツンと光る点は、いまは海を越えた遙か彼方の大陸にある。でも、この光は彼の生きている証だ。リナは羊皮紙を少しだけ抱きしめ、それからベッドから起きあがる。
今、リナは１９歳だ。でも、見た目は１５歳の頃と大して変わらない……というより、４年前のあの日から彼女は成長するのを止めてしまったようだ。紅い頬も、華奢な体も、小さな胸も（おーきなお世話よっ！）４年前から変わらない。
でも、彼女の女性としての魅力は増していた。大きな紅い瞳。果実のように人を誘う唇。歩く姿のしなやかさ。彼女がただ街を往くだけで、振り返る男性の数は確実に増えていた。
彼女は、彼女の姉の働くレストランで、姉と同じウェイトレスをしていた。気が向くと、ふらりと一人旅に出ることも、小遣い稼ぎに盗賊いぢめをする事もあったけれど、基本的にはゼフィーリア・シティが彼女の居場所だった。
ある日、昼飯時を終えて、レストランの台所で泡まみれになっているリナの元に、思わぬ来客があった。
「ガウリイ！ひっさしぶり！」
「うわ、泡まみれの手で抱きつくな、こら」
ガウリイはリナをたしなめる。
「もう、お前は子供じゃないんだから」

リナはガウリイを自宅の自分の部屋に通した。小さな部屋なので、二人は並んでベッドに腰掛ける。
「今日は、大事な用事があってきたんだ。そのつもりで聞いてくれ」
「ガウリイが大事な用事〜？何かお宝の情報でも掴んだの？」
「いや……その、おれは、以前、お前の保護者だったよな」
「あー、そういえばそんなことを言ってたわね。結局どっちがどっちを守ってるのか分からなくなっちゃったけど」
「俺を、一生、お前の保護者にする気はないか」
リナは驚いてガウリイの顔を見上げた。真剣そのものの表情で、リナを見下ろしている。そして、懐から小さなむき出しの指輪を取り出す。リナの目の色と同じ、ルビーが填っている。
「これを、受け取ってくれ」
「ごめん……ガウリイ、それは、できないわ」
「うん、最初は、そう言われると思っていたんだ」
意外とあっけらかんとガウリイは言う。
「おまえ、ゼロスが好きなんだもんな」
リナは一瞬で耳まで紅くなる。
「な…な…何でそのこと……」
「何でかな、俺はこういうことは分かっちゃうんだよ、昔から。おまえ、初めてあいつに会ったときから、そう言う感じだったもんな、うん」
動揺を隠せないリナの上に、ガウリイの声が降りてくる。
「でも、あいつは魔族、俺たちは人間だぜ。あいつ、いつ『上司様』とやらから『リナ＝インバースを殺せ』なんて言われかねないんだぜ。そしたら、お前どうすんだよ」
「う……」
「それに、あいつはあの姿のままで千年生きてるんだぜ。リナがオバサンになって、オバーサンになって、白髪になって死ぬときまで、あいつはあの姿のままなんだぜ。それとも、あいつと不死の契約でも交わすか？いや、おまえはそんなことはしないよな」
ガウリイの蒼い目が、リナの紅い目を覗き込む。
「それより、二人で歳取っていこうぜ。同じようにしわだらけになって、白髪になって。杖ついて散歩してさ。もちろん、若い頃はそんなことはしないぜ。俺と二人で冒険に継ぐ冒険だ。お宝をふんだくり放題だ。どーだ、魅力的なプランだろ？」
「そうね、確かに魅力的。でも……」
「どうして、あいつなんだ」
ガウリイは膝の上で手を握りしめて、吐き出すようにそう言った。
「俺の方が、逢ったのは早かった。俺の方が、リナの側にいた。食い物の奪い合いをしてきたのだって俺だ。リナを…リナを守れるのは俺だけなんだ」
「ガウリイ……ガウリイ、何すんのよ！」
細い腕を掴まれ、引き寄せられる。無理矢理唇をふさがれる。そのまま、ベッドに押し倒された。ガウリイの大きな手が、リナの胸の小さなふくらみに覆いかぶさっている。ガウリイの真剣な瞳を見ていると、不思議と抵抗できなくなる。リナの手が必死でベッドの下のスリッパを探っている、その瞬間、
コン、コン
ドアをノックする音がした。二人は慌ててベッドの上に起きあがり、居住まいを正す。
「入るわよ」
ルナが部屋に入ってくる。手の上には、美味しそうなケーキと、湯気の立つ紅茶が並ぶ銀のトレイ。ルナは、それを机の上に置くと、
「ガウリイくん、初めまして、ね。ゆっくりしていってね」
と天使の微笑みで言った。
ルナが部屋を出ていくと、気まずい沈黙が二人のうえに降りた。
「あれが、噂のお前のねーちゃんか」
「うん、そう」
「胸、でけーな。お前と違って」
すぱこーん！！
スリッパを探り当てたリナは、今度こそガウリイに一撃を食らわせた。
「で、さっきの続き、する？」
ファイアーボールでも出しかねないジト目で睨まれて、ガウリイは小さくなる。
「い、いや、すまなかった。つい、やりすぎた」
「じゃ、紅茶でも飲みましょうか。仲直りのしるしに」
「ああ」
紅茶を口にして、ガウリイは言う。
「結局、俺はあいつにはかなわないんだな。で、あいつはお前を幸せにしてくれるのか？」
「さあ、それはあと４年経ってみないとわからないの」
「４年！？あいつ、お前をそんなに待たせてるのか。お前が心変わりすると考えてないのか？他の男に手を出されるとか」
再びジト目で見られてガウリイはますます小さくなる。

「あいつが、お前を泣かすようなことをしたら、いつでも、俺が迎えに行く。それでいいな？」
そんな言葉を残して、旅の傭兵はゼフィーリアを旅立っていった。
「男あしらいは、もっと上手くしなさい。心配かけさせないで」
ルナにそんな言葉をかけられ、リナは一人冷や汗を流した。

☆　　　　☆　　　　　☆


あと２年。何度目からの一人旅から帰って来たリナは、荷物の一番上に入れてある、羊皮紙の地図を取り出す。光は、いまは遠い大陸にある。リナはふと、×印の付けてある場所に目を留めた。
（下見にいってみるのも、悪くないか。）
リナは、旅装束のままで、地図を見ながら街道を歩き始めた。

×印が、薄青く光っている。と言うことは、ここが約束の場所、ということだ。冬枯れの樹が枝を鳴らしている。腰の丈の灌木のトゲが、ざわざわとマントにからみつく。なんとか丘の上にたどり着いてみると、そこからは荒涼とした風景が拡がっていた。
「ここが……約束の場所？」
まあ、あのゼロスが選ぶんだから、フツーの場所じゃないとは思っていたけど……
「あと２年。正確には１年と８ヶ月」
リナはつぶやいて、丘をおりた。何だか弱気になっている自分を感じる。逢いたい。ゼロス、逢いたいよ。もう、もう充分に待ったよ。
でも。まだ遠くの愛でも。信じてる、明日を。信じてる、君を。

☆　　　　　☆　　　　　☆


リナは、自分のベッドに寝っ転がって、羊皮紙を見つめていた。ゼロスの光は今は海の上だ。そして、ゆっくりと×印に向かっている。約束の日は明日だ。とても眠れない。窓からは、春の温かい夜の風が吹き込んでいる。８年。待ったんだ、自分は。遠くの愛を信じたんだ。暖かいものが自分の中に湧きあがって来るのがわかる。その時だった。ゼロスの光が微かに揺らめいた。そして、どんどん小さくなっていく。光が×印にさしかかったとき、光は完全に消えた。リナは真夜中にもかかわらず、ベッドから飛び出した。そして、明日のために用意した赤いワンピースに着替える。でもストッキングははかない。用意しておいたエナメルの靴もけっ飛ばして、旅行用のブーツを履く。ゼロスのタリスマンを両手首と胸元とベルトに付ける。約束の場所まで、歩いていったら朝までかかる。
「レイ・ウィング！」
魔力増幅（ブースト）をかけたレイ・ウィングで、リナは遙か上空に飛びあがり、約束の場所を目指した。

「うわあ……」
そこは、一面の花園だった。タンポポ、ひなげし、スミレ。冬に来たときからは考えもつかない、花の楽園。そして、腰の高さの灌木はすべて木苺だった。はじけるような果実が、手に取ってくれと言わんばかりに枝先に咲いている。しかしリナは、今は花も木苺も目に入らない。ひたすらに丘の上を目指す。あの時の冬枯れの樹は桜だった。暖かな風が吹く度にどっと花びらが散る。その樹に寄りかかって、リナは待ち人を捜した。曙光が丘を射し、花の楽園はますますその美しさを誇る。
リナはもう一度羊皮紙を開いた。薄青く×印が光っている。そして、ゼロスの光は、無い。
「嘘……嘘でしょ、あたし待ったのよ、８年待ったのよ、２３歳になったのよ。誰のプロポーズも……ガウリイのプロポーズも断って、ずっとずっと今日を待ってたのよ。」
リナは桜の樹を背に、ずるずると座り込む。涙がポロポロと零れだす。
「嘘よ……」
「リナさん」
優しい声。大好きだった声。８年振りの声。
「約束通り、帰ってきましたよ。僕の花嫁になってくれますね」
信じられない。目を上げるのが怖い。今のあたしは幻の声を聴いているのかもしれないから。
「しょうがありませんねえ……んっと」
唇に、暖かい唇が触れる……温かい？そして、甘酸っぱい果汁が口の中一杯に拡がる。リナは、おそるおそる瞳を上げた。
そこには、傷だらけになったゼロスがいた。頬の傷からは、乾いた血が固まっている。血……？
「大変な闘いだったんです。僕はすべての魔力を放出しました。敵は斃れましたが、僕の方も犠牲を払わないわけには行きませんでした。魔族の姿を保っていられなくなったんです。
僕は……人間の身体になってしまいました。もう獣王様のもとにも帰れません。こんな僕でも……受け入れてくれますか？」
リナは、目の前の一人の人間の男を見つめる。そして、頬の傷に手を当て、優しい声で唱えた。
「リカバリー」
みるみる傷が治っていく。
「ばか……ほんとにばか。心配したんだから」
「言い忘れていましたけど、その服、素敵ですね」
「本当は、もっと素敵な格好をしてくる予定だったのよ。誰かさんのせいで予定変更になっちゃったけど。さあ、もっと側に来て。まだリカバリーをかけなくちゃいけない場所はいっぱいあるみたい」
「ありがたいです、リナさん」
ゼロスは、リナの膝枕に横になった。リナは優しく身体に手を当て、
「聖なる癒しの御手よ……」
リカバリーをかけ続けた。
「ゼロスは、もう人間なのよね」
「そうですよ」
「じゃ、いっしょにオジサンオバサンになって、オジーサンオバーサンになって、いっしょに白髪になって、いっしょに死ぬのね」
「平和に暮らせば、そうなりますね。リナさん」
「なあに」
「リカバリーも良いですけど……木苺が欲しいです。たくさん」
「ふふっ……」
リナは摘んだラズベリーを口に含むと、ゼロスの唇にそれを送り込んだ。何度も、何度も。
風が吹く度に、桜の花びらは散り、三色すみれやひなげしがゆれる。タンポポの白い綿毛が空に舞う。
「貴女を、世界で一番幸せな花嫁にしてあげますよ。そのためだけに、ここに帰ってきたんです」
「とりあえず、ここの木苺をお腹一杯になるまで食べたいわ」
「僕にも分けて下さいね」
「もう、ダメ。乙女を心配させた罰よ」
約束の園は、いま、木苺の楽園に変わる。春の風は、優しく暖かく彼らを包み込んでいた。

raspberry heaven　迎えに来たの
優しい夢の　heaven
raspberry heaven　I'ｍ ｃｏｍｉｎｇ　ｂａｃｋ　ｔｏ　ｙｏｕ

楽園の花　咲いた日に
君と二人　二人で逢いましょう……



この小説は、「あずまんが大王」のエンディング、「raspberry heaven（ラズベリー・ヘブン）」をイメージして書いたものです。というか、歌の歌詞をまんま使用した箇所もあります。タイトルもそのまんまですね。ああ、こんなことが許されるのか？元の歌のファンの方、申し訳ないです。最後に、ガウリイファンの皆さん、ごめんなさい！！
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。初出時には歌詞は入っていなかったのですが、ここに収録するに当たって、せっかくなので歌詞も入れてしまいました。「あずまんが大王」の主題歌、二曲ともとてもいい曲です。それにしても、魔族が魔力を使い果たしたからと言って、人間になるものでしょうか？